*お楽しみはこれからだ〜前編*



「あっ、こらっ・・・・・・待ちやがれッ、リボンを解いていけーー!!」
森中に響き渡る悲痛な叫びを、目を細め受け流すと、紅いチャイナ服は優雅に踵を返した。端正な顔を半分だけ後ろに流し、こみ上げる笑いを堪えながら、別辞を奏でる。
「さようなら、またいずれ」
「きゅるり〜」
若草色の小動物の哀れむごとき啼き声が、アックスの怒りと屈辱を増幅させた。が、掲げられたままの両腕を固定した戒めは、どんなにもがいても一向に緩む気配はない。今の彼に可能な反撃と言えば、徐々に小さくなるシルエットに、悪口雑言を叩き付けることぐらいだ。
「この野郎〜〜ッ!!」
腹の底から声を張り上げたものの、憎い相手は一度も振り返らず、取り残されたアックスは焦燥できつく唇を噛んだ。このままでは子分たちに、リボンまみれの情けない姿を見られてしまう。
「ううっ・・・どうすりゃいいんだっ」
しかし、実のところ、白鳳はまだ森から立ち去っていなかった。消えたと見せかけ、ちょうどアックスの様子が見渡せる位置にある、大木の影に身を潜ませていたのだ。
「さ〜て、ボクちゃんたちはどんな反応をすることやら」
きゃーきゃーわーわーうるさいだけで、さして役にも立たない連中だが、アックスを慕う気持ちに嘘偽りはない。あの時、まさか身の危険も辞さず、炎のダンジョンまで追って来るとは思わなかった。薬のせいで正気を失ったアックスを、どうにか元に戻すべく、必死で縋りつく様子は、彼らの深く強い絆を感じさせた。
(もっとも、それも今日限りかもしれませんけど)
頭と腕にピンクのリボンを付けたまま、拘束された無様な親分を見たら、バンダナ連中だって、きっと見方が変わるはずだ。思考回路が単純なだけに、昨日のヒーローが笑い者に転じるケースも十分あり得る。
「ま、ボクちゃんたちに見放されたら、私が下僕にでもしてあげましょうかねえ」
「きゅるり〜。。」
肩先でうなだれるスイに構わず、口元の両端をくいっとあげ、意地悪く含み笑いを漏らす白鳳だったが、不意に背後から声をかけられた。
「白鳳さま、何やってるんですか」
「ひえっ」
よほど黒い妄想に集中していたのか、白鳳は思わず素っ頓狂な声をあげた。ふと見れば、そこには神風を始めとする男の子モンスターたちが並んでいた。
「み、みんな・・・どうして」
「きゅるり〜」



