*優しい繋がり〜4*



畳の上であぐらをかいた白鳳は、お供たちの報告に耳を傾けつつ、麻の巾着にポンポンと戦闘用アイテムを放り込んだ。分かれ道の前で、ハチの問いかけへ切り返した言葉に嘘偽りはない。憎悪に燃える白鳳の脳内では、すでに密売組織の壊滅は決定事項だった。
(もぐり業者の分際で、私の神風に手をかけたことを、死ぬほど後悔させてやるっ)
間違っても、正義や平和のため動くタイプではないが、ひとたび、やる気になれば、暴れうしの突進に喩えられる行動力は脅威だ。悪巧みに限らず、頭は切れるし、度胸があって、腕も立つ。
(これで、奴らの中に、お仕置きし甲斐のあるイケメンがいたら、最高だったんだけどねえ)
至高の従者が捕われた今、贅沢言ってはいられない。神風さえ首尾良く奪還出来たら、良しとしよう。ただでも、悪党退治に成功した場合、白鳳が得るものは大きい。住民の敬意の眼差しを浴び、多額の懸賞金を貰えるのみならず、救助した男の子モンスターには恩人として慕われるはずだ。もっとも、ただの色男が束になってかかっても、清しい紺袴の忠臣には敵うまい。密売団退治の特典は惹かれるものの、白鳳を突き動かしているのは、一刻も早く神風を取り戻したいとの思いだった。神風ほどの達人なら、1分の力でも普通の人間に捕獲されるわけがない。あり得ない事態となったのは、落下した勾玉に気を取られたせいだという。心尽くしの贈り物が、かえって神風を窮地に陥らせたと知り、白鳳は少なからぬ衝撃を受けていた。
(んもうっ、神秘の宝玉と伝わってたくせに、まるっきり役立たずじゃないっ。神風を護るどころか、悪の組織の餌食にしてしまうなんて)
使えなさに苛立ちつつも、白鳳は勾玉をけなすのは、筋違いだと分かっていた。防御系アイテムは、あくまで直接、間接攻撃のダメージを弱めるもので、特殊攻撃を防ぐ力はない。ゆえに、モンスターの能力を無効化する封印弾には作用しなかったのだろう。
「白鳳さま、本当にすぐ出立するのか」
「・・・・お気持ちは分かりますが、じっくり対策を検討なさった方が・・・・」
頭から湯気を出す勢いで、装備を整える白鳳へ、オーディンとフローズンがなだめるごとく言いかけた。封印弾を完全に阻止出来ない限り、熱くなって特攻するのは傷口を広げるだけだ。慎重なふたりの言わんとする内容は察したが、白鳳の決意は小揺るぎもしなかった。
「皆に発見されたことで、連中は焦ってる。下手すると、国外逃亡しかねないよ」
「でも、封印弾はどうするのっ」
「かみかぜだって、動けなかったんだぞー」
「きゅるり〜。。」
不安げに尋ねる年少組とスイへ、白鳳はナチュラルに明るく告げた。
「封印弾は対男の子モンスター専用でしょ。人間の私には何の害もないもんね♪」
「「「あ」」」
極めて的確な指摘に、主人を取り囲んで座していた一同は、なるほどと顔を見合わせた。神風が被弾した後の光景が鮮烈すぎて、大前提をすっかり忘れていた。そうだ。モンスターにとっては致命的な武器でも、白鳳にとっては子供の銀玉鉄砲程度の効果しかない。
「だから、私ひとりで殴り込む分には心配ご無用。必ず神風を連れて戻るから待ってて」
大げさなポーズまで取って、格好良く締め括り、白鳳は誇らしげに胸を張った。が、完璧に決めたつもりでも、どこか抜けているのが白鳳だ。お調子者の浮かれ気分は長続きせず、輪を外れ、部屋の隅にいたDEATH夫が突如、礫を投げつけた。
「バカ。連中には当然、一般の武器もある」
「が〜〜〜〜ん!!」
「きゅるり〜。。」
DEATH夫の意見は400%正しい。密売組織が封印銃以外、丸腰ならば、とうの昔に各国の警備隊なり騎士団なりが逮捕していよう。近隣諸国で指名手配されたにもかかわらず、まんまと逃げおおせてきたのは、奴らに相当の武器・アイテムがあったからに他ならない。



