*ないものねだりのCRUISING〜1*



昨夜の激しい雨が嘘みたいな澄み切った青空。湿った木々の間から響く鳥のさえずりをBGMに、昇りかけた陽が麻布のテントを照らす。てっぺんに掲げたペナントを、一陣の風がふんわりなびかせた。
「じゃあ、親分、行って来るっす」
入り口の布が勢い良く開き、テントから子分数人がわらわらと出て来た。赤バンダナは服類を、緑バンダナは下着を、橙バンダナはたらいを、さらに青バンダナは洗剤を抱えている。これから近隣の河へ洗濯に行くのだろう。一方、居残り組はテント内で朝食の支度を始めていた。ミネストローネの下ごしらえをするアックスの傍らで、丁寧に野菜を洗う子分たち。神風とハチはテーブルに陣取り、採りたての蜂蜜を瓶詰めしている。誰もが忙しく立ち働く、ナタブーム盗賊団の朝のひとときだったが、ただひとりシーツに寝そべったままの役立たずがいた。土間に転がる紅いチャイナ服が目に入るやいなや、アックスは苦々しい顔で吐き捨てた。
「ったく、いつまでだらけりゃあ気が済むんだ」
先日、盗賊団一行は珍しく仕事抜きの小旅行をした。かつて白鳳の従者だった、オーディン、フローズン、まじしゃんが暮らす村を訪れたのだ。まじしゃんと会った頃、開拓に四苦八苦していた村も、温泉が出たこともあって、宿屋や雑貨屋などの店も出来、現在はかなり栄えている。村人たちは白鳳のみならず、アックスやバンダナ連中も歓迎してくれ、温かいもてなしの中、和やかな時を過ごした。話には聞いていたが、皆の幸せな暮らしぶりを目の当たりにして、白鳳は心から喜び、安心した。育ての親の元へ戻り、魔法の修業に励むまじしゃん、ふたりして新たな生活を始め、開拓を手助けするオーディンとフローズン、いずれも生き生きとした表情に日々の充実が現れていた。
「また近いうちに会おうよ」
「・・・・ええ・・・・」
「きっと来てねっ」
「白鳳さまもお元気で」
1週間の滞在の後、名残を惜しみつつ、盗賊団は今の国へ移動した。ところが、村を去って以来、白鳳の様子がどうもおかしい。日がな一日ごろごろして、料理をサボるばかりか、ロクに口もきこうとしない。普通ならこの時点で怒るところだが、人の良いアックスは、寝る間も惜しんで語り合ったせいで、白鳳が疲れたのだと考え、最初の数日は楽をさせてやった。だが、何日経っても怠け癖が改まる気配はない。これ以上、甘い顔をしてはこいつをつけ上がらせるだけだ。背を丸め、弛緩し切った後ろ姿へ、アックスは容赦なく罵声を浴びせた。
「てめえ、いい加減にしねえかっ!!」
「あー、うるさい」
鬱陶しそうに呟いただけで、振り向きもしない。アックスの腹立ちは一気に沸点へ近づいた。
「うちの盗賊団は働かざる者食うべからずだと、いつも言ってんだろが!!」
「はあ〜あ」
ようやくのろのろと上体をひねったものの、白鳳はアックスをついと見上げ、力なく息を吐いた。日頃なら、アックスを圧倒する口数と迫力で言い返してくるのだ。白鳳の無気力な反応に、アックスは虚を突かれ、幾分怒りのトーンが落ちた。
「な、何でえ、気の抜けたような声出しやがって」
「私ってなんて可哀想なんでしょう」
「ああ?いきなり何言ってんだ」
アックスの突っ込みを無視して、白鳳は眉をたわめながら自問した。
「美貌も才能も性格も申し分ない私が、なぜ寄りに寄って、こんなスカを掴んじゃったのかなあ」
「スカってまさか俺のことじゃねえだろうなっ」
「貴方以外にいないじゃないですか」
「てめえ、いい加減にしやがれっ!!!!!」
身を乗り出していきり立つアックスへ、白鳳は抑揚のない口調で言いかけた。
「毎朝、小汚いテントとダサい大男を見るたび、不幸を実感せずにはいられませんよ」
「へっ?いってえ何が不幸だってんだ」
確かに世間一般からすれば、根無し草でその日暮らしの生活かもしれない。でも、一心に慕ってくれる可愛い子分に囲まれ、妙なしがらみもなく、己の才覚を生かして世を渡って行く生活に、アックス自身は十分満足していた。白鳳だって全て承知の上で、ここに来たはずではなかったのか。もっとも、根が派手好き遊び好きなだけに、ちょっとしたことで不満が噴出する場面は多々あった。今回はフロ−ズンたちとの再会がきっかけに違いない。にしても、白鳳を不幸とまで認識させる要素があったとは、到底思えないのだが。