先日まで滞在していた街で偶然、稀少種の情報を得た白鳳一行は、予定を変更し、近隣国へ足を伸ばすことに決めた。当然、路銀不足は否めないので、おのおのの宿泊費を捻出するため、二手に分かれて行動していたのだ。白鳳はこの一帯に生息する”へびさん”の捕獲を目指し、他のメンバーは露店で小物を売りさばこうと、繁華街の広場に出かけていった。
「・・・・我々は必要な額を稼いだので、引き上げて来ました・・・・」
「お客さん、たくさん来たぞ〜♪」
「うむ、予想以上の盛況だった」
「ふ、ふぅん」
大陸きっての観光地で、世界各国から様々な人種が集うだけあり、男の子モンスターばかりのお店にもほとんど抵抗はなく、むしろ話の種にと積極的に品物を購入してくれたらしい。フローズンの提案を聞いたときは正直、半信半疑だったが、こんなに早々とノルマを達成するなんて。客観的に見ても、ハチの蜂蜜やオーディン手作りのアクセサリー類は極めて上質だし、引く手あまたなのもうなずける。だが、こちらの現状を考えたら、まるっきり立場がないではないか。
「もちろん、白鳳さまはもうへびさんを捕まえたんですよねっ」
「そ、それがまだ・・・・・」
たちまち恐れていた質問を切り出されたが、いくら白鳳でもまじしゃんの素直な瞳に嘘はつけなかった。いかにもきまり悪そうに真実を告げた途端、DEATH夫の冷ややかな視線が突き刺さった。
「ひとりで楽勝だって豪語してなかったか」
「うっ」
「きゅるり〜」
「だから、私がお供すると言ったのに」
「だ、だってっ・・・せっかくこしらえた罠をあのボクちゃんたちが」
主人の指し示す先には、4色バンダナの子供たちが折り重なって倒れていた。更にミスマッチな飾りが、異様な雰囲気を醸し出しているドレッドの大男。
「・・・・あれは・・・・」
「ナタブーム盗賊団とか名乗っていたっけ」
主従とも特徴のあり過ぎる外観だけに、誰もが無意識のうち、記憶の片隅に刻み込んでいたらしい。
「いったい何があったんです」
神風に促され、白鳳は待ってましたとばかり、これまでの経緯を説明した。無論、ところどころ自分に都合の良いように捏造して、だ。
「で、連中にお仕置きをしたと」
「そうだよ。あいつらさえいなければ、とっくの昔にへびさんの5匹や10匹くらい」
「どうだかな」
「・・・・白鳳さまの話は全て7割減で聞いておりますので・・・・」
「えええっ」
「きゅるり〜」
話半分よりも酷い、東スポの見出し並みの扱いを受け、激しいショックを受ける白鳳だったが、その時、痛みで目を回していた子分たちがもぞもぞ動き始めた。
「しっ、話は後だよ。これからが見物なんだから」
いよいよアックスの権威失墜の瞬間を目の当たりに出来るのだ。彼の落胆ぶりを想像しただけで、負の期待に口元が軽く歪んだ。
「あれだけやって、まだ気が済まないなんて」
「悪趣味」
「確かに少しやり過ぎかもしれんな」
特に首魁への仕打ちには失笑と同情を禁じ得ない。けれども、白鳳は皆の咎めるような呟きにも全くお構いなしで、身を乗り出して4色バンダナの様子を凝視している。
「ううう、痛いよう」
「親分はどこへいったんだ」
「おやぶ〜ん、返事して下さいっすー」
子分たちはおぼつかない足取りであたりを見渡したが、ふと両腕を縛り付けられたアックスの姿がちっこい瞳に映った。シンプルな作りの真ん丸顔に、はっきりと喜色が浮かぶ。
「あっ!あれはっ」
「親分だっ」
「お、お、お、おやぶ〜〜〜んっ」
「うあっ、やべえ」
探し求めていた相手を無事発見して、嬉しさと心強さで一斉に駆け寄るバンダナ軍団。本来なら感激の対面と相成るところだが、悲しいかな、今のアックスは到底そんな境地にはなれなかった。



