互いの姿を影でしか知覚できないような闇の中で、啓介の指先は的確に中里の身体を暴いていった。頬を撫で髪を梳き、耳を擽って首筋をなぞる。シャツのボタンを手探りで外しアンダーを捲り上げる。唇は唇を啄んでは離れ、また深く結ばれた。
息を吐く間もない。乱された服も髪もされるがままになるしかない。浚われないように掴むシーツは今は身体の下になく、フローリングの床が縋ろうとした中里の爪を拒む。彷徨う指先を握られ、男に誘導される。辿り着いた先の、薄く、しかし堅い背中を彼は掴んだ。
「中里、」
強く縋りつくと、啓介は少し震える声でその耳に囁いてきた。
「好きだ」
行為の度にされる告白は、その度耳から脳へと直接に刻まれる。何度刻んでも足りないというように、啓介は何度も同じ言葉を囁いてくる。足掻いている。確かにそうなのだろう。だがそれは中里も同じだった。中里も足掻いていた。浚われぬよう、刻まれた言葉に惑わぬよう。頑なになればなるほどこの男に囚われていく己を知りながらも、足掻かずにはいられなかった。己を保つ手段はそれしかないと信じていた。
それほどに、高橋啓介という男に囚われていた。
「……高橋、」
下着ごと強引にジーンズを脱がせてくる啓介の髪を、中里は緩く掴んだ。胸の辺りから啓介が見上げてくる気配がした。
「中里」
応えて呼ばれる。気の強そうな響きに甘えを含ませた独特の声が、熱っぽく掠れて背筋が粟立つほどの艶めかしさをもって中里の聴覚を侵す。男の髪を掴む指先につい力が籠もると、「痛ぇよ」と微かに笑みを溶かした抗議を受けた。
ただ名を呼んだだけで唇を噛み締めた中里にその先を促すことなく、啓介は速やかに彼の下半身からすべての布地を取り去った。熱い掌に膝を撫でられ、意図を酌んだ両脚が開く。開いた腿の内側をひと撫ですると、一旦上半身を起こした男は自分のシャツを脱ぎ捨てた。朝晩は冷え込むようになってきたというのに、男は長袖ではあるが薄手のTシャツ一枚しか身につけていなかった。それでもぴったりと重ねられてきた胸は酷く熱かった。
熱くなった肌にフローリングの冷たさは心地悪いものではなかったが、二人で床に転がったまま抱き合っているのもなんだか滑稽に思えて、中里は半ば無理矢理に抱き込まれた腕の中、ふっと小さく笑みを漏らした。
「……なんだよ」
中里の髪に顎先をうずめるようにしていた啓介が呟いた。
「いや、なんか……余裕ねぇなと思ってよ」
中里が応えると、背中に回っていた腕にまた力が籠められた。
「ねぇよ。そんなもん、最初っから」
あるわけねぇ。独り言のように言い、啓介は唇を中里のこめかみに押し当てた。
「親とか車とかいろんなもん取っ払ってお前と向き合うと、ホントに俺、いつかは自分の足で立てんのかなって思うんだよな」
言葉の最後でもう一度唇にキスを落とすと、のろのろと名残惜しげに中里の肌から肌を剥がす。手を伸ばし、明かりを入れる。仰向けで転がっていた中里は、蛍光灯の眩しさに目を細めた。それを見下ろす男は、自分が乱したままの姿で転がる中里を愛しげに見つめ、そして少し切なげに目を細めた。
中里も身体を起こし、下着だけを身につけ、どうせ脱いで替えるつもりだったジーンズを手に立ち上がった。
「お前、仕事してんのか?」
啓介の寝穢さを見れば決まった仕事に就いているとも思えなかったが、中里はそう訊いた。案の定、男はどこかうんざりとした仕草で肩を竦め、「いや、」と正直に答えた。
「フリーターか」
「や、学生。一応」
「お前がか……まあ、ない話じゃねぇとは思うが」
「びっくりだろ」
受かったときは俺もびっくりしたぜ、と啓介は笑った。
「ま、箸にも棒にもかからねぇようなトコだけどな。ガッコ行ってれば親も安心するからよ」