口を真一文字に引き結んだアックスを前に、白鳳は殊更哀れっぽい仕草で切りだした。正直、性悪猫に悲劇の主人公気取りは、まるっきり似合わない。
「慎ましく貞淑な私が、贅沢もしないで、甲斐甲斐しく尽くしても、全然報われないんですからねえ」
「おめえ、正気でほざいてんのか」
「当たり前でしょう」
大威張りで顎を突き出され、アックスは呆れて絶句した。自分を客観的に捉えるのは、誰にとっても至難の技だが、それを踏まえてもなお、白鳳の勘違いっぷりは格別だった。他者に対しては的確で、鋭い判断をするのに、1%も生かされていない。とっとと現実を指摘して、目を覚まさせてやらなければ。アックスはドスの効いた声で、白鳳に反論した。
「朝帰りは日常茶飯事、テントへ頻繁に男を引きずりこむ野郎のどこが慎ましくて貞淑なんだ、ええっ?」
「駆け落ちしないだけありがたいと思いなさい」
「少ない蓄えを使い込んで、歓楽街や通販で散財してるのは、贅沢じゃねえって言うのかっ」
「市場で底値の食材を探して、やりくりしてるんですから、当然の権利です」
「料理以外の作業は手抜きしまくりで、てめえの従者をこき使ってるくせに、甲斐甲斐しいとは笑わせやがらあ」
「神風もハチも、素晴らしいマスターに心酔して、自発的に働いているんですよ」
この場合の”自発的”は、主人の傍若無人の振る舞いを見かね、せめてもの詫びのつもりで、健気な従者が動いているのだ。が、白鳳には事の真相は、未来永劫伝わりそうにない。開き直った屁理屈に、アックスが完全に沈黙したのを見て、白鳳は勝ち誇ったように言い放った。
「他に言いたいことは?」
「ぐぬぬぬ。。」
無念さに歯を食いしばるアックスへ、紅唇は更に畳み掛けた。
「だいたい、貴方のやり方が生温いせいで、いつまでもしがないテント暮らしなんです。銀行の金庫を根こそぎ空にするとか、高官の家から奪った国家機密をネタに、大金を巻き上げるとか、もっと要領良く稼がなきゃ」
真紅の瞳が結構マジなのに気付き、アックスの背筋に冷たいものが流れた。悪魔の恐怖を振り払うごとく、腹の奥から声を張り上げた。
「ダメだ、ダメだ!!そんなやり口は俺の流儀に反すらあ」
根っから好人物のアックスは、”盗みはすれど非道はせず”だ。生活が成り立たないほどの深刻な被害を与えたり、卑怯な手を使う気はさらさらない。だが、白鳳からすれば、ワルとしての中途半端な姿勢が実に物足りない。せっかくの提案を即座に却下され、白鳳は悔し紛れに言い捨てた。
「そもそも、貴方、盗賊に向いてないんじゃありませんか」
「何だとっ、この腐れ××野郎っ!!!!!」
親分と姐さんが完全に険悪になったのを察し、バンダナ軍団が慌てて駆け寄って来た。神風とハチはまだ様子見段階のようだ。洗った野菜を手に持ったまま、子分たちは次々とアックスへ話しかけた。
「親分、どうしたっすか」
「姐さんは具合が悪いんだから、ケンカはいけないっす」
まさか定期的な怠け病とは言えないので、白鳳は旅行疲れで体調を崩したと説明してある。まあ、神風だけは多分、アックス以上に主人の現状を理解しているだろうが。
「大丈夫っすか、姐さん」
「姐さんが元気になるよう、早く朝飯作るぞー」
「おいらたち頑張るから、安心して休んで下さいっす」
「ありがと、ボクちゃんたち」
親分に告げられた言葉を疑いもせず、”姐さん”の身を案じる真ん丸ほっぺの集団を前にすると、荒み切った気持ちもちょっぴり潤う。しかし、別に子分や男の子モンスターに不満があるわけではないのだ。白鳳を鬱にさせる不満の種は、ムダにでかくて使えない、ドレッドのへたれ男だった。



