*優しい繋がり〜12*



大鎌を振り切らなかった事実に加え、擁護派の懸命な訴えも功を奏し、オーディンとまじしゃんの糾弾は、かなりトーンダウンしていた。神風に陳謝さえすれば、彼を傷付けた件は不問に帰す。ふたりとしては、精一杯折れた条件だったに違いない。だが、DEATH夫が神風へ詫びるより、白鳳の調理を手伝う方が、まだ実現可能性は高そうだ。そびえ立つハードルに意気消沈しそうな己を支えつつ、白鳳はもの柔らかに言いかけた。
「あくまで個人的な見解だけど、今回のことは不幸なアクシデント。長年抑えていた種族固有の本能が爆発しただけで、神風への明確な悪意がなかったのは明らかだもん。神風が庇ってくれなければ、ベッドにいるのは私だったはずだし」
「・・・・・で?」
出方を探る回りくどい表現は、死神のお気に召さないらしい。DEATH夫は刺のある声音で、白鳳へ結論の提示を促した。
「オーディンもまじしゃんも、DEATH夫の生い立ちはひと通り理解しているし、今でも仲間の一員だと思っているよ。ただ、事故とは言え、神風が負傷した以上、目に見える形でけじめをつけなければ、気持ちが収まらないんじゃないかな」
逆鱗に触れる覚悟はあったが、いざとなると、ストレートに謝れとは言えないものだ。マスターたる白鳳から告げるのが、もっとも角が立たないと分かっていても、氷の面が怖くて、なかなか心が定まらない。DEATH夫へ最終通告が出来ず、紅い視線を泳がす白鳳を、神風が不安げに見遣った。DEATH夫との微妙な関係ゆえに、現時点では口を挟むのを差し控えているようだ。
「・・・・事態を収拾させるため、不本意でしょうが、神風へ頭を下げて下さい・・・・」
なかなか終点へ辿り着けない白鳳を見限り、フローズンがはっきり切り出した。親友相手ではあるが、可憐な外見に似合わぬ度胸に、一同は驚嘆の声を漏らした。フローズンの勇気溢れる発言に勢いを得て、傍らにいたハチもDEATH夫へ全面支援をアピールした。
「土下座はオレの得意技のひとつだぜー。ま、大船に乗ったつもりでいてくりや」
しかし、ハチが愛嬌たっぷりに腹鼓を叩くやいなや、DEATH夫の顔付きはあからさまに険しくなった。ヤバい。もし、DEATH夫がキレて暴れたりしたら、去り行く彼を説得した努力が全て水の泡だ。八方手を尽くした末に、パーティー崩壊では、泣くに泣けない。白鳳はどうにか取り繕うべく、DEATH夫の側へ駆け寄り、こそっと囁いた。
「頭を下げるのは、ハチに任せとけばいいって。DEATH夫は分かる程度に顔を伏せてくれたら、後はフローズンと上手く取りはからうよ」
「・・・・・・・・・・」
我ながらDEATH夫に甘過ぎるが、愛人云々の下心で依怙贔屓しているわけではない。叶えがたい望みを抱く者同士、ついつい感情移入してしまうのだ。が、公平であるべき主人が、DEATH夫と内緒話をする光景は、オーディンとまじしゃんの気分を少なからず損ねた。咎めるような眼光が、胸にぐっさり突き刺さる。
(あちゃ〜、あちら立てればこちらが立たずかあ)
これ以上、ふたりの心証を悪くしてはまずいので、白鳳は幾分、強引な口調でDEATH夫へ迫った。
「ねえ、外からは窺えなくても、心の片隅では神風に申し訳ないって感じてるんでしょ」
単なる質疑ではない。特定の答えを引き出すための誘導尋問だ。白鳳の考えを敏感に察し、フローズンとハチもDEATH夫のあり得ない心境を勝手に代弁した。
「・・・・ええ、きっと良心の呵責を、素直に表せないだけです・・・・」
「ですおはオレに似て、照れ屋だかんな」
白鳳たちはやや引きつった笑みで、”感情表現が苦手なDEATH夫”を熱く語った。中立に近い神風とスイを抜きにしても、3対2と数で勝っているのは気丈夫だ。室内に漂う生温い空気をものともせず、白鳳は大仰な仕草を交え、締め括った。
「本音では、後悔と反省で胸が張り裂けそうなんでしょ、ねっねっ」
同意しろとばかりに、白鳳に目くばせされたDEATH夫は、睨みも憤りもしなかった。むしろ、彼には珍しいきょとんとした様子で言葉を紡いだ。
「後悔、反省、なぜだ?」
「「「・・・・・・・・・・」」」
「きゅるり〜っ」
DEATH夫に素で返され、誰もが目を見開き、絶句した。付き合いの長いフローズンでさえ、彼の反応は想定外だったらしい。見え透いたおとぼけでも、ふてぶてしい開き直りでもない。DEATH夫は謝罪を促す連中の思惑が真底、理解出来ないのだ。



