誤解の招き方 おまけ
小説 柿様


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 俺の友人兼趣味仲間である高橋涼介は、ずば抜けて頭が良い。
 俺のような凡人とは根本的な構造が違うんだろう。本人にそれを言うと、『お前の方が頭も人間性も優れてると俺は思うけどな』と真顔で返してきたりするのだが、それもまったく嫌みじゃない。頭が良くて顔も良く、性格も良ければスタイルも良い、その上出自も良くてドラテク最強と、モテる要素を兼ね備えているのに、涼介という奴はまったく気取らない。嫉妬をする気も起きなくなるほど、本当にもう、すごい奴なわけだ。
 さて、そんなすごい奴と凡人な俺にも、共通の趣味がある。それは車だ。ドライビング。それもストリートに限定される。涼介が俗に言う走り屋のチーム――赤城レッドサンズ――を作り、それを引き連れて各地のサーキットでプロの目にも留まるだけの記録を残してきたのは、ある目的のためだった。公道最速理論の完成だ。
 俺はそんな、華やかな名誉とは縁遠い目的に全力を注ぐ涼介を、友人として、同じ公道の走りを愛する者として、速い走り屋を尊敬する者としてサポートしたいと思ったから、渉外兼広報兼雑用係という形で、レッドサンズの運営に設立当初から携わってきた。
 そして涼介は今年、プロジェクトDを立ち上げた。目的を果たすための最終段階、関東遠征。選び抜かれたドライバーと優れたメカニック、それらとブレインである涼介が完璧にセッティングした車を使い、初めてバトルする峠で、熟練した地元の走り屋の鼻を明かし、前人未到のコースレコードを樹立する。その過程と結果を合わせて、涼介の目的は達成されるらしい。俺はまだその全貌を教えてもらってはいないが、『プロジェクトD』でも引き続き渉外兼広報兼雑用係として携わっているから、幕が下りる時には解説くらいしてもらえるだろう。
 『D』での俺の担当――渉外兼広報兼雑用の内訳――は、コースの下見や相手チームへのバトルの打診や打ち合わせ、総体的な情報管理なんかだ。Dのサイトの運営もその一環で、遠征の結果や今後の予定を載せている。それ自体は簡単だが、それは一般的に見れば不法行為の扇動だから、足がつかないように細心の注意を払う必要がある。捕まったら走り屋も何もないもんだ。
 といっても俺は、涼介が明確にしたコンセプトを元に原案を作り、涼介の修正を受けて、ゴーサインが出たら案通りに作れば良いだけだから、それほど神経を尖らせずには済んでいる。最初は県外の走り屋――結構ローカルな生き物の――プライドを悪い方に刺激するような過激な文面を並び立て、走り屋だけでなくギャラリーの関心と興味を引きつけて、過激さを裏打ちするだけの結果を残し、名が知れ渡ったらある程度姿を隠すという流れも、涼介がすべて計算した。おかげで巷にもネット上にも、口コミというやつで勝手に情報は広まっていくから、バトルの相手に『D』の身分を一から説明する手間がなくなった。つくづく涼介は、頭の良い奴だ。
 ただし、あまり情報が広まりすぎても迷惑だから、そのあたりはチェックを入れて、アウトの場合には制裁を加える。勿論足がつかないようにだ。それを仕分けるのも涼介で、俺は涼介の判断材料をより多くするために、日々情報収集に精を出している。
 それでも俺の能力、というか意欲というか情熱は、涼介には到底及ばない。それを俺が改めて実感したのは、次のバトルの打ち合わせのために訪れた涼介の部屋で、二人一緒に気分転換としゃれ込んでいた時だ。
 人の口に戸は立てられないから今後の予定が流されるのは致し方ないが、個人の画像を勝手に掲載されては困りものだ。俺はそういうアウト気味だったり、それとは関係なく実にアホらしかったりするDの『追っかけサイト』をピックアップして教えて、涼介はその批評を行い、殲滅計画を語る。俺たち二人にとってはそれが、私生活とDの活動を忙しく両立させる中での、ちょっとした息抜きになっていた。