「どうせ筋肉系なら、オーディンみたいなオトコを伴侶にしたかったなあ」
比較の対象が眼前にいるにもかかわらず、白鳳は本音丸出しで呟いた。お決まりのパターンとはいえ、遠慮会釈ない物言いに、アックスのこめかみへ怒張が浮き出した。
「ふ、ふざけんなっ、てめえっ!!」
主人がついに禁句を口にしてしまった。放っておいても、事態は収拾しないと見切り、神風はふたりの間へ割って入った。最初から紺袴の従者が仕切れば、白鳳もそうワガママな真似は許されないのだが、今の主人のパートナーはアックスだ。賢い神風は可能な限り当人同士のやり取りに任せ、本来、でしゃばるべきではないと考えている。しかし、事ここに及んではやむを得まい。
「白鳳さま、なんて失礼なことを」
「だって、オーディンは外見通り強いし、教養は豊かだし、気配りがあって優しいもん。それに引き換え、このひとと来たら、見かけ倒しで弱っちいし、粗野で無知だし、気は利かないし・・・ふう、何だか虚しくなって来たよ」
「うっせえ!!こっちが甘い顔してりゃあ、好き勝手ほざきやがってっ」
白鳳の暴言に爆発寸前のアックスの耳元で、神風がぽつりと囁いた。
「済みません、昔から隣の芝生に弱くて」
「隣の芝生ぅ?」
「はい。すぐ他者と比べては、重箱の隅をつついて、足りない点に文句をたれるんです」
「う〜ん、言われてみりゃあ、いろいろ思い当たる」
「しかも、己が優勢な要素はキレイさっぱり忘れ切ってますから」
白鳳に最初から付き従っていただけあり、思考回路を完璧に把握している。今のうちに邪魔しておかないと、旗色が悪くなると感じたのか、白鳳は神風の発言を遮った。
「もう、神風は黙っててよ」
無論、苦し紛れの指図で簡単に引き下がったりしない。困った主人の扱いはアックスより遙かに心得ている。
「白鳳さまには親分さんが一番の伴侶です」
「ぶー」
いかにも不服そうに、口を尖らせる白鳳にかまわず、神風は淡々と先を続けた。
「オーディンとフローズンは互いに尊敬し合ういい関係を築いていました。でも、オーディンは親分さんではないし、フローズンも白鳳さまではありません。親分さんと白鳳さまには彼らとは違う形の間柄が相応しいんです」
「おうっ、おやびんとはくほーはいいカップリだぞー」
いつの間にか一同の輪に入ったハチが、満面に笑みを湛えて宣言した。事態の成り行きをはらはらと見守っていたバンダナ連中も、口々に賛同の意を唱えた。
「そーだ、親分と姐さんはお似合いだー」
「姐さんは親分の嫁になるっす」
「わーい、結婚、結婚ー」
純真な子分やハチにとって、××の神秘は理解の範疇外だった。大好きなふたりの縁を、ただただ素直に祝福している。
「バカ言ってんじゃねえっ、おめえら」
照れるアックスを横目で見遣りつつ、神風は白皙の美貌へ笑いかけた。
「白鳳さまだって、ここへ転がり込んでから、ずっと楽しく過ごしているじゃないですか」
「そ、そうかなあ」
白鳳だって頭では分かっている。寂しがり屋の自分には、大所帯での賑やかな旅は悪くないし、懐の深いアックスだからこそ、真性××者の過激な言動を怒り、ぼやきながらも受け止めてくれるのだ。時に目移りし、よそのオトコに憧れや羨望を抱いても、結局は今の生活がもっとも理想的なのだろう。だが、妙なところで意地っ張りの白鳳は、現状を認めるのを潔しとせず、頬を脹らませて切り返した。
「私だって、せめてこの程度の贅沢をさせてくれれば、文句は言いません」
アックスの眼前に、写真満載のパンフレットがにゅっと差し出された。
「何だ、こりゃ」
アックスだけでなく、誰もがパンフレットを覗き込んだ。目立つフォントで”豪華客船で行く周遊の旅”と書いてある。
「どうやら、大陸の河沿いに各都市を回るみたいですね」
見開きのページには船室の様子に加え、食事やデザートの一例も載っていた。あらゆる豪奢を尽くした華やかな光景に、4色バンダナとハチが目をぱちくりさせている。
「うわー、でっかい船だなー」
「部屋中キンキラだぞう」
「どのご馳走もすっげー美味そうだー」
王侯貴族の屋敷を思わせる船室。しかも、料理人はいずれも技能Lv2の手練れ揃いだという。日程自体はいたくのんびりしたもので、うし車の方が遙かに早そうだ。要は移動が主目的ではなく、豪華客船で過ごすゴージャスな時間が売りらしい。もちろん値段は一般庶民の手の届く範囲ではなかった。
「んなもん、単なる大金持ちの道楽じゃねえかっ」
「うふふ、大陸全土からリッチで素敵な紳士が集うんでしょうねえ」
しょせん悟れない白鳳は、性懲りもなく、都合の良い妄想世界に浸り出した。
「この野郎っ、ちったあ人の話を聞きやがれ!!」
「ああっ、うるさいなあ。ロマンティックな未来予想図がぶち壊しですよ」
「未来予想図だとぉ」
「ええ、客船のデッキで運命の相手に見初められ、そのまま玉の輿に・・・・v」
”見初められる”と表現している時点で、果てしなく図々しい。だいたいこの手の企画に参加するのは、功成り名遂げた老人がほとんどで、働き盛りの男性はそうおるまい。その数少ない対象が、性悪で××趣味の白鳳に惚れる可能性などまず皆無だ。アックスは冷笑と共に、心の叫びを投げつけた。
「けっ、バカか、おめえは」
「下僕の分際でバカとは何ですか、バカとは」
「誰が下僕だっ!もう勘弁なんねえっ!!」
あわや掴み合いになりかけたふたりを、子分や男の子モンスターたちが身を挺して止め、どうにか事なきを得た。大人げなくぶん膨れる白鳳を置き去りに、一同はそれぞれの持ち場へ戻った。