せっかく、フローズンやハチと連携して、謝罪の形へ持っていこうとしたのに、これではかえって逆効果だ。思い起こせば、先程、DEATH夫は詫びるようなことはないと明言していたっけ。同じ男の子モンスター同士でも、DEATH夫と他の従者との価値観の乖離は、もはや種族の違いで片付けられないレベルだった。
(あのコの感覚は、悪魔とほとんど変わりないんだよねえ)
場を読めな過ぎるDEATH夫の一言で、頭から湯気が出そうなオーディンとまじしゃん。最悪の応答に困り果てるフローズンとハチ。破局を阻止すべく、どう動こうか迷う神風とスイ。それぞれの立場で右往左往する仲間を尻目に、当のDEATH夫ひとり超然としている。白鳳はかすかに目眩を覚え、後ろへよろめいた。
(はああ・・・前途多難。。)
いくら能天気な白鳳でも、波乱含みの展開を予測せざるを得ない。神風が捕獲された時は度を失ったけれど、先の目処が立たない論議に比べれば、密売団退治など、赤子の手を捻るがごとき作業だった。だが、一同のカルチャーショックは終わらなかった。罪悪感皆無なのは序の口で、DEATH夫は更に破壊力のあるセリフを付け加えた。
「殺すところを手加減してやった。ありがたく思うのが筋だ」
殺戮至上主義こそ悪魔の使徒の発想だと、頭では認識出来る。が、神風を負傷させておいて、恩着せがましい言い種はあんまりだ。オーディンとまじしゃんは目を三角にして、感情を爆発させた。
「ありがたく思えだと。本気で言っているのか!?」
「白鳳さまの勾玉がなかったら、神風はまだ昏睡状態かもしれないのにっ」
人は良いものの、単純な彼らが激高するのもうなずける。同じ内容を伝えるにしても、様々な言い回しが可能だ。にもかかわらず、DEATH夫は無意識のうちに、もっとも他者の神経を逆なでする表現を選んで来る。白鳳とて、最初は賢く受け流せず、怒り狂ったものだ。今でこそ、DEATH夫の究極の不器用さを可愛いと思えるが、到底、他者に賛同は求められない。
「い、今のはちょっとした言葉のあやだって。ふたりとも落ち着いてっ」
白鳳は苦しいフォローと共に宥めたが、無論、高ぶった気持ちが静まるわけはない。
「止めないでくれ、白鳳さま」
「我慢にも限度があるよっ」
オーディンとまじしゃんは堪え切れず、ベッドからすっくと立ち上がった。荒々しい動きに合わせ、天井の灯りが小刻みに揺れる。血相を変えた彼らは、白鳳を押しのけ、どかどかとDEATH夫の眼前へやって来た。怒りを隠さないオーディンたちに引き換え、DEATH夫は眉ひとつ動かさない。いつ掴みかかってもおかしくない状況に、フローズンとハチが慌てて駆け寄り、大きな背中へ縋りついた。
「・・・・お願いですから、やめて下さい・・・・」
「大食い競争以外の勝負はダメだかんなっ」
「フローズン、ハチ」
ハチはともかく、フローズンに憂い顔で懇願され、オーディンは一瞬、心が乱れたが、いくら想い人の願いでも、今度ばかりは意に添えない。DEATH夫が神風を傷付けたことで、誰より嘆き悲しんだのはフローズンではないか。ここで頼みを突っぱねても、DEATH夫を厳しくたしなめ、過ちを繰り返させないことが、結局はフローズンのためになるのだ。オーディンは心を鬼にして、背後に感じるぬくもりを、出来る限りやんわり払いのけた。よろけるフローズンのあおりを喰って、ハチも無様に体勢を崩した。
「・・・・あっ・・・・」
「誰か、加勢しちくり〜っ」
一寸の虫と小柄な雪ん子では、端から力業を駆使するのは無理だ。傍らの白鳳は、即座に手を貸そうと身構えたが、不意に、床を転がる緑の塊が、オーディンの足首へしっかとへばり付いた。
「きゅるり〜っっ」
「スイ」
「・・・・スイ様・・・・」
「おおおっ、スイ、あんがとな」
仲良しのハチの絶叫に応え、スイがベッドから飛び降り、諍いを避けるため、身を挺したのだ。普段なら仲裁は神風の役目だが、白鳳を庇って怪我をした従者に、そこまで要求してはならない。神風の代わりに、必ずオーディンとまじしゃんを話し合いの場へ戻さなくては。いたいけな丸っこい瞳は、使命感で熱く燃えていた。



