*優しい繋がり〜1*



ダンジョンのある鬱蒼と茂った森を抜けると、彼方へ続く道は二筋に分かれていた。きちんと舗装された幅広の道は市街地へのルート、他方、野菜畑に挟まれた砂利道は、宿屋のある温泉街へのルートだ。いつもなら、沈みかけた夕陽を背に、皆で仲良く宿を目指すのだが、今日に限って、主従は別ルートを選んだ。白鳳は舗装された道へ、男の子モンスター+スイは砂利道へ足を踏み入れた。もちろん、お目付役が白鳳の街での道楽を許可したわけではない。今日捕獲した金魚使いを、キャラ屋へ連れて行くためだった。
「済まないね・・・・でも、背に腹は変えられないから。。」
ダンジョンで生息するモンスターを、人工的な施設に移すのは、彼らにとって好ましい状況とは言い難い。スイの解呪の一環として、私邸に保護する個体以外の乱獲は、出来る限り避けたいところだ。けれども、現実問題として、長旅にもモンスターの維持にも莫大な金がかかる。勤め人とは異なり、定期的な収入がないだけに、あらゆる手を尽くして金策せねばならず、綺麗事では到底乗り切れなかった。
「私が言えた義理ではないけど、どうか幸せになりますように」
捕獲ロープを右手首に絡めたまま、白鳳は金魚使いに微笑みかけ、そっと頭を撫でた。ふたりの周りで跳ねる金魚の1匹が、銀の糸先を軽く跳ね上げる。紅の双眸に懸念の色が滲むのを敏感に察し、フローズンがおもむろに切り出した。
「・・・・この街のキャラ屋は温厚な老人で、手腕も人柄も申し分ないとの評判です・・・・」
雪ん子の語った概要に続き、他のメンバーも口々に付け加えた。
「今の場所に40年以上も住んでいて、近隣住民の相談役もしているとか」
「オレ、こっそり覗いたら、ご老公みたいな優しいじっちゃんだったぞー」
「部屋は広くてきれいだったし、男の子モンスター同士も和気藹々としてたよっ」
フットワークの軽いハチとまじしゃんは、裏口からこっそりキャラ屋の中を偵察に行ったらしい。具体的な目撃談は、単なる人づての話より、ずっと重みがある。
「心配ない。きっと、金魚使いを大切に扱ってくれる」
「きゅるり〜」
「そう、良かった」
詳しい調査結果を聞き、白鳳はほっと安堵の息を漏らした。いくら窮しても、目先の欲に負けて、可愛い男の子モンスターを売り飛ばせない。当地のキャラ屋については、きっちり調べた上で、良心的な業者だと判明しなければ、決して取引はしなかった。これが売られる彼らに対し、白鳳がしてやれる、せめてもの思い遣りだった。



