ある若者二人の会話
「……まあな、とりあえず聞けよ」
「そう言われると聞く気なくなんだけど」
「お前、俺だってな、お前に話をしたくもねえよ。よりにもよってあいつの。でもな、一応俺もお前の境遇には同情? してるから? こうしてわざわざ時間を割いて、疑問を解消してやろうってお前、重い腰を上げて来てやってんだからよ、そりゃ聞いてもらわなきゃ仕方ねえだろ」
「お前ムカツクな」
「よく言われるぜ」
「っつーかよ、何で来やがってんだよ。普通空気読むだろそこ」
「おごりだし」
「それかよ」
「面白そうだし」
「クソったれ」
「くれえで動くほど、俺は気楽な奴じゃねえよ、ったく」
「……話だろ」
「ああ。だからな、これに関しちゃ俺も大して何も知ってることねえけどよ。っつーか知りたくねえけどよ、詳しいことも」
「お前、あいつのこと好きか?」
「何だその俺の話をぶった切る容赦のなさは」
「俺は嫌いだ」
「……あー、何、その好きかどうかってのは、お前のアニキ殿と同じように、って意味?」
「別にそれでもいいけどよ。っつーかお前がそっちの方が俺は納得できる」
「すんじゃねえよ俺ホモじゃねえよ、ゼッテーあいつヤりたくもなんねえしヤられたくもなんねえよ」
「ゼッテー?」
「絶対」
「どういう基準だ、それ?」
「あ?」
「俺は野郎とどうこうしたいとか思ったことねえし、女とヤるほど楽しいこともねえと思ってるけどよ。あ、走りは別枠な」
「いや分けなくていいよそこは」
「けどよ、どこまで正常だ? チンコ見せ合うのも硬くし合うのも出し合うのも、まあアリだろ? じゃあその先流れでしごき合うのはダメか? 尻に手ェ突っ込むのも? それで流れでそうなっちまうってことがねえってのは、絶対に含まれんのか?」
「……俺はあいつとチンコ見せ合うこたあねえし、そんな流れもねえけど」
「そうすることもねえって、ゼッテーって言えんのか」
「…………どこまで正常かって?」
「話逸らすなよ」
「考えさせろよ、少し」
「……ああ」
「どこまでっつーと、正常は、やり方、その限度とかどうこうじゃなくて、気持ちの問題、じゃねえか。つまり……目的が、ただイきたいのか、そうしたいと思うのか……その相手と、その相手じゃなきゃダメだっつー……限定性?」
「限定っつーんなら、そこまでできる奴ってのがそいつしかいなけりゃ、そいつだけになっちまうんじゃねえの?」
「いや、そういう環境的なもんじゃなくてよ。環境的? うん、そういう……場によって左右される問題じゃなくて、何だ、感情、だから気持ちだよ。そいつじゃなきゃダメ……いや、そうじゃねえな、それが曖昧ってことか。だからな、そいつとしたいってことだろ。ヤりたい。そいつじゃなくても、つまり女がいねえから男でいいや、ってもんならまだ、本格的まではいかねえ、まあ引かれるだろうけどな。それが、そいつで男じゃなきゃもうムリだってなったら、そこからやべえだろ」
「じゃあそいつ限定で、他の野郎はどうでもいいって場合は?」
「そういう特別さがもうアウトだろ。……お前、聞きたいことってそれか?」
「どこまでダチで、どこまで恋人か、分かんねえんだよ俺は。こっちがヤりたくてあっちもヤりたくてって、相手が女の場合、恋人か、セフレか? エッチだけの関係って割り切ってたらセフレだけど、微妙な場合恋人か。で恋人だったら正常だろ。セフレっつーと妙な風に考える奴ばっかだからな。でもどうなんだ? 俺は分かんねえよ、金払って風俗行くくれえならセフレの方が安全だし安心じゃねえか、けどそれが異常になるのか? で、その異常さと野郎同士でヤるってことの異常さってのは、違うのか?」
「………………生物ってのは、多様性を持ってこそ、絶滅の危機を避けられる」
「あ? 何?」
「高校の頃、政経の教師がな。言ってたんだ、何かな、遺伝子を合わせて、限定されない、色んな可能性のあるもんを作って、生き延びていくことこそが生き物で、生殖はそのための手段に過ぎない……か? よくは覚えてねえけど、だから、雄と雌で、ヤるわけだ。人間ならチンコをマ×コに入れて、精子と卵子が出会ってどうこう、ってことは、それが正常だろ、生き物としては。手段の使い方としてはよ」
「それ言うなら、子供作る目的じゃねえエッチは正常じゃねえってことじゃねえの?」
「そこか、いや、最初のことだよ。人間ってのは色々できるってのが本来なんだから、その後にどうしてったってそりゃ人間だろ。でも最初はまず、男と女でできてるってことでよ。だってお前、大体の男子中学生なんて女の裸見ただけでチンコ勃てるだろ? それは正常なんだよ。誰もどうこう言えねえ。だからそこら辺からじゃねえか、根っからの、反射的な反応がどうなるかってことから」
「じゃあアニキも中里も、異常ってことか」
「……社会的に見りゃあ、そうなんじゃねえの」
「社会的じゃない風に見たら、どうなんだ」
「……異常か正常かってより、単純に……許せるか許せねえか……気持ち悪いかどうかってとこだろ」
「気持ち悪い」
「ムスコ見せ合うまではいい、けどしごきあ合うのはダメ。そういうのは、結局そこじゃねえの。女相手なら一線越えたらやべえなって感じだけど、男同士なら……だってお前、俺とキスできるか?」
「十万貰ってもやりたくねえ」
「でもよ、すんげえ不細工な女となら、十万貰ったらできるだろ?」
