*優しい繋がり〜2*
二筋道で白鳳と別れた男の子モンスターは、時折、すれ違う人の邪魔にならないよう、砂利道の半分ほどの幅を取って、一路、温泉街を目指した。1列目は神風とまじしゃん、2列目はオーディンとフローズンの編成だ。再びまじしゃんの手の中へ戻り、脇を飛ぶハチと談笑するスイ。彼らとつかず離れずの距離を取って、大鎌を担ぎ持つDEATH夫が付いて行く。話を盛り上げる主人がいないのは寂しいものの、かえってパーティーは大人しい節度ある集団となっていた。
「白鳳さまをひとりで行かせても良かったのか」
寡黙なオーディンが自ら話題を振るのは珍しい。よほど、白鳳の行状が不安なのだろう。彼の懸念も無理はない。市街地で真性××者に自由行動させるのは、羊が草を食む野原へ野獣を解き放つようなものだ。人の絶対数が多いと、ターゲットを発見する確率は高いし、歓楽街には胡散臭い曖昧宿や風俗店が並んでいる。多少の不便に目を瞑り、わざわざ郊外の宿を利用するのは、暴れうしの突進を物理的に阻止し、善良な市民を守るためだった。
「・・・・今回に限っては、心配ございません・・・・」
フローズンがにこやかに断言したにもかかわらず、オーディンはまだ浮かない顔をした。想い人の見解なら、手放しで肯定するのに、それだけ、白鳳の不祥事に悩まされてきたということか。原則として、スイを含むお目付役は、白鳳のまともな言動には裏アリと見なしているが、特殊な事情があれば、いくらケダモノだって、人の道に立ち返ることもあり得る。直前のやり取りを踏まえ、神風は端的に根拠を示した。
「白鳳さまの頭の中は、密売組織との遭遇を避ける術で一杯だから」
「きゅるり〜っ」
快活な鳴き声に後押しされ、まじしゃんとハチも神風の意見に賛同した。
「真底、僕たちの身を案じてくれてたよねっ」
「きっと、大慌てで帰って来るかんな」
享楽的でお調子体質の白鳳だけど、非常時にはしっかりマスターの顔を取り戻す。だからこそ、日頃は脱線ばかりでも、曲者揃いのメンバーから深い信頼を得ているのだ。去り際に、幾度も振り向く様を思い起こしたのか、オーディンもようやく納得してうなずいた。
「分かった。我々は速やかにチェックインして、荷物を片付けつつ白鳳さまを待とう」
辺りはほの暗くなって来たが、従者たちの表情は明るい。外れた場所を行く約1名を除き、真面目で勤勉な従者たちは、早くも帰還後の作業の割り振りを始めた。
「・・・・でしたら、私は今週分の収支をまとめます・・・・」
「私は資料の整理をしよう」
「僕はアイテムの点検をするよっ。ハチとスイも手伝ってっ」
「おうっ、合点だ!!」
「きゅるり〜っ」
方針もすんなり決まり、主人を迎える態勢は万全だ。しかし、残念ながら、白鳳は清く正しい彼らに相応しい器ではなかった。この非常時にして、なお、腐った心は濁りを消し切れず、純粋だった初心は、黒い野心と化していた。白鳳が速攻で用事を片付けるべく、張り切っているのは、明日の高級ホテル宿泊を実現したいゆえだ。大切な同行者の危機まで、オトコ漁りに結びつけるとは、現時点では神風でさえ、露ほども思っていなかった。
天然の光が消えるのと反比例して、遠くの温泉街の灯りが目立ち始めた。一見したところ、建造物は和洋中と乱立しており、やや猥雑な印象を与えるのは否めない。中で、もっとも由緒ありげな木造の建物を、フローズンが優雅に指し示した。
「・・・・あそこが今宵の宿です・・・・」
「わあっ、JAPAN風の旅館なんだっ」
「以前、山間の宿へ泊まって以来だな」
「天然の露天風呂が珍しかったっけ」
「また美味い和菓子食えるかなー」
「きゅるり〜」
めったにない形式の宿は、印象に残っているらしく、皆の口からすんなり思い出話が出る。当時の白鳳の悪事に触れる者がいないのは、スイに対する心遣いだろう。
「もう一息だ、急ごう」
