聖者の告白

　俺の名は、中里毅。悪魔祓い専門の派遣神父だ。あちこちに現れては、人間を誑かし、害をなす異形の者を教会から依頼を受けて退魔する所謂掃除屋だ。
　神父が告白なんざ、洒落にもならないが、出来れば聞いてくれないか。俺のー……物語を。

　元々、俺は接近戦を得意とし、細々下級悪魔を倒して、安い報奨金でなんとか食いつなぐ貧乏神父だった。
　ある日、ほんっとーに金に困ってしまって、普段なら絶対請ける筈のないＢ級の依頼を引き受けちまった。妙義山で群れをなして、旅人を襲う狼男の退治だ。今までＣからＤ級しか相手にしていなかった俺は、心底後悔したが、背に腹は代えられない。単身で妙義山へ乗り込んだ。
　知らないかもしれないが本来神父・修道女の血肉は悪魔にとってご馳走…らしい。常に精進決済しているからだろうか、そのせいかともかく俺は良く悪魔に喰われかける。それは良く考えればガキの頃からだったので、少しは体質もあるのかも知れないが。お陰でこんな血なまぐさい職業に就いたんだが。まあ、これは余談だ。
　案の定、俺は山に一歩足を踏み入れるなり、十数匹の狼の群れに遭遇した訳だ。祝福儀礼を施したばかりの愛刀で数匹は叩き伏せたものの、体力がついていかず、遂に囲まれてしまった。何と言うか…スタミナないのは自覚してるよ、鍛えてもどうにもならないんだ、情けねぇ。
　せめて相討ちでも良いからもう何匹か道連れにしてやろうと、剣を構えるものの、群れのリーダー格であろう赤毛の狼にあっさり首根っこに食い付かれて地面に叩きつけられちまった。そいつは俺を抑えつけたまま月光でぐんぐんと人の姿に変わって行く。ちょいと人相は悪いが頭の回転は他の雑魚より良さそうに見えて、もしかしたらまだ話し合いの余地はあるかもと甘い期待を覚えた俺はやはり底無しのバカだったんだろうな。
　「よくもまぁ、俺様の下僕を思う存分やってくれたなぁ、ああ？旨そうな体見せびらかしてノコノコ来やがるから、甘く見てりゃつけあがりやがって…！テメェは生きてるのが嫌になるまで俺様が痛めつけてやる、その後ゆっくりゆっくり殺して、丸ごと喰ってやるよ」
　キヒヒヒヒ、と下品な嘲笑で、そいつは地べたに這い蹲る俺を踏みつけた。
　流石にもう駄目だ、殺される!!そう思った俺は、思わず天に向かって神の慈悲を乞うた。正直神父なんてやってはいたが、神を身近に感じた事も無ければ、真面目に祈った事すら怪しい生臭神父の俺だった。しかし、この時ばかりは、心の底から神に祈った。
　「主よ！天に坐す、我等が神よ！御慈悲を！憐れな子羊に慈悲の光を、悪魔に天罰を！」ってな。
　その時だ。眩い閃光とバリバリと空気を震わせたデカい衝撃。天雷がまるで俺だけを避けるように落ちたようだった。…と言うのも雷が落ちた瞬間、余りの近距離の衝撃に気を失っていたからで、実際その時の事は余り良く覚えてねぇんだ。ははは。で、気が付くと、狼男の群れは悉く消し炭になってて…俺はと言えば、完全に腰を抜かして動けずにいた。そして何故か、掌には見覚えのない十字架があったんだ。純銀で出来てる…ああ、これだ。その小さなそれは、握り締めると微かに温かく、ちりりと鳴った気がした。その時俺は確実に神の愛を感じた。
　そんな訳で偶然とは言え、俺は神からの祝福を頂いたのだ。俺はこの時を境にきっぱりと悔い改め、真の信仰に目覚めたのさ。
　それから…神からの祝福を受けた噂はあっという間に教会の知れる所となり、『神の雷を賜りし者』などと言う恥ずかしい二つ名まで頂いてしまった。下級悪魔専門のちっぽけな貧乏神父はいつの間にか救世主のようにＳ級相手の最前線へ駆り出される神父様になったって訳だ。
　だが俺自身は何も変わっちゃいない、未だ道に迷う下級悪魔専門の貧乏神父だ。ただ、過ぎた力をいきなり貰っただけだ。しかし、この能力は人を救うだけの力がある。俺は、この力を与えてくれた神に報いる為にも死ぬまで人の為に戦って行こうと思っている。

　…これで俺の話は終わりかって？いや、俺は今も悪魔祓いを続けているからまだまだ終わっちゃいないぜ。でも、こんな話、どうしてあんたに話しちまったんだろうな？そうだな…あんたなら、こんな夢物語みたいな話でも信じてくれる気がした…からかな？あと、あんたには心外だろうけど…何か、懐かしいって言うか、いつも側にいて見守られてるような…なんかくすぐったい感じがするからかな？笑い飛ばしたりしないで最後まで聞いてくれたのはあんた位だ。サンキュ…ええと、名前…ああ、涼介…？
　じゃあ、これで。わりぃな、これからまた依頼なんだ。
　………え？俺の側に獣の気配……？そう言えば、狼男の群れを祓った後から、なんかずっとチラチラと赤毛が見え隠れしてるような…？でも全滅したはずだし、気のせいだろ！んな、顔しかめんなよ、男前が台無しだぜ？心配性なんだな、涼介は。まあ、俺には神から貰った力があるからとりあえず大丈夫！じゃあ、マジで行くわ、じゃな！