「……それ、お前の考えか」
「いや、アニキ」
「やっぱりな」
「なんでそう思う?」
「親が安心とか、お前が考えるとは思えん」
「ひでぇ」
それから二人でベッドに移動した。熱が引いたところで空腹を思い出したが、中里はこのやりとりを中断したいとは思わなかった。それは啓介も同じだったようで、中里に抱きつき引っ絡まりあいながらシーツの上に落ち着くと、すぐさま力強い腕で彼の腰を抱き寄せた。
啓介は笑っていた。そして滑らかに喋り続けた。長かった反抗期、素行の悪い仲間とつるみ危ない橋を何度も渡った。ケンカばかりしていた。なにもかもがつまらなかった。だけど学校は嫌いじゃなかった。友達は少なくなかった。勉強は嫌いだった。教師が嫌いだった。一人だけ好きになれた教師がいたが、すぐにどこかに飛ばされていなくなった。十八になり、兄による車との衝撃の出会いを果たした。一瞬で夢中になった。願書出してから勉強した。その間アニキがつきっきりで面倒見てくれた。頭上がんねぇ。
耳触りのいい声が、その主の見たままの面と意外な面とを連ねていく。引き込まれた。想像などしないと決めているのに、頭が勝手に十代の高橋啓介を描く。今より身体は細かっただろう。目は今より鋭かっただろうか。ケンカばかりしていたのなら拳はいつもアザだらけなはずだ。殴られりゃ痛いが、殴った方も拳が痛い。ケンカというのはそういうものだ。友達がいたのなら、笑わなかったわけじゃないだろう。触れれば切れるような空気をまといながら、無邪気に笑っていたのだろうか。中里が描いた高校生の啓介は、アンバランスな風貌で斜に構えて頼りなく彼の脳裏に突っ立っていた。そのバランスの悪さが、彼らしいと思った。
今も残るそのアンバランスを、中里はどうにも放っておけない。無視できない。なのに手を取れない。触れてくるままに触れさせながら、その手を払うことも握り返すこともできない。そう言った面では自分も、到底均衡を保てているとは言えなかった。
思考に沈むと、腰に回っていた啓介の腕が意味ありげに動き出した。否応なくその動きに意識を引き寄せられ、中里は間近にある整った眉目に焦点を合わせた。
「高橋、……お前なぁ……」
「そうやってすぐ俺を置き去りにすんなっての」
「置き去りって、」
「どうせ俺は頭悪ぃし、お前が考えてることの半分もわかんねぇだろうけど、それでも俺はお前を知りてぇんだよ。話してくれよ、なんでもいいから。……焦るんだってば、こういうとき」
だから分かり易い証拠を欲しがる。形あるものを欲しがる。身体を繋ぐ。証拠を残したいから。「恋人」の身体の奥底に。
「どうやっても追いつけねぇんだって、思い知らされる」
「お前がそんなこと思う必要なんてないだろうが」
「必要があるとかないとかじゃねぇんだ。突きつけられるんだよ、こう、目の前にさ」
啓介は片手で中里を抱き、もう片手を天井に向けて伸ばした。
「年齢だけは、どう頑張っても超えらんねぇじゃん。だからその他のことはせめて差を埋めたいわけよ」
その手が拳にされる。
「お前に甘えてもらえるくらいになりてぇなあ、とか」
「俺は甘えたかねぇよ」
「だから、程度の話だって。年齢もだけど……お前は社会人で、俺は学生ってのもあるし。ガッコ辞めて働こうかな」
「それは、お前、」
啓介の口調は軽く、本気かどうか図りかねた。が、中里は言わずにはいられなかった。
「折角行かせてもらってるもんを、そう簡単に辞めるっつーのはどうかと思うぜ」
抱き寄せられたままでは話をしづらく感じて身動げば、男は腕の力を緩める。少し距離をとると、きちんと相手の顔を見ることができた。「そう来ると思ったぜ」と言った男は、苦笑を浮かべていた。
