◆6




心地良いモノを抱きしめていた。
腕の中に納まっている、熱を持ったその存在感に、身体の芯まで心地よさに満たされている。
フワフワとする浮遊感。
気持ち良い。
ずっとこれを求めていた気がする。

ずっと昔から。多分ずっと、記憶のない幼い頃から、ずっと欲しいと思って、与えられなかったもの。求めていて、手に入れようとして、いつも何かが違う気がして満たされることのなかった、それが。今、腕の中に在る。

「……ん…」
その存在が身じろいで、オレは意識が浮上するのを感じた。
頭がぼんやりしたまま、オレは誰かを抱きしめて眠っていたみたいだと気づく。

黒い髪が視界に入る。
腕の中に納まる、心地よい存在感。
カーテンから漏れる光で、見慣れない部屋の中は十分に明るい。

向き合うような体勢でオレは誰かを腕に抱いていて、相手の頭がオレの胸に納まっている。
誰だっけ……

「んー…」
オレの腕を避けたがるように、相手の身体が寝返りをうつ。
上向いた顔を、オレは少し身体を起こして眺めた。
誰だっけ。
まだ頭が寝ぼけている。

男だってのは分かる。何か随分と可愛く感じられた。
オレはこいつを知っている。
夢によく出てくるヤツに似ている。

あいつはいつも、夢の中で、雨に打たれてうなだれていた。声をかけようとするのに、振り向きもしない。
もう一度、あの強い目でオレを射抜けばいいと思うのに、視線を合わせようとしない。
声をかけているのに、声が届かない。
なのに声が届かないまま、あいつはオレに組み敷かれる。
雨の中。悔しそうにしながら、オレを受け入れる。
それがすさまじくエロくて、何度もアイツにオレを受け入れさせた。

けど、今オレの腕の中にいるヤツは、ひどく無防備なのは同じなのに、もっと平和で暖かくて静かに眠っているみたいだった。

ああ、やっと。やっと手に入ったんだ。
オレはこいつが欲しかった。

ー多分これも夢なんだろうからー
いつもの夢では出来なかったことが、今、この夢ならできる気がする。

薄く開いた唇に、オレはそっと優しく唇を重ねた。

柔らかくて熱い感触。

何だ? 今までの夢と全然違う。
こんなに良いモンだったとは。キスってのは、こんなに気持ち良いモンだったんだな…

唇を割って、舌が歯に当る。リアルな感触。中に入り込みたい。
「………ン……………ンン…………ンンンン!???」
急に抱いていた身体がビクリと撥ねて暴れ出した。
暴れないでくれ、せっかく気持ち良いってのに。

相手の上に押しかかっていたオレの胸を手で押し返される感覚があったので、その両手首をつかんで頭の上にまとめてしまった。
暴れようとする身体を上に乗り上げたこっちの身体で押さえつけて、より深く唇を唇に押し付ける。
「ンンンーーーーー!!!」
上半身が固められたので、足元が暴れ出そうとしている気配があった。
何でそんなに暴れるんだ。
その反応も新鮮で良いなと思いつつ、こっちの足を絡めて動けなくする。

「ンッ ンンンッ」
漏れる声音が随分とエロい。こんなエロい声、今までの夢には無かった。
随分とサービスが良いというか、バージョンアップされた夢だなー、と、オレは幸せに浸っていた。
なるべく覚めないように頑張って、最後までイタさせていただこうv と決めながら、深く唇をむさぼる。

相手の両手首を押さえるのを片手で済ませて、空いた手を相手の身体に這わせる。
オレはパンツだけで上半身は裸だが、相手はTシャツを着ているみたいだ。
下は短パン。トランクスか? 軽装備だから、脱がせるのが楽で助かる。

