愛してみましょう



 奥まで入れられて、尻に腰を打ち付けられている時でも、慎吾は随分と浅い部分での意識すら手放せなかった。体のうちに生じる感覚と、視覚や聴覚からもたらされる感覚が、まるで別次元のもののように離れており、かつ思考は冷静で、そのため自分の尻の穴に性器を出し入れしてきている中里の顔などはよく見えていた。眉間を狭め、目を細めて、汗と唾液にまみれさせた皮膚を赤くしているその顔の、些細な快楽による表情の変化も、慎吾の目はしっかりと認めていた。自分の身に生じる気持ち良さよりも、自分が中里を『そう』させているということに慎吾は征服欲を満たされ、万能的な快感を得る。だが同時に不安そうに、だがしっかりと動き続ける中里の、うっとりとした顔を目にすると腹立たしさすらも得た。それは手に入れたいと望んだ慎吾へと手を差し出してきた中里への、最初からの怒りと失望で、自分で自分のものをしごきでもしなければ、そんな精神によって萎えてしまいそうなほどだった。別に悪くねえ、と思い、それが悪いのか、と思っている間に、勢いを緩めない中里が、不意に名を呼んできて、ぞくりと背中があわ立ち、動きと合わせて自分でしごいているものが脈動した。そして中に入っている肉を締め付けたのち、数秒して、中里の動きが止まる。そこまできて、いつも通り、やっと終わった、と慎吾は思うのだ。


 高校の頃、慎吾は悪友たち数人と結託して、何回か女性を強姦したことがある。例えばそれはある同級の生徒の姉で、顔は特に綺麗でもなかったが体は良く、その同級の生徒を脅して部屋に押し入り、ベッドに縛りつけ、散々ヤりまくったものだった。避妊はしたし、殴りもしなかった――そこまでしなければ、狂人ではないと思っていたからだ。ただ金を盗って、最中の写真も撮って、告発できなくはした。今、その生徒とその姉が何をやっているかは分からない。その後もたまに夜中に歩いている女性をうまくたぶらかし、部屋に連れ込んで数人で犯しながら写真を撮った。報復を受けるかもしれない、と考えることすら刺激的だった。とにかく楽しかったのだ。初めは拒んでいた相手が少しずつ身を開いていくさまが、従順になっていくさまが、助けを懇願するさまが、泣いて性器を濡らすさまが、人格が蹂躙されていくさまが――それらを見るだけで股間がいきった。
 彼女ができても、車に乗り始めても、時折『それをしたい』という衝動が脈絡もなく起こった。峠のギャラリーの女性をおだててその気にさせて、部屋に連れ込み縛り上げる。甘えるような笑顔に怯えが混じり、全体がそれに支配され、結局快楽にすりかわるさまを、じっと眺めていると、それだけで欲望が解消されていくのが感じられた。特に複数で犯し尽くすのが好きだった。要するに、勿論突っ込むことは第一だが、女が快楽に狂わされている姿を見るのが好きなのだった。
 彼女にはそんな乱暴なことはせず、優しく優しく抱いてやった。気を遣いすぎて腰が引けて、毎回『愛されていない』と解釈されて捨てられた。その度に言うことを聞きそうな雌を探し、暇な奴も探して、みんなで『愛した』。こんなもんだろ、と慎吾は思っていた。ある程度可愛くて、話の通じる女性がいれば、流れで触り合って、結果的に付き合って、話が通じなくなったら、別れる。それが恋愛で、好きにできるセックスとは別物だ。そう思っていた。その頃はまだ、ひたすら感情を動かされる相手がいることなど、知らなかったのだ。


