*優しい繋がり〜13*



居間のソファに身を沈めた白鳳は、分厚い木の扉を見遣りつつ、やるせないため息をついた。男の子モンスターたちも隣室の様子が気になるのか、椅子から腰を浮かし、そわそわ視線を泳がせている。
(私の決断は誤ってないよね)
結局、白鳳は神風の申し出をすんなり承諾した。当事者たる神風が、DEATH夫との差しの会話を望む以上、彼の意思を最優先したい。不仲なメンバーに起こった事件だったため、余計な勘繰りが生じたが、種族固有の本能に火がついただけで、DEATH夫に神風を殺傷する意図はなかった。ゆえに、本来、議論すべきなのは、殺戮モードをいかに抑制するかであり、神風とDEATH夫の関係修復は、まるっきり別問題だ。しかし、手加減の理由を尋ねられ、”惜しくなった”と返すくらいだから、DEATH夫が神風への評価を改めたことは間違いない。大きな賭けではあるが、思い切って、彼らを心ゆくまで語り合わせてみよう。
(これをきっかけに、絡まった糸が解れて、ふたりの間柄が、少しでも改善されるといいなあ)
話のこじれを懸念する慎重派を押し切り、白鳳は神風とDEATH夫を残し、居間へ移った。が、ドアがぱたんと閉められるやいなや、急に激しい不安に襲われた。普段、事務的な連絡すらほとんどしないのに、いきなり1対1になって、まともな話が出来るとは思えない。誰もが同様に感じたらしく、一同は訝しげな眼差しを、2度3度と絡めた。
「・・・・妙に静かなのが気になります・・・・」
「ですおとかみかぜ、ホントに話してるのかよう」
「お互い、ずっと睨み続けてたりしてっ」
「睨み合いに留まれば良いが、万が一、DEATH夫が実力行使に出たらどうする」
「きゅるり〜っ」
オーディンが問いかけた内容に、お供とスイは思わず息を飲み、顔を強ばらせた。けれども、白鳳は間髪を容れず、最悪の可能性をきっぱり否定した。
「ううん、仮に行き違いがあっても、あのコが手負いの相手に、戦いを仕掛けるなんてあり得ない」
殺生の欲求が鎮まった今、プライドの高いDEATH夫は、完調とは程遠い相手を歯牙にもかけまい。神風の身の安全に関しては、白鳳は0.1%も心配していなかった。DEATH夫の性格を熟知した反論に、3人と2匹は納得して、固まった表情をふっと緩めた。とは言うものの、隣室で繰り広げられているやり取りから、遮断された状況に変わりはない。とうとう堪え切れなくなったハチは、戯れていたフローズンの掌から、勢い良く飛び立った。
「よしっ、オレ、ちょっと探ってくる」
「・・・・ハチ・・・・」
「ったく、落ち着きがないねえ」
「大丈夫かなっ」
「無理はいかんぞ」
「きゅるり〜」
ハチは扉へ大の字にへばり付くと、耳と触角に意識を集中させた。
「う〜ん、う〜ん」
どんぐり眼をくりくりさせて、懸命に中の気配を求めるハチ。野性の嗅覚の持ち主に、皆の期待はいやが上にも高まる。ハチを茶化した手前、しばし傍観していた白鳳だったが、やはり真っ先に情報を得たい。いつの間にかソファを離れた紅いチャイナ服は、抜き足差し足でハチのところまでやって来た。



羽をばたつかせる珍生物の脇へ陣取った白鳳は、自らも鍵穴近くに耳を寄せたが、単語ひとつ聞き取れない。ここはハチの五感に頼るしかなさそうだ。ぷっくりほっぺをつつきながら、白鳳は速やかな報告を促した。
「いいかい、どんな些細なことでも、包み隠さず教えるんだよ」
「合点だ」
「うふふ、神風とDEATH夫が私を奪い合って揉めてたら困るなあ♪」
「「「・・・・・・・・・・」」」
白鳳のずれまくったセリフに、全員、我が耳を疑った。もちろん、皆をリラックスさせようとして言った冗談ではない。この非常時にもかかわらず、マジで白日夢に酔いしれているのだ。真性××野郎の忌まわしい本能を見せつけられ、フローズン、オーディン、スイは暗澹たる気分になった。
「・・・・白鳳さま、進歩がございませんね・・・・」
「きゅるり〜」
