*ないものねだりのCRUISING〜2*



数日後、ナタブーム盗賊団は手早く荷造りを済ますと、川縁から撤収して、全員でぞろぞろ街道を歩き始めた。大所帯に加え、子分ズ&男の子モンスターの存在が人目を引くので、街中を闊歩するのは自殺行為だ。ゆえに、移動時は多少遠回りになっても、人通りのまばらな田舎道を選んでいる。うし車も通わぬ、草ぼうぼうのさびれた旧街道なら、横に広がって歩こうが、キンキン声でわめこうが、誰にも迷惑はかけまい。
「親分、今度はどこの街で稼ぐっすか」
「山の向こうへ行くっすか」
「それとも川を渡るっすか」
「美味いもんあるかなー」
「美味いおやつあるかなー」
未知の場所より、むしろかの地の食料への期待に気もそぞろなバンダナ連中へ、アックスはおもむろに言いかけた。
「野郎ども、1週間ほど仕事は休みだ」
「えーっ」
親分にいきなり宣言され、子分たちはどよめきと共に真ん丸顔を見合わせた。先日、姐さんの昔馴染みを訪れたときも、盗みとは無縁の生活を余儀なくされ、ようやく元のペースを取り戻しつつあったのに。
「親分、どうして」
「稼ぎがいつもパンなのがいけないっすか」
「おいら、もっと頑張るよう」
「どうか見捨てないでくれっす、おやぶ〜ん」
てっきり自分たちが原因と思い込み、4色バンダナは眉を八の字にして、アックスの周りを取り囲んだ。子分の健気な誤解に、アックスは苦笑混じりで、色とりどりの頭を撫でた。
「バカ、そんなんじゃねえよ。おめえらは精一杯頑張ってるじゃねえか」
「なら、なぜ仕事を休むっすか」
青バンダナが皆を代表して、怪訝そうに問いかけた。無論、アックスの決断を訝しく感じたのは子分だけではない。盗賊団のやり取りを黙って聞いていた白鳳も、納得いかない面持ちで、アックスの眼前へすっくと歩み出た。
「貴方に休んでいる余裕などありませんよ。まじしゃんの村に滞在したせいで、蓄えだって底を突いてるんです」
「んなこたあ、言われなくても分かってらあ。さあ、行くぞ」
「全然、分かってないでしょう。もう、心底考えなしなんですから」
己の日頃の短慮ぶりを棚に上げ、白鳳は刺々しい口調で投げつけた。しかし、悪事に適性のないアックスを当てにするより、正直、自ら稼いだ方がてっとり早い。この並外れた美貌とテクニックがあれば、美人局でも怪しいバイトでもお手のもの。アックスがうるさいから、これでも素行を控えていたが、非常事態となれば話は別だ。趣味と実益を兼ねて、一財産こしらえてやろうではないか。
(金はがっぽり儲かるし、堂々と男遊びは出来るし、いいこと尽くめだね。上手くいけば、財産家の紳士とコネが出来るかも、うふふふふ♪)
盗賊団の苦境を救うという大義名分を掲げても、真性××者の主目的は明らかである。だが、アックスに気取られないだけで、神風には白鳳の底の浅い企みなどお見通しだった。お調子体質の主人には、速やかに釘を差しておかなければ。
「仕事で稼げないのでしたら、白鳳さまと一緒に内職でもしましょうか」
この台詞がアックスではなく、自分に向けられていることを察し、白鳳は神風を恨みがましい目で睨んだが、紺袴の従者は素知らぬ顔をしている。水面下の戦いを知る由もないハチが、にぱっと笑って後に続いた。
「おやびん、オレ、もっとしこたま蜂蜜採ってくるかんな」
「ありがとよ。でも、心配いらねえ」
気の良いアックスは、神風とハチが単なる親切心から協力を申し出たと捉え、目を細めて謝意を述べた。神風もふたりの幸福のため、敢えて白鳳の黒い本心は教えない。
(白鳳さまと付き合うには、少々血の巡りが悪いくらいで、ちょうど良いのでしょうね)