白鳳が不在でも、優れ者の従者はてきぱきと作業を進めてくれる。夕食の調理は朝のうちに済ませたし、改めて指示する必要もあるまい。そろそろ行かなきゃと、頭の中で別辞を用意した白鳳だったが、ふと、ひとつだけ気掛かりなことを思い出した。
「あ、そうだ」
「どうしたのっ、白鳳さま」
「ねえ、街のあちこちに貼ってあった指名手配のポスターを覚えてる?」
白鳳の問いかけに、スイを含む一同は神妙な顔で、幾度もうなずき合った。昨年から近隣諸国を荒らし回っている悪質なモンスター密売団。国境を越えた地点からずっと、都市部、郊外を問わず、兇悪な顔が並んだ横長のポスターを目にしない地域はなかった。話の輪に入ろうとしないDEATH夫とて、不逞の輩の存在には気付いているはずだ。しかし、ただ1匹、あれだけの視覚攻撃をモノともしないのんき者がいた。
「ポスターなんてあったかよう」
これっぽちも記憶にないらしく、ハチは素で短い首を捻っている。白鳳はこめかみをピクピクさせつつ、先細りの指でハチのおでこをつついた。
「お前のどんぐり眼は節穴かい」
「へ」
まだピンと来ないハチに業を煮やし、白鳳はいきなり実力行使に出た。人差し指をおでこからもちもちほっぺに流すと、親指を添え、思い切りつねり上げる。
「今朝、穴の空くほど見つめてた、花見団子の広告の隣りにもあったよね」
「あててててっ」
「きゅるり〜っ」
ぐに〜んと伸びた頬肉に比例して、ハチの叫び声が大きく響いた。見かねた神風が白鳳の手指を強引に振り解いた。
「白鳳さま、止めて下さい」
ようやくお仕置きから解放されたハチの頬を、フローズンが掌で冷やし始める。オーディンが懐から塗り薬を出し、ハチの腫れ上がった左頬に伸ばした。
「ハチ、痛くないか」
「平気、平気」
ハチは屈託ない笑顔で返したが、赤みを増した頬が痛々しい。白鳳の度を越した制裁に、お供たちの非難の眼差しが向けられた。
「・・・・悪さをしたわけでもないのに、手加減なしでつねるなんて・・・・」
「ハチがあまりに可哀想だよっ」
「心の母と慕っているハチに、よくこんな仕打ちが出来るものだ」
「だって、このスットコドッコイと来たら、食べ物関連しか見えてないんだもん」
つい、過激な反応を示したのは、事が身の危険に関わる内容だからだ。お気楽さが災いして、ハチが密売団の虜になったりしたら泣くに泣けない。だが、白鳳の反論は残念ながらやぶへびにしかならなかった。膨れっ面の主人を険しい視線で見据えると、神風はぴしゃりと言い返した。
「美形の殿方しか見えず、性懲りもなく、暴れうしの突進を繰り返す方に、ハチを責める資格はありません」
「きゅるり〜っ」
「ううう」
対象が異なるだけで、実のところ、目的物に向かうひとりと1匹の盲目振りは、まるっきり変わらない。善良な一般人に迷惑をかけない分、ハチの方が遙かに人畜無害だ。
「私のアバンチュールは関係ないでしょ。今はモンスター密売団の話をしてるの」
付き合いの長い神風は、こちらの思考パターンを熟知している。どう理論を展開させようと、言い負かされるのがオチなので、白鳳は自ら軌道修正して、本題に戻した。もっとも、白鳳の心中では神風のお小言を避けるより、速やかに対策を練らなければの思いが大きかった。長旅の間にならず者と遭遇した経験もあったが、モンスター密売団はこれまでの連中とは明らかに違う。神風も白鳳の意図を察知したようで、逃げの姿勢をあっさり受け容れた。
「密売団のバックには闇市場の大物がいて、様々なレアアイテムを流しているそうです」
「・・・・中でも恐ろしいのは、男の子モンスターの一切の力を封印する薬・・・・」
「うむ、それを銃で注入して、完全に反撃を封じてから、捕獲するらしい」
さすがに年長組はポスターに記された内容を全て把握していた。並外れた戦闘力を誇る彼らでも、能力自体を封じられたらお終いだ。最悪の場面を浮かべたのか、3人の面持ちに緊張が漂う。しかし、己に絶対的な自信を持つ死神は、戦慄する仲間に冷笑を送ると、そっけなく吐き捨てた。
「ふん、人間風情がどう足掻こうと、俺には通用しない」
プライドの高いDEATH夫なら当然の反応だろう。でも、実力勝負なら、DEATH夫じゃなくても、楽に蹴散らせる。ヤツらの恐ろしさは、対モンスター専用の特殊な武器を所持していることに尽きる。現時点で封印弾を無力化する術がない以上、真っ向から戦いを挑んではいけないのだ。