目的地へ近づき、神風はDEATH夫も含めたメンバーの様子を確かめるため、後ろへ向き直って声をかけた。ふと、半回転した弾みで緩んだ襟元から、色褪せた皮紐が覗いた。
「なあ、なあ、かみかぜ、これ何だー?」
無邪気な好奇心から、ハチが両手で紐を引っ張った。翠の勾玉が顔を出し、全員の視線が神風の胸元へ集中した。翡翠の守護オーラは極めて緩やかで、よほど意識して探らなければ感知出来ない。だから、スイ以外に知られず済んでいたのだが、気を抜いたばかりに、勾玉の存在が発覚してしまった。困惑を隠せないまま、神風は不自然な早口で答えた。
「は、白鳳さまから預かったんだ」
「・・・・その表現は私たちへの配慮でしょうか・・・・」
「貰い物であっても、我々は気にせんぞ」
「いや、預かっただけだ!!」
心の広いお目付連中はともかく、白鳳を一途に慕うまじしゃんとハチを思い、神風は声を荒げて否定した。主人から貴重な家宝を受け取り、しかも、隠していたことが後ろめたかった。自分が特別な従者になった気がして、心のどこかで浮かれていたのかもしれない。そんな己の卑しさを、神風はひとり恥じた。
「・・・・・・・・・・」
温厚な神風らしからぬ剣幕に、フローズンとオーディンは顔を見合わせた。彼の心境は手に取るように分かる。神風はあまりに潔癖過ぎるのだ。主人が神風だけに贈り物をしたとて、不公平だと詰るメンバーはいない。白鳳と神風には切っても切れない絆があると認め、その事実を快く承認している。けれども、生真面目で融通の利かない神風は、白鳳のプレゼントを重く受け止め、深く悩んでいるのだろう。ここは有耶無耶にして、神風の気持ちを軽くしてやろう。フローズンとオーディンは、さり気なく話題を変えようとした。ところが、思わぬところから、次の矢が放たれた。
「貰ったなら貰ったと言え」
「DEATH夫・・・・・」
離れた最後尾にいたDEATH夫が突如、会話に乱入して来た。突き放した物言いが、神風の胸にぐっさり突き刺さる。金の双眸から放たれる光は悪意に満ち、揺れ動く心を更にかき乱した。DEATH夫が白鳳の贔屓に怒るはずはないが、険しい面持ちには苛立ちが滲んでいる。彼の真意を計りかね、言葉に詰まる神風へ、フローズンがタイミング良く、助け船を出した。
「・・・・要するに、白鳳さまは差し上げたつもりですが、神風は借りたつもりなのですね・・・・」
主従の意思を的確に表現した内容に、神風はうっかり首を縦に振った。はっとして、思わずまじしゃんとハチを一瞥したが、彼らは仲間の僥倖を羨みこそすれ、決して僻んだりはしなかった。
「白鳳さま直々のプレゼントなんて、いいなあっ」
「よ〜し、負けるもんか。オレもはくほーが帰ってきたら、おやつを貰おうっと」
「僕は食べ物以外が欲しいや」
ひとりと1匹ののどかな会話を聞き、神風は緊張の糸が緩んで、口元を綻ばせた。まじしゃんたちも白鳳と出会った時、既に古参のお供だった神風には一目置いているようだ。取り越し苦労が杞憂に終わり、ほっとしたのも束の間、黒ずくめの死神がすたすたと神風の面前までやって来た。
DEATH夫の氷の面を目の当たりにして、神風は我知らず息を飲んだ。ダンジョンで敵と対峙している方が遙かに気が楽だ。無論、DEATH夫とは敵同士ではないが、仲間とも言い切れない宙ぶらりんな関係で、向き合う時は、常に針の筵に座る覚悟が要る。初対面からずっと謎の反感を抱かれ、温厚な神風でも正直、苦手意識は否めなかった。とは言うものの、縁あって道中を共にしているのだ。いつまでもギクシャクし続けるのは本意ではない。もし、自分に落ち度があれば、出来る限り改善したいと思っているが、DEATH夫から冷遇される理由が分からない以上、対処のしようがなかった。
「はっ」
DEATH夫の長い指が弧を描き、勾玉を掬い上げる。予想外の行動に、神風は反射的に身を固くした。
「結界と回復補助か」
