鬼畜眼鏡SS(御堂×克哉-接待未通過IFルート-)
Glasses Changing?〜ワインとホテル〜(前編)
胸ポケットに、気弱な自分を変えるアイテムがある。
それがわかっているのに、使わないでいる事は、オレには難しかった。
<1>
普段の<オレ>とは、全く縁がない、洒落たワインバーの扉をあける。
選ばれた人間だけが訪れる、そんな大人の空間。
馬鹿なヤツだ。
俺は胸の内で冷笑する。
この機会を、楽しむこともできず、怖気づいてしまうなんて。
要はハッタリだ。
どんな場所に居ても、自分はその場にふさわしいんだと、そう思って振舞えばいい。
それで案外、周りは納得してしまうものだ。
ワインの知識がないからって、引け目に思う事はない。
大体、相手だってすでにそれは知っているのだ。
そういう時は、聞き上手、教えられ上手になればいいだけの事。
そんな簡単な事くらい、<オレ>にだって、出来るだろうに……。
「予約をした佐伯です。連れはもう来ているでしょうか」
「佐伯様ですね?いいえ、お連れ様はまだお見えになっていません。お席にご案内します」
少し早めに来たから、店員の返事は、予想通りだった。
飲みに連れて行って欲しい、とこちらから頼んだ手前、いやそれ以前に、向こうが上司――今のところは、だが――であるから、自分が遅れて来る訳にはいかない。
少し奥まった場所にあるテーブル席は、4人がけでゆったりしていた。
会話を邪魔しない程度のジャズが流れてくるそこは、いつも<オレ>が飲んでいる居酒屋とは、はっきりと違う場所だった。
それから、時計の長針が半周ほどした頃、ようやく待ち人が現れた。
「待たせたな。遅くなってすまない」
「いいえ。お誘いしたのは、俺の方ですから。御堂部長がお忙しいのは、よくわかってます。無理を言って、申し訳ないくらいです」
「いや、それは構わない。私にも、たまには息抜きが必要だからな」
「そう言ってもらえると、俺もありがたいです」
「もう何か頼んだのか?」
「いえ、俺はワインには詳しくありませんから。御堂さんのお薦めをお願いしたくて」
「そうか、なら……」
手馴れた様子で、御堂はワインを注文した。
待つほどもなく、それは運ばれてきた。
軽いつまみと共に、ワインを開ける。
乾杯することもなく、二人、静にワインを傾けていった。
「口に含んでいる時はまろやかなのに、のどごしはすっきりしていますね。美味しいです」
「そうだろう?最近のお気に入りなんだ、それは。君も気に入るだろうと思っていた」
「ええ、とても。流石、御堂さんはワインにはお詳しい」
「好きな事は、自然と詳しくなる。それだけだ」
御堂の選んだワインは、確かに美味かった。
感想を告げながら、すかさず褒めると、御堂はまんざらでもなさそうな顔でうなずく。
酒が入っているせいもあるのかもしれないが、こういう時の御堂は、案外素直で可愛い男だ。
執務室で初めて見た時は、何ていけすかないヤツだ、と思ったものだが。
そんな、実は可愛い部長の、もっと可愛い顔が見たくなって、俺はにっこりと笑って続けた。
「なるほど、それは一理ありますね。わかります。俺も詳しくなりたいと思っているんですよ」
「ワインについて、か?」
「いいえ。あなたについて、ですよ」
笑顔のまま、御堂の目を真っ直ぐ見て告げたら、御堂は面白いくらいに、慌てて見せた。
「なっ……」
「おや?どうしました、御堂さん。顔が赤いですよ。ワインの赤の照り返しでしょうか?それとも……」
わかっているが、わざとそう言う。
予想通り、というかそれ以上の反応を見せる御堂が、愛らしい。
まさか、この男に対して、こんな感情を持つ日が来ようとは初対面の時は想像すらしなかった。
「おかしな冗談を……。もう、酔ったのか?」
「ええ、そのようです。御堂さん、あなたと言う美しいひとに」
素面なら、とてもじゃないが言えない様な言葉が、すらすらと口をついて出てくる。
それもこれも、御堂があまりにも可愛いからだ。
断じて、俺のせいではない。
「佐伯……お前、悪酔いする性質なのか?」
戸惑いを隠せない様子で、御堂が尋ねる。
それは頼りなくさえ見えて、むしろ被虐心を誘った。
「つれないな。酔わせているのはあなたなのに……」
さあ、これからどうしようか。
俺は、スーツのポケットを探った。
そこには、<オレ>が知らないうちに俺が忍ばせていたものがあった。
to be continued……