脱衣所から風呂場へと続く曇りガラスのドアを開けると、湯気の向こうで高橋涼介が頭からシャワーを浴びていた。その飛沫がざばざばとかかる中、俺は手持ち無沙汰にぼんやりと突っ立っていた。
浴槽に入る前にシャワーを浴びたいが高橋が使用中だし。
自然と、背中を向けている高橋に視線が向いてしまう。

「………………」

見てから、俺は少し後悔した。

高橋涼介は頭脳派で知られているから、もっと生っ白いようなイメージだったのだが…。
上背があって足が長いのは服を着ていても分かることだが、つくべき所にきちんと筋肉もついていて、かつ無駄が見当たらない。
鍛えて出来た身体というより、生まれつきの優良な遺伝子でそう形作られているような、そんな感じだ。
その上顔も良いし頭も良く金持ちときてやがる。
同じ男として、隣に立って欲しくない奴No.1が、目の前ですっ裸でシャワーを浴びている。

やっぱ、何か変な状況だよな…

「来たか、中里」
「え…あ、ああ」
髪を洗い終わった高橋が、俺を振り返る。
高橋は腰に巻いていたタオルは外してしまっていたから、こっちを向いた高橋のその部分が視界に入りそうになって、俺はあわてて視線を逸らした。
見ないことを俺はあえて選択したい。
そっちまで大幅に負けていたら、俺は男としてしばらく立ち直れないような気がするからだ。

「シャワー使いたいか?」
「ああ、湯船に入る前に軽く汗とか流したいしな」
だから、そんな堂々とこっちを向くんじゃねえよ…と視線をそらしていると
「うわっぷ!! な…何しやが…っ」
高橋がシャワーを唐突に俺に向け、頭からざばざばと湯をかけられた。しかも高橋は『ふふふふふ』と楽しそうに笑っている。
「っおいっ、やめ…ろったらっ」
こっちの制止の声も聞いてもらえず、しばらくざばざばと湯をかけられてから、高橋はシャワーを止めると俺の手首を掴んで湯船の方に引っ張っていった。
「おいっ」
「もうシャワーは使ったんだから、さっさと入ろうぜ中里。折角一緒に入るんだから、一番風呂を分かち合おう」
言ってることがさっぱり分かんねーぜ。高橋涼介。
俺は少々脱力したまま、されるがままに手を引かれていたが
「おい中里、腰にタオル巻いたまま湯船に入るつもりじゃないだろうな?温泉ルールのマナー違反だぜ」
「え?、ああ、いや、とるけど…よ」
高橋にそう指摘されて、確かに温泉や銭湯では、湯船にタオルを入れないのがマナーだよな…と、その指摘の正しさを内心確認しつつ……
…俺はさっき高橋にシャワーをさんざんかけられてビショ濡れのそれをはずした。
そして…そのまま浴槽のフチをまたぎかけた時、高橋の視線が、俺のそこに向かっているのに…俺は気づいてしまった。

「くす。」

!!!!!!!!!!!!!

わっ…笑っっ笑いやがっっっっ!!!

ちっっっちっちくしょっっっっ!!
ヒトのモン見て笑いやがるなんて!!くそっ!てめえ!てめえは一体どんなご大層なモン持ってやがるんだってんだ!

俺は怒りに頭に血が昇りまくって、勢いのまま、さっきまであんなに止めておこうと思っていた高橋のソレに、つい焦点を合わせてしまったのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



何か…よ…。デカいって言うより、こー…………………



…長くねえ…?




つか……





〇ってねえ…か?












…見なかったことにしよう。
体調とかだって、人それぞれだもんな。うん。

頭に血が昇った後、今度は急激に血が下がって目眩を起こしそうになりながら、俺はそのまま湯船に沈みこんだ。




「ああ…やっぱり温泉は気持ち良いよな。このマンションにして正解だったぜ」
俺の隣に並んだ高橋が、心地良さそうに湯を堪能している。
「はあ…」
「中里は温泉は嫌いか?」
「え? いや、好きだぜ。群馬に生まれて温泉嫌いな奴なんて少ないだろ」
「地元ならではの良さだからな。研修医先に東京の病院って選択もあったんだが、群大にして良かったよ」
「東京なんかより、こっちの方がずっと良いだろ」
「そうだな。…峠もあるし」
「ああ。峠がある」

俺達は目を見合わせると、互いに照れたように笑いあった。
うん、やっぱ『裸の付き合い』って言うくらいあって、湯に浸かりながらなら、今まで殆ど会話すらしたことのない間柄であったって、打ち解け合える感じがする。