スイの果敢な行動は、ムダではなかった。主人の大事な弟に対し、腕ずくで払いのける真似が出来るオーディンではない。ただでも狭い場所に、神風を除く5人と2匹が集合しており、下手に動けば掌サイズのスイに危険が及ぼう。オーディンはほとばしる激情を抑え、スイの安全を最優先にした。
「スイ様、こっちへ」
「きゅるり〜」
DEATH夫に触れる寸前で、足を止めたオーディンは中腰になると、スイをゆっくり抱き上げた。捨て身の戦法が功を奏し、議論の決裂を避けられ、スイは誇らしげな笑みを浮かべた。ダンジョン内だと非戦闘員に甘んじるしかないが、戦いを離れた日常では、スイは案外、積極的に動き、己の意見をしっかり主張する。白鳳の姑息な猿芝居を最初に見破るのも、ほとんどスイか神風だ。メンバーが同胞の捕獲に専心するのは、単にスイが白鳳の弟だからではない。本来の姿を奪われてなお、前向きに頑張るスイを、皆、健気でいじらしいと思っていた。
「あまり、はらはらさせないでよ・・・でも、よくやったね」
「・・・・スイ様の勇気には、感服いたしました・・・・」
「スイ、ぺかぺか輝いてるかんな」
「きゅるり〜♪」
逞しい手からスイを受け取ると、白鳳はねぎらうように優しく頭を撫でた。気勢をそがれたオーディンとまじしゃんだったが、DEATH夫へ向ける視線は、未だに憤怒の色が濃い。ふたりをなだめるべく、白鳳は言葉を選びながら言い放った。
「腹立たしいのは分かるけど、気にくわない相手を武力で攻め立てるなんて、DEATH夫の思考回路と変わりないじゃない」
「そんなっ、DEATH夫と一緒にされたくないよ」
「いったい、白鳳さまはどうしたいんだ!?」
DEATH夫の棘だらけの言動に、不愉快になるのは当然だ。白鳳だって、容赦ない雑言・皮肉の礫に何度ムカつき、脳内であらゆる呪詛を吐いたことか。だが、”目には目を”では、何の解決にもならない。戦いの申し子のDEATH夫は、もし、一敗地にまみれても、敵を打ち負かす日まで決して屈服すまい。
「実力行使で従えるのではなく、我々の持論をきちんと納得させなければ、この先も堂々巡りになるだけさ」
そうだ。DEATH夫を無益な殺生から遠ざけるつもりなのに、ムキになって挑んだら、ある意味、彼の思うツボだ。白鳳の的確な指摘により、オーディンとまじしゃんはようやく我を取り戻した。
「白鳳さまの言う通りだっ。。」
「うむ、一時の感情に引きずられ、話し合いの場を壊して、済まなかった」
危うくDEATH夫の戦闘スキル至上主義に染まるところだった。素直に非を認めた仲間へ、フローズンとハチが明るく声をかけた。
「・・・・いえ、オーディンとまじしゃんの怒りは、神風への気遣いゆえですから・・・・」
「そだそだ、気にすんなー」
身を乗り出して顛末を見守った神風も、緊張が解けたのか、口元をほころばせている。DEATH夫を弾劾するのが目的ではない。双方の価値観が違い過ぎて、調停ははかどらないが、悲劇を繰り返さないためにも、腰を据えて接点を探って行くべきだ。所在なげなDEATH夫ひとりを残し、一同はそそくさとベッドの席へ戻った。
「・・・・・実のところ、神風を負傷させた責任は、私にあるんだろうなあ」
紅唇がふと漏らした、重苦しい呟きを聞き、お供たちは即座に反論した。
「ええっ、どうしてっ」
「白鳳さまらしくもない」
「・・・・白鳳さまに落ち度はございません・・・・」
「私が白鳳さまを庇ったのは、ごく自然なことです」
「はくほーは悪くないっ。悪いのはオレの頭だよう」
「きゅるり〜っ」
不祥事のたび、責任転嫁する醜態ばかり見て来たので、潔く罪を認める様は、誰の目にも新鮮に映る。普段なら、白鳳の真っ当な発言には間違いなく裏があるのだが、今度だけはいささかの下心もなかった。DEATH夫が神風に斬り付けた。目に見える結果だと、加害者はDEATH夫と認定せざるを得ない。しかし、そこに至るまでの過程を思えば、DEATH夫のみを裁きの対象とするのは片手落ちだ。自分はマスターとして、致命的なミスを犯してしまったと、白鳳はしみじみ痛感していた。