 デスクの上に二つあるうちの左のディスプレイの半分を占めるウェブブラウザに、どうにも見づらい配色の、実にアホらしいがさほど害はないサイトが表示されていた。俺はもうそのヒップホップに感化されてるような日本語が駆使されたファンサイトは確認していたから、ブラウザの左横で開きっぱなしになっているブックマークを、何となく眺めていた。走り屋関連のフォルダには、ページのタイトルがずらりと並んでいる。
 その涼介の『お気に入り』の中で、俺が知らないサイトが一つあった。だが、俺はそのサイト名に見覚えがあった。というより、聞き覚えがあった。
『妙義NightKids』
 それは、群馬のある走り屋チームの名前だ。俺は定期的に地元のチームについても情報を集めている。だが俺が調べた限り、そのチームは今までサイトを持っていない。危機感の薄い走り屋がネット上で晒しているプライベートから辿ったり、個人から探ってみたりもしたが、妙義山をホームとしているそのチーム――妙義ナイトキッズの公式なサイトは存在しない。
 だというのに、その名前のついているページを、何でまた『涼介』が、『お気に入り』にしてるのか。
「どうした」
 疑問に襲われ、じっとブックマークの開かれているサイドバーを見ていた俺を変だと思ったらしく、涼介が聞いてきた。
「いや、これさ」
「どれだ」
「これこれ。ナイトキッズのサイトってあったのか?」
 俺はディスプレイの小さな文字を指差しながら聞いた。ああ、と涼介はマウスを動かし、そこにカーソルを持っていく。
「これは狭義のSNSだ。ナイトキッズのメンバーだけが知っている」
「へえ、そんなもんが……」
 納得しかけて、俺は新たな疑問に襲われた。ナイトキッズのメンバーだけが知っているSNS。要するに会員制のサービスだろう。それを涼介は知っている。何か矛盾してないか。
 俺が一人首を傾げている間に、涼介はそのページを開き、質素なログイン画面を表示させると、そのまま中に入った。そのまま。ログイン画面と同じでホーム画面にも画像がほとんどなく、活動日程が並んでいて、メニューには基本的なコミュニティサービスがある。そしてマイページに表示される名前は『下村淳』。
「……ちょっと待てよ、涼介。これ、誰のIDだ?」
 引きつり笑いを浮かべながら尋ねた俺を一瞥した涼介が、真顔でため息を吐いた。
「史浩、一応言っとくけど、俺はこれを不正に入手したわけじゃないぜ」
「え、じゃあ何で」
 不正な手段を使わずにどうやって他人のIDを入手するのか。大体、何で『ナイトキッズのメンバーしか知らない』それを、『涼介が知っている』のか。疑問が次々わいてくる。
「本人に教えてもらったんだよ」
 もう一度、今度は浅めにため息を吐いた涼介が、簡単に言う。本人。このIDの持ち主。下村淳。
「お前、この下村って奴を知ってるのか」
「中学の時の後輩だ。たまに連絡を取ってはいた。ナイトキッズに入っていることを知ったのは、去年の交流戦の後だけどな」
 そう言って涼介はその『下村淳』のプロフィールを開く。そこに書かれている下村淳の卒業中学は確かに涼介と同じだった。メンバーのみが利用できるサービスだから、住んでいる地域なんかも晒せるのだろう。そうでなくとも晒してしまう人間もいるが、このSNSのつくりをぱっと見る限り、これの管理人は俺たち――と括れはしないだろうが――以上の注意を払って、これをウェブ上に置いているようだ。
 それにしても、この『下村淳』が涼介の中学の時の後輩だとしても。
「よく分からないんだけどな、涼介」
「ギブアンドテイクさ。俺がこいつの欲しがっているものを提供したら、こいつはこれを返してきた」
