*優しい繋がり〜3*



ハチに先導され、麦畑を抜けたパーティーは、匍匐前進で徐々に幌うし車へ近づいていた。心ならずも、白鳳の意に逆らう形となったが、悪党の手に落ちた同胞を見殺しには出来ない。幸い、辺りはすっかり夜の帳に包まれた。男の子モンスターは人間より遙かに夜目が利くので、その点を生かせば、封印弾の洗礼を受けず、連中を叩き潰せる。
「どうやら、まだ気付かれていないな」
「・・・・もう少し、そばへ参りましょう・・・・」
「うむ、万全の態勢で、行動に移らないと」
ハチの報告では、相手の人数は手配書の通り5人。個々の戦闘力は問題にならないものの、全員、封印弾専用の銃を所持しており、幌うし車を取り囲んで陣取っているらしい。接近戦を避け、飛び道具や魔法でひとりずつ倒す手もあるが、闇市場の防御アイテムは遠距離攻撃に強い。こちらの存在を知られ、囚われのモンスターを盾にされるとかえって厄介だ。ゆえに、後方から奇襲をしかけ、瞬時に全滅させる策を採ることにした。最初に銃さえ奪ってしまえば、非力なフローズンでも負けようがない。本来、ゲリラ戦は神風やオーディンの信条に反するが、犯罪者相手に正攻法は要らない。幌うし車にいる男の子モンスターの救出が最優先だ。
「白鳳さまには事後報告になっちゃうけど、仕方ないよねっ」
「最初は怒っても、都市長から賞金でも出れば、すぐ機嫌を直すだろう」
指名手配のポスターには、かなりの額が記してあった。目先の利益に弱い白鳳のことだ。札束を受け取った途端、ころっと豹変して、お手柄を褒めちぎるに違いない。
「そだな、はくほー、現金だかんな」
「きゅるり〜」
神風の的確な見解に賛同して、ハチとスイが笑いながらうなずいた。非戦闘員とはいえ、偵察役のハチはともかく、スイを巻き込むつもりはなかったが、単独で街道へ置き去りにするわけにもいかず、やむなく同行させた。戦いの妨げにならないよう、スイはフローズンの袂の中で丸くなっている。
「しっ」
フローズンがやんわり沈黙を促した。伏したまま、草原を迂回して来たが、幌うし車との距離は、10メートルを切っている。射程圏内までもう一息だ。従者の無事を願う白鳳のためにも、細心の注意を払って、絶対、成功させなければ。全ての気配を断ち、慎重に進んで行く一同だったが、敵を目前にして、思わぬ落とし穴が待っていた。オーディンの肩先に弾かれた雑草が、反動で勢い良く弧を描く。軌跡の終点には、地面近くを漂うハチがいた。
「ふえ」
毛虫のごとき穂先がふたつの鼻腔をくすぐった。脳みそ3グラムのハチだって、現状は十分把握している。急襲まで物音ひとつたててはならない。息を止めて口を塞いだが、生理現象を堪えるのは至難の業だ。悲しいかな、限界はすぐに訪れた。
「ふえっ、ふえっ・・・・・ぶぇ〜くしょいっっっ」
「「「・・・・・・・・・・」」」
目一杯我慢したのが裏目に出て、爆発力が数十倍になってしまった。豪快なオヤジくしゃみを聞かされ、スイを含む一同はその場で凍り付いたが、すでに後の祭りだった。風の音すらしなかった空間に響く大音声が、気付かれないはずもなく。
「何だあ」
一味でもっとも若い長身の男が灯りをかざし、周囲をぐるりと照らした。半周したあたりで、ちっこい体躯がくっきり浮かび上がった。
「ん?」
目を凝らす男とハチのどんぐり眼が合った。
「おばんです」
訝しげな視線を浴び、ハチはごん太眉を八の字にして、お得意の愛想笑いをした。ハチの懐っこい笑顔は、初対面の善男善女には有効だ。が、もちろん、悪漢には通用せず、光はハチの後ろに控える神風たちをも皓々と照らした。
「おいっ、誰かいるぞ!!」
「まさか、警備隊か!?」
前触れもなく、唐突に現れた謎の輩に、密売組織の連中は騒然となった。