手に取っただけで、DEATH夫は的確にアイテムの効用を言い当てた。なおも、対象を弄ぶ指先から、神風は勾玉を鷲掴みで奪い返した。
「これは私がお預かりしたもの。返してもらおう」
フローズンの分析通り、神風は貸与の立場を貫く所存だ。彼の愛すべき頑固さに、ギャラリーは微かに笑みを漏らした。が、DEATH夫は全く表情を崩さず、嘲りの混じった口調で告げた。
「白鳳は案外お前を買ってないんだな」
「何だと」
挑発的なセリフに、神風の眉がきゅっとたわめられる。相手の怒りを誘うがごとく、DEATH夫は続きを吐き捨てた。
「信頼していたら、防御アイテムなど渡すまい」
強者に護身用の盾など不要、攻撃は最大の防御なり。天才的な戦闘力を持つDEATH夫ならではの発想だ。でも、神風の解釈は180度違っていた。白鳳は信頼の証として、貴重な家宝を預けたのであって、防御云々は付随したものに過ぎない。仮に、手渡された翡翠が無用の長物だとしても、神風はきっと嬉しく感じたはずだ。
「どんなアイテムだろうと、白鳳さまから預った品は、私にとって掛け替えのない宝だ」
「ふん、大方、不要品を押し付けたんだろう。ゴミを有り難がるお前を見て、白鳳は鼻で笑っているかもな」
「!!」
自分のことならまだしも、主人の厚意を悪し様に言われ、神風の大きい堪忍袋が切れかけた。感情の高ぶりに伴い、白い単衣から闘気が立ち上り、見守っていた一同にも危機感が漂う。このままでは先日みたいに、直接、激突する羽目になりかねない。無益な諍いを避けるべく、踏み出したフローズンを制し、オーディンがおもむろに身構えた。今の神風とDEATH夫の様子では、説得を聞き入れそうにないし、ふたりが本気で闘ったら、フローズンの氷魔法では到底、抑え切れない。口では貢献出来なくても、体力勝負なら自分の出番だ。年長組が入り乱れ、風雲急を告げる展開を、まじしゃんとスイが口を真一文字にして見つめている。しかし、根っからお気楽なハチのみは、緊迫した流れが読めず、懐っこい笑顔を振りまきながら、神風とDEATH夫の間へ割り込んだ。
「かみかぜもですおと同じだなー」
ごんぶと眉毛を八の字にすると、ハチは恐れげもなく禁句を言い放った。人間の僕と一緒にされ、気に障ったのか、蜜色の虹彩が鈍く光った。
「同じ・・・と言ったのか」
DEATH夫に威嚇されても怯まず、ハチはあっけらかんと指摘した。
「だって、ですおもご主人様からリングを貰ったじゃないかよう」
珍生物らしからぬ鋭いツッコミに、DEATH夫は一瞬目を伏せたが、すぐ刺々しく切り返した。
「このリングは脆弱な勾玉とは訳が違う」
オニキスリングの全容は、フローズンですら把握していないが、強烈なエナジーを無尽蔵に溜めておけるのは確かだ。DEATH夫は今も身体に差し支えない範囲で、少しずつ気を蓄えているのだろう。もっとも、オニキスは善にも悪にも強く、魔から身を守る石と言われている。顕在化する機会がなかっただけで、ひょっとしたら、防御の力もあるのかもしれない。
(まあ、DEATH夫は間違いなく認めないな)
余計な仮説を述べて、DEATH夫の神経を逆なでしようとは思わない。一旦は冷静さを失った神風だが、ハチの言葉が意外な功を奏し、怒りは急速に冷めつつあった。
(ハチの言う通りだ)
DEATH夫の胸元のリングは、上級悪魔のマスターより贈られたもの。魔物との死闘で失った時は落胆の色を隠せず、再び取り戻した時は素で微笑んだと聞いている。石の種類こそ別でも、賜った品を大事に思う気持ちは自分も彼も変わらない。同様に、仕える対象が異なるだけで、主を一途に愛し敬う心は、寸分違わないはずだ。それに気付いた途端、神風は初めてDEATH夫に対し、手放しで親近感を覚えた。