 俺が質問をする前に、涼介は答えた。相変わらず、頭のデキが違うってもんだ。で。
「欲しがってるもの?」
 今度はちゃんと質問したのに、涼介は答えなかった。黙ってなぜかその『狭義のSNS』のURLの末尾を変える。そして再び出てくるログイン画面。今度はパスワードのみを入力するスタイルで、そのヒントは書かれていない。だが涼介は構わずそのまま入る。そこの正体は。
『中里毅まとめサイト』
 つくりはさっきと同じ、シンプルだ。ただそのトップページに掲載されているのが、『中里毅』個人の『行動表』。○月○日○時○分〜○時○分:妙義山、○時○分〜○時○分:○○宅、という風に、アバウトかつクリアに分かりやすい形式で、『中里毅』の今月分の『行動』が一日も欠かさず記されている。よりつまびらかな『行動表』がどこかにリンクされていることを想像せずにはいられない、手の込み具合だ。
「……何だこれ」
「有志の作ったまとめサイトだ」
 呆然と呟いた俺に、平然と涼介は言う。それは疑いようはない、ないんだが、俺は頭を抱えそうになった。何だってまた、『中里毅』の『まとめサイト』なんてもんが存在するんだ?
「冗談だろ、おい……」
「どう取るのもお前の自由だが、これがあらゆる情報を集約し共有するために真剣に作られていることは確かだぜ」
「……その『あらゆる情報』ってのは、『中里』の?」
「勿論」
 涼介は涼しげに頷く。おいおい勘弁してくれよ、と思いつつも、俺は納得せずにはいられなかった。
 中里毅、というのは妙義ナイトキッズのリーダー格だ。黒いR32に乗っている。Dのメンバーを除いた群馬の主要な走り屋として有名だが、去年三連敗を――アウェイ一回ホーム二回、現Dのエース二人と県外の走り屋相手に――した方が有名だった。そしてそれ以上に、碓氷の女性走り屋に玉砕したことが有名だった。どうも中里という奴は、実力を云々されるより私生活を云々されやすいタイプ、つまりはいじられやすい男らしい。
 涼介は、去年の暮れ頃から、たまに妙義山に通っている。本人は刻々と変化する県内の情勢を把握するためだと言っているが、他の峠には足を運んでいない。涼介がたまに、しかし確実に通っているのは、妙義山だけだ。その結果、『高橋涼介が中里を狙っている』とそこら中でまことしやかに囁かれてもいる。それを考えれば――中里が『いじられやすい』タイプらしいだと考慮もした上で――、涼介が中里に会うために妙義山に行っていることは十分にあり得るわけで、そこまで涼介が中里を気にしてるなら、『中里毅まとめサイト』を知らない方がおかしいわけで。
 と、一応納得はしてみても、何かこう、釈然としないものはあった。俺が何とも言えなくなっていると、涼介はそれが当然の流れであるかのように、『画像』というメニューを選び、クリックした。
 画面にサムネイルがぎっしり表れるまで、時間はかからなかった。案の定というか何というか、どの画像にも『中里毅』が存在している。
「うお……」
 正直、ぞくっとした。本当にもう、どの縮小画像にいるのも中里だった。一人の男の写真がこれだけ集められているページは、そうそうない。画像に紛れ込んでいる黒のR32が浮いて見えるほどの密度だ。
 その五ページ目を涼介が開き、ある一枚をクリックする。クリアな画質のデジタル写真。ブラウザの中央に表れたのは、明るい青空の中央に浮かんでいるような中里の顔のアップだ。ただ、俺の記憶にある顔とは少し違う――俺が去年の秋に見たきりなのは、短めの黒髪を額に少しだけ落として後は左右後方に持ってっている、精悍でくどめな中里の顔だが、これはそれよりも若くて、何というか、柔らかめだ。ちょっと恥ずかしそうな笑顔だから、余計に柔らかく感じるのだろうか。
「下村には、これをやったんだ」
