最強のリスクブレイカー。

 当時アシュレイ=ライオットはそう称賛されていた。
 広大な大陸を支配する王国の、特殊警察の一員である彼は、手柄を上げるうちに、そ
の異常な強さに目をつけられた。

 一国支配も長くなると、大陸の地方都市では、管理が行き届かず、治安が悪化する土
地が目立つようになる。
 軍より警察に力を入れていた王家では、アシュレイ=ライオットを、国家治安の功績
の宣伝塔に利用したのだ。

 彼が参加した作戦が成功するたび、巧妙に手柄を称える噂が、国中に広められる。
 アシュレイの日常は日を追って多忙を極めるようになった。



 彼にはその頃、美しい妻と可愛い子供がいた。
 ティアは、幼なじみで少し年上の、たおやかで優しく、美しい女性だった。

 姉のように慕っていた相手だったのだが、周囲のすすめのままに、アシュレイはまだ
若いうちに結婚し、子供をもうけた。
 ティアと息子のマーゴを大事にしたかったが、仕事柄、遠征が続いて、寂しい想いを
させてしまったと思う。

 それでも、家に帰れば、ティアもマーゴも、アシュレイを暖かく迎えてくれた。
 そんな時、家族を持って良かったと、アシュレイは深く感謝した。
 危険な仕事をするなら尚更、家族を持って、子供を作っておけと、うるさいくらいに
周囲が勧めてくれたのを、ありがたいと思った。

 燃えるような恋などは無かったが、静かにアシュレイを理解してくれているティアが
妻であってくれたおかげで、アシュレイは幸せだったのだ。





 それは悲劇だった。

 野盗退治の遠征先で、訃報を聞いた。

 自分が家を留守にしている間に、町が野盗に襲われ・・・
 ティアとマーゴが巻き込まれたのだ。



 野盗達はすぐに捕まって、しばり首にされたらしい。
 彼らは何の力も無いくだらない連中で、衝動的な犯行だったようだ。
 信じられないまま、国の果てから家に帰れば、何もかもが済んでしまった後だった。






 アシュレイの生活は荒れた。
 自分さえ家にいたら、家族を守ることができたはず・・・。
 そういう思いが強く自身を苛んだ。
 鍛えられた肉体も、精神も、一番大事な戦いの役にはたたなかったのだ。

 大事な、一番守りたい者を守ることができなかった・・・





 そんな頃、仕事をやめ、荒れた生活をするアシュレイを、リスクブレイカーの仲間だ
った男が見舞ってくれた。
 その男が、魔都市レアモンデの実在を、アシュレイに語ったのである。






「それで、レアモンデがここにあるとして、お前はどうしたいんだアシュレイ=ライオ
ット」
「・・・・・・・」

 過去の記憶に深く沈んでいたアシュレイは、目の前の青年のつややかな声に現実に帰
った。
「分からない・・・・家族をとり戻したかったのかも知れない」
「レアモンデは、確かにこの森の奥に存在する」
「!」
「望むなら、案内してやろう。本当に望むならな」
 
 青年の瞳が、なぜか少し哀しそうで、アシュレイは迷う自分の心を見透かされた気が
した。
「レアモンデは、本当に死者の蘇る街なのか? 死んだ者に遇えるというのは、本当な
のか?」

「死者の魂がまだこの世か、この世に近い世界に存在していれば、召喚することは可能
だろう。肉体があれば、それに魂を戻して、蘇らせることもできる。霊体のままでも、
姿を目にして、話しをすることはできる。・・・だが・・」
「?」
「レアモンデは永遠の命を与える魔都市だ。そこで蘇った者は、通常の魂がたどる道か
ら大きく外れることになる。レアモンデに捕らわれたまま、輪廻からはずれる。生者と
して生まれ変わることができない。廃墟と化した都市で、魔と、半端な死者達と共に、
永遠という名の苦痛を受け続けるんだ」
「・・・・・」

 アシュレイは、その青年の語るレアモンデの魔の力のおぞましさに、愕然とした。


「・・・ティアとマーゴをそんな目に遭わせようとしてたのか・・・オレは・・・・」


 あの事件があってから、ただ悲しみと空しさばかりが支配して、何も見えなくなって
しまっていた。
 青年の言葉に、目が覚めた気がした。


 そんなアシュレイの変化を、青年も感じたらしい。
「アシュレイ・・・大事な人を辛い目に遭わせたかった訳じゃないだろう。本当は・・
・」

「・・・・謝りたかったんだ・・・・」

 もっと大切にできなかったことを

「伝えたかった?」

「ああ・・・・」

 ティアとマーゴという家族に、どれだけ感謝していたか。
 どれほど、幸せになって欲しかったか・・・・

「そう、アシュレイは言っているよ・・・」
 青年が、アシュレイにではなく、アシュレイの背後に語りかけたので、流石に驚きを
かくせず、アシュレイは後ろを振り返った。
「ずっと一緒だったのに、気づかなかったんだね」
 ふんわりした形を作る光を二つ、見ることができた。
 それはゆっくりと形を持ち、アシュレイの知っている姿になる。
「ティア・・・・・マーゴ・・・・」