ハチの発言がきっかけで、水と油だったDEATH夫との接点を見出し、神風は平静さを取り戻した。棘のある表現は耳障りだが、彼の真意が判明しない以上、過剰に反応して、和を乱すべきではない。ただでも、現在は同胞を脅かす、悪の組織が暗躍しているのだ。特殊能力を駆使して、巧みに危機を回避しなければ。フローズンの取り成しもあり、DEATH夫は白鳳や勾玉を貶めるコメントを続けなかった。DEATH夫の挑発さえなかったら、ふたりが腕ずくで争う展開はあり得ない。端正な面から険は消え失せ、もう、いつもの穏やかな神風だった。
「私の未熟さゆえ、不快な思いをさせて済まなかった」
旅館を目の前にして、同行者を不安にさせたばかりか、時間をムダに使った。責任感の強い神風は深々と頭を下げたが、当然、誰ひとり責める者はいなかった。
「・・・・神風が詫びることはございません・・・・」
「うむ、そんなことより、早く宿へ入って、ひと休みしよう」
「僕、お腹すいちゃったっ」
「何だよう、オレのセリフを言うなよう」
「きゅるり〜」
険悪なムードは一掃され、元の態勢に戻って移動する男の子モンスターたち。けれども、彼らには更なる難題が待ち受けていた。
「はっ」
「・・・・これは・・・・」
「!!」
鍛え抜いた五感を持つメンバーは、ふと、不穏な空気を感じ取った。正体をはっきりさせるため、おのおのは極限まで感覚を研ぎ澄ませ、あたりの様子を探った。
「麦畑の奥にいくつかの邪気を感じる」
「別の小さな気も複数あるようだ」
「・・・・まさか・・・・」
思い当たる節はある。白鳳に再三注意を促された件の連中ではなかろうか。しかし、5人と2匹は敢えて推論を口にしなかった。自分らにとって、密売組織との遭遇は、真っ先に避けて通るべき道だと承知している。さりとて、漣の立った心をごまかして去ることは出来なかった。
「白鳳さまは寄り道するなとおっしゃっていた」
「このまま知らない振りをして行き過ぎろと言うのか」
「・・・・オーディンの気持ちは分かりますが・・・・」
お目付役の口調もいつになく歯切れが悪い。不測の事態に悩み、結論を出しかねている仲間を見かね、ハチは道を逸れ、麦畑へ飛び出した。戦闘の手助けは出来ないが、偵察ならお手のものだ。
「待っちくり。オレ、様子を見てくる」
「あっ、ハチ」
「きゅるり〜っ」
告げるやいなや、止める間もなく、ハチははじけ豆よろしく、畑の奥へ突入した。首根っこを掴んで強引に引き止めなかったのは、実のところ、真相をはっきりさせたかったからだ。この暗さなら、まず、ちっこい体躯は視界に入るまい。DEATH夫も含めたパーティーは、再び立ち止まってハチの帰還を待った。5分も経たないうち、薄暗がりに素っ頓狂な声が響き渡った。
「うお〜い、てーへんだ、てーへんだっ!!」
血相変えて帰って来たハチを見て、皆の面持ちに緊張が走った。へっぽこで空気が読めないきらいはあるものの、偵察での状況把握に間違いはない。
「怖そうなおっちゃんが、男の子モンスターをしこたま幌うし車に乗せてるぞー」
ハチの報告を聞いて驚いた者はいなかった。ある意味、予想通りの光景だったからだ。
「・・・・やはり・・・・」
「温泉街に潜伏していたのか」
「どうしようっ?」
決して関わり合うまいと誓ったにもかかわらず、偶然、密売団を発見してしまった。存在を把握したからには、いくら主人の指図とは言え、捕らわれの身の同胞を見捨てるなんて考えられない。かと言って、未知のアイテムに挑むリスクは否めないし、お供に万が一の事態が生ずれば、白鳳を悲しませ、多大な迷惑をかけるのは明らかだ。
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
「きゅるり〜。。」
従者たちの胸の奥で、白鳳への忠誠心と純粋な正義感がせめぎ合う。果たしてどうすれば良いものか。スイが身動ぎもせず見つめる中、一同は困惑した顔で視線を交差させた。
TO BE CONTINUED
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