生まれ持った性癖は、いくら周りが配慮しても、簡単に改まるものではない。格好なサンプルを目の当たりにして、外からの矯正には限界があると、メンバーは悟った。一撃必殺の過激さはさて置き、白鳳と比べれば、DEATH夫は遙かにマシだ。DEATH夫の刃が実害を及ぼしたのは初めてだが、暴れうしの突進はところ構わず炸裂し、善良な第三者を脅かし続けている。お目付役にかけた迷惑度も、白鳳の方が断然多い。神風の負傷に動転したので、DEATH夫ひとりが厄介者扱いされたけれど、冷静に考えたら、ある意味、パーティーの一番のお荷物は白鳳だった。衝撃の事実に気付いたオーディンは、隣席のフローズンへ声をひそめて言いかけた。
「さっきはDEATH夫の悪びれぬ態度に愕然としたが、白鳳さまとて、邪な戯れや企みを真摯に反省したことはなさそうだ」
好漢の信念が揺らぎ始めたと感じ、フローズンは白鳳に聞こえない程度の声で、こっそり囁いた。
「・・・・反省どころか、失敗して叱られるたび、ムダに意欲を燃やしていらっしゃいます・・・・」
「ううむ、性懲りもなく突っ走る白鳳さまを見ると、DEATH夫には幾分、救いがある気が」
オーディンの心中にはっきり迷いが生じている。ここでひと押しすれば、神風との会談の成果次第で、謝罪の件を有耶無耶に出来そうだ。フローズンは躍起になって、DEATH夫の情状酌量の余地をアピールした。
「・・・・私の欲目かもしれませんが、そう思います・・・・DEATH夫は本能の支配下にありながら、最後に容赦する理性を残しておりました・・・・」
欲望の赴くまま、××道を暴走する白鳳。欲望を可能な限り抑え、スイッチが入っても、神風に致命傷を負わさなかったDEATH夫。フローズンの急所を突いた説明により、オーディンとまじしゃんは、DEATH夫が案外、下界の掟を守っていたことに思い当たった。
「今回は運悪く破綻したが、DEATH夫の努力も認めないといかんな」
兄と慕うオーディンの見解に、まじしゃんは素直に従った。
「うん、神風と折り合いが付くのなら、僕、DEATH夫を許してもいいやっ」
白鳳の人間失格ぶりが功を奏し、彼らは正式な謝罪を前に、DEATH夫にチャンスを与える気になったようだ。親友の立場が好転し、フローズンは可憐な口元をほころばせた。
「・・・・約束いたします・・・・彼に2度と同じ過ちは繰り返させません・・・・」
「僕たちも協力するよっ」
「殺戮モードを防ぐための策は、また日を改めて話し合おう」
「きゅるり〜。。」
せっかく、オーディンとまじしゃんが折れてくれたのに、スイのみは手放しで喜べなかった。DEATH夫を連れ戻す決め手となった醜態といい、なぜ、兄はいつも反面教師にしかなれないのだろう。従者に尻拭いをさせない、一人前のマスターになれる日は、果たしていつのことやら。理想の3角関係を捏造し、わくわく顔の白鳳を一瞥して、スイはがっくり肩を落とした。弟の心労をこれっぽちも知らず、白鳳は浮かれポンチ全開で、能天気に笑っている。と、その時。ハチが腰を突き出し、素っ頓狂な声をあげた。
「おおおっ」
野性のへっぽこパワーが、何かを掴んだに相違ない。真紅の双眸を輝かせ、白鳳はわくわくとハチへにじり寄った。
「やっぱ、麗しい主人を巡って、熾烈な恋の鞘当てが展開してるんでしょっv」
だが、ピント外れの妄想は、0.2秒で否定された。
「屁が出た」
「・・・・・・・・・・」
天罰覿面。なまじハチに急接近したばかりに、白鳳は凄まじい臭気をまともに受けた。柳眉を逆立てた”かあちゃん”の怒りのオーラを敏感に察し、ハチはごん太眉毛を八の字にして、済まなそうに舌を出した。
「でへへー、つい力が入っちった」
「下品、且つ、紛らわしいんだよ、スットコドッコイ」
「あてっ」
ハチが思わせぶりに叫んだせいで、虚しいドリームを描いてしまった。小太りの虫の分際で、繊細なハート(自己申告)を弄ぶなんて許せない。へこへこ頭を下げるハチを、たおやかな手が力任せに叩き落とした。