従者の暖かいフォローは嬉しいが、不協和音の遠因を悟った今、己の心構えの甘さを悔やまずにはいられない。白鳳は形の良い唇を噛みしめ、訥々と語り始めた。
「些細な揉め事はあったけれど、ずっと順調に道中が続いたから、切羽詰まった問題はないと錯覚してた。凪の状態が当たり前だと思い込んでいたんだ」
神風とDEATH夫の関係は気掛かりだったが、いずれは丸く収まると、どこか暢気に構えていた。ましてや、DEATH夫の危険な本能のことなど、最近はほとんど考えたこともなかった。終わりの見えない旅には、能天気な気質が貢献したものの、パーティーをまとめる上では、完全に裏目に出たようだ。
「人間同士のパーティーだって、些細な要素で壊れやすいのに、異種族の男の子モンスターを率いる身で、私が細かい配慮に欠けていたのは否めないよ」
元々規格外の××野郎はさておき、同じ人間内でも、100%価値観が合うケースは、まずあり得ない。骨肉相食むという通り、家族間でさえ、意見が食い違う場合も少なくない。プランナーを求め、白鳳とスイがかつて属していたパーティーは無論、全て人間だった。しかし、表向きの目標は一致していても、おのおのの思惑は異なっていたので、水面下でのつばぜり合いは凄まじく、信頼や絆とは無縁の集団だった。それに引き換え、強者モンスターを揃えた現メンバーの深い結びつきは特筆に値する。彼らの私心のない忠誠により、白鳳兄弟がどれだけ救われたことか。だが、お供の優秀さに満足し、危機管理を怠った結果、神風に大きなツケを払わせてしまった。安穏にあぐらをかいた愚かさを恨み、肩を落とす白鳳だったが、優しい従者たちは励ますごとく、声を張り上げた。
「白鳳さまは可能な限りの気配りをして下さっています」
「・・・・いつも、対等に扱っていただき、感謝の気持ちで一杯です・・・・」
「おうっ、オレのかあちゃんになってくれたもんなー」
「対策が万全だろうと、運に恵まれなければ、首尾良く行くとは限らん」
「白鳳さまが落ち込む必要はないよっ」
「きゅるり〜」
主人への敬愛を散りばめたコメントに、白鳳は目頭が熱くなるのを感じた。途中、拒否反応が出る呼称が聞こえた気もしたが、純粋な思い遣りに免じて、目こぼししてやろう。だけど、問題の本質を見失ってはならない。個性の強い連中が強い結束を保って来たのは、彼ら自身の並々ならぬ努力があったからだ。日々の平穏に感謝しつつ、万が一の破綻を想定して、もっと事前に取り計らうべきだった。
「未熟な私を気遣ってくれてありがとう。でも、DEATH夫の特殊な生い立ちを承知していながら、手を拱いていたのは事実だもん。今更、責を免れようとは思わない」
仲間に馴染まぬDEATH夫を持て余していたが、慣れない集団生活に加え、自由な殺戮を封じられ、内心、ストレスが溜まる一方だったに違いない。悪魔界の掟は相容れないものでも、彼なりの努力を評価した上で、殺しのスイッチが入らないよう、幾重にも策を講じれば良かった。
「いいえ、白鳳さまにこれっぽちも責任はありません」
「神風」
「きゅるり〜」
DEATH夫との確執のせいか、”加害者を責めるな”の他には、積極的な意思表示をしなかった神風が、改めて白鳳の見解をきっぱり否定した。他の男の子モンスターは首を傾げながら、彼へ訝しげな視線を流した。
「DEATH夫が狙いを定めたとき、白鳳さまに対する忠誠を試された気がして、勝手に身体が動いていた。誰のせいでもない。白鳳さまを救ったと言うより、私の自己満足のため、望んで傷を負ったようなものだ」
刹那、金の双眸に挑発されたとは言わなかった。が、ギャラリーにとっては、十分、衝撃的な内容だったらしく、一同は困惑した面持ちで胸の内を漏らした。
「そんなっ、自己満足だなんて」
「自ら斬られに飛び込んだと・・・あくまでDEATH夫を庇うのか」
「動機はどうあれ、私を護ったことには変わりないじゃない」
「・・・・何もかも、ひとりでしょい込むのは悪い癖です・・・・」
「なあなあ、結局、皆、悪くないんか」
「きゅるり〜」
白鳳たちの訴えには答えず、神風は奥の黒いシルエットへ注目した。真摯な眼差しに気付き、DEATH夫が神風を一瞥した。相手の反応に手応えを覚えた神風は、決意を秘めて切り出した。
「・・・・・お願いです。DEATH夫と1対1で話をさせて下さい」


TO BE CONTINUED


 

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