ただし、いくら極悪な密売団とは言え、白鳳に組織を叩き潰す志はなかった。正直、パーティーは予算内でやりくりし、目当てのモンスターを捕獲するだけで手一杯だ。各地での滞在日数もあらかじめ決めてあるし、直に危害を加えられたならともかく、わざわざ退治に動く気にはなれない。厄介な連中とは一切関わり合わず、速やかに当地を立ち去るのが良かろう。
「万が一ってこともあるし、寄り道しないで、真っ直ぐ宿へ帰るんだよ」
最新の情報によれば、密売団は温泉街付近に潜伏してるらしい。全員で街道を進んでいけば、あたりの農夫ともすれ違うし、襲撃を受けたりすまいが、白鳳にはもうひとつ不安材料があった。DEATH夫を除くお供は、一般の人間以上に正義感が強い。主人の事なかれ主義に反し、密売団を叩き潰すべく、活動を開始したらどうしよう。白鳳の揺れる気持ちが伝わったのか、男の子モンスターたちは力強く言い返した。
「宿までは一本道だし、心配しなくても大丈夫です」
「・・・・周囲は畑ばかりで、寄り道する場所などございません・・・・」
「早く、温泉でのんびりしたいってスイも言ってるよっ」
「きゅるり〜」
まじしゃんに抱きかかえられたスイが高らかに声を張り上げた。
「私もすぐ戻るつもりだけど、くれぐれも気をつけて。掛け替えのない従者がヤツらの餌食になるなんて、私には耐えられない」
白鳳の言葉が400%本気だと分かるから、少し芝居がかった仕草も苦笑と共に許せる。同胞を苦しめる輩の存在は引っ掛かるものの、主人が胸を痛める軽はずみな行動はしない。この方針を確かめるごとく、一同は微かに目くばせした。が、いまいち場の読めないハチは、白鳳の胸元まで接近すると、丸い瞳を輝かせて尋ねた。
「なあなあ、はくほー、もし誰かが捕まったら、どうすんだ」
「速攻で救助に行って、完膚なきまでに組織を壊滅させてやるよ」
自発的に潰そうとは思わないけれど、火の粉が降りかかってくれば、落とし前はつけさせて貰う。これが白鳳のスタンスだ。
「おおおっ、はくほー、かっこ良いー。んじゃ、オレが捕まっても助けてくれるよな」
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
ハチの質問が終わるやいなや、仲間の間に微妙な空気が漂った。美形じゃない。この要素のみで、白鳳に毎度、みそっかす扱いにされるハチ。止せばいいのに、またもや実らぬ問いかけをしてしまった。後の展開は容易に想像がつく。白鳳に冷たくあしらわれ、顔に縦線の入ったハチがショックで迷走するのだ。誰もが慰めのセリフを用意して、白鳳の反応を待った。ところが、紅唇が紡いだ答えは思い掛けないものだった。
「当たり前じゃない。私はハチのかあちゃんだもん。可愛いハチを奪う奴は許せないよ」
「う、嬉しいぜー、かあちゃあん」
白鳳が間髪入れずに言い切ったので、単純なハチはいたく感激して、大きな目を潤ませた。白鳳は慈愛の笑みを浮かべ、ハチを両手で包み込むと、ぽっこりお腹をゆっくりさすった。
「うふふ、いいコ、いいコv」
「でへへー」
かつて見たことのない麗しい光景に、メンバーは目をぱちくりさせている。かあちゃん呼ばわりを認めるだけならまだしも、白鳳自ら心の母を名乗るとは。
「し、信じられん」
「悪いモノでも食ったか」
「不思議だけど、ハチのためには良かったよねっ」
「・・・・あり得ない。絶対、裏がある」
「きゅるり〜。。」
さすがに、神風とスイは不純な動機を確信していたが、具体的なネタが思い当たらない。仲間とはちょっぴり距離を置き、あらゆる可能性を検証する彼らの背後から、フローズンが小声で囁きかけた。
「・・・・ローヤルゼリー目当てです・・・・」
「え」
「・・・・白鳳さまはハチに新たな蜂蜜玉を開発させようと目論んでいらっしゃいます・・・・」
「新たな蜂蜜玉だって?」
「・・・・はい、美容に特化したものを求めておいでです・・・・」
「美容・・・・ああ、それでローヤルゼリーなのか」
「きゅるり〜」
フローズンの説明を受けて、神風とスイは某養蜂場の美容関係のCMを思い出した。良質のローヤルゼリーエキスを使用したスキンケア用品。そのCMが魔法ビジョンで流れるたび、白鳳は身を乗り出して見入っていたっけ。