当地の警備隊は極めて弱小で、さしたる武器やアイテムも保持していない。だからこそ、手配中でも大っぴらに温泉街近くへ潜んでいたのだ。しかし、予期せぬ影に迫られた密売団はあたふたし、5つの灯が一斉に闖入者へ向けられた。神風、フローズン、オーディン、DEATH夫、まじしゃん。相手の正体が明らかになり、連中は別の意味で驚き、高揚せずにはいられなかった。幌うし車にいるモンスターが霞むほどの上位種ばかりではないか。
「こりゃ凄え」
「S級ランクのモンスターが同時に現れるとはな」
密売を生業にしてるくせに、眼前の獲物がはぐれ系やレアモンスターだと見抜けないようだ。
「どれも好事家に高く売れるぞ」
「全員、とっ捕まえてやらあっ」
ドス黒い欲望で、目をぎらつかせた一味は、灯りを左手に移すと、例の銃を取り出して構えた。こうなると旗色が悪い。たとえ、銃撃をかわせても、捕獲された男の子モンスターをネタに脅された時点でお終いだ。
「仕方ない、一旦引こう」
「・・・・ええ・・・・」
「それが賢明な判断だ」
好戦的なDEATH夫は不満げだが、ここは潔く退却しよう。5人特有の気は覚えたし、再び探し当てるのは容易い。宿へ戻り、白鳳とよく相談した上で、改めて方針を定めるべきだ。一同は敵の動向を見遣りつつ後退し始めた。だが、ハチだけは動こうとしなかった。自分のへまのせいで、作戦が不意になったことに責任を感じたのか、ハチは大胆且つ無謀な行動に出た。
「オレがおとりになるっ。早く逃げれ!!」
絶叫するやいなや、一寸の虫は猛スピードで密売団目掛けて特攻した。
「あっ、ハチ、ダメだよっ!!」
「・・・・行ってはいけません・・・・」
「きゅるり〜っっ」
ハチを助けたいのは山々だが、情に溺れて飛び出せば、間違いなく封印弾の餌食だ。戦闘員の頭数が減れば、ますます窮地に追い込まれる。激しいジレンマの中、皆は減速し、しばし成り行きを見守った。ところが、上級モンスターを捕獲すべく、躍起になった連中はハチを攻撃して来なかった。それどころか、突っ込んでくる物体に見向きもせず、あっさり脇を駆け抜けた。いないがごとく扱われ、ハチは泡を喰った。
「あっ、ちっと待っちくりっっ」
慌てて方向転換して追いすがったが、悪党はハチの必死の呼びかけを無視して、残りの従者へ突進してきた。
「何だようっ、ここに男の子モンスターがいるじゃないかようっ」
短い四肢をばたつかせて怒るハチを、顧みる者は誰ひとりいない。一応、レアモンスターにもかかわらず、小太りの珍生物は、プロの密売組織にさえ、男の子モンスターの範疇に入れてもらえなかった。
「きっと、外見が違いすぎて、ハチ少年に見えなかったんだねっ」
「・・・・良かった・・・・」
「何が幸いするか、分からんな」
「きゅるり〜♪」
主張が認められず、歯をむき出して嘆く様が目に入ると、深刻な場面ながらつい口元が綻ぶ。でも、特攻の顛末を面白がってはいられない。連中の狙いは自分たちなのだ。銃を連射する追っ手を見据え、神風が低い声で切り出した。
「私が奴らを惹きつけるから、一足先に行ってくれ」
あのキャラクターのせいで失敗したが、スイの安全を最優先に考えれば、ハチの取った戦法は悪くない。白鳳の唯一の肉親に、万にひとつでも危険があってはならない。スイを確実に逃がすためなら、喜んでおとりになろう。生身の人間を撒くくらい、神風にとって赤子の手を捻るに等しい。適当に弾を避け続け、スイと仲間を退避させてから、ゆったり闇に紛れれば済む。