「なんだ、やっぱり判って言ってたのか」
「まあな。走りに時間かけられんのも学生だからってのが大きいし。けど、」
そこで息を少し止め、男は力を籠めた瞳を中里にきっちりと向けてくる。何を言われるのかと、中里も釣られて息を飲んだ。ぴたりと合わせた目線を微塵も動かさず、啓介は続けた。
「お前は待っててくれんのか、っていう問題がな」
待っててくれ、と言われたように感じた。待つって何をだ。この男が卒業して自分と同じ社会人となることをか。プロドライバーとして独り立ちすることをか。
「無意味だな」
中里は溜息と共に吐き出した。タバコを吸いたくなって半身を起こそうとしたら抱きつかれ、またベッドに戻された。目の前には真剣な男の顔が迫った。
「なんでそう思う」
「”違う”からだよ、なにもかも」
そう答えることに、ためらいは感じなかった。ずっと思っていたことだ。高橋啓介と関係を持つ上での前提となるまでに考え抜いたことだった。中里は虚を突かれたように脱力した腕をそっとシーツに落とし、起きあがった。サイドテーブルのタバコとライターを手に取る。抜き出した一本をくわえ、ライターで火を点けようとしてくすんだ爪が目に入った。ライターを奪いに来た手の指先に配された爪は健康的なピンク色をして艶やかだった。
「返せ」
「ベッドで吸うなよ。シツレイだ」
「失礼とか、お前が言うか」
「お前は礼儀を尽くす相手を選ぶような人間なのかよ。ココロが狭いな」
不安定なベッドの上、肘だけで姿勢を支えていた啓介の手からライターを奪い返すのは容易かった。火を点け、深く吸い込んで、煙をわざと男の顔に吹き付けてやると、男は大袈裟に顔を顰めた。少しだけ気が晴れた中里は、小さく鼻で嗤ってベッドから降りた。
「相変わらず口だけは達者だな」
「セックスは?」
「知らねぇよ」
吐き捨て、手近にあったスウェットの下を穿く。以前、チームの面子が押しかけてきてこの部屋で飲んだとき、誰かが持ってきたカップラーメンを宿代として巻き上げたことがあったのを思い出した。二つか三つは残っていたはずだ。キッチンへ歩きながら背中越しに「ラーメン食うか」と訊けば、「食う」と返ってきた。そのあとすぐ、「なあ」と話し掛けられて、中里は振り返った。啓介はベッドから降りており、ファスナーを下ろしたままのジーンズを腰骨に引っ掛けて立っていた。髪は中里が掴んで掻き回したから、くしゃくしゃに乱れている。そして例によってその眼差しだけは、真剣だった。
「なんで”違う”と無意味なんだ」
「あ?」
「それは、足掻いてもムダってことか」
中里は啓介の真剣な瞳を見返した。そこに、微かではあるが、縋るような必死さを見た。しかし縋られるわけにはいかなかった。
「そうだ」
「俺はお前を掴まえらんねぇってことか」
「そうだ。そして俺も、お前を掴まえらんねぇ」
「”違う”から?」
「そうだ」
「わかんねぇ。つか、納得いかねぇ」
男の瞳には、子どものように純粋な光が満ちている。己の将来をまっすぐ照らすことのできる光だ。その光が自分を射ている。惹かれる。惹かれずにいられるわけがなかった。
中里は腹に力を入れ、振り切るように続けた。
「俺もお前も、前に進んでる限りクロスすることはねぇってことだ。見てるモンが違う。生きてる場所も生きてく場所も違う。後ろに戻るか、生き方変えねぇ以上は、接点なんざこの先ありえねえ。俺は生き方変えるなんざゴメンだ。変えるお前もゴメンだ。これでわかるか」
