鬼畜眼鏡SS(御堂×克哉-接待未通過IFルート-)
Glasses Changing?〜もうひとりの<俺>〜
オレの生活は、ある日を境に、一変した。
そう、一見何の変哲も無い、眼鏡をかけることによって――――。
<1>
「佐伯くん、MGMに売り上げ報告ですか?」
出がけに、片桐課長に声を掛けられ、はい、とオレは頷いた。
手元には、ここ1ヵ月分の、プロとファーバーの売り上げレポートがある。
「この分だと、確実に売り上げ目標値をクリアできそうですね」
「ええ、皆のおかげです」
「何を言っているんですか。君のおかげでしょう。今回の君の働きには、8課の皆、全員が感謝していますよ」
「そんな……。8課の皆の協力体制があってこそ、ですよ」
「そうですね。でも、それを入れても、君の働きは凄かったですよ」
「褒めすぎですよ、課長。……たまたまです。じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
課長は、純粋に、オレを賞賛してくれているのだろうけれど、正直言って面映いと言うか……、居心地が悪い。
さっき、課長に言った通り、あれは、オレの力と言うよりも、たまたまだ。
オレには、8課の存続をもかけた、プロトファイバーの営業を成功に導く力なんて、持ってはいない。
何故、それが成しえたかと言うと……、眼鏡の力に他ならない。
こんな事を言っても、常人にはにわかに信じてもらえないと思う。
オレだって、他人からこんな話を聞かされたら、冗談言うなよ、と返すだろう。
そのくらい、突拍子も無い事だから。
でも、それは、正真正銘、事実なのだ。
今でもオレは、それを持っている。
平凡で、冴えないサラリーマンだったオレを、有能な営業マンへと変貌させた、おかしな人物からもらった、ひとつの眼鏡が。
キクチを出ると、オレはその眼鏡をかけた。
くらりと、少しだけ意識が揺れると、弱気な<オレ>は、姿を消す。
「さて、行くか……」
そして現れたのは、どこまでも自信に満ちた、<俺>だった……。
<2>
「失礼します。今月の売り上げ報告に来ました」
MGM、御堂部長の執務室のドアを、ノックと共に開いた。
そこには、若きMGMのエリート、今回のプロジェクトの実質的な責任者である、御堂がいる。
「ああ、君か。どうだった?今月は」
「はい、変わらず、順調に売り上げています。詳細は、このレポートにまとめてあります」
「ふむ……」
手渡したレポートを、御堂がざっと目で追っている。
その表情は、次第に満足そうなものへと変わっていった。
「今月分として立てた売り上げ目標を、僅かに上回ったな。流石だ」
「いえ。本当は、もっと上回る予定だったのですが」
「強気だな」
「商品がいいですからね。それで売れなかったとしたら、こちらの責任でしょう」
当然の事実を述べるように、淡々と答えると、御堂は微かに目を見開いて、それからふっと表情を緩ませた。
「では、来月も、期待していいんだな」
「ええ、それは、もちろん」
にこやかに、笑って答える。
営業スマイルと言うよりも、不敵な笑み。
今の俺なら、営業セールスなど、簡単に塗り替える事ができる、そんな自信に溢れた笑み。
それ以上、話す事などなかったが、ふっと悪戯心が沸き起こった。
俺は、知っている。
<オレ>が、こいつに言えずにいる、心に秘めたことを……。
「御堂さん、今、よろしいですか?もう少しだけ、お話したい事があるのですが」
「他にも何か、報告する事があるのか?」
不思議そうに、御堂が問う。
それもそうだろう。
この売り上げ報告は、形式的なものだ。ミーティングは別に行われているので、ここで話すような事は、もうない。
「いえ……報告ではなく、プライベートな事です」
「勤務中にプライベートな話は困る」
「すぐに済みます」
「では、早く言いたまえ」
軽く腕を組んだ御堂が、こちらを見ている。
胸の奥、眼鏡で封じ込めたはずの、もう一人の<オレ>が慌てた気配を見せたが、構わず口を開いた。
「<オレ>は、あなたのことを……」
だが、俺が口に出来たのは、そこまでだった。
俺の意思に反して、凄い勢いで手が動き、眼鏡をむしりとった。
<俺>の意識が、急速に沈み込んでいく――――。
<3>
オレは、眼鏡を慌しく、スーツの胸ポケットに仕舞った。
い、いきなり何を言い出すんだ、<俺>は……!
まさか、売り上げ報告が終わった途端に、あんなことを言い出すとは思いもしなかった。
確かに、オレは、御堂さんに……惹かれている、んだと思う。
初めは、苦手だと思っていた。
自信にあふれた若手エリートマンなんて、オレとは対極に位置する人だ。
言動も傲慢だし、はっきりと、オレを、というか8課の存在を見下していた。
それもしょうがないと思いつつ、やはり、悔しかった。
結果を見せたいと、オレたちだって、いや、オレだって、やれば出来るんだってところを、見せてやりたくなった。
こんな風に前向きな気持ちになれたのは、8課の存亡がかかっていたせいもあるけれど、それ以上に、このひとの存在があったからだと思う。
あの見下した目に、オレを認めさせてやりたい、そんな風に。
それが、どこをどう間違って、御堂さんに好意を持つようになったのかは、はっきりとはわからない。
他人に厳しい以上に、自分にも厳しい仕事への姿勢なのか。
やればやった分だけ、正当に認めてくれる公平さになのか。
わからないけど、確かに、今のオレは御堂さんに、惹かれている。
それは認めるけど、だからって、何もこんなところで、いきなり言い出すことじゃないだろう、<俺>!!
「佐伯……?それで、話とはなんだ」
「え、えっと、ですね……」
くそう、<俺>め!
オレが慌てふためるのが面白くてわざとやったんじゃないだろうな!?
とにかく、話があるとこちらから振った以上、何か言わなければならない。
何かって、何だよ……!?
「あの、今度、飲みにつれていってもらえませんか?オレ、御堂さんに、ワインのこと、教えてもらいたいんです」
「何だ、そんなことか。いいだろう。私の都合に合わせても、構わないな?」
「はい、ありがとうございます。楽しみにしてます……!」
御堂さんは、あっさりとオレの誘いを受けてくれた。
思いがけず取り付けられた約束に、うきうきしながら、オレはMGNを後にした。
胸ポケットの眼鏡に、そっと手を当てる。
まさか、<俺>は、こうなることを見越して……?
いや、そんなことはない……だろう、たぶん。
でも、<俺>の、余計な一言がなかったら、御堂さんを飲みに誘うなんてこと、とてもオレにはできなかっただろう。
そう思うと、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、オレは<俺>に、感謝した。
to be continued……