ハチの時とは異なり、神風の決意を覆さんとする者はいなかった。スイへ流した眼差しから、おとり作戦の狙いは伝わったし、聡明で冷静な彼に抜かりはあるまい。神風を深く信頼するがゆえに、オーディンとフローズンは躊躇わず退却を選んだ。
「よし、行くぞ」
「・・・・ハチも早くこちらへ・・・・」
「ほい来た」
神風と入れ替わる形で、ハチはメンバーと合流した。仲間を庇うごとく、密売団の前に立ちはだかった神風は、巧みな挑発で連中を翻弄し、逃げ去るモンスターから遠ざけた。飛び交う封印弾を避け続けても、息ひとつ乱さない神風は、余裕たっぷりに闇の中を舞い踊る。
「さすが神風、凄いやっ」
「・・・・安心して見ていられます・・・・」
「うむ、心技体全てのレベルが違いすぎる」
「きゅるり〜」
類い希な五感を有する白鳳のお供には、夜目遠目でも双方の攻守が分かる。初めて、はぐれモンスターの底力を思い知らされ、悪漢は焦燥している。むやみやたらに乱射する弾も、紺袴をかすりもせず、流星よろしく消えゆくばかりだ。もう、スイを含む一行は奴らの視界に入っていない。後は一目散に街道まで出ればいい。程なく、神風も追っ手を振り切って、森側の間道から温泉街を目指すだろう。見守っていた皆は納得して、完全に踵を返しかけた。しかし、パーティーを思わぬ落とし穴が待っていた。わざと寸前でかわした弾が単衣の襟元を掠め、はみ出ていた皮紐を切ったのだ。
「あっ」
激しい動きで、神風の首から勾玉ごと紐がすり抜け、ぽとりと草むらへ落ちた。想定外のアクシデントに、神風は彼らしからぬ動揺を示した。
(白鳳さまの翡翠がっ)
主人から預かった大切な家宝を、1分1秒だって放っておけない。即座に見つけて拾わなければ。勾玉捜索に心を奪われ、神風の動きが一瞬停止し、その胸元へ光の弾が吸い込まれた。
「!!」
しまったと思っても遅い。神風はまともに封印弾を被弾した。白い光が広がるにつれ、身体の力が抜けて行き、全身が光に包まれた頃には、まるっきり四肢の自由は利かなくなった。自らを支えきれず、その場にうずくまった神風を、5人の大男が取り囲む。信じがたい光景に茫然とする一同。
「ば、馬鹿な」
「・・・・神風が捕まるなんて、信じられません・・・・」
「だから、オレがおとりになるって言ったのによう」
「きゅるり〜っっ」
主人への一途過ぎる忠誠心が仇となってしまった。首魁らしき50がらみの男が捕獲ロープを取り出し、神風の上半身に絡めた。
「神風っ、神風〜っ!!」
縛り上げられる姿を目の当たりにして、真っ直ぐなまじしゃんは堪え切れず、神風を救助すべく飛び出そうとした。が、細い首筋に大鎌の不気味な切っ先が突き付けられた。
「放っておけ」
DEATH夫の冷淡な一言に、まじしゃんは声を荒げて反発した。
「酷いよ、神風は僕たちのためにおとりになったのにっ」
「あいつが勝手にしたことだ」
「DEATH夫がどう思っても、僕は神風を助け・・・っ・・・・」
叫ぶまじしゃんを一瞥して、DEATH夫は鎌の柄で彼の急所を強打した。唐突な攻撃に、まじしゃんはあっさり気を失って倒れた。非難の視線を向ける良識派の説教を待たず、DEATH夫は抑揚のない声音で吐き捨てた。
「くだらん感傷で玉砕したければ、するがいい」
告げるやいなや、死神は輪から離脱して、すたすたと歩き出した。黒ずくめの後ろ姿と残留組の顔を交互に眺めつつ、ハチが上目遣いで問いかけた。
「なあ、なあ、どうすんだ」
「・・・・可能なら、神風を救いに行きたいです・・・・」
「だが、神風まで人質に取られては軽々しく動けん」
気絶したまじしゃんを担ぎ上げると、オーディンがきつく唇を噛みしめた。
「んじゃ、神風を残して逃げるのかようっ」
「・・・・どんなに不本意でも、現状ではそうするしかございません・・・・」
「げげーん!!」
「きゅるり〜。。」
オーディンやフローズンとて無論、密売団の好きにさせるつもりはない。けれども、DEATH夫が去り、まじしゃんが戦闘不能になった今は、些細な判断ミスが命取りだ。封印銃は神風レベルのモンスターでも無力化出来た。あらゆる情報を収集した上で、万全の対策を練らなければ、ミイラ取りがミイラになりかねない。ここは捲土重来を期し、勇気ある撤退を選ぼう。捕まった神風に心を残しながら、3人と2匹は草原を立ち去った。



