ある若者二人の会話3
「うっわ、ひでえ顔。どうしたの」
「頭突きにビンタだ。手加減なしでな」
「女じゃねえよな。そんな女いたら、俺が惚れるぜ」
「男だよ。庄司慎吾だ、お前以前に会ってるだろ?」
「あー? ……ああ、あー、何で?」
「惚れるか?」
「ムリムリ、死んでもムリ、天国行けてもムリ。で、何で?」
「呼んでみたんだよ。お前が失礼してたらいけないと思って。そして煽ってみたらキレられた。まったく分かりづらいんだよな、始まりが」
「マジで? うわ、嫌だ、下手すりゃ俺がその顔かよ。油断ねえ」
「人の顔見て嫌だとか言うなよ。失礼な奴だな」
「だってアニキ、今すっげえ不細工だぜ。俺から見たら」
「お前から見たらな。まあ額に瘤で頬には手形じゃ一貫性がないか」
「何、何の話したんだ?」
「失礼な話さ。我ながら。面白かったぜ」
「……煙草吸っていい?」
「ダメ」
「何だ、そこまで機嫌良くねえじゃん」
「ゲームなら二時間まで目をつむってやるよ」
「今おもしれえのないんだよ。来月出るみてえだけど」
「煙草はやめろよ。体に悪い」
「アニキに言われてもなあ。初めに吸ってたのアニキじゃん」
「俺は一年でやめた。お前、六年目だろ」
「量は減らしてるよ」
「まあいいけどな。お前のことだ」
「アニキのおもしれえ話って、こええんだよな。ビンタだろ」
「ビンタだ。痛かったよ。ありゃ殺す気できたな」
「ビンタで?」
「まだ理性があったってことさ」
「でも殺す気かよ」
「殺したかったんだよ。俺を。あるいはお前をな」
「俺?」
「あの男をホモ扱いしたんだろ?」
「あー? …………ああ、だってあいつホモだろ」
「本当にお前は失礼な奴だな。兄として恥ずかしい」
「アニキにそれ言われたくねえんだよ。だってあいつ中里ンことヤりてえはずだぜ、あれ。いや、ヤられてえのか?」
「俺もそう思ったが、あれは違う」
「思ったのかよ。っつーか言っただろそれアニキも。まったくシツレイなヤツだな」
「兄弟そろって失礼じゃあ、親に会わせる顔がないな」
「アニキがホモって段階でねえよ」
「お前それ、俺に喧嘩吹っかけてるか?」
「お、やるか? いいぜ俺は、今ならアニキの髪の毛引っこ抜く自信あるし」
「兄貴を禿げにしてどうするんだ」
「ネタ」
「お前の話のネタのために俺の毛根はやれねえよ」
「っつーか、ちげえの? ありゃゼッテーホモだって、じゃねえとあそこまでこだわんねえって」
「彼の場合は友情を美化してるんだよ。聖域に入れてしまっていると言ってもいいかもしれない。つまり、自分が普通だから、その自分と友人である中里も普通であると思いたいし、周りに思わせたい。今までの中里を損ないたくないんだ。また、それがそれまでの中里のためにもなると知っている。健気だな」
「プラトニック」
「その通り。おそらく、彼は暴力によって多くの人間を屈させてこれたんだろう。だが中里はそうはできなかった。なぜだろうな?」
「さあ。っつーかあの、あれ、そんなにすげえ奴か? そんなにやりそうな感じはしなかったけどな」
「キレたら何を仕出かすか分からんとか言う奴は大概がコケおどしだが、あれはお前と似たようなもんだぜ」
「俺?」
「頭の主要な回線が二、三本ぶち切れてる」
「どういう意味だよ」
「そういう意味だ。お前のことはお前がよく分かってるだろ?」
「……カッコイイ?」
「それは似てるとは言いがたいな」
「あれか、殺すか殺されるかのサバイバルってか」
「殺し合いか。やめてくれ、親父とおふくろを殺人犯の両親にしたくはない」
「やんねえよ、そういう精神だよ、精神。それに俺がやるならあいつじゃねえよ」
「中里か?」
「……俺、アニキのそういうところが昔ッから、嫌なんだよなあ」
「何でもかんでもお見通しさ。ははは」
「いや笑うところじゃねえし」
「なんてな。当てずっぽうだ。正直そうとは思ってなかったから、今驚いてるところだよ」
「煙草吸っていい?」
「今度な」
「別にやんねえよ。あいつやったって、俺に何の得もねえ。あいつに人生潰されてたまるか」
「俺も男同士の痴話喧嘩で死人が出るところは見たくねえよ」
「誰が始めたんだよ最初に」
「誰だっけな?」
「はっはっは。バーカ」
「まあ、だからだな、彼は特別にしてしまったんだよ。それまで暴力をふるっていた人間と同レベルにいる相手だった。実際拳を交し合ったこともあっただろう。そういう次元の奴らだ。しかしいつの間にか彼はそこに何らかの、それまでの人間と違う魅力を感じてしまった。そしてそれを取り上げてしまった。けれどそれからどうするかは考えていなかった。だから彼は進めもしないし、かといって以前のように暴力で交渉することもできないんだ。何ともプラトニックだな」
「臆病なだけだろ」
「お前もそうなんじゃねえのか」
「何?」
「手ェ出せねえだろ。まあお前の場合はヤられてえってのはないんだろうけどな。あんな奴に」