居間でのどつき漫才を知る由もなく、神風とDEATH夫は静かに向かい合っていた。室内に漂う空気は、凪のごとく穏やかで、禍々しい火花の欠片もない。
「もっと早く、こういう機会を作るべきだった」
「・・・・・・・・・・」
神風が友好的な笑みを浮かべても、DEATH夫は無表情のままだが、拒絶の意思を示さず、ここに残ったことが同意の証だ。DEATH夫には他者への慮りも気遣いもない。話し合いが意に添わなければ、さっさと部屋を立ち去っていただろう。
「救援に来てくれたのみならず、攻撃の手を緩めてくれて、心から感謝している。本当にありがとう」
決して、DEATH夫に媚びたわけではなく、神風の正真正銘の気持ちだった。些細な軋轢はあったが、DEATH夫は命の灯をすり減らして、白鳳たちを護って来た。人間界での慣れない集団生活に迷いつつも、パーティーの一員として奮闘している。冷淡に見えて、その実、彼は来る者を拒まない。白鳳やハチのように、好意的にぶつかってきた相手には、ささやかな情を返している。メンバーのDEATH夫との親密度は、おのおのの働きかけにきっちり比例し、彼に対するこちらの熱意の鏡だった。
(DEATH夫との間に、壁を作っていたのは私の方だった)
あからさまな反発により、苦手意識が芽生え、体当たりで理解する努力を避けてきた。あまり認めたくないが、主人のDEATH夫への執着が、胸の奥に引っ掛かっていた点も否めない。白鳳兄弟を幸福にするため、全てをなげうつ覚悟をしたのに、未だ私心を捨て切れない己が歯痒く、情けなかった。
「お前に改めて礼を言われるとはな」
ありがたく思えと嘯いたくせに、神風がすぐ謝意を述べるとは思わなかったようだ。DEATH夫は珍しく金の瞳をくっきり見開いた。
「命を取り留めたおかげで、また白鳳さまに仕えられる」
”はぐれ”とは言え、寿命には限りがある。レアモンスターと異なり、転生も出来ない身には、現在の命の輝きこそ尊い。生ある間は白鳳に付き従い、共に苦楽を分かち合う。それが神風の唯一の願いだ。ゆえに、たとえいかなる動機だろうと、魂を狩られなかっただけで十分、ありがたかった。剥き出しの善意に戸惑ったのか、DEATH夫は神風から顔を逸らし、そっけなく吐き捨てた。
「人間ごときに忠誠を誓うなど、俺には理解不能だし、したくもない」
「そうか」
DEATH夫の信条は相変わらずだが、上級悪魔の使徒からすれば、自然な感覚かもしれない。彼に白鳳への服従を押し付けるつもりはないし、神風は苦笑混じりに深くうなずいた。ところが、神風の予想に反し、DEATH夫のコメントはさらに続けられた。
「でも、お前の本気は分かった」
「え」
あの時感じた通り、刃の洗礼は一種の試練だったらしい。ぽかんとする神風を見据え、DEATH夫は微かに目を細めた。初めてDEATH夫から敵意のない眼差しを浴び、神風はなぜか居心地の悪さを覚えた。出会って以来の確執が長かったせいで、安堵や喜びより、驚きの方が大きかった。
「バカも徹底していると、いっそ潔い」
「・・・DEATH夫は中途半端が嫌いだったな」
彼らしい辛辣な表現に、神風はほっとした。これまでの経緯を思えば、柄にもない褒め言葉を貰ったら、かえってくすぐったい。字面のみでは分かりづらいが、一連の流れから、どうやらDEATH夫は神風の従者道を認めてくれたようだ。ポーカーフェイスを崩さなくても、彼の機嫌は何となく伝わる。波瀾万丈の長旅を経て、神風は確信していた。DEATH夫は感情が欠落しているのではなく、ただ適切に表す術を知らないのだ。他者の堪忍袋を刺激する言動も、経験値の少なさから来るもので、わざと怒りを誘っているのではなかった。
(ひねくれ者のようでいて裏表はないし、要するに、ハチとは逆ベクトルの天然なんだろうな)
今回の件では神風もいろいろ考えさせられた。擬似封印とは言え、魔の縛りが心身へ与える痛手を、骨の髄まで体感した。過酷な爆弾を抱えたDEATH夫が、敬愛するマスターと再会出来る保証はどこにもない。愛人云々は抜きにして、白鳳が彼の前途を案じるのは至極、当たり前だった。



