25pieces

　　ひまわり　　

　俺んちって田舎でさ。周りなんもなくてさー、畑ばっかなの。
　いや、実家は農家じゃないよ？　親父は役場勤め。まあそれはどうでもよくて。
　せっかく夏休みになってもどっこも遊びにつれてってもらえなくて、つまんなくてさー。
　虫捕り？　そりゃ山行けば採り放題ではある。でもそんなん楽しいの、小学３、４年までだって！　
　６年にもなれば、もうめずらしくもなんともねーもん。セミとかクワガタとかカブトムシとかさ。
　今なら捕まえて売るとこだけど、そんな知恵なかったし。
　つか、今だってどこに売りに行けば金になるのかわかんねー。デパート？
　大体、田舎の子がみんなアウトドア派だと思うなよ！　俺はインドア派なの。図書館で静かに本読むのが好きなの。
　嘘つけって？　本なんか読んでんの見たことないって？　
　そりゃお前、バイトバイトバイト課題課題で、趣味の本まで読むヒマねっつの。
　今度俺の実家の蔵書コレクション見て驚くなよ？　
　漫画ばっかりだろって。そりゃ漫画もあるけど活字メインの本もちゃんと……って、だからそれはどうでもいいんだよ。
　あーもう、ちっとも話、すすまねえだろ。いいからお前、ちょっと黙ってろ。
　俺の小学生最後の夏のメモリアルまで話が行きつかねえだろ。
　ったく、どこまで話したかわかんなくなっちまったじゃねえか……ああ、そうだ、畑だ。
　俺んちの周り、畑ばっかって言ったろ。その畑、大抵は、なんか野菜作ってんだけど。
　トマトとかキュウリとかトウモロコシとかそんな感じ。
　でも一か所だけ、ひまわり栽培してる畑があってさ。
　一面、ぶわっとひまわりなの。もう圧巻。
　俺そこ好きでさー。よく見に行ってて……。
　似合わない？　お前、さっきからマジ失礼な。俺は花を愛する心優しい少年なんだよ、見たまんまだろうが！
　何かまだ言いたそうなツラしてんなお前。何でもない？　まあ、そういうことにしてやるよ。話すすまねえからな。
　で、だ。俺は足繁く、ひまわり畑に通ってたわけだ。
　ちなみに俺の夏休みの図工の宿題は６年間通して、ひまわりの絵だ。どうだ、俺のひまわりへの愛がよくわかるだろう。
　もちろん小６の夏休みも、ひまわり畑を見に行ってたわけだ。暇だし。
　友達？　お前田舎の少子化なめんな！　近所に俺と同じ年のガキなんていねーんだよ。一学年一クラスだよ！　
　一番近い同級生んちまで歩いてどんだけかかると……って、だからもうそういう切ない話はどうでもいいんだよ！
　ひまわり畑から遠ざかるだろ話が！！
　そんで６年の夏な。ひまわり畑で会ったんだよ。
　何にって？
　妖精。
　いや、もちろん今のは例えだよ、例え！
　俺にとってはその子は妖精みたいな存在だったっつう話だよ！　いいから黙って聞け！
　あれは忘れもしない、９年前の小６の夏、８月３日のことだった。
　……いや、怪談じゃねえから。それに座敷わらしは座敷にしか出ねえし、それ妖精じゃなくて妖怪だろ。
　だから妖精は例えっつったろ、例えって！
　とにかくその日、俺はひまわり畑で、妖精に出会ったんだ。
　白いワンピースに、麦わら帽子を被った、可愛い女の子に。
　それのどこが妖精だって？　バカ、お前！　
　ひまわり畑で、白いワンピースに麦わら帽子の女の子だぞ！？
　そんなん、今時エロゲでだって見ないっつうの、そんなベタな設定。
　そうそう、俺が好きなのは人妻系……って違うわ！　
　あれは同室の笹原の趣味であって、俺の趣味じゃねえ断じて！　
　俺はもっとこう、清楚な感じの子がだなあ……って、お前、わざと話そらしてんよなあ？　いいから最後まで聞けよ。
　俺はそれからひと夏、その子と楽しく過ごした。
　と、言いたいところだが、実際その子と会えたのはたったの３日だ。
　ひまわり畑から抜け出てきたのかっつう妖精みたいな女の子と遊べたのは、実質２日だけだった。
　遊ぶっつっても、マジ悲しいくらい周りなんもないからな。
　言っとくが、ひまわり畑は遊ぶとこじゃねーぞ。畑なんだから。しかもよそんちの。
　だから、近くの川でザリガニ釣ったり、小石拾って水切りしたりとか。
　正直そういう遊びはもうとっくに飽きたつか卒業してたんだけど、その子があんまり喜ぶからさ。
　俺、水切り１０回連続出来るし。コツ覚えたら結構簡単なんだよ。
　なるべく平たい石を選んでだな。こう、低い位置で、川に平行に……。
　ああ、違う違う。そうじゃなくて、こうだよ、こう。お前、相変わらず手ぇ細いな。しかもその色。
　俺と並べたらツートンカラーつかオセロだなオセロ。もっと焼けろよ夏なんだから。
　赤くなるだけ？　ああ、そんな感じだよなお前、いかにも。