当初の状況判断は楽天的過ぎたが、人間たる自分の封印弾へのアドバンテージは生かしたい。時の経過に比例して、悪党探しは困難になるし、ぼやぼやしてる間に、神風が売られたらお終いだ。とにかく、さっさと救援活動へ着手しなければ。ここは、言い出しっぺに協力してもらおうと、白鳳は思い定めた。
「DEATH夫、一緒に来て」
「!?」
予想外の指名に、珍しく蜜色の双眸が見開かれた。無論、驚いたのはDEATH夫のみではない。仲間も納得いかないといった風に、身を乗り出して次々加勢を申し出た。
「・・・・白鳳さま、私も参ります・・・・」
「俺も行こう」
「僕だって留守番はイヤだっ」
「はくほーが行くなら、オレも付いてくかんな」
「きゅるり〜っっ」
「気持ちは嬉しいけど、DEATH夫がいれば十分」
従者+スイの積極的なアピールを遮り、白鳳はDEATH夫にこだわった。フルメンバーではいたずらに相手の的を増やし、逆効果になりかねない。通常の武器使用を想定して、参戦させるのだからひとりでいい。総合的な戦闘力はもちろん、人質に怯まない冷静さも考慮した上で、DEATH夫が最適と判断したのだ。しかし、主人じきじきの任命も虚しく、DEATH夫からは色好い返事が得られなかった。
「断る」
情の欠片もない物言いに、まじしゃんが堪えていた怒りを爆発させた。
「白鳳さまっ、DEATH夫は神風を助けようとした僕を攻撃したんだよっ。DEATH夫は神風が嫌いだから、救う気なんてこれっぽちもないんだっ」
その辺りの経緯は、先程フローズンから詳しく聞いた。だが、白鳳はなぜかDEATH夫が悪意を以て、まじしゃんを邪魔したとは思えなかった。感情に任せて飛び出せば、まじしゃんとて神風の二の舞になっていたかもしれない。力ずくの阻止は、絶望的に意思疎通が苦手なDEATH夫なりの、精一杯の思い遣りだったのではなかろうか。
「言い過ぎだぞ、まじしゃん」
「だって、DEATH夫が力を貸してくれたら、神風を取り戻せたのにっ」
「きゅるり〜」
オーディンがたしなめても、まじしゃんはまだ収まらず、頬を紅潮させている。神風・オーディン・フローズンを兄と慕う彼には、事もなげなDEATH夫が理解できないし、救援を静観するならまだしも、妨害されたのが許せないらしい。室内に広がる刺々しい空気を感じ、フローズンはらしからぬきつい口調で、DEATH夫に詰め寄った。
「・・・・本当に同行するつもりはないのですか・・・・」
「俺には関係ない」
改めて拒絶され、雪ん子の可憐な面持ちに、はっきり落胆の色が浮かんだ。他の男の子モンスターも場を収拾出来ず、困惑している。唯一、白鳳だけが落ち着き払って、DEATH夫を見つめると、殊更高い声で切り出した。
「ふぅん、DEATH夫も案外、意気地がないんだねえ」
「何だと」
禍々しい金の視線が突き刺さるのを物ともせず、白鳳はおもむろに先を続けた。
「さっき、人間風情がどう足掻いても通用しないと豪語してたじゃない」
「事実だ」
「なら、実際に私の前で証明して欲しいな」
「挑発してもムダだ」
過激な依頼を鼻であしらわれても、白鳳は一歩も退かなかった。神風奪還&密売組織殲滅を成功させるには、ぜひとも死神の力が必要だ。囚われの神風や男の子モンスターのため、ここで引き下がるわけにはいかない。また、不器用なDEATH夫の真意が誤解されたままなのも、マスターとして忍びなかった。
「あくまで断るのなら、まじしゃんの見解を認めることになるよ」
「・・・・・・・・・・」
痛いところを突かれたのか、DEATH夫はほんの一瞬、目を伏せた。お供たちに関しては、些細な変化でもすぐ分かる。この機を逃してはならない。一気に畳み掛けて、説き伏せるべく、白鳳はDEATH夫の氷の面を正面から見据えた。