 今まで自分が女性にしてきたことをされるということは、何かの皮肉のようにも慎吾には思えた。出会った当初はこうなることを想像すらしなかった。ただその姿を見る度はらわたが煮えくり返るようで、その姿が見えないと落ち着かず、喋ることが一から十まで気になっただけだった。嫌いだった。あるいは、嫌いだと思い込もうとしていたのかもしれない。少なくとも感情をかき乱される理由として、好きであるという結論は、その当時の慎吾が求めるものではなかった。時は経ち、気付いた時には遅いと思われ、だから迂闊に口にして、やたらと取り乱した。計画を立てられなかった自分が惨めで泣きまでして、しかし打算もしていた。同情は引けるだろう。実際中里は手を伸ばして慎吾を掴んだ。そして慎吾が決断せぬままに、過去女性と付き合い始めた時のように、流れによってすべては決まった。慎吾にとって予想外だったのは、中里の行動力で、たまたまその自宅だったというせいと、打算的思考の持続もあったのか、意外にもセックスに際して主導権を握ることを知っていた中里に、慎吾は圧倒され、それ以来今まで立場は変わっていない。しかし皮肉にしては不完全な現実だった。今にしても、中里が慎吾の人格を蹂躙することも、快楽に狂わせることもなく、出したらそれで終了という気楽なものだった。何かに思考を囚われながら、慎吾はシャワーを浴びるために立ってから、一服している中里を向いた。
「明日……お前、何かあったか」
「いや、休みだ。昼まで寝て、洗車する。晴れるはずだしな」
 そうか、と頷いて、裸のまま風呂場へ行った。悪くねえ、と思う。なら良いのか? そういうことでもない。ひとしきり湯を浴びて、下半身が普段通りに動かないことに鬱陶しさを感じつつ、パンツだけを履いて風呂場から出ると、ベッドの上に裸のままの中里が寝ていた。こりゃ女もできねえよな、と思いつつ、その体を奥へ押しやって、ベッドの十分なスペースに寝転がって、慎吾は目を閉じた。


 夢を見た。泣き叫ぶ女が友人の体の下にいる。女のすすり泣きが次第に喘ぎ声に変わっていく。慎吾はそれをデジタルカメラで撮影し、いくつかの画像をチェックする。そのうちいつの間にか声質も変化していることに気付く。聞き覚えのあるかすれた低い声が、高く、鼻にかかったものになっている。カメラのレンズ越しに見た映像には、誰のものか分からない尻を両足で挟み、大口を開けている中里がいる。音と画像が剥離している。慎吾はカメラから目を離す。その瞬間に中里は自分の下にいる。喉の奥が見えるほどに口を大きく開いて、嬌声を上げて、媚びた目を慎吾に向けている。陰茎に熱いものが絡み付いて、こまごまと動いている感覚が生まれる。これは夢だ、と慎吾は思う。だが股間を覆う感触はひどく生々しく、水に溺れたように喘いでいる中里の吐息もひどく生々しい。慎吾は動かない。焦れたように中里が動く。まるで何もかもを吸い取られるように絞り上げられる。
 そして目が覚めた。起き上がり、パンツの中を覗いてみると、べっとりとしているくせに、まだ萎えてなかった。慎吾はパンツを脱いで、とりあえず風呂場で洗って、ついでにもう一度シャワーを浴びた。


 ベッドに戻っても、まだ中里は裸のままうつ伏せになっていた。そっと顔を近づけて、寝息を聞く。起きる気配はなかった。身を離して、奥に寄せたその体を、ごろんと仰向けに、ベッドの中央に転がした。さすがに起きるかと思ったが、やはり起きる気配はなかった。水分が蒸発していった肌のように、頭の芯がひどく冷えている。自分がこれから何をしようとしているのかについて考えはしなかったが、自然と体が動いていた。ベッドの下の引き出しを開ける。昔、誰かしらを家に監禁するために使った道具が残っていた。とりあえず手錠とロープだけを取り上げ、ベッドに戻って中里の左手首と右手首を、ベッドの柵の外に別々に出してから、手錠をかける。次に、掲げた状態を持続できるように、長さを調整したロープで右足首を手錠を繋いだ三本横のパイプに繋いでやった。最後に、脱ぎっぱなしで床に落ちていた中里のシャツを破き、それで猿ぐつわを噛ませた。これでとにもかくにも逃げられはしない。形を整えたところで、左足だけ手で押さえ、大きく股を開かせる。中里は何事かうめいたが、目を開けはしなかった。右手で持ったローションを腹に垂らして塗り広げる。その余りを性器から肛門へと伝わせ、周りをいくらか撫でてから、ゆっくりと人差し指を入れていった。