お前を知りたいと啓介は言った。が、互いを知れば知るほど、その間にどうしようもない距離があることも知る。それは互いの歩み寄りでどうにかなるレベルのものではない。二人のラインがクロスするとしたら、それはもう過去の話だ。直接闘った交流戦。もう少し範囲を広げたとして、秋名のハチロクこと藤原拓海が(本人は不本意だろうが)巻き起こした一連の「お祭り騒ぎ」。それらが過ぎ去った今は、距離は大きくなるばかりのはずだった。とっくの昔に赤の他人に戻っているはずだった。今こうして同じ部屋で同じ空気を吸い、一緒にカップラーメンを食おうとしていることこそが、本来ありえないはずのことだった。
言うだけ言い、唇を結んで男を見つめれば、やがて男はベッドに尻を落とした。項垂れて大きく息を吐いて言う。
「……男同士ってヤツはめんどくせぇな」
あまりに今更な呟きに、中里は毒気を抜かれて思わず吹き出した。
「最初に気づいとけ、馬鹿」
これだから不必要にボーダーレスなヤツは、と可笑しくなって笑いが止まらなくなった。ラーメンどころではなくなった。身体を折り曲げて笑っていると、啓介が再び立ち上がって自分の方へと歩いてくる気配がした。それでも顔が上げられなかった。視界に男の爪先が入ってきた。腹筋が痛くなるほど笑うのは久々だった。顔は上げられなかった。
「中里」
頭の上から声が降ってきた。憎らしいほどにいい声をした男だ。唾を吐きたくなったが、足元は自宅の床だ。峠のアスファルトじゃない。唇を噛んで堪えた。
「馬鹿はてめぇだ」
耳から直接脳に響く声だ。拒めないというのは、震えがくるほど胸糞悪い。思いつく限りの悪態をついてやりたい。だが、顔を上げることができなかった。
「てめぇは気づいてたんだろ、最初から。だったら最初っからンな面倒なこと始めなきゃよかったじゃねぇか。俺なんか殴りゃよかったじゃねぇか。そこまで、わかってて、考えてて、なんで俺につきあってんだ。言ってみろよ、理由を。言わなきゃ俺は、遠慮無く自惚れるぜ」
どこまで勝手なことを言いやがる。中里は歯を食いしばった。少しだけ目を上げると、そこに啓介の腰があった。思うより先にタックルしていた。床に倒した男の上に馬乗りになり、髪を鷲掴みにしてぎりぎりまで顔を寄せた。不思議に静かな瞳がそこにあった。その静謐にこそ腹が立った。
「お前がっ、」
中里は叫んだ。
「お前が、こんなところで、俺ンところで、立ち止まったりしなきゃよかったんだ!バトルしただけじゃねぇか、なんで通り過ぎてくんなかったんだよ!」
ずっと考えていたことだった。手を伸ばされなければ、ありえない関係だった。最初からわかっていたのだ、自分には。囚われることも、繋がれてしまえば断ち切れないことも。どうしようもなく惹かれていた。だが、男が通り過ぎていけばそれで終わりにできる感情だった。自分から動きさえしなければ、何も起こらないままに過ぎていくはずだった。それなのに、男は手を伸ばした。
「てめぇにとって俺は通過点だろ、それでいいじゃねぇか。深く考えんなよ、知りてぇとか、追いつきてぇとか、待つとか待たねぇとか、意味ねぇんだって」
中里は息を継ぐために言葉を切った。その隙に啓介の手が後頭部に伸び、ほんの数センチの距離をゼロにされた。歯と歯がぶつかった。唇が多分、切れた。鉄臭さが口の中に広がった。中里は啓介の髪から指をほどき、藻掻いた。体重の移動が起こった。それをうまく逆手に取られ、身体を入れ替えられる。キスがさらに深くなった。唾液を混ぜ込むように貪られ、思うように息ができなかった。
肩を押さえてくる腕に指先をかけ、力を籠める。爪が男の皮膚に食い込むのがわかった。それでもキスは終わらなかった。
酸欠になる一歩手前で解放され、そしてまたすぐに塞がれる。何度も繰り返されているうちに身体の力が抜けてくる。めちゃくちゃに暴れてもそれこそ酸欠になるだけだと、身体の方が先に諦めたようだった。