わき腹から手をシャツの下に這わせる。すべすべした感触が気持ちいい。
適度に弾力があって柔らかさもあって。
シャツを捲り上げながら、手を上に這わせると、下に組み敷いている身体がくすぐったそうにビクビクと震える。
ああ、良い反応じゃねえか。こういう、打てば響くみたいな反応する身体が好みだ。食いつきたくなる。

「ンンっ」
濡れた音にまじって、エロい声がくぐもって更に反応を聞かせてくれる。
逃げようとする腰もオレを煽るばかりだ。すげえ夢。
組み敷いてるのは男だから、胸まで這わせた手は、女にあるような柔らかさを感じることはなかったけれど、それなりに手の納まりどころもあって、それなりに新鮮で良い。
胸の突起に指をかける。
全身で相手を押さえこみつつキスをしつつ、でも指の動きにも万全の神経を使って、感じさせるように、指を使って……

「ンーーーーッッッ!!」
こっちがビックリするくらいの反応がキタ。そんなに感じちゃったのか、照れるぜ。
と、ニヤニヤしていたら、今までで一番の抵抗がきて、顔が振りほどかれた。ふはっッと息をつぐ苦しそうな呼吸と咳。それから

「っ……っかッ 啓すッ けほっ」
「ん?」
聞いたことのある声で名前を呼ばれた。見下ろすと、まつ毛の濃い大きな目が涙に潤みながらも睨んできている。やっぱエロい。けど

「誰だっけ…」
バカ!!!!!!! 寝ぼけてんじゃねえ!!! オレだ!中里だっッ 目を覚ませバカヤロウッ!」
「………………………中里……?」

手を離すと反撃をくらいそうな勢いは感じていたので、手首を押さえる手を緩めることはしないまま、オレはようやく覚め始めた頭で、組み敷いている相手を眺めた。

中里? 
そうだ、昨日オレはDの遠征で中里を攫って家に押しかけたんだったような……。けど
何か違くねえか?

組み敷いている相手は確かに中里なのだと思うが、何かがちょっと違う気がした。
まじまじと見る。
オレが黙って見続けていると、中里はそんなオレの反応に怪訝さを滲ませながらも、ちゃんと目覚めたオレが中里を開放するのを待っているようだった。

「あ、」
「?」
中里の前髪をかき上げる。
フワフワというかサラっとした感触。
峠で会った少ない機会で見た中里は、いつも髪をディップでオールバック風というか、軽いリーゼント風に固めて、男っぽいイメージを強調していたし、昨日も同じ髪型だったはずだ。けど今は、髪にディップの感触は無い。

「髪型違うから、誰だか分からなかったぜ」
「風呂入ったら整髪剤は流れちまうのが当たり前だろ。とにかく、寝ぼけるな! いくら欲求不満だからってお前、………あ、あんな……」

キスされたことを思い出したのか、中里が涙目になりながらぐっと言葉を詰まらせる。
赤く染まってる頬っぺた。
ヤバいだろこれは。

オレの全身が反応してるのが分かる。

メンバーがガラが悪いので有名なナイトキッズのリーダー。中里は、夜の闇に似たGT−Rに相応しい男。そんなイメージもあった。
けど、知れば知るほど、可愛いとしか認識できない。こんなんがリーダーで大丈夫なのか? ガラ悪いんだろ、ナイトキッズは。
ああだから、髪型一つでも頑張っちゃってるワケなのか。けっこう印象違うもんな。

マジマジと中里を眺めているだけのオレに、押さえこまれている中里がキレる。
「っとにかく、手を、離、せ! 」

ああそうだった、夢だと思ってオレは、中里を…………
そこでオレは、強く現実を認識した。

今、オレは、……オレが組み敷いているのは、中里だ。
夢だと寝ぼけて、既にキスまでしちまってる。
寝ぼけながらもやるべきことはきちんと出来ていて、
かなりしっかりとオレは中里を押さえ込むことができていた。

