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「車で来てるんだろ?」
 店を出たところで、まるでそれが当然のように彼は俺を見上げた。不思議に思いつつ、車で来てるのは確かだから、俺は頷く。
「ここには置けなかったから、この先のコインパーキングに入れた。中里さんは、車じゃねえの?」
「俺は電車。乗っけてくれるか?」
 もう一度、俺は頷いた。俺に否やがあるわけがない。むしろ渡りに舟?よりも、飛んで火に入る夏の虫?あ、なんか感じ悪いな。
 パーキングまで歩いて十分、俺たちは黙っていた。中里からは、こっちの出方を探るような気配もする。なんだろう、この感じ。なんだか、調子が狂う。
 いや、もうとっくに俺の調子なんて狂わされてる。この人に。
 俺より、十センチ下の目線。俺の目からだと、濃い睫が目元に影を作っているように見える。少し下を向いて歩いている中里は、俺の視線に気づかない。いや、気づいてて、気づいてないフリをしてるのかもしれない。俺の方は、見ない。それをいいことに、俺はちらちらと彼を観察しながら、歩いた。
 好きだ、と思った。
 たったの十分だ。
 その十分で、俺は、やっぱりこの人が好きだと、改めて自覚した。
 行き着いた駐車場で、俺の車を見て目を丸くし、息を飲んだ彼も、なんだか可愛くて、思い切り抱き締めたくなった。
 俺の車。黄色のマツダRX−7。FD3S。
「……お前、これは、尾行向きじゃねえぞ」
「びっ?」
 尾行?!助手席のドアを開けて荷物をトランクに移しながら、俺は思わず声を裏返した。
「尾行なんて、なんで、」
「そのつもりで、来たんじゃねえのか?」
 空いたナビに、体を縮めながら乗り込んだ中里は、なにもかもを悟っているような微苦笑を浮かべていた。
 エンジンに火を入れ、ゆっくりと動き出した車内に、意味深な沈黙が満ちる。どこへ行こうか。ステアリングは俺が握っている。どこへでも行ける。
 混み合う路線を抜けると、シフト操作も落ち着くから、少し余裕が生まれる。さっきからずっと中里に先回りばかりされていたから、俺の方から「なあ」と端緒を開いた。
「中里さん、さっき、俺を試したって言ったよな。あれ、どういうこと?」
 前方の信号機が黄色から赤になる。俺はアクセルを閉じ、シフトを一つ落としてエンジンブレーキを利かせながら、緩やかに停止の準備をした。
 この空気を、揺らしたくなかった。
 停止線の位置に合わせてブレーキを踏み、クラッチを切る。ギアをニュートラルに入れたところで、隣の中里を見た。
 中里は、俺が向き直っても、視線をフロントガラスの向こうに投げたままだった。
 そのまま、彼は、言った。
「……お前が、本当に俺を好きなのかどうか……」
「え、」
 試したんだ。呟いて彼は、俺を見た。その目に映っていたのは、大人の分別でも、余裕でもなく、後悔のようだった。
 俺は俺で、彼が告げてくれた事実に、あまり驚いていない自分に驚いていた。どこかで、知られているかも、と思っていたのだろう。掌から、指先から、俺のことをなんでも感じ取ってしまう彼なのだ。
 ただ、いつから、というのが判らない。
 彼は、俺の勘違いでなければ、と前置きして、「初めて一緒にメシ食った時だったかな」と、バツが悪そうに頭を掻いた。
「マジで?最初っからってことじゃん、それ……」
 最初から。俺が自分の気持ちを自覚すると同時に、中里にそれを知られていたということだ。今までの苦悩はなんだったんだ。俺は、ステアリングに突っ伏した。
「お前が……悩んでるのも、判ってた。助けてやりたかった。だけど、もし、俺の勘違いだったらって思ったら、何もできなかった」
「だから、試したのか?」
 わざと見合い話を大袈裟にして?わざと二人きりになって?
 信号が青に変わる。俺は動揺しながらも、ギアをローに入れ、懸命に、慎重に、クラッチを繋いだ。
「……軽蔑したか?」
 中里の声は、少し震えていた。縋るような必死さが、あった。
 もしかして、という想像が胸に迫り、だけど運転中だから、俺は必死で前を見ていた。
「軽蔑なんて……しねえけど、ちょっと……ひでえよ」
 俺、すげえ悩んだんだぜ。それくらいの恨み言は、許されるだろうか。
 中里の「ごめんな」という声は、やっぱり震えていた。
「卑怯は、承知の上だった。だけど、俺はバツイチの三十男だぜ?卑怯じゃねえワケ、ねえだろうが」
 終わりの方がくぐもって聞こえ、横目で見れば、彼は両手で顔を覆っていた。泣いてるのかと思ったが、そうじゃなかった。次の赤信号で停まり、改めて見れば、耳まで赤くなっているのを隠しているみたいだった。
 彼は肩で息をしており、やがて指の隙間から現れた瞳は、少しだけ、濡れていた。
「……どこへでも、連れていけよ」
 掠れた声が、掌の下で、そう言った。
「だから車、置いてきたんだ」