「ん」
 目をつむったまま鼻を鳴らした中里を、根元まで指を入れながら慎吾はじっと見ていた。完全に一本入り終わると、上下に動かす。中里の顔がしかまり、目が開いた。腕が動いたが、手錠とベッドの柵に阻まれ、中里はまず寝たままそれを見上げ、そしてにわかに現実を信じがたいというように目を見開くと、ばっと慎吾の方を向いた。
「――んんッ」
「おはよう」
 猿ぐつわのおかげで中里の声は言葉にはならなかった。ただくぐもった音として、慎吾の耳に届く。中里は身を起こそうとしたようだったが、両手と左足をベッドの柵に繋がれているために、背中を数回マット上で跳ねさせるだけに終わった。そうする間に力がこもったためか指を入れた部分が強烈に締まり、慎吾は左手で押さえつけていた中里の左足の上に腰を下ろし、空いた左手を骨がない肉に這わせた。腹にたっぷり落としたローションを流用して、じっくりしごき上げていく。中里は首を振っていたが、指への締めつけが少し緩まったので、力に力で対抗するように、慎吾は思い切り中をかき回した。
「ん、んん」
 顎を上げ、中里は後頭部を枕に埋めていた。慎吾は一旦中里を見るのを止めて、勃ち上がってきたものを咥えてやった。くぐもった声が盛んに上がったが、気にはしなかった。中には中指も追加して、でたらめに広げてかかった。ベッドにつながれている中里の左足が暴れていたが、慎吾に当たることはなかった。口の中のものが苦さを生みながら大きさを増していく。休むことなく慎吾は刺激を与え続けた。中里の腹がうねり、二本の指が再び締めつけられ、喉の奥に青臭いものが当たった。それから根元まで咥えこんで、指を当てながら絞り上げ、口の中に溜まったそれを慎吾は中里の腹の上に吐き出して、何度かえずいた。顎から落ちる唾を掌ですくうと、一旦右手の指を引き抜いた。中里の体が震える。その右足をまたいだまま、テーブルに置いてあったティッシュ箱からティッシュを数枚引き抜き、それで適当に拭った両手で、噛ました猿ぐつわを外してやった。唾液を口の周りに滴らせている中里は、自由になると同時に叫んだ。
「お前、何……これ、こりゃあ、何の真似だ!」
「セックス」
「ふざけんじゃねえ、これを外せ、これを解け!」
 中里は一度目の『これ』で両手を動かし、二度目の『これ』で左足を動かした。慎吾はこれで一日に計三回出したために柔らかくなっている中里の陰茎を適当にいじりながら、ふざけてねえよ、としれっと返した。
「いっつもやってることじゃねえか。何そんな怒ってんだ」
「いつもじゃねえだろ、こんなこと!」
「まあ形はともかく、俺がやるかお前がやるかのちげえだろ、所詮」
 話しているうちにも、右手の中のものは形を明確にしていった。中里は歯噛みをして、手錠を何度か鳴らした。慎吾はあっという間に勃起したものから手を離し、さっき破いた中里のシャツの残りを取って、足から腹へとまたがりながら、顔を顔に近づけた。
「ヤりてえんだよ、俺。お前を」
「……ヤ……お前、だからって、お前、こんな……こんなことする、必要、ねえだろ」
「逃げ出しそうだからな、保険だ保険」
「ふざけるな、俺はそんな……」