湯船に身をゆったりと浮かべながら、俺は高橋涼介に促されるままに、最近の峠のことや、ナイトキッズの活動状況なんかを話した。
プロジェクトDが遠征を繰り返していた頃から、やたらと妙義にも遠征に来る他県の連中がいたこと。
高橋啓介のアドバイス(ちょっとムカついたけど)のお陰で、俺は連戦連勝だったこと。
同じチームの真悟と、相変わらずダウンヒルの最速を争っていること。
仕事も最近は特に忙しくなっていて、峠に行くのも辛い日もあるけれど、できるだけ週末は走りに行っていること。
俺の取り留めも無い話しを、高橋はどこか楽し気な雰囲気で聞いてくれていた。
あんまり自分の話しばかりするのもいけないかと、先日高橋が新しい車を買おうかと言っていたことを思い出して、そっちに話しを振ってみた。
そこからはもう、車の話しに二人で夢中になった。

「あの時は何となくノリでRX−8に決めつけちまったけど、本当は何狙ってるんだ?」
「RX−8はなかなか良い車だとは思ってるぜ」
「だけどよ、8はロータリーだがNAだろ? FCやFDと比べてお前には少し物足りねえんじゃねえのか?」
「シャシーだけならFDより良いんだけどな、ツインターボとNAを比べる方が違うだろう。確かにパワーは劣るだろうが、8はロータリーに拘る孤高のスピリットが健在なんだ。FDやGT−Rが生産中止に追い込まれた原因の排ガス規制をクリアするためのNAだしな。そういった所から手を加えていく楽しみもあるかも知れない。まあFCはFCで、たまにメンテナンスもしているし、走らせることもまだまだできるがな」
「そうか。俺のRもまだまだ走れるしな」
「だけど、お前くらいになると、34にもそろそろ乗ってみたいんじゃないのか?」
「34…か。まあ興味がねえって言ったら嘘になるかな。R32の究極の進化系なんだし。そりゃ金があったらもう一台…って言えるけどなあ。34のGT−Rはまだまだ人気車種だから、中古で最低ラインでも300は下らねえ。そっから手をかけてったらすげえ金額だぜ。俺のRにもまだまだ手を掛けてえし。大体頻繁に板金してっから、俺のRは下取りでも売れねえだろうな…売る気は全然ねえけど」
真剣に語る俺に、高橋は嫌み無く笑った。
「中里は本当にGT−Rが好きなんだな」
「…そりゃあ好き…だな。出会えて良かったって心から思えるぜ。お前だってロータリーに拘ってんだろ」
「そうだな。俺もあの車に出会えたことが嬉しいよ」
「出会いってのは、どっか運命なんだろうな」
「そうだな。出会うのは大切なことだよ。何もかもがそこから始まる」

一言一言を大切そうに語りながら、高橋は真摯な眼差しを俺に向けてきた。

ああ…やっぱこいつは。

「お前は本当に、ロータリーが好きなんだなあ」
…高橋ががっくりと肩を落としたように見えたのは、多分気のせいだろう。

「だけどよ、GT−Rはロータリーには負けないぜ」
「GT−Rとロータリーは永遠のライバルだからな。啓介と違って俺はGT−Rは嫌いじゃないぜ。まああいつのGT−R嫌いは、まだ技術が発展途上の頃に正体不明のGT−Rに軽くあしらわれたのが原因みたいだけどな。R32から34に至るまでの開発過程には高いスピリットと情熱と美しさがある。貫かれているものがあるってのはユーザーにとって究極の心地よさだろう。そういう所が俺は好きだと言えるな」
「そ…そうか。高橋がそう言ってくれんのは…なんだか嬉しいもんだな」

高橋涼介にGT−Rの良さを語られて、俺は何故だか顔が熱くなった感じがした。
俺達はすっかり打ち解け合っている…。俺はそう感じた。



「中里…」
「ん?」
俺がすっかりリラックスしていると、高橋は浴槽のフチに腰をかけて俺を手招いた。
「ここに腕かけて、頭を浴槽の外に出してみてくれ」
「あ?ああ」
頭だけを浴槽の外に出すと、高橋がボトルからシャンプーを手のひらに取る。
「じっとしてろよ中里。髪洗ってやる」
「え…いや、いいよ、そんなことしなくったって」
「サービスだよ。まあ良いからやらせてみてくれ。小さい頃啓介の髪とか洗ってやったことあるんだ。得意と言っても良いかも知れない。俺の得意技を披露したいんだ。付き合えよ」
楽し気な高橋の雰囲気に断るのも悪いかと思って、俺はおとなしくしてやることにした。

得意と言うだけあって、頭から肩を揉みほぐすように動く器用な高橋の手の動きに、俺はすっかり力が抜けて、されるがままになっていた。
指が長いからか頭全体を包むような、それでいて力のしっかり入った動きが適度な刺激で、さっきまでけっこうな量の酒を飲んでいたのもあいまって、急な眠気に襲われる。
しかも、洗っている高橋の方は浴槽に腰かけている状態だから良いが、こっちは湯に浸かりっぱなしのまま。

高橋がたっぷり時間をかけて頭を洗ってくれている間に、
気づかないまま、
俺はすっかりのぼせてしまっていたのだった。







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