胸の辺りまで押し上げられたシャツ。短パンも腰骨あたりまでズレている。
しっかりとした骨格に乗った滑らかな皮膚。夜中心の活動だからか、あまり陽に焼けていない肌。
腰はしっかりしているのに、腹のあたりは細めで、けど筋肉質すぎもせず、柔らかい感じもあるあたりが酷くエロかった。
短パンから伸びる足の太もももそんな感じ。オレの足と組まれて絡んで、その生の感触を味あわせてくれている。

不安そうな中里がオレを見上げてくる。男っぽいと感じていた印象の顔立ちは、今は何だか可愛いとしか感じられなくなっている。
キスがやたらと気持ち良かった。もう一度味わいたい。
けど、それ以上に、オレは腰中心にズキズキと痛いくらいに中里を感じたがってる自分にも気づいていた。

食っちまいてえ。ヤバイ。互いを隔ててる小さい布切れが邪魔だ。もう全部取り払って、オレの全部で中里の全部を感じたい。もっと声が聞きたい。もっとキスがしたい。全部を味わって、全部をオレのもんにしたい。

絡まる生足が、オレから何とか逃げようと動く。
その動きがオレを更に煽ってるって、何で中里は分からねーんだ。

「手…離せって、言ってんだろーが…」
また怪訝そうに、心配そうに見上げながら、さっきより幾分弱気を滲ませた声で、それでも強がった台詞を吐く。
ああ、オレ、中里の声もエロくて好きみてーだ。多分つまり、オレはこいつの何もかもに夢中なんだ。ヤバイくらいに。っつか、マジヤベエ。
どうする。オレ。

「キス…」
「え?」
「キスしちまったんだな、オレ、中里に」
「っ……そ、そうだお前、寝ぼけるのも度が過ぎるだろーがッ」
「ん。マジオレ、寝ぼけてた…」
「寝ぼけんな、バカ」
「悪ィ。ちょっと後悔してる」
「………まあオレもだが、お前も、ある意味被害者…みてーなトコはある。こんなに寝起きが悪いってのが大問題だが。意識がはっきりしてねえ時間のことを、オレもこれ以上とやかく言うつもりもねえよ。だから…」

「そーじゃなくって」
「は?」
「寝ぼけながらも、まあ気持ちは良かったけどさ。やっぱ寝ぼけてるってのは、ねーよなと。」
「は??」
「今は起きてる。すっかり目が覚めた」
「そ、そうか、だから手を離…」
「オレとキスしてどうだった?」
「はあ?????」
「我慢できねーくらいに気持ち悪かったか?」
「や、野郎にキ、キ、キ……されて、嬉しいワケ、ねーだろッが」
中里は赤い顔で、息を切らせながら言葉を繋ぐ。
「オレのこと、嫌いになっちまったか?」
「……き、嫌うとか、こんなんで、お前、寝ぼけてたんだろーが。そんなんでオレは」
「好きだ」


「キスさせてくれ」

「…………中里?」


中里は、驚いた表情のまま、固まっていた。
何つーか、話の通じないやつだ。そこが良いとか思ってるオレも終わってる。

けどオレは、中里の手を離すつもりは全く無かった。
ここで逃がしたらダメだと、オレの本能が教えてくれている。
昨日中里と話をして、オレは本当に欲しいものが何なのかを識った。
そして今、無意識にその相手を組み敷いていた。
寝ぼけながらも、キスしちまっていた。

本当は、昨日考えていたみたいに、じっくりいくっていうつもりだった。時間かけるとか。本気の相手だから。
……いや、そうするべきなのか。

今目の前にいる中里を全力で捕らえるために、オレは全本能を集中させていた。
ここはアクセルをどのくらい踏むべきなのか。
熱くなったとしても、ブレーキングのタイミングも量も間違えたりしない。
最高に熱くなりながら、最高に冷静に。
叩き込まれたそれを。

「中里…」
オレは逃げられないでいる中里の、そのタイミングに飛び込むように
唇を重ねた。






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