 ティアもマーゴも、優しく微笑んでいた。

 何か言いたいのに、ずっと伝えたかったのに、アシュレイは名前を口にするだけで、
精一杯だった。
 ティアがアシュレイの唇と、それから胸元を指で触れてから、何かを囁いた。
 声は聞こえなかったけれど、伝えたいことは、ちゃんと胸に届いてきた。

 アシュレイは言葉では言い尽くせない感謝の気持ちを、そのままティアとマーゴに返
す。

「お前が悲しんでばかりいるから、彼らは心配で、ずっと見守ってきたんだぞ。このま
まレアモンデに行けば、魔都市に魂が捕らわれてしまうところだった」

「・・・・・魂は・・・生まれ変わるのか?」

「今まで生きてきた“想い”はそのまま、新しい身体に宿るんだ。記憶は失われても、
幸せや愛に満たされた魂は、次の生でも幸福なまま生まれてくる。悲しむお前を心配す
る気持ちのまま、彼らは生まれ変われなかったんだ」

 静かに見つめ合う、ティアもマーゴも・・・そしてアシュレイも、想いが伝わり、深
く満ち足りていた。
 ティアがうなずき、マーゴがアシュレイに最後の笑みを向ける。

 彼らの姿は、金色の光に包まれ、
 キラキラと空に向かってゆく。

 青年が、何か呪文を唱えると、その光を守るように、光の輪が、二つの魂をやんわり
と包んだ。

「心配するな、ここの森の霧はレアモンデの魔が流れこんでいるから、あの清浄な魂が
ここを抜けるまで、魔に感染しないようにしたんだ」

 ティア達の魂に勝手に魔力を向けたことに、青年は少々申し訳ないと思ったらしい。

 だが、アシュレイは心配はしていなかった。
「分かっている・・・」
 この青年を信じてもいい。
 アシュレイの心に、幸福な自信が満ちていた。
 二人の魂を守ってくれたこの青年に、深く感謝する。

 そう言えば、まだ名前も聞いていなかった。

「オレの名前はシドニー・ロスタロット。シドニーと呼んでくれてかまわないぞアシュレ
イ。ところで、これからお前はどうするんだ?街に帰るのか?」
 レアモンデを探す、という旅の目的も無くなり、仕事も無い今は、アシュレイは全く
の自由の身だった。
 やりたい事があるか、と、自分の心に聞いてみると、シドニーと名乗る青年に、礼を
することくらいだった。
「何もすることが無いなら、しばらくこの森を護る手伝いでもしてってくれ。勝手に森
の木を切ろうとしたり、迷子になったり、たまに、レアモンデの存在を嗅ぎ付けてくる
輩もいて、けっこう忙しいんだ」

「ああ・・・オレでできることなら」

 シドニーの申し出を、アシュレイはすんなりと受けた。

「慣れれば、レアモンデの暮らしも悪くない。ドラゴンは可愛いし、仲間もいるし、葡
萄園もあって、ワインは絶品だ。食料にも困らないし。バジリスクなんかは、料理する
とけっこうイケるんだ」

 シドニーはそれから、まだこの世界のことを知らないアシュレイに、驚くような話し
をたくさん話して聞かせてくれた。

 青年の良く動く形の良い唇に視線を落としながら、アシュレイにはこの先、この青年
とは、もしかすると永遠を共にするのではないかという、小さな予感を、胸に感じるよ
うになっていた。





 それから

 羽虫の森付近を通る街道は、いつしか寂れ、人を寄せ付けなくなっていた。
 時代が流れ、王国が崩壊し、新たにいくつもの街や国が生まれ、崩壊していっても、
その森は、深い霧に護られたまま、切り拓かれることなく、黒々とした見事な緑に覆わ
れていた。

 時折、その森に迷い込んだ旅人が、不思議な二人の青年を見ることがあったという。


 金色の髪をした美しい青年と、逞しい身の精悍な若者が、竜の棲む森を護っている・
・・と



 それは、今は遠い昔の伝説である。


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