事情も目的地も知らされぬまま、黙々と歩き続けた一同だったが、ふと、生い茂った木々の隙間から、蒼い水面が覗くのに気付いた。彼方に目を凝らせば、大河が朝の陽を反射し、眩しく煌めいている。
「おや、あれは」
「どうやら港らしいです」
神風の答えを受けて、緑バンダナが身振り手振りを交え、傍らのアックスへ尋ねた。
「親分、ひょっとして、船に乗るっすか」
「おう、そうだ」
間髪を容れず、アックスが肯定したので、船旅の経験のない子分たちは、驚きと喜びでちっこい眼を輝かせた。
「わー、凄いぞー」
「おいら、船乗るの初めてだ」
「おいらもー」
「おいらもー」
「楽しみだなあ」
「きゃーきゃー、わーわー」
好奇心に後押しされ、バンダナ軍団の足がどんどん速まる。ちょこまか動くオーバーオールを早足で追ううちに、盗賊団の周囲の景色が一気に変わった。街道の終点には活気溢れる港町が広がっていた。出航の準備に忙しい水夫たち。特産物や輸入品を物色する観光客で賑わう市場。耳をつんざく船のエンジン音と汽笛の響き。陸路の旅とはひと味違う、非日常を感じさせる様に、白鳳はぐるりと周囲を眺め遣った。と、その時、他の船を圧倒するひときわ豪奢な船に、真紅の瞳が釘付けになった。
(あ)
忘れもしない旅行パンフレットに載っていた豪華客船ではないか。
(今日、出航だったんだ)
パンフ自体は熱心に眺めていたものの、しょせん夢幻の世界と理解しているので、出航日までチェキしていなかった。にしても、広告の写真はレストランのメニューのごとく、美化や修正が入るのが常だが、この客船に限っては現物の方が遙かに優雅な佇まいなのが何とも悔しい。幻滅するほど老朽化していれば、まだ諦めもつくのに。出航時間まで間があるのか、デッキに人影は少なかったが、遠目にも上流階級とおぼしき人々ばかりだった。男盛りの紳士がいないことにやや安堵しつつ、未練を吹っ切るべく、白鳳はさっと踵を返した。
「うお〜い、はくほー」
「姐さ〜ん」
客船に見惚れる白鳳を置き去りにして、皆は10メートル以上前を進んでいる。ハチや子分の呼びかけに応え、白鳳は慌てて皆を追い掛けた。憧れは憧れとして、潔く現実へ目を向けなければ。そもそも、予定外の船旅はどう控え目に見ても、自分に対するアックスの心遣いとしか思えない。
(あんな憎まれ口、本気にしたのかな)
現状を素直に受け容れられず、半ば八つ当たりで見せつけたパンフレットを、アックスは白鳳の真の望みと捉えたのだろう。仕事をそっちのけにしてまで周遊の準備をするなんて、本当にバカが付くほどのお人好しだ。さすがの白鳳も、いささか申し訳ない気分になってきた。
「ねえ、親分さん」
「もたもたしてねえで早く来い」
「陸が舞台の盗賊団が、大河周遊の旅だなんて」
私のためですか、と問う前に、アックスの野太い声に遮られた。
「細けえことは気にすんな、ほれ、船はあそこだ」
「う、嘘ぉ」
逞しい腕が指し示した方角を見て、白鳳は驚愕のあまり、突拍子もない声をあげた。紅の双眸に映ったのは、紛れもなく焦がれた白亜の船体だった。いくら何でもここまで上手い話はあり得ない。白鳳は辺りを隈無く見渡したが、やはり件の豪華客船しか存在しなかった。
(まさか、この船で旅が出来るなんてっ)
天は我を見放さなかった。贅沢の限りを尽くした豪華客船でのクルーズ。白鳳の頬は紅潮し、透き通った虹彩に幾重にも星が輝いた。
「親分さぁん」
紅唇から漏れる色っぽい猫なで声。紅いチャイナ服はアックスの傍らへ、いそいそと歩み寄った。
「な、何でえ」
潤んだ眼差しに鋭く射抜かれ、アックスは困惑したように顔を逸らした。そのがっちりした顎に冷たい指先をかけると、白鳳は上目遣いで囁きかけた。
「私のために素敵な旅行を用意してくれてありがとうv」