そつなく役目を果たし、旅館へ戻った白鳳は、廊下を駆け抜けたい衝動を抑え、ウキウキと部屋へ向かった。金魚使いは当地では珍しかったのか、予想より高額で売れたことも、白鳳をいっそう上機嫌にしていた。
「うふふ、捕獲ロープまでサービスしてもらっちゃったし、幸先いいなあ」
どうやら運が向いてきた。この調子なら、宿の変更も問題なく承認されそうだ。お供の護身という完璧な大義名分も心強い。最初の動機にはこれっぽちも嘘がないだけに、今回に限れば、お目付役も白鳳の腐った意図は見抜けまい。早くもホテルでの男漁りに思いを馳せ、白鳳は出入り口の襖に手をかけた。
「ただいま〜v」
能天気に襖を開けた真紅の瞳に映ったのは、暗く打ち沈んだ男の子モンスターとスイだった。所在なげに部屋の隅に佇むDEATH夫以外、畳にへたり込み、お通夜と見紛うどんよりした空気が漂っている。底抜けに陽気なハチまでうなだれているのが、事態の深刻さをうかがわせた。
「ど、どうしたの?」
「きゅるり〜。。」
呼びかけに応じ、スイが白鳳の手中に飛び込んだ。いたいけな丸い目が涙で潤んでいる。白鳳は緩んだ表情を引き締め、室内を隈なく見渡した。普段なら、真っ先に馳せ参じる最古参の従者が不在ではないか。
「ねえ、神風がいないみたいだけど」
「「「・・・・・・・・・・」」」
白鳳の疑問へ答える代わりに、一同は不自然に顔を伏せた。
「ひょっとして、具合が悪いの?」
掛け替えのない仲間が病床に伏しているのなら、メンバーの虚ろな面持ちも当然だ。宿へ到着した途端に力尽き、奥の部屋でぐっすり眠っているのだろうか。ずっと己のことは後回しにして、白鳳やパーティーのため、精一杯尽くして来た。積年の疲れがここに来て、どっと噴出したに相違ない。中でも、神風の心身をもっとも消耗させたのは、明らかに腐れ××野郎がらみのあれこれだ。白鳳は責任を痛感せずにはいられなかった。
(ああ〜、私のバカバカっ。神風の不調にも気付かず、おポンチな妄想に酔ってたなんてっ)
もう、高級ホテルに泊まるどころではない。付きっきりで介抱して、元気になってもらわなければ。もっとも、白鳳の真心には常に裏がある。神風を苦しめたと落ち込みつつ、白鳳は新たなドリームを追い求めていた。
(もしや、献身的な看病がきっかけで・・・・♪)
甲斐甲斐しく尽くす主人にほだされ、堅物だった神風が軟化することもあり得る。何なら、薬にちょっとずつ媚薬を混ぜたっていい。ピンチの後にチャンスあり。自らの手で愛人ロードを力強く切り開くのだ。相変わらず、親切心に黒い野望を散りばめ、ご都合主義の展開を夢見る白鳳だったが、状況はそんな生易しいものではなかった。いつまでも真実を隠し通せないと意を決したのか、皆を代表して、フローズンが消え入りそうな声で囁いた。
「・・・・申し訳ございません・・・・神風が密売団に捕獲されました・・・・」
「えええええ!?」
甘っちょろい妄想が砕け散る報告に、白鳳は素っ頓狂な声をあげた。離れていたほんの数時間で、悪党と遭遇した間の悪さもさることながら、寄りによって、あの神風が敵の手に落ちるとは。100屯ハンマーで殴られたごとき衝撃を受け、白鳳は目の前が真っ暗になった。


TO BE CONTINUED


 

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