*馬鹿な男も使いよう〜前編*
「どうやらお手上げだね、これは」
「きゅるり〜」
山中にあるダンジョンの一番奥まったところで、古ぼけた銀の小箱を前に大きく息を吐く一同。蓋を被せた部分の中心に、直径3センチほどの円形の窪みがあるだけで、どこをどう見ても鍵穴など存在しない。なのに、いかなる手段を講じても開かない。神風の弓でも射抜けなかった。DEATH夫の鎌でも切れなかった。オーディンの力業でもビクともしなかった。まじしゃんの魔法も効かなかった。フローズンが蓋を凍らせることも出来なかった。むろん、ハチではどうすることも出来ず、もはやなす術はない。
「例の宝玉とやらがないと、どうにもならぬみたいだな」
白鳳の方に困り果てた視線を流しつつ、オーディンがゆっくり言葉を紡ぎだした。
「・・・そんなこと最初から分かってました・・・」
「姑息な手に走るからですよ」
フローズンと神風に耳の痛いコメントを投げつけられ、白鳳の顔付きが露骨に険しくなった。が、どう取り繕ったところで、鍵になる宝玉を入手するのが面倒なので、その場でなんとかしようと皆にあれこれ試させたのは事実だった。
「なあ、はくほー。これどうして開かないんだー」
「ど、どうしてと言われても・・・」
ハチの素朴な疑問に、微かに頬を引きつらせながら、それでもどうにか笑みを湛えて返した。しかし、傍らのDEATH夫の視線は限りなく厳しく、心なしか肩先のスイも緊張しているようだ。
「俺たちの特殊な力があれば、宝玉など無くてもどうにかなるとほざいてたのはどこの誰だ」
「だ、伊達に数百年も封印されてなかったみたいだね」
捕獲して従者にしたのではないだけに、彼らには主人の権威も威光もまるっきり通用しない。それどころか、判断ミスには容赦ない糾弾が待っている。何とも嫌な状況を作ってしまったものだ。
「・・・楽な道ばかり選ぶから自滅するんです・・・」
「ううううう」
フローズンの言っていることは正しく、内心、ムカついても一言も反論出来ない。
「だから、その宝玉を手に入れる方法を考えようよっ」
白鳳の旗色があからさまに悪くなったのを察し、まじしゃんが慌ててフォローに入った。
「うんうん、まじしゃんは本当に良い子だね」
当てつけのように栗色のふんわり頭を撫で、自分を責める一同をじろりと睨んでやったが、彼らはまるっきり動じていない。まあ、いつものことだからさすがに慣れたし、非はこちらにあるだけに、これ以上不愉快な様を見せるのも大人げない。様々な巡り合わせの結果とは言え、極めて個人的な目的のため、同胞の捕獲を手伝わせている彼らには少しでもいい状態で側にいて欲しいし、ここぞという時以外、力を借りるのも避けたかった。いずれ、目的を果たす時が来たら、全員解放してやりたいと思っているけれど、それは果たしていつの日になることやら。
白鳳がそこまで躍起になるのも当然で、小箱の中身は男の子モンスターなのだ。数百年前に封印された雷の力を持つ伝説のモンスター。地上に姿を現したのは後にも先にもこの一体だけという。馴染みの情報屋から話を聞きつけた後、十分な準備期間を設けて綿密に計画を練り、最高の布陣でダンジョンに乗り込んで、数々の戦いの末、ついに箱自体は手に入れた。だが、それを開けるにはかつてモンスターの封印に使われた宝玉が必要だった。宝玉は国の宝として、王立図書館の奥に大切に保管されており、一般の者は一切近づけないようになっている。もちろん夜を徹した厳重な警備付きでだ。
(この面子なら力ずくで奪取するのは不可能ではないけれど・・・・・)
しかし、国がそれだけの体制で大切に守り抜いているものを盗んだりすれば、大陸中に指名手配されるのは免れまい。今回が最後のモンスター捕獲でない以上、そこまでのリスクを背負うのは避けたい。状況次第で再びこの近隣に来ることにならないとも限らないのだから。
「仕方ない。一旦街へ戻ろう」
