ある若者二人の会話2

「……今日も雨か。残念だな」
「……まあな」
「違うか?」
「あ?」
「異論があるという顔だよ」
「……俺はこの場でお日様テッカテカってのも、似合わねえような気がするだけだよ」
「しかしもう三日も雨だ。君は雨は好きか?」
「まあ、晴れてる方が良いとは思うけど」
「俺は嫌いじゃないな。色彩が落ち着くような感じがする。けど三日も続くといい加減、鬱陶しくなってくる」
「天気の話か?」
「そう急くなよ、時間はたっぷりある。君は今日、休みだろう?」
「何で知ってんだ」
「当てずっぽうだ」
「……ああ、そう」
「俺がそんなことまで知ってるわけがないじゃないか。探偵か興信所かと勘違いしてくれるなよ。それにそんなに暇じゃない」
「まあ、そうだろうな」
「ああ、俺は昔から一秒一秒に意味を持たせるように生きてきたもんでね。無為ということが嫌いだった、あるいは何もないことへの本能的な恐れ……」
「それ、あんたの話か?」
「こういう展開は好きじゃないか?」
「っつーか、その喋り方がちょっとな。慣れねえっつーか」
「なるほど。しかし冷静さこそ話し合いの場では重要じゃないのかな。声の大きな者が利権を獲得する世の中は、推奨されうるものではないだろう」
「話し合い?」
「話し合い」
「俺とあんたが?」
「俺と君が」
「何を?」
「さあ」
「…………あー、前にあんたんとこの奴が妙義山で、リアバンパーぶっ壊したことあったのは、俺の責任だ」
「なるほど。しかしそれは当人同士で片がついていることだろう」
「…………何だかな」
「ん?」
「いや、俺別にあんたと話すことねえんだけど」
「ならなぜ来たんだい」
「……クソ、きめえ……」
「何?」
「いや、何でも。あー、何で? 来たのか? そりゃ、おたくが呼んだから」
「俺が呼んだらいつでもどこでも駆けつけてくれるのか?」
「そりゃまあ、アンパンマンみてえにバビューンって」
「それは良いな、これから使わせてもらうよ。俺もよく危機には見舞われるタチでね」
「恨み買ってそうだもんな、あんた」
「事実を明るみにするということは、リスクが伴うんだな。みんなできれば人には嫌われたくないらしい」
「あんたは違うのか」
「俺もそうさ。じゃないとそういう感情は分かっていないだろ」
「らしい、とか言うからよ」
「全員が全員そうとは誰も言えん」
「……………………本気にしたか?」
「君はもしかして、もっと砕けた口調の方が喋りやすいのかな」
「……もしかしなくてもそうだな。普段がそれだから」
「あんまり粗い言葉は好きじゃないんだけどな。まあ今はスムーズに言葉を交わすことを優先しよう」
「交わすも何も、俺はおたくの話を聞きにきただけでよ、別に俺が話すことは何もねえんだけど」
「啓介が呼び出したって?」
「……あんたら兄弟ってこう、突発的っちゅーか、イキナリ話始めるってところでよく似てるよな」
「あいつの場合は考えなしで、俺の場合は計算だ。そこに違いがある」
「そうか……計算か……計算ね。で、それで、その計算はどこに辿りつく予定なんだ」
「お前の抱える疑問だよ。俺は誰かと話す時は双方に利益が生じるようにしたいんでな」
「利益……計算とか、やかましいな、まったく……いや、ああ、何だ、ケースケ? 弟? 呼び出されたよ、それが?」
「失礼なことをしなかったか。あいつは直情径行だから」
「あー……静かなところで、人のことを勝手に色々決めてくれたぐらいだよ。別に、俺は気にしちゃいねえし。事実じゃねえし」
「参考までに、どう決めたのか聞かせてもらえるか」
「……………………話したくねえな」
「そうか」
「…………中里が」
「ん?」
「いや、中里のことを話すつもりなら、俺は帰るぜ。そのことに関して俺が話すことは何もねえから」
「しかしお前はそれを聞きたいんじゃねえのか?」
「あいつの何をあんたに聞くってんだよ。どういう体位でヤってるとかか? ホモかよ俺は」
「知りたいなら教えてやるぜ、手取り足取り」
「腰取りか? 面白い冗談だな。腹が痛くなる」
「興味があるならお相手するよ」
「……………………あんた、元からそっちなのか?」
「どっちでも。来る者は拒まず去る者は追わず、それが俺のモットーだ」
「……あー、何、じゃあ何だ、あんたここで、俺が……抱かせてくれなり抱いてくれなりっつったら、やんの?」
「準備が必要だけどな」
「…………お前、毅と付き合ってんじゃねえのか?」
「あいつからどう聞いたかは知らないが、セックスだけだよ。それ以上はあいつが踏み込ませない」
「……何?」
「俺は何でも良いって言ったんだ。何でも良かったからさ。分かるか?」
「分かんねえ。何だ、あんた、じゃあ仮に俺とここでヤったとして、それは何だ? 何になる?」
「セックスさ。ただの」
「た……中里のもか?」
「俺にとっちゃ変わんねえよ。最初に否定したのはあいつだ」
「……話が分かんねえ……っつーか……分かりたくねえのか……分かりたくねえな。うん。分かりたくねえ」