「別におめえのためじゃねえよ」
期待以上の愛らしい笑顔に、アックスの胸の動悸が徐々に高まる。
「やっぱり親分さんは私が見込んだ通りのオトコでした。最初から分かってたんですよ。貴方は見かけこそイマイチですが、磨けば光る極上の宝石だって」
「おだてるのはよしやがれ」
見かけはイマイチと言われたのだから、決して手放しで褒められてはいない。しかし、アックスは白鳳の悩ましい仕草に気が動転して、冷静な判断力を失っているようだ。
「おだてなんかじゃありません。頼りになるし、優しいし、甲斐性もあるし、私にとって最高の伴侶ですv」
「そ、そうか」
「親分さんみたいな至高のオトコをゲットして、私ってなんて幸せなんでしょう♪」
満面に笑みを湛えて言い終わるいなや、白鳳はアックスにちゅっと口付けをした。ストレートな感動の表現に照れまくり、アックスは決まり悪げに頭をぽりぽり掻いている。これまでの悪魔の度重なる暴挙と罵詈雑言を記憶の彼方へ押しやれるのだから、ある意味おめでたい性格だった。
「親分と姐さん、らぶらぶだぞー」
「ひゅーひゅー」
「いーな、いーな」
仲睦まじい親分と姐さんを、無邪気に祝福する4色バンダナ。けれども、従者たちは”現金”の一言では片付けられない、白鳳の極端な豹変ぶりにただただ呆れていた。
「こないだとまるっきり逆のこと言ってんなー」
「なにしろ目先の利益に弱いから」
ハチと神風の的を射たツッコミもどこ吹く風で、白鳳は逸る気を押さえ切れず、豪華客船の乗船口目指して駆け出した。



アックスの厚意に感謝はしているが、降って湧いたチャンスを生かさない手はない。大金持ちの愛人をモノにすれば、盗賊団の経済も安泰だし、まさに一石二鳥。一刻も早くターゲットを品定めすべく、紳士淑女が並ぶ乗船受付へやって来た白鳳の二の腕を、褐色の手がむんずと掴んだ。
「おい、どこ行きやがる」
「だって、船に乗るんでしょう」
「さっき言っただろうが、俺たちの船は向こうだ」
「え」
アックスが再び示した方角を、白鳳は身を乗り出して凝視し、そして固まった。豪華客船の影に、くたびれたぼろ船がちんまり浮かんでいた。サイズの違いで、完全に客船の影に隠れていたらしい。
「・・・・も、もしかして、あれ?」
「おう、知り合いの船乗りに借りた」
「が〜〜〜〜〜ん」
白鳳はショックでへなへなとくずおれた。遊園地の遊覧船にも劣るしょぼい船。勝手に勘違いして、ドリームに酔っていた心は、瞬時に奈落の底へ叩き落とされた。
「おめえ、この豪華客船だと思ってたのか」
「ううう、あんまりだ」
よほど痛手が大きかったのか、白鳳はへたり込んだまま、目尻に涙を滲ませている。だが、アックスからすれば、テント暮らしのくせに、カジノや劇場まである客船で旅出来ると信じる方の気が知れない。
「俺たちにそんな金があるか、ちっと考えりゃあ分かりそうなもんだがな」
「甲斐性なしのダメ男に一瞬でも期待した私がバカでした」
「船はともかく、周遊コースは同じだし、大した違いはねえよ」
「冗談じゃありません。沈みかけたぼろ船と設備てんこ盛りの豪華客船では、天と地の差ですよっ」
旅の行程自体を重んじるアックスと、手段と入れ物を重視する白鳳の間で、すれ違いが生じるのは無理もない。根っから派手好き、贅沢好きの白鳳は、先程の称賛の嵐はどこへやら、掌を返したように、アックスへ不満をぶちまけた。
「ふん、誰がこんな貧乏くさい船旅をしたいものですか」
「何だと、この野郎っ!!」
アックスはアックスなりに苦心して、様々なつてを頼り、どうにか船を確保したのだ。貧乏くさいとまで評されたら、いきり立たないはずがない。白鳳とアックスの周りにぶわっと険悪なオーラが漂い出した。目を三角にして睨み合うふたり。それに引き換え、初めてのクルーズで浮かれる子分たちは、丸窓のしょぼい船を取り囲んで大はしゃぎである。
