左肩にかかる重みに視線を向けると、高橋涼介が心地良さそうに目を閉じて俺に寄りかかっていた。
そうだ、少し酒が入って忘れがちになっていたが、俺はこいつを眠らせるために来てやったのだ。
…だが、そこで俺はあることに気が付いた。

「…なあ高橋」
「…………………ん?」
「その…眠くなっちまったのか? 眠りかけてるトコ悪いんだけどよ、ここでこのまま寝ちまっても良いのか?」
眠りついてしまってからベッドに運ぶなんてちょっと出来そうになかったし、ここで眠るのは身体が休まらないのではないだろうか。高橋が完全に眠ってしまう前にその事は確認しておかなくてはならなかった。

「いや…ベッドで寝るよ」
「そうか…」

あれ?

そこで俺は更に基本的な事に気がついた。
「俺は…何処で寝れば良いんだ? ここのソファーか?」
「何言ってるんだ? お前は俺に肩を貸してくれるんだろう?」
「ああ…まあそりゃそうなんだが… ん?」
「一緒にベッドに寝ないと、俺がお前の肩を借りられないだろう」
「………………あ………そうか…」
そう言われれば当たり前のことだった。
…だったが、何故か俺は病院で肩を貸した時の延長のようなものだろうと勝手に思い込んでいたため、これから一緒に寝るっていう状況に、少し動揺しかけていた。

「お前の肩は本当に居心地が良いよな。こうしてるだけですごく…眠たくなってくる…」
だが、高橋の安心しきった声に、俺は自分を取り戻した。
そうだ、俺はこいつを峠に戻してやるために、肩を貸す約束をしたのだ。つまりは男と男の約束だ。
それを、こちらの勝手な思い込みのせいで動揺して高橋に不安な思いをさせてしまったら、折角肩を貸してやっても上手く眠れないかも知れない。
そうなったら、俺のせいで高橋は峠に戻れなくなる…。
そんなことにさせる訳にはいかなかった。

立派に約束を果たしてやるぜ!!…と、俺は心の中で炎を燃やす。

「…高橋、どうすんだ? もう寝ちまうならあっちの部屋に行った方が良いんじゃねえか?」
「いや、寝るのはシャワーを浴びてからにするよ。お前も風呂入りたいだろ?」
「ああそうだな。じゃあ先にここ片付けちまおうか」
とりあえず綺麗に平らげた皿をシンクへと運ぶ。それを高橋が食器洗器に並べてスイッチを押せば自動で乾燥まで済んでしまう。便利なものが揃っているから、高橋の所に嫁に来る女は楽ができるんじゃないだろうか。そんな取り留めも無いことをぼんやり考えているとPPPPPP〜と壁に並んでいるスイッチボックスから電子音が鳴った。
「風呂が入ったみたいだな」
ボタンで風呂を管理するシステムなのだそうだ。
「へえ、風呂もボタン一つで沸かせるのか。ほんと最近の家ってのは便利なんだなあ」
「折角だから、今日は温泉にしたぜ」
どうも温泉と水道水では使用料金がちょっと違うらしい。
「中里、先に入れよ。ゆっくり使ってくれていいぜ」
「何言ってんだ、主のお前が先に使えよ」
「いや、折角来てくれたお客様なんだから、遠慮なんかしないでくれ」
「俺は客扱いされる程のもんじゃねえだろ。俺には気を遣うなって言ったはずだぜ?」

どちらかがとっとと風呂に入れば良いだけの話しなのだが、変にお互い譲りあってしまった。

「中里が先に入らないなら…………そうだな、折角だし、一緒に入らないか?」
「……は?」
つい驚いて高橋を見ると、高橋はその整った顔を“とても良いことを思いついた”…と言ったような得意気な表情で飾っていた。
「広さはそれなりにあるだろう? このままここでどっちが先に入るか話し合っていたら、折角の湯が冷めてしまう。それに温泉は裸の付き合いをして親睦を深めるための場所だろ? 一緒に湯につかりながら、最近のナイトキッズの話しでも聞かせてくれよ中里」
「え……う…」
俺は返事を言いよどんだ。確かに高橋の言うことは、そのまま聞くと間違っている所は一つも無い気がする。群馬生まれ群馬育ちの俺は、仲間たちと良く温泉で親睦を深めたりしたものだ。…だが、これは何か違くないか…? 
だがそうやって、うんともああとも言えずにいると

「ああ、中里はもしかして…」
と言いかけてから、ふっ…と笑って、高橋は黙ってしまった。

もしかして何なんだ!?

「何だ、言いかけてやめるなよ」
「いや、ほら、修学旅行とかで一人はいただろう。みんなと一緒に風呂に入れなくて泣き出すやつとかが。そういうのだったら、悪いこと言ったかなと」
「ちっ違う!!そんなヤワな奴に俺が見えるのかよ!俺は別に普通に温泉に他の奴と入れるぜ!」
いささか興奮したまま「証明してやるぜ」とかつい口から出てしまい、俺は引くに引けずに、ずかずかと風呂場に向かった。単に高橋と一緒に温泉風呂に入るってだけの話しだ。それが他の…例えば職場の奴とかナイトキッズの奴とかでも同じことだ。…とそこまで考えて、

…いや…同じじゃねえ…か

と、俺は考えを改めた。

高橋とは走り屋のリーダー同士としての知人…、それだけの関係だったはずだ。
それが再会してから今日この日も、まるで旧来の友人並の扱いを受けている気がする。
つまり…高橋は俺と…友達になりたがって…いるのかも知れない。
一緒に酒を飲んで、一緒の風呂に入ったら、もう知人なんて枠は越えてしまうだろう。
何せ裸の付き合いをしたがってくれているのだ。
それで、ふと先日の高橋の言葉を思い出した。
走りたいと零した高橋は、俺に一緒に走ってほしいと言ったのだ。
赤城に行けば、未だ高橋はシンパ達に持て囃されると俺は思っていたが、あの態度からして、赤城の連中とは親交を断って久しいのかも知れない。不眠症に陥るくらいだから仕事仲間とも上手くいっていないのかも知れない。

だから高橋はきっと、俺にそういう意味で助けを求めているのだ。

そうか…そういうことか。

高橋涼介と親友になる。
それは俺にとって、走り屋同士だった頃ですら望み得もしなかった快挙に感じられた。だが、それでは高橋を利用するみたいだと、俺は直ぐに自分の心を戒めた。
俺は高橋涼介という男を買っている。群馬の走り屋の誇りを守った男だ。
その男が俺を頼りと思ってくれるなら、俺はそれに応えてやりたい。
それこそが友達と呼べる間柄だろうと。

「中里? どうした、服脱げよ。やっぱりここまで来て恥ずかしいんじゃないだろうな」
「え?…うわっ!」
考え事に夢中になっていた俺の前には、腰タオル一枚になった裸の高橋涼介が、腕組みして立っていた。
高橋の方が上背があるので、俺は見下ろされている感じだ。気づけばここは脱衣所だった。
「早く来いよ」
と、風呂場のガラスドアを高橋が開けて入ってゆく。温泉らしい匂いを含んだ湯気が流れてくる中、俺も決意して服を脱ぐ。あっと言う間に全部脱ぎ終わってから、少し考えて、腰にタオルを巻いてから、高橋の待つ風呂場へと足を踏み入れた。



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