外見より密度のある小箱をオーディンに持たせて、白鳳一行はダンジョンの最奥に用意されているトロッコに乗って麓まで下りた。鉱物の輸出入と観光で生計を立てているこの国は非常に栄えており、街には様々な店が建ち並んでいる。各国からあらゆる人種の客が来るだけあって、男の子モンスターを連れ歩く光景を奇異な目で見る人間もいない。国によっては彼らと別行動を取らなければならない場合もあり、その点、今回はかなり動きやすかった。
「先に食事にしよう。この国のレストランには世界各国の料理があるらしいよ」
これからのことを相談するにしても、まずは腹ごしらえから。皆、ただでもダンジョンでの厳しい戦いで体力を消耗しているのだ。スイの尻尾の花がくるんと回るのを白鳳は目を細めて見遣った。
「おおおっ、メシだなっ♪」
「わあ、レストランへ行くんだっ」
一般の人間が集まる場所へ行くこと自体、ワクワクするのか、ハチとまじしゃんが無邪気に笑った。いつも落ち着き払ったフローズンや神風ですら、人でごった返す各店を興味深そうに眺めている。
「この人数で行って、路銀の方は」
自分とハチの食べる分量を承知しているだけに、オーディンが不安そうに問いかける。
「ふふ、今回は十分に資金を用意してきたから、心配しなくても大丈夫だよ」
たまには正式な修行をした料理人のいる店へ行って、自分の献立に役立てたい。心惹かれる味わいの料理があったら、コックから少しでもレシピのコツを聞き出して、私邸に戻った時に作ってみよう。きっと皆、喜んでくれるに違いない。
(ふふ、楽しみだな)
心尽くしの手料理を彼らが嬉しげに味わって食べる様子が目に浮かんでくる。思わず顔を綻ばせた白鳳だったが、そのうち妙な連中の顔も見えてきた。赤いほっぺに赤バンダナ、青バンダナ、緑バンダナ、橙バンダナ。そして、とどめにドレッドヘアの大男。
(あれ?)
なぜそんな余計なモノが浮かんでくるのだろう。先日、行きがかり上、やむを得ず料理を作ってやった。一同は喜んで貪り食っていた。でも、あれはあくまで例外であって、盗賊団の連中に二度と手料理を振る舞う気などない。
(あ〜、もう、消えろ消えろっ)
子分連中の真ん丸な顔は消えたが、むしろ一番消し去りたい浅黒い肌の男の姿が消えない。それどころかどんどんリアルになって、こちらに近づいてくる。少しだけ胸の鼓動が高まるのが分かった。
「おいっ、てめえ!!」
重傷だ。声まで聞こえる。どうしたことだろうと苦々しい顔で唇を噛みしめたが、それもそのはず。目の前に本人がいた。
「ここで会ったが百年目!今日という今日こそぶっ殺してやらぁ!!」
その物騒な発言を耳にして、神風とまじしゃんが白鳳をガードするごとく、素早く前方に歩み出た。オーディンも紅のチャイナ服の傍らで低く構えを取っている。が、DEATH夫とフローズンはドレッドの闖入者を眺め遣りながら、淡々と言葉を交わし合うだけだ。彼らが戦闘態勢に移行しないのは、これまでの経緯を見る限り、アックスがどういきがったところで大勢に影響なしと判断したからに相違ない。
「心配しなくても大丈夫だから、後ろで待っておいで」
白鳳もアックスの挑発に乗る素振りは見せず、神風たちをやんわり押しとどめた。下がりかける神風にスイを預けてから、アックスに目一杯明るく声をかけた。
「誰かと思えば、親分さんだったなんてv」
「ああ?」
叩きのめそうとした相手に艶やかな笑顔と共に迎えられ、アックスはすっかりあっけに取られている。
(ふふふ、まさにカモネギだな)
実体化したアックスに一瞬驚いた白鳳だったが、すぐにこれは天の配剤だと思った。件の宝玉は封印の言い伝えを抜きにしても、極めて金銭的価値の高い貴重品で、今まで数多の賊が我が物にすべく挑戦したにもかかわらず、悉く敗れ去り破滅への道を辿ったという。別名”悪魔の宝玉”と呼ばれる所以であろう。
「ねえ、親分さん」
「何だ」
白鳳の予想外の反応を訝しく思い、その端麗な顔をまじまじと見つめたが、妖しい笑みの裏に隠された真意がまるっきり読めない。相変わらず食えない野郎だ。
「あなた方は王立図書館にある宝玉が目当てなんでしょう?」