「あのよ、俺はあいつがアニキにフラれたとかアニキに一服盛られたとかアニキにバイブ突っ込まれっぱなしにされたとかで、勝手にやるっつって頼み込まれたらトコトンやってやるけど、そうじゃなけりゃ放置だよ放置」
「お前、兄貴を使ってそういう仮定をしてくれるなよ」
「そんくれえになんねえとヤんねえってことだ。俺からなんざ死んでも嫌だな、あんな高慢チキ」
「俺としちゃ、放置するよりはヤッてくれる方が気分的にマシなんだがな」
「あ? 何、アニキ、あいつがあいつにヤられてもいいの? あいつヤッても?」
「極端なこと言っちまえば、死ななきゃ何でもいいだろ。自由が一番だよ。俺は縛りたくもねえし縛られたくもねえんだ、もう。あいつもそうしてくれる。今までこんなに気楽な関係はなかった」
「……何かあいつに言われたか?」
「中里は何も言わねえよ。優しいから」
「優しい? あいつが?」
「弱い人間には優しいのさ」
「うそくせえ。っつーかあいつじゃねえよ、あー、ショウジ? シンジ?」
「慎吾だな。そっちも別に何ってんじゃねえよ。うぜえとかやかましいとかうるせえとかきめえとか、変態とか矛盾だらけとか死ねとかぐらいかな?」
「フルコースじゃねえか。あの野郎」
「セックスだけの関係ってのは、ダメかな」
「一発バトルしてやるか。あ?」
「バトルに私情を持ち込むなよ。収拾がつかなくなる」
「しねえよ。まあ、エッチだけ? いいんじゃねえの? それ異常っていう奴の方が、俺は信じねえぜ。何が生物だ、何が社会だ。そんなもん知るかっつーの。人間なんざヨクボウのカタマリだよ、ヨクボウ」
「しかし、限界なんだよな」
「溜まってんの?」
「そういう意味じゃない、俺が……いや、あいつか。心を満たすことを基準にしてる奴ってのは、肉体が満たされると混乱するんだよ。その混乱が限界に達してきている。爆発しちまえばいいんだけどな。バアン。そしたら新しいものを作れるのに」
「エッチだけ?」
「に、こだわらないところさ。でもあいつは我慢が美徳だと思ってるし、庄司慎吾はそれを嫌っている。嫌っていう感情は特に他人に波及しやすいんだ。だからあいつの我慢にも拍車がかかる。何もかもは終わらない。快楽ってのは恐ろしいもんだよ、まったく」
「で、これからどうすんだ?」
「どうもしねえよ。時期がきたらあいつも素直になるだろうさ」
「なんねえと思うぜ、俺は」
「そうか?」
「アニキがどうにかしねえとよ。っつーか、アニキにどうにかして欲しいんだろ? 変態だから。ショウジ、何たらがやってくんねえから。だってあいつはホモだろ」
「お前、あいつに怒られるぞ」
「知るか。だって先にアニキに迫ったのってどうせあいつだろ?」
「いや、俺からだ」
「マジで?」
「そうじゃなけりゃ、あいつは俺とヤることなんざ一生考えもしなかっただろうよ」
「……まともだったのか?」
「であろうとした、ってところかな。だから庄司慎吾みてえな奴が集まるのさ。できねえことをやろうとするから。同情される。それを分かっていて、それが嫌だからもっとやろうとして……実際やっちまって、後がなくなっちまって、いつも気張らざるを得なくなる。そういう切迫感がな、好きな奴は好きなんだよ」
「俺はそういうの、嫌いだけどな」
「俺も好きってんじゃねえよ。その辺のあいつはどうでもいいんだ。ただ最初の予想が外れたから、どのくらいまで当たるのか試してたら、だらだらとまあ続いてるわけさ。でここまできたら、変革も見ておきたいなと」
「あー……あんま聞きたくねえっつーか俺もそろそろいよいよどうでも良くなってんだけどさ。アニキの最初の予想って、何だったんだ?」
「あいつが俺の性奴隷になる」
「……あのよ、弟として言わせてもらえれば、それありえねえ。マジで」
「冗談だ。半分な」
「俺のジョークセンスはアニキとは別物なんだけどよ」
「そんなに悪かったかな?」
「っつーか冗談になってねえ。半分も」
「いや、完全に丸め込めるかなと思ったんだよ。丸め込めたんだけどな。どうもあいつは、意地が強すぎる。責任感も」
「身の程知らずだろ。俺はあいつのそういうところも嫌いなんだ」
「人間なんてみんな身の程知らずさ。お前だって」
「アニキもか?」
「俺もな」
「……………………あれ、何の話だっけ?」
「俺の顔が不細工になったっていう話だな」
「うわ、恨んでるな、アニキ。悪かったよ、ホントのこと言って」
「そういう謝り方が通用するのは今のうちだけだぜ。………………お、晴れてきたな」
「マジか。よっしゃ、いいんじゃねえの雨上がりの路面、これ最高じゃん」
「走るのか?」
「いつまでもアニキの不細工なツラ見ててもしゃーねえだろ。どうせガス入れるつもりだったし。んじゃ行ってきまーっす、っと」
「行ってらっしゃい。…………晴れ……まあ、確かに太陽は……似合わねえか……………………それにしても、ホント、痛いなあ……」