「誘ったのは俺だよ。興味があったからさ、どこまでいけるのか。予想だとああいうタイプは完全に流れに乗るはずだったんだが、あいつはどうも真面目すぎるんだな。全部の責任を取ろうとする。俺のまでだ。失礼だと思わないか? 俺の責任は俺のものだぜ、それまで奪おうとするんだから」
「……分かった、それ以上話すな」
「分かったのか?」
「分かったよ、あんたがとんでもねえ変態だってことが、よおくな。もう俺はあんたとは何も話したくねえし、あんたの弟とも何も話したくねえ。あんたらと関わりたくねえ、あいつとも関わりたくねえ」
「全部切り捨てるのか。できるのか」
「全部取り上げる理由が俺にあるってか?」
「せめて中里くらいは救ってやれよ。あいつ、そろそろ限界だぜ」
「救う? 俺が? あいつを? 救う? おもしれえよ、あんた。救うなんて、そんなワケの分からんこと、事情も知らねえ俺がやるとでも思ってんのか?」
「じゃあ俺が救うことになるけど、いいのか?」
「言ってる意味が分かんねえよ。何なんだ、救うってのは。そんなの映画かテレビででもやってろよ」
「絶対的な救世主になるってことだよ。あいつにとっての。大分蹴落としてやったからな。地獄の底で鉄の梯子だ、のぼってこないわけがない」
「……分かった、分かった。じゃあ、俺は失礼するよ。お茶、どうも」
「俺の頭がおかしいと思ってるか?」
「まともと思うには努力が要るな。だってお前、あいつだぜ? どこが良いんだかな」
「どこがか。そうだな、お前みてえな奴が周りにいるとこだな」
「ああ?」
「啓介もそうだが、つまり……意識をしてるのに、結局手を出さない……そういう、自己防衛に専念している……そのくせ、恨みだけは募らしていくっていう……悪循環。少なくとも、見ていて飽きない」
「……やべえな」
「ん?」
「おたくの弟もそうだけどよ、あんたもな、俺の……こう、頭がな。キレそうになる。話してると」
「キレたらどうなるんだ?」
「殴っちまうよ。ボコボコに。俺、前やってんだよなあ、二回くれえ。マジでキレんの。記憶が飛ぶんだよ、ちょっと。やべえんだそれは」
「見てみてえな、それは」
「やめてくれよ、俺の人生が台無しになっちまう」
「その時のお前の言葉を聞いてみてえよ。本心からの。今はお前、俺のことを見下してるだろ。だからごまかし切れると思ってる。まあいいけどな、そのくらいの余裕のある奴じゃねえと、話しててつまらねえ」
「帰って良いか?」
「駄目だ」
「離せよ」
「断る」
「あのよ、リーチの差は大きいけどな、実際こういう時に大切なのは、決断力だぜ。迷わず股間を蹴り上げる意思だ」
「それだけか?」
「………………と、まあ、後は……迷わず頭突きを食らわせる意思…………だな」
「…………なるほど、よく味わった」
「……痛くねえ?」
「痛い。しかし、それだけの思い切りがあるのに、何であいつに手を出さなかった?」
「だからよ、あんたら兄弟何で俺をホモにしたがんだ? やめてくれよ、マジで、俺はそういうのだけは嫌なんだよ。どいつがやったっていいけどよ、俺は、あいつを…………放っときてえ」
「見ていることが至上の喜びか。無欲だな」
「そんなんじゃねえっての。ああクソ、やりすぎた、いてえな」
「なあ、俺を見境ないとか思わないでくれよ。やるつもりはなかったんだ」
「思わねえのには努力が要るよ。あんた、頭いかれてる」
「反論の余地もない。けど、本当だ。あいつ以外に今は、何をするつもりもない」
「……うるせえな……」
「否定されるのは否定されるので、いいもんだぜ。そこを守ってやりたくなる。あっちが訂正しようとしてもな。だからそれ以上は進めねえんだよ。最初の間違いが引きずられる。永遠の後悔だ」
「……クソ、うるせえよ! 矛盾ばっかじゃねえかてめえ、うぜえんだよ、死ね!」
「死ねか。断る」
「だからうるせえよ!」
「いや、俺にはお前も矛盾だらけに見えるけどな」
「そうやって人のことを決めつけるところがてめえら兄弟いかれてる証拠だ、全部自分が正しいと思いやがって! あいつもそうだ、全部自分が正しいか間違ってるか、どっちかしかしやがらねえ! どいつもこいつも半端がねえ! クソだクソ、死ななきゃ分かんねえんだ!」
「気をつけろよ。そんな状態で運転したら、事故を起こしかねない。お前が先に死ぬだろうよ」
「てめえは、女とヤってりゃいいじゃねえか何であいつと、ヤってんだよ。ふざけんな、俺は知らねえぞ、何も」
「誰も手に入れられないものを手に入れることだよ。誰も見ないものを見ることの、優越感だ。知らねえだろ?」
「………………………………あ」
「………………鼓膜は……無事だな、うん」
「…………悪かったな。やる気はなかったんだ」
「煽ったこっちも悪い。自業自得だ。まあ、楽しかったよ」
「…………どこに利益があった?」
「どうでもいいだろ、細かいことは。それで? 他に、聞きたいことはあるか?」
「……何も。そっちは?」
「何も」
「……失礼するよ」
「お気をつけて」
「…………手が…………頭………………いてえ…………雨なんか降んじゃねえってな、何が………………俺が、どうして…………いや、もう、いいか……」




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