　あの子もさあ、夏なのにびっくりするくらい白くて。手なんかちっさくて。
　身長は俺よりちょっと低いくらいだったから、年はあんま変わんねえと思うんだけど。
　その可愛い手で笹舟作ってさ。作り方教えて。そんで、一緒に川に流して。
　海まで届くのかなあとか言うワケよその子が。イヤその前に絶対沈むし、とか言える？　お前。
　きっと届くよ、とか言っちゃうだろ。しかもそれが沈まずに流れていくのよ。
　まあ、さすがに海に届く前には沈んだだろうけど。追っかけてって、見える範囲では沈まねえの。
　あれは奇跡だったね、奇跡。大げさ？　
　いや違うね！
　水切り連続２０回行ったのだって、あの時だけなんだぞ。
　あの時のあの子の、はしゃぎっぷりっつったらなあ……！　
　自分のしたことであんなに誰かに喜ばれたことは、今振り返ってみてもねえな。実に輝かしい出来事だった。
　俺はその夏はずっと、その子とそんな風に過ごせるんだと思ってた。
　だが、その子と出会って３日目。ひまわりを抱えて立っていた彼女は、今日でお別れだと言ったんだ。
　短い間だったけど、一緒に遊んでくれてありがとう。そういって白いワンピースを翻して去っていった。
　あまりにあっという間に、鮮やかに消えていったから、俺はあれは妖精じゃないかと思ったんだ。
　夏のひまわり畑が見せた、まぼろしだったんじゃないかと……。
　どうだ、ちょっといい話だろう？
　しかもこれには、まだ続きがある。
　俺がひまわりの妖精と名付けたその子は、妖精なんかじゃなかったんだよ。
　もう聞きたくないって？　お前、なんのために俺がここまで話したと思ってんだよ。最後まで言わせろって。
　妖精の正体、知りたいだろ。
　……つか、あの時の妖精って。
　お前だろ。
　あ？　お前が男なのはわかってるよ。ここ、男子寮。
　男子寮にあの時のひまわりの妖精が入ってきた時の俺の驚きたるやお前！　目を疑ったね。
　いいや、人違いじゃない。あれはお前だ。泣きぼくろの位置も一緒だし、第一あの時の面影まんま残ってるじゃねえか。
　それに、４月にお前が入寮した後、速攻実家帰って、ひまわり畑の持ち主の斉藤さんち行って聞いたんだよ、お前のこと。
　斉藤さんと親戚なんだろ？　あの夏、１週間だけお前あずかってたって。
　面白半分で斉藤さんちのねーちゃんのお古のワンピース着たんだってな？
　２、３日の予定が長くなって、服が洗濯中で着るもん切れてた時に。
　涼しいからこれでいいよって。そういうとこアバウトだよなお前ホント。
　そんでそのまま遊びに行って、俺と会ったんだよな。で、めんどくさいからそのまま女の子で通したと。
　事情がわかれば、なんてことない話だったわけだ。
　知ろうと思えばもっと早くわかったことじゃあったんだが。
　最後の日にくれたひまわり、あれどう見てもあの畑のひまわり切ってきたヤツだったし。
　そしたらそら、畑の持ち主の関係者でしかないよな。
　なんで今まで聞かなかったのかって？　そりゃ、妖精だと思ってたから。
　誰にも言ったことのない、美しい夏の思い出だったんだよ。ひまわりの妖精のことは。
　ガッカリさせて悪かったなって？　誰もそんなこと言ってねえだろ。
　むしろ感動したね俺は。
　あれは夢じゃなかった！　って。　
　夢だけど夢じゃなかったー！　って気分。某アニメみたく。
　だって、９年ぶりに初恋の子と再会できたんだからさ。感激するだろ、フツー。
　いつお前気付くかなって思って待ってたけど、ちっともその気配ないから待ちきれなくて自分から話しちゃったじゃねえか。
　マジで気づいてなかった？　覚えてなかったのか？　……いや、そうじゃないな、そのツラは。
　俺の方が忘れてると思った？　んなわけねえじゃん。初恋は一度しかないから初恋って言うんだぜ！？
　なあ、今度一緒に俺の田舎行こうぜ。今ちょうど、ひまわり見ごろだから。
　お前、あれからいっぺんも、斉藤さんち行ってねえんだろ。もちろん俺んち泊ってもいいし。
　どうしたの、お前。変な顔して。
　初恋の女の子が実は男の子でもよかったのかって？
　んなもん、関係ねーよ。
　俺、お前が白いシャツに麦わら帽子でひまわり畑から現れても、やっぱり好きになったと思うし。
　言っただろ？　お前、あの頃の面影そのまんま残ってるんだって。
　夏なのにびっくりするくらい白いとことか、華奢な手とか。
　俺のすることにリアクション派手めに反応することか。
　ワンピースでもズボンでも、やっぱりお前、妖精みたいだよ。きらきらしてて。まぶしくて。
　おまけに笑った顔、ひまわりみたいにカワイーし。
　それにお前、あの時、言っただろ？
　またね、って。


Fin.