 動く唇の周りの唾液を舐め取って、それから下唇を舌で端から端までなぞり、歯で軽く挟んだ。それだけで言葉を切った中里の口に一気に舌をねじ込んで、歯茎や上あごをこすりつつ、まだ苦味の残っている唾を移していった。何度か嚥下した中里がむせたために顔が離れ、そして慎吾は手に持っていた布切れを再び口に噛ませた。大きく首を振って中里は抵抗したが、慎吾は『昔』の『いつも』のように容易くうなじで布を固く結びつけた。不服そうなこもった声が上がり、体が大きく動いた。慎吾は腹をまたいだまま、その頬を両手で優しく抱えた。
「もう十分言うこと言ったろ? なあ毅、お前俺が好きじゃねえのかよ」
 中里は動きを止め、鼻から大きく息をして、血走った目で慎吾を睨み上げた。その瞬間、首の後ろや背中の産毛が逆立って、簡単に勃起した。顔にはごく自然な笑みが浮かんでいた。
「こういうことされるとか、考えなかったか? 俺と付き合うことにして。お前だけがヤってられるって? まあよ、俺もそんな悪くなかったぜ、初めての時も――ってこういう言い方って処女ン時みてえだな――ついさっきも、まあ悪かねえんだよ。でもどうも、何か違うんだよな。俺ってそういう柄じゃねえんだよ、黙って耐え忍ぶっつーの?」
 頬から頭へと手を滑らせて、中里が顔を背けられないように強く掴んだ。睨んでくる目はずっと前から濡れている。どうしようもなく股間に血液が集まっていた。
「すんげえさ、好きだよ、お前のこと。ヤられてもいいって思ってたくらいな。とりあえず。でもヤりてえくらい好きなんだよ。お前のことさ、滅茶苦茶にしてやりてえの。そういうところにお前を引っ張ってやりてえんだよ。まあ、殴るとかヤバイ薬使うとか、ルール違反はしねえから、そんな抵抗すんなって。ただ俺、好きなだけなんだよ、お前のことが」
 恐怖か安堵か緊張か乾燥からか、見開いたままの中里の目の端から涙がこぼれた。慎吾はその光景に脳味噌が溶けそうな喜びを感じて笑みを深め、そのまま髪に隠れた額に唇をつけ、顔から耳へ、耳から首筋へ、それから右の肩、二の腕、肘の内側まで、ゆっくりと舐めていった。その間他の部分には一切自発的には触れず、肘の内側から似の腕、肩へと下りて、左の首の横へと向かい、上がって、耳をしゃぶった。何かを耐えるような、泣くような中里の声が間近に聞こえた。耳から口を離すと、右と同じように左も肩から肘の内側までを舌で往復して、鎖骨の間までいって、胸へ向かった。筋肉の合間を力を入れた舌で薄くなぞり、少し下りたところで、舌を引っ込め、顔を移動させながら合間合間で皮膚に吸いついた。乳首まで辿りつくと、一度柔らかく大きく全体を舐めてから、まず周囲をちろちろと撫でた。中里が低くうなり、身じろぎする。それからくっきり起立した乳首を舌でつつき、舐め、吸い上げ、唇で挟むなり、歯で挟むなりをした。腕と同じように、左をやったら右も同じにした。ただし時間は二倍にした。そこで一旦体を上げて、中里を見下ろした。枕に半分顔を埋めて、苦しそうに見上げてきた。目がずっと濡れている。
「気持ちいい?」
 真面目に尋ねてやると、一瞬首を横に振りかけたが、泣きそうに顔を歪めてから目をつむり、震えた調子で幾度も頷いた。胸より下に目をやると、その腹にまで勃っていったものが随分と光って見えた。
「エロイなお前」
 露骨に言っても、中里は目を開かなかった。ただ体を小さく一度震わせた。慎吾は声を出さずに笑って、腰を上げてその尻の後ろへ据え、ローションをたっぷり手に取って、睾丸からその下のすぼまりへと塗り込んでいった。中里は触れる度に痙攣するようにその身を震わせた。先ほど人差し指と中指を入れた穴にそれらを再び埋めて、ゆっくり中を刺激した。