年齢的にお肌の曲がり角に差し掛かったが、白鳳の美貌はいささかの翳りも見られない。しかし、諸行無常の喩えの通り、永遠に変わらぬものなどない。花の顔もいずれは衰える時が来よう。と、理屈では分かっていても、定めを甘受しないのが白鳳だ。いつまでもオトコ道楽を楽しむべく、何とかして美しさを維持したい。養蜂場のCMを見た途端、素晴らしいアイディアが閃いた。普通のミツバチが集めたローヤルゼリーですら、劇的な効果があるのだ。ハチの力を以てすれば、老化防止に留まらず、10代の肌を取り戻すことも夢ではない。
(よ〜し、ハチを上手く騙くらかして、ローヤルゼリーメインの蜂蜜玉を作らせようっと♪)
無事、蜂蜜玉が出来たら、美容液も開発させる。身体の内外からエキスを取り入れれば、効果も2倍だ。食欲魔人のハチに美容の観念を分からせるのは一苦労だが、極上のオトコにちやほやされるためなら、どんな苦労でも厭うまい。白鳳がマジで身勝手な野心を抱いていると知り、神風とスイは呆れ果てて、紅いチャイナ服を見遣った。
「結局、ハチに優しくしたのは、己の黒い望みを叶えて欲しいから」
「・・・・手放しで喜んでいるハチが不憫です・・・・」
「きゅるり〜。。」
己の男漁りのため、ハチを利用しようと企む白鳳は許せない。だけど、ここでつるし上げると、かえってハチを傷付けてしまうので、神風たちは敢えて白鳳の偽りの言動を指摘しなかった。しばし泳がせておいて、白鳳がハチの説得に着手した際に、裏を暴いて叩けば済むことだ。パーティーにとっては、モンスター密売団に関する問題を片付ける方が先だった。
「白鳳さまっ、のんびりしていると暗くなっちゃう」
まだハチとの戯れを続けていた白鳳だが、まじしゃんにやんわり促され、慌てて捕獲ロープを握り直した。春先になって、日は徐々に長くなっているが、この様子では黄昏時も近い。
「いっけない。じゃあ私は行くけど、皆、油断しないで」
「おうっ、はくほーも気をつけろや」
「当地を出るまでは、細心の注意を払って行動します」
「うむ、しばらく単独行動は厳禁だ」
「・・・・どうか、ご安心下さいませ・・・・」
「きゅるり〜」
「老婆心だとは思うけど、君子危うきに近寄らずだよ」
しつこいと自覚しつつ、最後に一言付け加えずにはいられなかった。分かれ道を行く一行のにこやかにうなずく姿が映り、白鳳は緩やかに肩の力を抜いた。聡明な彼らのことだ。密売組織と鉢合わせでもしない限り、自ら危難に飛び込む真似はすまい。ただ、連中が温泉街に潜伏しているのが、白鳳の心のモヤモヤを増幅させた。
(いっそ、明日から市街地のホテルへ移ろうかな)
鄙びた温泉宿と比べ、かなり値段は張るが、従者の安全には替えられない。帰還したら、フローズンと相談してみよう。締まり屋の大蔵大臣も、仲間を慮った提案には反対しないはずだ。純粋な気持ちで宿の変更を検討する白鳳だったが、不意に、脳内で悪魔の囁きが響き渡った。
(ホテルへ行けば、金持ちのイケメンがいるかも)
きっかけは善意からでも、所詮は腐れ××者。一旦、出会いの可能性に目覚めると、どんどん美味しい妄想が浮かんできた。枯れた年寄りばかりの宿とは今宵でおさらば。高級ホテルでは金も力もある色男が、自分を心待ちにしているに違いない。麗人を奪い合う男たちを眺めながら、カクテルに口付ける艶姿を描き、白鳳はうっとり目を細めた。もう、逸る気を抑えられない。いかなる手を使っても、明日はホテルへ泊まってやる。
「とっとと用事を済ませて、フローズンに頼まなきゃ」
一刻も早く、このドリームを現実にしたい。白鳳はきょとんとする金魚使いを引き摺るように、小走りでキャラ屋へ向かった。


TO BE CONTINUED


 

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