未だに心を開いてくれないが、数年間の道中で、DEATH夫の気質はある程度飲み込んでいる。プライドの高い彼にとって、アクシデントに乗じて、目障りな存在を葬り去ると思われるのは本意ではなかろう。
「たとえ、神風が気にくわなくても、DEATH夫は搦め手から攻めるコじゃない。消し去りたければ、正々堂々と力で叩き潰す。・・・・違うかな?」
「当たり前だ」
「なら、真の決着をつけるため、神風を助けなきゃ」
「ふん、戯言を」
眉一つ動かさず、DEATH夫はそっけなく吐き捨てた。白鳳はなおもDEATH夫を凝視し続けたが、そびえ立つ心の壁は厚く、なかなか本音を覗かせてくれない。どうしたものかと唇を噛む白鳳だったが、幸い、直前の指摘は的外れではなかった。しばし沈思していたDEATH夫は、角に立てかけてあった大鎌を握ると、喉の奥でくくと笑った。
「・・・・まあ、あいつに恩を売るのも悪くない」
やった。DEATH夫が参戦してくれる。白鳳は胸の奥でガッツポーズを取った。
「よし、これで決まりだね」
何とかDEATH夫の説得に成功し、神風救援の体勢は整った。後は密売団を追い掛けて、急襲するのみだ。男の子モンスターを乗せた幌うし車がいい目印になる。今から宿を出れば、さほど苦労せず探し出せるだろう。白鳳はアイテムてんこ盛りの巾着をベルトに装着すると、DEATH夫を従え、出口の襖へ手をかけた。と、その時、たおやかな手の甲へ、いきなり小太りの虫がへばり付いた。
「オレもっ、オレもはくほーたちと行くっ」
「ハチは皆と待ってて」
「どうしてだよう」
「戦闘力が皆無なんだから、わざわざ危険に飛び込んじゃダメだよ」
おとり作戦を始めにやらかしたことで、ハチなりに責任を感じているらしいが、熱意では必殺技は繰り出せない。志だけありがたく受け取っておこう。しかし、応援お断りムードを察したのか、ハチは鼻息荒く己の利点をアピールした。
「戦いはへっぽこでも、奴らの匂いは覚えてっから、即、居場所が分かるぞー」
「え、ホント!?」
珍生物の思い掛けない使い道に、白鳳は銀の糸を大きく跳ね上げた。
「んだんだ、どこへ行っても逃げられないかんな」
いっちょまえに腕組みして、歯をむき出しにんまり笑うハチ。そうだった。ハチの野性の嗅覚は、一度記憶した匂いは決して忘れない。一分一秒を争う非常時に、極めて正確な自動追跡機能を用いない手はあるまい。とは言うものの、敵の標的になるリスクを考えたら、軽々しく頼むのは憚られる。
「う〜ん、ハチの嗅覚は捨てがたいけど、戦闘の場では足手まといだよねえ」
ところが、白鳳が口にした懸念に、賛同する者はいなかった。
「・・・・恐らく、ハチは大丈夫です・・・・」
「大声で絶叫しても、無視されてたよねっ」
「うむ、連中の反応を見る限り、男の子モンスターと認識されなかった」
「きゅるり〜」
プロの密売組織が見ても、ハチは男の子モンスターの範疇に入らないらしい。当初の報告で抜け落ちていた部分を聞き、白鳳は我知らず吹き出した。
「ぷっ。やっぱ、誰の印象も同じなんだ」
心の母に侮りきった様子で評され、ハチは真ん丸ほっぺをぷうと膨らませた。
「どういう意味だよう」
「お前は神の失敗作だってこと」
「げげーん!!」
容赦ないコメントに、どんぐり眼を糸状にしたハチは、紅いチャイナ服の周りをふらふら迷走した。ひょうきんで情けない仕草がイヤでも目に入り、深刻な状況なのに、口元が緩んでしまう。こみ上げる笑いを噛み殺しつつ、白鳳はハチの更なる用途を思い付いた。白鳳とDEATH夫で神風救助を成し遂げた暁には、反目し合う彼らをひとりで捌かなければならず、正直、しんどい。和み系のハチがいれば、適度なクッションとなるに相違ない。
(安全が保証されてるなら、おまけ扱いで連れてくか)
明確な方針が定まり、白鳳はしょんぼりたそがれるハチへ優しく言いかけた。
「ほら、元気をお出し。特別に同行を許可するよ」
「おおおっ、やた〜♪」
念願叶ったハチは秒速で立ち直り、どさくさに紛れ、傍らのDEATH夫の胸ポケットへもぐり込もうとした。が、たちまち手刀で弾かれ、脳天から畳の縁へ落ちた。