一方、狙い通りの展開になって、事の顛末を見守る白鳳の拳にもぎゅっと力が入る。
「ふふふ、貴方が親分面していられるのもここまでですよ」
自分に一撃も浴びせられない程度の腕で、首魁気取りなど片腹痛い。頭と腕にリボンを散りばめた醜態を晒して、ボクちゃん連中に軽蔑の眼を向けられるのがお似合いだ。ところが、白鳳の期待も虚しく、子分たちはアックスを嘲りも笑いもしなかった。それどころか、目をきらきら輝かせ、勇姿をうっとり見つめているではないか。
「あれ?」
どうも雲行きが怪しくなって、白鳳はやや眉をたわめたが、次の瞬間、赤バンダナの子分が堪え切れずに叫んだ。
「リボン可愛いっす〜v」
「えええっ」
あまりの発言内容に白鳳は我が耳を疑ったが、その後も称賛の声は延々と続いた。
「やっぱ、おいらたちの親分はカッコ良いよな」
「きゃ〜、親分ステキ〜v」
「いいな、いいな〜、親分だけ」
「おいらたちもお揃いのリボン付けたいっす〜」
ピンクのくまさんエプロンを纏った巨体を、何の疑問もなく受け容れられる集団が、リボン姿に抵抗があるはずもなく。
「お、おめえら」
日頃とまるっきり変わらない一同の反応に、アックスはいたく感激し、その目頭に熱いものを滲ませた。連中の忠誠をわずかでも疑うなんて、己を恥じる気持ちで一杯だ。今日のおやつはいつも以上に腕を振るって、あいつらを喜ばせてやろうじゃねえか。満足感に顔をほころばすアックスとは裏腹に、紅いシルエットは呆然と佇んでいた。
「そ、そんなバカな」
「きゅるり〜。。」
思惑が外れ、白鳳が歯噛みしているうちに、子分たちが四苦八苦して、リボンを解いたので、アックスはようやく自由の身になれた。真ん丸ほっぺに無念さが漂っていたが、意に反した飾りもことごとくかなぐり捨てた。ずっと不自然な体勢に固定されていた腕を、慣らすごとくぐるぐる回してから、大きく伸びをする。心身共に解放され、快適な気分に浸っていたアックスだったが、そのささやかな安息も緑バンダナの一言でたちまち終結した。
「あ、親分、顔に何か書いてあるっす」
「ぐあっっ」
感極まったせいで、すっかり忘れ切っていたマーキングを指摘され、アックスは顔面蒼白になった。親分のそんな心持ちも知らず、子分たちは一斉にほっぺに書かれたショッキングピンクの文字に注目した。
「ホントだー」
「どれどれ」
(よしっ、今度こそ親分さんも)
やっと目論み通りに運びそうだと、ほくそえむ白鳳だったが、世の中そうそう甘くはなかった。
「・・・なんて書いてあるんだろー」
「うーん」
「読めないなー」
子分たちに漢字の類は解読出来なかった。仮に読めたところで、それが”赤いの”を指すとはまず分かるまい。
「でも、ハートが可愛いからいいっす」
「親分にはハートが似合うっす」
「らぶ、おやぶ〜んvv」
わらわらと懐いて来る4色の頭を、優しく撫でるアックス。子分たちの愛も信頼も1%たりとも揺るぐ気配はない。盗賊団の麗しい主従愛の前に、悪の企みはあっけなく崩れ去った。
「がが〜〜〜〜ん!!」
まさか、子分たちがあそこまでアックスに心酔しているとは思わなかった。誤算だった。
「く、悔しいっ」
珍しく押し倒しもせず、いろいろ趣向を凝らして、もてなしてやったのに。これじゃまさに骨折り損のくたびれ儲けだ。
「全く・・・八つ当たりで好き放題するからですよ」
傍らの神風にこんな風に言いかけられ、白鳳のこめかみのあたりがピクリと動いた。
「ちょっと、八つ当たりって、どういうこと?聞き捨てならないなあ」
「お前の罠の方に問題があったってことだ」
「何だって・・・・・」
DEATH夫のストレートな言い種に、端麗な顔が露骨に険しくなる。だが、この件に関して厳しい見解を抱いているのは彼ひとりではなかった。
「うむ、白鳳さまの罠は当てにならん」
「は、白鳳さまは優しいから、卑怯な罠は苦手なんですよねっ」
さすがにまじしゃんは気を使っているが、意味するところは他のメンバーとさして変わらない。更に可憐な唇には不似合いな、フローズンの強烈なカウンターパンチが繰り出された。
「・・・・きゃんきゃん用のチーズケーキにも人間が引っ掛かってました・・・・」
「ううっ」
「きゅるり〜」
言い訳の余地がない前科を指摘され、反論の術を失った主人の眼前で、腕組みをしながら大きくうなずく一寸の虫。
「ま、はくほーの罠はへっぽこだな」
「自分がへっぽこなくせして、何を偉そうに」
「あててててっ」
ハチにまで小馬鹿にされ、白鳳はついに実力行使に出た。いつもみたいに先細りの指が、ぷっくりほっぺを思いっ切り捻り上げる。詰め寄った弾みで、豪奢な羽ショールの先が、ハチのぺちゃんこな鼻の穴をくすぐった。
「うわ、ショールが鼻に入って、むずむずするぞー」
「うるさいっ」
狙いが外れ、ただでもムカついていただけに、一向に攻撃の手は緩まない。打たれ強いハチにとって、いつしかつねられた痛さより、むず痒さの方が耐え難くなり、そして、とうとう限界を迎えてしまった。
「ふぇ、ふぇ・・・ぶえ〜くしょいっっ!!!!!」
なりはちっこいくせに、くしゃみは立派なオヤジだった。そして、この大音声がさして遠くない場所にいる盗賊団に聞こえないはずはなく、20余名の眼差しが、大木の影の白鳳と男の子モンスターたちに集中した。