ざく切りにした野菜とベーコンがスープに溶け込み、芳醇な旨味を醸し出す。ローリエも5枚入れたから、さぞこくのある味になるはずだ。が、料理は改心の出来でも、なぜか心は晴れなかった。浮かない顔でおたまを操るアックスを気遣い、神風とハチがこそっと声をかけた。
「白鳳さまの戯言など、いちいち本気にしてたら身が持ちません」
「オレ、おやびんはプリンLv3だと思うぞ。豪華客船のシェフより絶対勝ってるかんな」
「あー、おめえらが気に病むこたあねえ」
白鳳の心優しい従者を安堵させるべく、アックスは作り笑顔で明るく答えた。実際、無茶を言っているのは白鳳の方で、アックスは互いの力関係を抜きにしても、常に寛大な対応で接して来た。神風の言う通り、軽く受け流せば済むのだ。なのに、アックスの脳裏には先程のパンフレットの内容がくっきり刻まれて離れなかった。
(豪華客船で行く周遊の旅なあ)
一攫千金など夢のまた夢の旅暮らしだが、世の中、上手い話はそうそう転がってないし、心身共に健康であれば、貧乏はこれっぽちも苦にならなかった。金銀宝石の山より可愛い子分連中が一番の財産だ。けれども、白鳳にいきなりそれを求めるのは、無理がある。元々は名家の子息だし、派手なオトコ遊びで散財に慣れているだけに、質素な日常に順応するのは拷問に近かろう。飴と鞭の喩えではないが、たまには褒美を出して、日頃の労をねぎらうことも必要かもしれない。
(気分にムラはあっても、あいつが上手に節約して、栄養満点の美味いメシをこしらえてくれるのは確かだしよ)
99%性悪だと知りつつ、残り1%の美点に目が眩んでいる。白鳳が盗賊団に貢献した部分より、盗賊団が被った迷惑の方が遙かに大きいのだが、惚れた弱みで正常な判断力を失したらしい。その上、アックスの本音はご褒美云々より、白鳳の手放しで喜ぶ姿をまた見たいという一点に尽きるのだから、もはや付ける薬はなかった。
(村ではあいつ良い顔をしてたよな)
あの柔らかな笑顔を己の力で甦らせることが出来れば本望だ。豪華客船はともかく、周遊のみなら手立てがないわけじゃない。地に足の着かない夢ばかり見てる愚か者だけど、何とか望みを叶えてやろうじゃねえか。
(河沿いの都市の港で働くヤツか・・・・・)
アックスは短いとは言えぬ盗賊生活の中で、知り合った連中の顔をひとりひとり思い浮かべた。


TO BE CONTINUED


 

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