目隠し―嵯峨野×由―


目隠し


「あー……。やっぱ、ヤメだ、ヤメ」

 由の顔をじっと見て、嵯峨野は起き上がった。
 仰向けに寝転がっていた由は、きょとんとした顔で、嵯峨野を見上げる。

「え……、さがのさん? しないの……?」
「…………」

 むくりと起き上がった嵯峨野は、頭をかきながら、はあ、と深くため息をつく。
 そして、由をちらりと見下ろした。

「出来るわけ、ねーだろ」
「どうして?」
「………だって、お前、その、ツラ」
「あ、そっか……」

 そこまで言われて、由は、嵯峨野の言いたいことがわかった。
 由の、この顔。
 それは、かつての『彼』の顔に、似ているのだ。

「でも、そんなの、不可抗力だよ」

 由が、不満そうに口をとがらすのに、わかってるよ、そんなことは、と嵯峨野は不機嫌そうに答える。
 どうしようもないことは、嵯峨の自身にも、よくわかっているのだ。
 それでも。

「萎える……」
「あ、ひどい! そんなこと、言う?」
「仕方ねーだろ。俺には、んな趣味ねーんだからよ……」

 つまり、ナルシストじゃない、とか。
 そう言う意味のことを、言いたいんだろう。

(そんなの、理不尽だよ)

 生まれた時から、この顔なのだ。
 それは今さらどうにもできないし、どうしようとも思わない。
 
「中身が大事なんだよ。……って、もみじも言ってた」
「てるてる坊主を引き合いに出されてもな」
「もみじは、結構含蓄のあること言うんだよ。たまにだけど」
「はっ。たまに、かよ」

 愉快そうに笑って、嵯峨野は、再び、じっと、由の顔を見つめた。
 穴があきそうなくらいに。

「そうだな……。中身は、違うんだよな」
「そうだよ? そこ、一番大事だから」
「…………」

 考えるように、あごに手を当てて。
 嵯峨野は、ふっと視線を反らした。

(やっぱり、ダメ、なのかな……)

 強気に言ってみても、嵯峨野にしてみれば、内心複雑なものがあるのはわからないでもない。
 どうしても、ダメだと言うのなら、あきらめなければしょうがないだろう。
 なにも、抱き合わなくても、気持ちが通じ合っているのだと、互いに知っていれば、それだけで構わないのだ。

(ちょっぴり、寂しいけどね)

 触れてみたい、という気持ちは。
 触れて欲しい、という気持ちは。
 嵯峨野を好きだと思えば、感じずにはいられないけど……。

「よし、わかった」

 嵯峨野は呟くと、立ちあがった。
 そしてそのまま、部屋を出ていってしまった。

「え……」

(嘘、これで、終わり?)

 あまりにもあっけない幕切れに、由は戸惑って身を起こした。
 いくらなんでも、これはあんまりじゃなかろうか。
 と、由が思ったのも、束の間。
 何かを手に持った、嵯峨野が戻ってきた。
 細くて長い……布、だろうか?
 由に近づくと、ひざまずいて、由の目に赤い布を巻いた。
 頭の後ろで、ゆるく、だが解けないように結ばれる。

「さがのさん、これ……」

 ことがよく飲み込めずに、目の前にいるであろう嵯峨野に尋ねると、くぐもった声が返ってきた。
 口に、手を当てているのだろうか。

「お前が、お前だってことは……わかってるよ。わかってるけど、な………」

 そして、肩を押されて、仰向けにされた。
 耳元で、ささやく。

「俺が、お前が、お前だってちゃんと確認できるまで……とりあえず、今回は。目、つぶっとけ。そしたら、何とか……やれるから」
「……妥協策、ってこと?」
「まあ、そんなもん……」

(じゃあ、しかたないか……)

 思うところがないわけでも、ないけど。
 目を隠しただけで、嵯峨野が触れてくれると言うのなら、由はそれで構わなかった。

「やる気に、なった?」
「それは、これからのお前しだいだろ……」

 さらりと乾いたてのひらが、由の頬に触れてくる。
 顔は、見えない。
 声しか、聞こえない。
 それでも今、由に触れているのは、確かに、嵯峨野なのだ。
 それだけで、由は、じゅうぶんだった。
 
 
 視覚をふさがれることで、その他の感覚がより鋭敏になるのだ、ということを、由が知るのはそれから間もなくのことだった。


続く   


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