 マウスから手を離し、椅子に深く腰掛け直した涼介が、顎で示しながら言う。
「この写真か?」
「俺が以前個人的に収集してた画像の中に偶然あってな。ナイトキッズでは他に誰も持っていなかったらしい」
 本当に偶然だったのか、という新たな疑問がすぐにわいたが、それは無視して、俺は一応納得した。ギブアンドテイク。『下村淳』は涼介にこの中里の画像を貰ったから、この『まとめサイト』の自分のIDを涼介に渡したというわけだ。まあこれだけ注意深そうな管理人が了承してるなら、そのIDを流用したところで涼介が訴えられることもないだろう。多分。
「しかしまあ、よくこれだけのもんを作ったな……」
 一つのページにサムネイルが二十個はあった。それが五ページ以上はあるようだ。となると、少なくとも百枚以上の中里の画像がここに収められている計算が成り立つ。メニューの『画像』の隣にある『動画』というコンテンツも似たような密度で構成されているんだろう。しかもセキュリティは相当強め。労力も相当かかっているはずだ。
「好きこそものの上手なれ、って言うだろう。そういうことさ」
「まあそりゃあ……」
 簡単に肩をすくめた涼介に対してため息を吐いてから、俺は固まった。
 好きこそものの上手なれ。それは言う。よく言う。実際、よほど中里にこだわっている――中里のことが好きな人間たちでなければ、こんな『まとめサイト』、作れやしないだろう。
 しかし、『好き』ってのは、何だ。これを作った『下村淳』にしても、これに関わっているナイトキッズのメンバーにしても、『中里』を『好き』ってことか。じゃあ、やっぱりこれに関わっているらしい、涼介はどうなる。
 『中里毅まとめサイト』内の、涼介がだけが持っていたらしい中里の青空笑顔画像は、まだディスプレイの中央くるように表示されている。それを見る涼介は、隙を見せないポーカーフェイスを維持しているようで、少し細くなっている目や一ミリほど上がっている口角から、ほんのりとした優しさがにじみ出ている。『目を細める』という慣用句がマッチしそうな表情だ。
 つまり、もしかしたら涼介は、中里の画像や動画や活動状況を収集しているナイトキッズと同じくらい、あるいはそれ以上に、中里のことが――。
「……そうだな」
 そこで俺は考えるのをやめて、それ以上は何も聞かないことに決めた。どうせ何を聞いたって、涼介の考えていることは俺にはほとんど分かりゃしないし、結局俺は、『好き』なことをやっている涼介と一緒にいるのが『好き』なんだから、秘密結社的なサイト内に収集された中里の画像を嬉しそうに眺める涼介にどうこう言うのも、馬鹿げた話だろう。
 ただ、俺の記憶の中にあるよりも柔らかい中里の、恥ずかしそうな笑顔は、集めたくなる人間の気持ちも分からなくもないような気がしないでもないものだったが、そんな深い意味のない超消極的肯定すらも、今の涼介にすると何か恐ろしい――涼介の多少偏った奥深い才能を見せつけられて、無尽蔵な情熱をぶつけられて、同じ土俵に引っ立てられるような――ドツボにハマる予感がしたから、俺は喉の奥に飲み込んだ。この予感は、多分正しい。
(終)






涼介さん更に深い趣味の世界爆発で嬉しいです!!
素敵なオマケありがとうございます〜vvv(〃∇〃)
ぜったいに中里さんコレクションのレアモノ入手率がダントツなアニキは
中里さんコレクション界でもカリスマにっっ!!
そんなディープな趣味世界を運悪くうっかり延々と知ることになるフーミンの
今後がまた興味津々です!!
そんなことはちっとも知らない中里さんの平和が愛おしいです万歳(〃∇〃)
また良かったらこの世界食べさせていただけると嬉しいです!!



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