「わ〜い、わ〜い、すげえ船だぞー」
「船に乗ったら、おいらたち海賊になるのかな」
「おおおっ、かっこいいぞ、おいらたち」
盗賊団専用の船を目の当たりにして、興奮状態の赤バンダナは、親分と姐さんの諍いなど眼中になく、浮き浮きと声をかけてきた。
「親分、姐さん、早く船に乗ろうっす」
おやつタイムに負けない嬉しげな様子に、白鳳はやや毒気を抜かれ、赤みを増した真ん丸ほっぺを眺めながら、一同へしみじみ問いかけた。
「ボクちゃんたちは本当に小さい方の船で満足かい?」
「おいっす」
「こっちはちっこくて可愛いっす」
「あっちは広すぎて迷子になるっす」
「おいら、親分と姐さんが一緒ならどこでもいいっす」
「おいらもー」
「おいらもー」
「ふ、ふぅん」
皆に胸を張って返され、あっけに取られる白鳳に、神風が諭すごとく切り出した。
「白鳳さま、少しは彼らを見習ったらどうですか」
「神風」
「おやびん、はくほーを喜ばそうと船借りたんだぞー」
「きっと、例のパンフレットを見て、すぐ手配してくれたんですよ。なのに、船の大小くらいで邪険な態度を取るなんて」
「・・・・・・・・・・」
確かにアックスは出来る限りのことをしている。遊覧船並みの船でも大河周遊の旅には変わりないし、何より盗みの仕事に支障を来してまで、白鳳の希望を叶えようと動いてくれた気持ちが嬉しい。たとえ、求めた条件とかけ離れていても、その思い遣りの心は尊く得難いものだ。自分が大切にされているのを改めて実感すると、白鳳は気を取り直して、アックスへ微笑みかけた。
「・・・まあ、現状で高望みをしても仕方ありませんし、貴方の努力に免じて、ありがたく受け取らせてもらいます」
「そうか」
神風やハチの説得もあって、案外すんなりと白鳳の機嫌が直ったので、アックスはほっとして肩から力を抜いた。一足先に船へ乗り込んだ子分が、デッキから3人と1匹に呼びかける。
「おやぶ〜ん、姐さ〜ん」
「風が気持ちいいっすよー」
「青いのもちびも早く来ーい」
「ほれ、行くぞ」
「うん」
アックスが差しのべた手をきゅっと握る白鳳。見守る神風とハチの口元がほころぶ。紆余曲折あったものの、万事めでたしめでたしとなりかけたのだが。。



「おおおっ」
不意にハチが素っ頓狂な叫びを上げた。
「どうしたんだい、ハチ」
「ですおの匂いがするぞー」
鼻の穴をひくひくさせて、ハチが小首を傾げる。白鳳と神風はきょとんとした面持ちで、脇を上下する虫を見つめた。
「まさか」
「あのコは悪魔界へ行ったきり、全然音沙汰ないじゃない」
「再会の集いでもロクに話もしないうち帰ってしまいました」
せっかく、かつてのパーティーが集合したのに、面倒そうに顔出ししただけで、お茶すら飲まず立ち去ったのだ。特殊な力を有するハチ以外は、異世界にいるDEATH夫と直接コンタクトを取る術がない。ゆえに、貴重な機会を楽しみにしていた白鳳も仲間たちも、すっかり肩透かしを喰らった感があった。
「もうっ、美しく気高いマスターの恩も忘れて、ホント薄情者なんだから」
「ハチの嗅覚が並外れて鋭いのは承知してますが、ここにDEATH夫がいるとは考えづらいですね」
「うんにゃ、ですおは絶対近くにいる」
ハチは力強く断言すると、太鼓判を押すみたいに、腹鼓をぱあんと叩いた。
「でもねえ・・・・」
白鳳がおっとり言い差した途端、ハチが見開いたどんぐり眼をキラキラさせた。
「いたいたっ」
「え、どこ?」
「うお〜い、ですおー、ですおー」