もっとも、DEATH夫が評価したのは、従者たる神風の姿勢に過ぎず、仕える対象については、納得いかない点も多々あるらしい。ようやく相手が歩み寄りを見せ、喜びを隠さない神風へ、いい気になるなとばかり、DEATH夫は言葉の礫を投げつけた。
「お前もつくづく酔狂なヤツだ。人間でももっとマシな輩はいるのに、寄りによって、白鳳を選ぶとは」
「確かに、白鳳さまは人格者とは程遠いからな」
主人を侮辱され、即座に激怒するのが正しい僕の姿なのだろうが、神風は決して白鳳を美化していない。むしろ、ツッコミどころ満載の、困った××者だと認識していた。が、欠点だらけではあっても、白鳳にはそれを帳消しにし、なおかつプラスに転じる魅力がある。だからこそ、自分は長年、白鳳を支え、献身的に尽くして来たのだ。
「欲にも情にも脆く、反省も後悔もしない。挫折から露ほども学ばず、同じ失敗を繰り返す。お前やフローズンたちがいなければ、あいつの旅はとうの昔に頓挫していた」
遠慮会釈ないDEATH夫の批判は的を射ているものの、白鳳の一面しか言い表していない。取り柄なしと誤解されたままでは、白鳳がちと気の毒なので、名誉回復を目指し、神風は毅然と切り返した。
「DEATH夫の見解を否定はしない。だけど、白鳳さまには他者にない長所もたくさんある。何より、男の子モンスターたる我々を格下扱いせず、家族同様に暖かく接してくれた」
「己が無能だから、部下に甘い態度しか取れぬ」
「違う。そりゃあ、白鳳さまのへっぽこぷりに目を覆う場面はある。放っておけないで、思わずしゃしゃり出てしまうこともたびたびさ」
神風のみならず、他のメンバーも多かれ少なかれ、こうした心境で白鳳に仕えていた。暴れうしの世話は一筋縄ではいかないゆえ、かえってやり甲斐を感じさせる。主人の足りない部分を巧みに補う優れ者のお供。白鳳にとって、彼らは単なる駒ではなく、まさに掛け替えのない存在だった。
「でも、白鳳さまの優しさは媚びでも演技でもない。我々への感謝とは別に、常に限りない愛情を注いでくれているんだ」
「俺はくだらぬ情など要らん。脆弱な人間に従う価値はない」
せっかく、白鳳の素晴らしさを力説したのに、DEATH夫はぴしゃりと突っぱねた。実力至上主義がまかり通る悪魔界では、自分より戦闘力が劣るマスターはあり得ない。彼がこう考えるのは、よく理解出来る。けれども、白鳳パーティーで風雪を経て、DEATH夫の信念はわずかながら揺らいでいるはずだ。でなかったら、自ら神風を試し、本気を認めたりはすまい。彼の真意を確かめるべく、神風は敢えて、相手を刺激する内容を口にした。
「白鳳さまの××心を抜きにした思い遣りを、DEATH夫だって、身に染みているんじゃないのか」
神風の指摘が琴線に触れたのか、DEATH夫は切れ長の瞳を伏せ、ぽつりと呟いた。
「・・・・・あいつは大バカだ。俺が悪魔界へ帰れば、男の子モンスターが全種揃わないと承知で、好きにしろと言う」
「スイ様の解呪は一番の願いだけど、そのために誰かを犠牲にするのは、白鳳さまの本意じゃない」
白鳳の方針は手に取るように分かる。曲がりなりにも、主人を名乗っているが、従者の幸福を邪魔する権利はない。マスターがDEATH夫を迎えに来たら、いつでも快く送り出す覚悟はあるのだろう。
「弟が元へ戻れなくてもか」
「××関連に限らず、白鳳さまは極めて諦めが悪い。絶対、望みを捨てたりしないさ」
「唯一の方法を失った後で、しがみついても無意味だ」
「いや、我々が知らない抜け道がないとは言い切れない」
スイを救うには、男の子モンスターのコンプリートしかないと思い、諸国を渡り歩いて来たが、現時点での知識や情報が全てではない。ひょっとしたら、モンスター収集の他にも、プランナーの呪いを解く術があるかもしれない。新たな可能性を探るため、神風は仲間と協力して、各地の古文書や伝説の類を調べるつもりだ。しかし、神風の決意を知ってか知らずか、DEATH夫はいたく不機嫌そうな声で吐き捨てた。