啓介の腕からも力が抜けた。唇が離れ、至近距離で数秒見つめ合って、それから顔の横に男の顔が下りた。身体が密着した。二人ともが肩で息をしていた。
「通り過ぎるなんて、できるわけねぇだろ。惚れちまったんだからよ」
その声は、泣き出しそうに震えていた。
どうしろって言うんだ。中里こそが泣きたかった。
曖昧なままならこの関係を続けていけると思っていた。極論、セックスだけで繋いでおけるなら、それが最善だとさえ思っていた。
繋いでしまったから、自分から断ち切るという選択肢はなくなっていた。啓介が断(発)とうとするなら、されるがままになるしかないと、されるがままになれるようにと、そこに曖昧さを残しておきたかった。だが、高橋啓介という男は、それすら許さなかった。この関係に意味を求めるなら、彼が好きなように意味づけをすればいい。ただ、それを言葉にされたくはなかった。言葉にされたら自分も言葉を使わざるを得ないからだ。無視してくれればよかった。こちらの意思など。
逃げ場はなくなった。退路は全て断たれた。頬から爪先まで重なり合った身体から男の強い意志が流れ込んでくる。どこにも逃さないと。
こんなことなら、昨晩この男を泊めるんじゃなかった。いや、コンビニでその顔を見た時点で無視して去るべきだった。中里は悔やんだ。踏み込まれることをなにより恐れていたくせに、ツメが甘いにもほどがある。それとも心のどこかで、こうして暴かれることを望んでいたのだろうか。
中里は啓介の身体の下で、黙ったままでいた。さすがにこれ以上言葉を費やす必要はなさそうだった。その気力もない。
「……なあ」
耳元で男が囁いた。なんだ、と応じると耳にキスされる。男の唇が、耳殻に触れたまま動いた。
「来てよかったよ、ここに」
合わさった頬と反対側の頬を、啓介の掌がひと撫でした。そして触れていた頬が離れると代わりに唇が押しつけられ、それからすっと身体ごと離れていった。手を差し出してくる。中里はその手を掴んだ。手を引かれ、身体を起こした。
「さすがに腹減ったな。食おうぜ、ラーメン」
にこりと笑ったその顔は、少年っぽさを残したいつもの高橋啓介だった。金持ちの息子のくせにジャンクフードが好きな男の顔だった。
中里は立ち上がった。目眩がした。脳にまでまだ酸素が行き渡っていないようだった。でもそれくらいが丁度いいのかもしれなかった。まともな頭で考えてしまうと、身動きできなくなってしまいそうだ。
「とりあえず食って、だ。それからだよな」
後のことは後で考えればいいだろ。そう言って啓介は、中里の、ぐらぐらする頭をこめかみで支えた右手を握ってきた。ぎゅ、と力を入れられて、頭半分高いところにあるはずの瞳を見上げようとしたら、それはすぐそばまで迫っていた。目を閉じてキスを受けた。触れるだけの、しかし長いキスだった。なにかを誓われているようで、なにかを覚悟させられているようで、穏やかなのに、落ち着かなくなるキスだった。
「好きだぜ、中里」
触れ合った唇から振動が伝わる。
間近で啓介が笑った。
その笑みひとつで、いろんなことがどうでもよく思えてくる。後のことは後だ。
ようやく、苦笑を返してやることができた。それを見た啓介は笑顔を引っ込めて目を丸くし、それから、これでもかというほどの力で抱き締めてきた。
ほんとに腹減ってんのかこの馬鹿力が。
瞼の奥に湧き上がった熱さを散らすために、中里はそんなことを考えた。
end.
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答えは分かり切っている、という話。