薄雲を通したくすんだ月明かりに照らされ、パーティーは麦畑の奥へ辿り着いた。けれども、草原の不自然な窪みが、幌うし車の名残を示すのみで、一切の生命反応は感じられなかった。夜風にさわさわと揺れる草の音が、全員の焦りを掻き立てる。
「・・・・人っ子ひとりおりません・・・・」
「神風も一緒に移動しちゃったんだっ」
「もし、我々が通報すれば、警備隊が派遣されるから無理もない」
「きゅるり〜」
DEATH夫とハチ以外は留守番させるつもりだったが、結局、残りのメンバーも途中まで同道した。仲間思いの彼らは、神風の危機に際し、安全圏で待機しろと言われても、納得しなかった。まあ、別働隊にも大事な役目はある。事務能力を著しく欠く白鳳&DEATH夫+ハチでは、悪党退治の後処理は到底、出来まい。都市長や警備隊へ連絡したり、保護された男の子モンスターへの適切な手当も必要だ。
「にしても、どこへずらかったのかな」
少しでも奴らの痕跡はないかと、凹んだ草の前後を調べる白鳳へ、ハチがにぱっと笑いかけた。
「オレに任せとけ、はくほー」
宣言するやいなや、ハチは鼻の穴を膨らませて、気中に混じった匂いを探った。360度回転して、密売団が向かった先を辿っている。程なく、ハチは太鼓腹を突き出し、自信たっぷりに指し示した。
「あっちだぞー」
彼方の森を抜けると、国境へ続く間道がある。どうやら、国外脱出を目論んでいるようだ。冗談じゃない。この手でボコボコにして、神風を捕らえた落とし前をつけてやる。逸る気を抑えつつ、白鳳は居残り組に指示を与えた。
「じゃあ、皆はスイと待機してて」
「神風たちを助けたら、知らせに飛んで来るかんな」
「承知した」
「気をつけてねっ」
「きゅるり〜っ」
誰もが主人の命を素直に受け容れたが、フローズンだけは返事の代わりに、佇むDEATH夫へ念押しした。
「・・・・DEATH夫、くれぐれも白鳳さまを頼みます・・・・」
「・・・・・・・・・・」
具体的な返答こそなかったけれど、DEATH夫は大きくうなずいた。友の反応に安堵して、フローズンは仄かに緊張の糸を緩めた。彼らを見ていた白鳳も、穏やかな面持ちで出立を促した。
「さあ、行くよ」
「ちっと、待っちくり」
「ええ?」
白鳳が尋ねる間もなく、ハチは生い茂る草むらへ潜り、四つん這いでごそごそ探り始めた。
「このへん、このへんなんだようっ」
「とっととしないと置いてくよ」
もたもたする様に苛立った白鳳は、揺れる頭をつついたが、ハチは一心不乱に草の根元を覗き込んでいる。コイツは一刻を争う現状を理解しているのか。白鳳は業を煮やし、掌でお尻を思いっ切り叩いた。
「何やってんの、このスットコドッコイ!!」
「あった〜〜〜〜〜っ!!!!!」
ハチの雄叫びは痛みを表すそれとは明らかに別物だった。むしろ、嬉しさに溢れている。意味不明な言動に神経を逆なでされ、白鳳は柳眉を逆立て、ハチを叱りつけた。
「急に大声出すんじゃないよ。びっくりするでしょ」
「だってよう、こり」
「あ」
満面の笑みと共に、ちっこい手が差し出したのは、神風が失った翡翠の勾玉だった。暗がりの中、きっと、匂いを元に探し当てたのだろう。月光を照り返し、神秘の石が鈍く輝く。
「かみかぜが帰ってきたら、はくほーから渡してやれや」
「うん、ありがとう、ハチ」
「でへへー」
お気楽なのんき者のくせに、時折、妙に気が利いている。白鳳はハチの厚意へ心から謝意を述べた。有象無象に不覚を取るほど、神風は主人の家宝を大切に思ってくれたのだ。もう一度、自らの手でその細い首へかけてやりたい。切れた革紐を抜き取って、白鳳は翡翠を懐へ収めた。仲間も勾玉発見を喜び、感極まる白鳳を温かく見守っている。
「勾玉が見つかって良かった」
「さすが、ハチだねっ」
「・・・・後は神風さえ戻って来てくれれば・・・・」
「きゅるり〜♪」
だが、ちょっといいエピソードも、DEATH夫にとっては、単なる時間のムダでしかなかった。
「くだらん」
綺麗事のやり取りに愛想が尽き、DEATH夫は白鳳とハチを見捨て、すたすたと歩き始めた。
「あっ、待ってよ、DEATH夫」
「オレもいるぞー」
素っ頓狂な呼びかけに振り返りもせず、道無き道を進むDEATH夫に、白鳳とハチがあたふたと追いすがる。露骨に凸凹感漂うふたりと1匹を、複雑な心境で眺める従者たちだった。


TO BE CONTINUED


 

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