「ん、む、んん、ン」
 甘い声を中里は出した。慎吾は指をそのままにして、邪魔な左足をその胸まで上げると、耳まで顔を寄せた。
「な、イイ?」
「ん」
「すげえなお前、俺お前みてえにそんな感じらんねえわ、マジで。なあ、イキたい? それともこっちの方がいいか。どっちでもいいぜ、お前が好きな方で。どうせどっちもやるし」
 囁くと、顔を大きく背けられた。ひとまず指をもう一本ねじり込み、浮いた背中には構わず、手持ち無沙汰の左手で髪の毛を掴み、顔をこちらへと戻した。
「まあ、それじゃどうとも言えねえよな。けど答えようはあるだろ。もう一回聞いてやるから、ちゃんとしろよ。まずじゃあ、イキてえの?」
 髪の毛を掴まれたままで不自由そうに、だが中里は懸命に浅く縦に顔を動かした。すがるとも拒むとも見える色の目をしていた。
「いいよ、できるじゃねえか。それでいいんだ。別に難しいこと聞いちゃいねえんだから。よくできたよ」
 慎吾はそっと囁いて、髪の毛を離してやり、中へ入れた三本の指は動かさず、左手で張り詰めた性器をぞんざいにしごいてやった。中里は腰を揺らしていた。簡単に声を上げて射精したそのさまを見届けてから、慎吾は自分のものをこすり上げた。中里の視線を感じながら、こちらも簡単に出すものを出し、すぐに終わるという危険を回避した。二人の精液がついた手で中里の右足をもう一度胸まで上げ、いよいよ指を動かした。馴染んでいたためか、特に引っかかることもなく様々な部分へ触れられた。やはり中里の腰は揺れた。声は絶え間なく上がっていた。復活するまで遊んでいるつもりだったが、既に勃起していたので、慎吾は指を中に入れたままコンドームを探し、口で封を開け、左手だけで何とかつけ、そして指をゆっくり抜いてから、それでゴムの表面を濡らし、ゆっくりと縮まりかけた穴へ先端を当て、腰を入れた。
「――ンンッ」
 喉が引きつったような声だった。慎吾はためらわず、一気に押し込んだ。その痛みは知っているが、加減をする気にはならなかった。最初が悪ければ、例え平凡だろうと、その次は良く思えるものだ。締め付けが緩まったのを逃さず動いていく。引いても押しても中里はかすれた声を上げた。その快楽に翻弄される浅ましい中里の姿と、久しぶりに得られる感覚に慎吾は没頭した。手錠が嫌な金属音を発し、ベッドはギシギシと鳴っている。
「……すげえ、よ、毅」
 切れ切れに呟くと、掴んでいる腰がぴくりと動いたように思えた。すげえ、イイ。何度も呟くと、入れている部分まで緩やかな反応を示した。まるで夢のようだったが、それよりも格段に快感があった。口を大きく開けない中里、苦しそうに呼吸する中里、何筋も目の端から涙を落としている中里、こちらの動きに合わせてくる中里――どれもが抗いがたい現実で、慎吾はあっさり初めての時を終了させた。


「……外してくれ」
 口の布を外された中里の第一声はそれだった。慎吾はまずロープを解いて右足を解放し、それから手錠を外して両手も解放した。どちらにも赤黒く跡がついていた。
「大変だな、こりゃ」
「……他人事みてえに……クソ、これ、どうしろってんだ……」
 そうして自分の手首を睨みながら舌打ちする中里の顔は、峠で見せる厳しさを持っており、慎吾は呆れて笑っていた。
「お前、何笑ってやがる」
「いや、別に」
 すぐに見咎められたが、慎吾は気にせず苦笑を浮かべた。どこまでやれば、これも崩せるのか、どこまで自分は『しようとする』のか、『できる』のか、それらはどうにも果てがないように思えた。今更の始まりは厄介しか生まないのかもしれない。それでも他人事だ、と慎吾は思い、笑い続け、最終的に中里に頭を叩かれた。