お目当てを捕捉するやいなや、ハチは一目散に飛んでいった。白鳳は軌跡を正確に辿っていたが、到達を待たずに、白磁の美貌が凍り付いた。なんと憧れの豪華客船の屋上デッキに、黒ずくめの死神がぼんやり佇んでいるではないか。
「ああっ、DEATH夫っ」
「本当にいましたね」
「なぜ、あのコが」
アックスは白鳳の脇で、一連のやり取りを黙って聞いていたが、黒いシルエットを見遣る緋の瞳に、紅蓮の炎が燃えさかっているのに気付き、愕然とした。紛れもなく嫉妬と羨望の炎だ。激しい危機感に襲われ、アックスは内心、頭をかかえた。
(や、やべえ)
先の展開は容易に読めた。どうにか話が収まりそうだったのに、全てぶち壊しである。案の定、白鳳はアックスの手を乱暴に振り解くと、神風を連れて客船の真下に陣取り、ひとりと一匹の動向を目で追った。
「ハチが声をかけてます」
「無視されてる気がするけど」
「あ、気付いたみたいです」
「どんな話してるのかな」
彼方すぎて表情まではうかがえないが、DEATH夫の一撃でハチが無様に墜落する光景だけははっきり見えた。
「叩かれてますね」
「ま、お約束だから」
めげずに復活したハチは、DEATH夫と一緒にデッキから姿を消したが、しばしの後、ちっこい体躯の3倍はありそうな唐草模様の風呂敷を背負って戻ってきた。
「お菓子、しこたまもらったー」
風呂敷の中には香ばしい焼菓子が一杯入っていた。
「わあ、美味しそう」
「全部、あいつがくれたのか」
アックスもやむなく白鳳たちに付き合って場に残っている。今の雰囲気だと放っておいたら、銀髪の悪魔はマジで豪華客船に密航しかねない。
「おうっ、さっそく皆で食うぞー」
ハチはバンダナ軍団とお菓子を分けるため、ぼろ船へ移動した。食いしん坊で大食らいのハチだが、美味しいものをちゃっかり独り占めしたりはしない。快活な後ろ頭を見送りつつ、神風が主人に言いかけた。
「DEATH夫が客船にいるのは、やはり・・・・」
「決まってるじゃん、ご主人さまとの優雅なバカンスだよ。観光に興味ないあのコが、単独で周遊するなんてあり得ないもん。ああ、いいなあ・・・これぞ究極の玉の輿だよねえ」
金品にも贅沢にも無関心なDEATH夫が華やいだ生活を送り、理想の色男を追い求め、あらゆる要素を磨き抜いた自分が貧乏暮らしだなんて、断固、納得出来ない。実のところ、DEATH夫には悪魔界での試練も苦難もあるだろうが、現在、白鳳の頭が認識しているのは、豪華客船とぼろ船のあからさまな格差だけだった。”負け組”という単語がふっと頭を過ぎる。やり場のない悔しさは、当然アックスへ叩き付けられた。
「私が古ぼけた船で、元の従者に見下げられる羽目に陥ったのも、全て貴方が甲斐性なしだからですよっ」
「ぐぬぬぬ。。」
ああ、予想通り、こう来たか。一時はアックスの真心に胸を熱くした白鳳だが、DEATH夫を発見したばかりに、悪い病気がぶり返してしまった。一面識もない人々であれば、憧憬の眼差しを注ぐくらいで済んだのに、なまじ近しい相手なのがいけなかった。恐れていたまんまの展開に呆然として、アックスが反論しないのをこれ幸いと、紅唇はなおも畳み掛けた。
「あ〜あ、こんな使えない貧乏神みたいなオトコに引っ掛かって、私ってなんて不幸なんでしょう」
直前の美辞麗句の舌の根も乾かぬうちにこの言い種。アックスのみならず神風も返す言葉を失い、主人を生温かく見据えた。
「ほんの数10分前と正反対の内容を告げて、よく矛盾を感じないものだなあ」
アックスが企画したせっかくの船旅も、白鳳の隣の芝生病のせいで、出航どころか乗船を前に、早くも暗雲が立ちこめていた。



TO BE CONTINUED


 

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