驚きと気まずさがない交ぜになって、双方、しばし睨み合っていたものの、子分連中のキンキン声がその沈黙を引き裂いた。
「あ〜〜〜っ、赤いのだっ」
「さっきより人数が増えてるぞー」
「またおいらたちをムチで叩くつもりなんだなー」
そのかしましさを掻き消し、周囲の木々すらなぎ倒す迫力で、アックスの野太い怒声が勢いよく放たれた。
「この××野郎、まだいやがったのかっ!!」
「・・・おや、また会いましたね」
「きゅるり〜」
忙しいと告げた手前、やや面目が立たないけれど、”いずれまた”の”いずれ”がちょっとばかり早く来ただけだ。
「何すっとぼけてやがるっ。大方、ここで俺たちの様子をうかがってたんだろが」
「もう少し楽しませてもらえると思ったんですけど」
「うっせーっ、よくも人をとことんコケにしやがったなっ。今度という今度こそぶっ殺してやらあっ!!」
顔を紅潮させていきり立ち、再び鉈を握って身構えるアックスに、4色バンダナのギャラリーが派手な歓声を飛ばす。
「親分、かっくいー」
「頑張れ、おやぶ〜ん」
「おいらたちの敵を取って下さいっす」
「おう、まかせとけ」
「ふ・・・ん」
相手の本気を認識したのか、白鳳もおもむろに鞭を手に取った。だけど、まずは大切な弟の安全確保が先だ。
「ハチ、スイを頼む」
「合点だっ」
「きゅるり〜」
ハチにがっちり抱えられ、若草色の塊は後方で待機する男の子モンスターのところまで運ばれた。スイを両手で受け取りながら、何事か言わんとしている神風の機先を制し、白鳳が先に切り出した。
「手出しは一切不要だから」
「はい」
主人のしなやかな肢体から、ゆらゆらと立ち上る闘気。こうなったら、誰にも止められない。もっとも、手練れ揃いの彼らには、主人と敵のレベルの違いは容易に判断出来た。ここまで実力差があれば、不覚を取る場面はあり得ず、高みの見物と洒落込めそうだ。
「くたばれっ、××野郎!!」
間合いを詰めるのももどかしいとばかり、怒濤の突進で白鳳に襲いかかるアックスだったが、振り下ろした獲物を難なくかわされると、またもや肩や胸元に触手の洗礼を浴びた。
「うおおっ」
「ふふ、その程度の緩慢な攻撃では掠りもしませんよ」
「く、くそ〜っ」
改めて対峙してみて、向こうの方が一枚も二枚も上だと悟らざるを得なかった。しかし、声のみならず、身体全体で応援してくれる可愛い子分たちのためにも、断じて屈するわけにはいかない。
(スピードじゃ到底敵わねえが、力比べに持ち込めば、こんな細っこい野郎にゃ負けねえはずだ)
動きを封じて、接近戦で勝負するのが得策だと考えたアックスは、白鳳の体勢を崩すべく、体当たりで特攻しようとした。ところが、逆に赤いチャイナ服に懐に入られてしまった。
「隙あり」
「ぐあっ」
どういうタイミングで仕掛けたのか、空気投げみたいな技で、派手に投げ飛ばされ、アックスは仰向けで大の字に横たわった。後頭部からまともに落下しただけに、タフな巨体もすぐには動けないようだ。



「ああっ、親分が大変だっ」
「だ、大丈夫っすか」
「しっかり、おやぶ〜んっ」
ぶっ倒れたままのアックスの身を案じ、大慌てで駆け寄るバンダナ軍団。白鳳の負けは100%ないと確信していても、あまりにもあっけなく決着が付いたので、男の子モンスターたちはすっかり拍子抜けしていた。
「弱っ」
「弱えー」
「ゴミだな」
「・・・・弱い・・・・」
「うむ」
「激弱ですね」
「きゅるり〜」
半ば呆れ顔で下された他のメンバーの評価より、神風に真顔で言われた最後の審判が一番心に応えた。アックスはのろのろと上半身を起こすと、無念さを滲ませながら吐き捨てた。
「ち、ちきしょうっ、てめえら、どこまで人をバカにしやがったら、気が済むんだっ」
「バカにされる程度の腕なんだから仕方ないでしょう」
まだ腰を降ろした状態の相手の足元に、ずずいと歩み寄る白鳳。むろん、愛する親分の危機をこのまま見過ごす子分たちではない。
「危ないっ、親分」
「よし、親分を助けるんだー」
アックスの盾になるべく、真ん丸ほっぺは小柄な身体を目一杯広げて立ちはだかった。白鳳の鞭が一閃して、容赦なく彼らを打ち据えても、起きあがりこぼしのように何度でも復活した。
「わ〜んっ」
「痛いよう、おやぶ〜んっ」
「なにを〜、負けるもんかっ」
「そうだっ、おいらたちが親分を護るっすー」
半べそをかきつつも、誰ひとり退くことなく、親分の周囲をぐるりと取り囲む4色バンダナ。
「おめえらってヤツは・・・」
己を顧みない子分たちの献身に、アックスの胸にぐっとこみ上げるものがあった。でも、ただでも傷ついている一同を、これ以上痛い目に遭わせるのは本意ではない。ちっぽけな意地やプライドより、大事な存在が自分にはあるのだ。白鳳にやられっばなしで引き下がるのはシャクだが、次回こそ必ずこてんぱんに叩きのめし、これまでの悪行を謝罪させてやる。
「よしっ、今日のところはずらかるぞ」
「あいあいさー!!」
「おぼえてろー、赤いの」
「この恨み、晴らさでおくべきかー」
捨てゼリフと共に、盗賊団は最重要スキル”36計逃げるにしかず”を発動させた。けれども、性悪な銀髪の悪魔は、彼らに逃走することすら許してくれなかった。



TO BE CONTINUED


 

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