「な、なぜそれをっ!?」
しかも、こちらの標的だけあっさり指摘されてしまった。どういうわけかこの男には隠し事が出来ない。
「数々の盗賊の心を捉え、破滅に追い込んだ悪魔の宝玉。この辺りでは有名な話じゃないですか」
「確かにな」
「実は私もそれが欲しいんですよ」
この一言で白鳳の穏やかな対応の謎が全て解けた気がした。無論、アックスは激した感情をこれっぽちも隠すことなく、一気に叩き付けた。
「て、てめっ、またしても俺たちの邪魔をしやがる気なのかっ!?」
「人の話は最後まで聞いて下さいね。私はあるものの鍵として、それが欲しいだけですから、用さえ済めば、宝玉自体は要らないんです」
「だから、なんだって言うんだっ」
「ここは手を組みませんか」
彼らに宝玉を奪わせれば、指名手配されるのはあくまでもナタブーム盗賊団で自分たちに傷はつかないし、万が一失敗したとしても、トカゲの尻尾みたいに切り捨てて逃げれば済むことだ。
「ふざけんなっ!!どうしててめえなんぞと協力しなきゃなんねえんだっ!!」
「この国の警備隊の実力は大陸でも有数。貴方たちが倒せる相手ではありませんよ」
「へっ、まともにいっちゃかなわねえが、その辺りはちゃんと対策を練ってあらあ」
「抜け道、もしくは秘密のルートですか?」
「て、てめっ!!」
やっぱりこいつには全てお見通しらしい。アックスは眼前の憎っくき相手に悟られないよう、嘆きのため息をついた。
「どうやら図星だったようですね、ふふふ」
あのルーキウス王国でも城内の秘密の通路をしっかり発見していた連中だ。イメージよりは案外聡く鋭いところもある。
「けれども、たとえ抜け道を使ったところで、誰にも見つからずに脱出するのは少々困難だと思いますよ」
「ううむ・・・・・」
のんき者揃いのルーキウス王国とは異なり、十分訓練された警備の連中は一筋縄ではいかないだろうし、建物の規模が大きく、内部も入り組んでいるだけに、あちこちから追っ手が出て来やすい造りになっている。
「今回は手持ちの男の子モンスターを同行させているので、必ずお役に立てると思いますが」
「てめえが横取りしねえという保証があるのかよ」
「おやおや、私信用ないんですね」
「あたりめえだっ!!!!!」
怪しい薬や奸計を使って、人を襲ったり、お宝を奪ったりする相手のどこを信用しろというのか。こんなセリフを真顔で言いかけてくるこいつの気がしれない。
「どうしても協力してもらえないんですか」
「くどいっ!たとえ人類最後のふたりになったって、てめえなんかと手を組むのはお断りだっ!!」
「そうですか」
「うっ。。」
白鳳の眼光がいきなり険しくなった。睥睨するようにアックスを見据えると、刺々しい口調で先を続けた。
「なら、やむを得ませんね。これから貴方のアジトまで行って、ボクちゃんたちに先日の宿屋での出来事を実演付きで・・・・・」
ああ、こう来ると思った。アックスは瞬時に暗澹たる気分になった。
「ちょっ、ちょっと待ちやがれっ!!」
「あの日は前2回以上に淫靡で濃厚なプレイでしたよね。親分さんもたくさん啼いてくれましたしv」
どんなに強硬に拒んだところで、白鳳にこの手を使われるとぐうの音も出ない。抵抗すればするほど、どつぼに嵌るのは目に見えている。
「し、仕方ねえ」
がっくりと肩を落とすアックス。ひょっとしたら、俺はこのネタだけでこいつに一生頭が上がらないんじゃなかろうか。全くとんだ疫病神に取り憑かれたものだ。
「ふふふ、やっと素直になってくれましたね」
「あ、あくまでも今回だけだからなっ」
「分かってますよ」
「くれぐれも妙な気を起こすんじゃねえぜ」
またしても良いようにされてしまった悔しさを滲ませつつ、最後に一応釘だけは差しておいた。
「心配要りませんよ。私にとっては宝玉なんかより、もっと価値のあるものが手に入るのですから」
TO BE CONTINUED
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