「……プライドの問題だな」
「でも俺とするよりゃマシだろ」
「ああ」
「そういう、根本的な……まあ、それが教育でそうなってんだか元々なのかはよく知らねえけど、そういうところでよ。ストッパーがあるわけだよ。そのストッパーが、ほとんどの奴についてる場合で、そこでそれより先は異常、それより前は何とか正常ですよ、って決められてるもんが、それが普通に見れる分での、社会ってことじゃねえかと」
「気に食わねえな、それ」
「まあ、そうか。で、それを考えたら、あいつらの、それは異常で、普通に考えてもまあ正常って言いたくはねえ、みたいな」
「気持ち悪いか」
「よくはねえよな、あれがくんずほぐれつしてるなんてのは」
「……俺はあいつ、中里が嫌いでよ」
「ああ」
「嫌いってのは、性格的によ、合わねえんだよ。人見下したような感じでよ、偉そうにしやがってる、クソ生意気なところが」
「あいつもそれお前に言われたかねえだろうな」
「そりゃ結構だ。で、考えたんだよ。アニキとあいつがそうなって、色々と俺なりに。考えねえと気になってどうしようもねえし。どうしてそうなんのかとか何でそういうことに、それで、俺があいつからコクられたらどうすっかなって」
「あ?」
「あいつが猛烈俺に惚れててよ、もうどうしようもねえって感じまでなってる場合。そしたら、俺フェラさせてやんなって」
「……………………それで?」
「下手すりゃヤっちまうかもな。ケツの穴広げてやるまではしたくねえけど、無事にチンコ勃ったらさ、やっぱ突っ込みてえじゃんどっか。って考えたら、俺は異常なのかと思ってよ。アニキのこともあいつのことも、どうこう言えんのかってな。それでよ」
「……で?」
「お前はどうだ?」
「は?」
「そういうもう、何でもしますお願いしますって感じの雰囲気あるあいつにコクられたら、どうする? 殴るか蹴るか断るか、ヤっちまうか? それが聞きたくてよ」
「お前、アニキとかあいつのことじゃねえのかよ、聞きたいことって」
「そりゃもう、どうでもいいんだ。考えて考えて考えまくったから、もう考えねえことにした。結局あいつぶっ殺してえって結論しか出ねえし」
「……殺してえ?」
「あいつがいなけりゃアニキは……まあ、いいよ。で?」
「……しかし、長い前フリだな」
「でもお前、あいつのこと好きだろ」
「だからお前のその脈絡のなさは何だよ。好きじゃねえよ、嫌いでもねえけど」
「俺はお前のことは好きでも嫌いでもねえから、正直お前にどう思われようがどうでもいいんだけど、お前あいつにどう思われても気になんじゃねえの? だったら好きか嫌いかってことだろ」
「何で俺がてめえにそこまで言われなきゃなんねえんだ」
「別にてめえがあいつとヤりてえって考えてるなんざ思ってねえよ。そういうところの話じゃねえ」
「…………俺、嫌いって言葉は気に入ってるけど、好きって言葉は嫌いなんだよ。無責任でよ」
「無責任?」
「一つのもんをずっと好きでいる奴なんてそうそういねえだろ。だからまあ……俺はあいつは嫌いじゃねえけどな。馬鹿な面もあるけど、やることはやる奴だし。でもそれだけだ。絶対あいつとどうにかなることはねえよ。いや、なることがないってんじゃねえな。しねえ。俺はな」
「ゼッテー?」
「絶対。お前の言うみてえに、土下座するまでって雰囲気の感じのあいつがきたところでな、俺は……逃げるだけだ。あいつとそういうことは……そういうのは、気に食わねえ」
「プラトニックだな」
「お前の言語感覚もな」
「何?」
「気に食わねえ」
「あっそ。しかし、ガムテだか何だかやってる割には、臆病だな、お前」
「正常って言えよ。俺はてめえら兄弟みてえに異常じゃねえ。普通なんだ。普通の考え方して、普通の無茶して、普通に生きてる。一緒にすんなよ」
「同情すんぜ。そこにしかいられねえってことに」
「ありがとよ。俺も同情するよ、そういう見方しかできねえとこにいるってことに」
「ムカツク奴だな、お前」
「よく言われる。終わりだ」
「おい、俺より先に席立つんじゃねえよ」
「俺はこれ以上てめえのツラ見てたくねえんだよ、想像しちまうから」
「ムッツリじゃねえか」
「吐き気がする」
「カくなよ。げ、小銭ねえ」
「そう言われるとしたくなってくんだけど」
「千円で…………………………どうも。何?」
「何でもねえ。…………雨、降りそうだな」
「そうか?」
「匂いがな」
「お前、ヤりてえだろ?」
「……あ?」
「あいつと。俺はやっぱ気持ちわりいけどよ。あいつからきてもな、でもそういうところでいつもと違う感じもあるのかもしんねえ。けどお前、普通でそうだろ」
「……高橋、俺はな、お前のこと全肯定するようなお前の取り巻きとは違うんだぜ」
「ごまかしてる奴ってのは、分かるんだよ。匂いでな。俺はアニキを滅茶苦茶にしてやりてえって思ったことあったから。もうねえけど。でもそれが、思い出せる。感じとして」
「思い込みじゃねえか、くだらねえ。大体、仮にそうだとして、だったらお前はどうすんだ?」
「どうもしねえ。所詮、走りにゃ関係ねえんだ」
「そうだな。俺は今、てめえのことを滅茶苦茶にしてやりてえよ」
「できもしねえことを」
「キレそうだ、マジで」
「ふうん。じゃあな、臆病者」
「ああ、変態」
「てめえがな」
「……………………クソ、雨、降るかな、しかし………………最悪だ」