「そんな都合の良い話があるものか。甘過ぎる」
「DEATH夫も白鳳さまの行く末が心配なんだな」
「ふざけるな。ただ、貴様らの生温い認識に苛立つだけだ」
万事に合理的なDEATH夫は、他者の喜びを優先する連中が、意に添わないようだ。だが、昔の彼なら罵りもせず、対岸の火事と冷たく突き放したに相違ない。胸に波風が立つのは、気に掛けている証拠なのに、DEATH夫にはまるっきり自覚がなかった。



一般的な基準と照らせば、白鳳は良くも悪くも規格外のマスターだ。でも、既成概念に縛られないからこそ、異種族を抵抗なく受け容れ、強い絆を結べた。大言壮語していても、己の限界は熟知しており、苦手な分野はメンバーを信じて、任せ切っている。白鳳が寄せる熱い期待は皆を奮い立たせ、時に実力以上の力を発揮させる。ダンジョンで浮いていたはぐれモンスターにとって、白鳳パーティーはようやく出来た安住の地だった。
「白鳳さまは困った言動も多いし、DEATH夫のマスターとは比較にならないさ。だけど、白鳳さまほどお供を大切にし、親身になってくれる方はいない。白鳳さまのお側で働き、充実した日々を送れる私は幸せ者だ」
白鳳へのダメ出しを打ち消し、神風は清々しい笑みを浮かべた。ケガした事実を忘れさせる、生命力に溢れた顔を見つめ、DEATH夫はふっと目を細めた。
「主人の足りない部分を補い、盛り立てるからこそ、やり甲斐がある、か」
「皆もきっと同じ気持ちだと思う」
「ふん、どいつもこいつもお目出度いことだ」
嘲ったセリフとは裏腹に、氷の面に心なしか暗い影が差した。DEATH夫が描く従者像が、自分のそれと対極にあるごとく、白鳳と上級悪魔の部下への対応も真逆な気がする。白鳳にとって、従者たちは等しく宝だが、悪魔界のマスターは一介の男の子モンスターをどれほど必要としているか不明だ。落命寸前のところを救ったものの、以後、絶えて音沙汰がない。仲間に揺れを見せずとも、DEATH夫は心中穏やかではあるまい。彼が神風の忠誠心を執拗に否定したのは、人間相手とはいえ、切っても切れない主従の繋がりが目障りだったからと解釈するのは、少々穿ち過ぎだろうか。
(対象が違えど、私もDEATH夫も主人への一途な気持ちは同じだ)
もし、自分が白鳳と無理やり引き離されたら、切ない喪失感に耐えられず、壊れてしまうかもしれない。ここまで思いが至り、神風は積年のわだかまりを一切水に流そうと決めた。そもそも、諍いが続いたのは、DEATH夫ひとりのせいではない。つまらぬ私情に囚われ、彼の懐に飛び込めなかった自分にも責任はある。白鳳を庇って、身を挺した結果、DEATH夫がそれなりに認めてくれたことは大きい。白鳳とハチを見習って、拒絶にめげず、地道なアプローチを試みるべきだ。不自然に馴れ合うつもりはないが、縁あって白鳳パーティーにいる以上、ギスギスした関係とはさよならしたかった。
「お目出度いのは白鳳さま譲りだから仕方ない」
ありがちな軽い嫌味を、おっとり受け流した神風へ、DEATH夫は柔和な眼差しと共に、しみじみ呟いた。
「まあ、お前みたいな生き方もあるのかもしれん」
「DEATH夫」
辛辣なDEATH夫に改めて容れられ、神風は感極まり、相手を正面から見つめ直した。DEATH夫側から歩み寄ってくれれば、早期和解も夢ではない。が、魂が触れ合ったと感じたのはほんの一瞬だった。DEATH夫は露骨に視線を逸らし、投げやりな口調で言い放った。
「俺は御免被るが」
「・・・・・・・・・・」
いきなり掌を返され、あっけに取られる神風。眼前の死神は、もういつものポーカーフェイスに戻っていた。皮肉たっぷりに、一言付け加えたDEATH夫は、喉の奥で笑いを漏らすと、黒衣をふわりと翻し、部屋を出て行った。


TO BE CONTINUED


 

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