 幻滅するなよ、と強がって、中里は自分で服を脱いでいった。
 地元から距離がある、古びたラブホに、俺と中里は、いた。昼間からホテルなんて、と俺は言ったけど、これくらいが丁度良い、と彼は聞かなかった。
 本気になるな、ってことかな。もう本気だけど。もう、遅いけど。
 男のハダカなんて、見慣れてる。だって俺、競泳選手だぜ?周り全部ハダカみてえなもんだろ。でもなんで、こんな昂奮すんだよ。抱き締めて、キスして、なんでこんな熱くなんだよ。手遅れだろ、どう考えても。
 想像の中で、何度も抱いた体だけど、実際にこの手にしてみると、全然違う。勝手が違う。熱くて、硬くて、柔らかくて、しなやかで、なんだかもう、なにがどういう感じで、どう形容するかなんて、頭に浮かんでこない。
 夢中だった。
 繋がろうとして、繋がれなくて、舌打ちして俺はベッドから降り、備え付けの小さな自販機にコインを入れ、ローションを買った。
 どこにどんだけ塗ればいいとか、考えられなかった。とにかくぶっかけて、濡らして、解して、突っ込んだ。
「あ――……」
 ずっと唇噛んで黙ってた中里が、声を上げた。痛いのか。そりゃ痛いよな。でもダメだ。やめてなんてやれない。
「中里さん、」
 呼びながら、俺は腰を振った。夢中で彼の中を荒らした。誰の手も届かないところに、俺を刻みつけたかった。
 両手で掴んだ彼の腰が跳ねるように揺れ、喉が反り、抱きついてきた指先が、強く俺の背中を掴もうとした。爪が食い込む、と思われた瞬間、その指先はぎゅっと握り込まれて、俺の背に縋ることを拒んだ。俺の背に、痕跡を残すことを、拒んだ。
「まだ……そんな余裕あんの?」
 囁いて、耳を噛んだ。その途端、ぎゅっと絞り込まれて、持っていかれそうになる。その快感に抗うため、より深く、強く、彼を突き上げた。
「あ、あ、啓介、」
 ものすごく色っぽい声が、俺を呼ぶ。低いような高いような声が断続的に紡ぐ言葉は、意味があったり、なかったりした。
「啓介、」
「もっと呼んで、中里さん」
「啓介、啓介……んっ、あ!」
「もっと」
 強請って、でも、その唇を、キスで塞いだ。
 舌が絡んだ。
 間近で目が合った。揺れる瞳が、俺を捉え、それから逃げるみたいに瞼に隠される。
 想像したより恥ずかしがり屋で、想像したより淫らだった。
 もっともっと、いろんな彼を、全部の彼を、抱き締めたかった。
 気が付いたときには、カーテンに隠された嵌め殺しの窓が、暗くなっていた。
 延長に延長を重ねて、ホテルを出る時には、結構な額の代金を取られた。泊まるわけにはいかなかった。翌日は月曜で、俺にも中里にも、仕事がある。
 ぐったりとシートに体を埋める中里は、苦しい姿勢ながら、うとうとと舟をこいでいた。運転の合間に、そんな彼を眺めていたら、俺は、施術室でしてしまったキスを思い出した。あれも、ひょっとして気づかれていただろうか。そんな気がする。それでもこの俺を試さねば信じられないほど、バツイチの三十男は臆病なのだろうか。
 まあいい。どれだけ卑怯でも臆病でも、俺が手を離さなければいいのだ。何度でも、好きだと教えてやればいいのだ。

 ところで、俺には悩みがある。
 俺には恋人がいる。中里毅という、整体師で、スポーツトレーナーの勉強もしてる、バツイチの三十男だ。
 その恋人が、このところ頻繁に他の男に呼び出されては、そいつの自宅(チームの寮だということだが)まで足繁く通っているのだ。その男が、プロのサッカー選手であるということまでは、俺も知っている。だがそこから先は、恋人が教えてくれない。守秘義務とかいうヤツがあるんだそうだ。
 互いの仕事には口を挟まないのが暗黙の了解になっているから、俺の鬱積はうずたかく積もっていくばかりだ。
 俺には専属のトレーナーがついている。アニキだ。だが、男の恋人が男に呼び出されて不安でたまりませんなどと、相談できるはずもない。
 風の噂によれば、その男に、今度のキャンプについてきてほしいとかなんとか、言われてるらしいんですが、どうしたらいいですか。
 なにか間違いでも起こったら、俺はどうすればいいんだ。犯罪者なんかになりたくない。来月の世界水泳に代表選手として選ばれている俺が「ついてきてくれ」と頼んだって、「仕事がある」って断ってくるような恋人だぞ。本人に相談したって、「口出しするな」って言われるのがオチだ。
 そんなわけで、俺の悩みは尽きないのだった。

end.









BBSに投下したネタをウグイ様に拾っていただけました!!
ぎゃー(≧∇≦)//素晴らしい展開ありがとうございます!!
水泳選手の啓介の筋肉の素敵さにもドキドキなんですが
中里さんをマッサージするシーンでもうヤバ過ぎに血糖値が上がりましたああ!!
ま…まっさあじヤバすぐる…(≧□≦)
何ていうエロいもの書かれるんですかッウグイさんッvvv
中里さんの設定も素敵過ぎで、ものすごい萌え設定の密度の濃さです☆パラレル万歳!!
啓介には今後も頑張ってもらいたいです(笑) サッカー選手はあの人でしょうし
アニキにも絡んできて欲しかったり
また是非続き設定とかも書いていただきたいです(〃∇〃) vvv

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