*優しい繋がり〜8*



速やかな応急手当が功を奏し、神風の傷は大事に至らずに済んだ。救援隊へは入れなかったが、別の形で仲間を救い、待機組の面々には、喜びと達成感が漂う。宿のベッドで眠る神風は、呼吸の乱れもなく、容態はすっかり落ち着いている。怪我人とは思えない、穏やかな寝顔を見遣りつつ、白鳳はおっとり目を細めた。
「ありがとう・・・・皆が来てくれたおかげだよ」
「僕たちは当たり前のことをしただけさっ」
「うむ、我々の力など微々たるものだ」
「・・・・一番の功労者は白鳳さまです・・・・」
「きゅるり〜」
感極まって謝意を述べる白鳳に対し、奥ゆかしい従者たちは己の手柄を認めようとしなかった。だが、最悪の結末に混乱した白鳳が、どうにか冷静さを取り戻したのは、彼らの存在あればこそだ。
「私ひとりじゃ、完璧な処置は出来なかったもん」
それどころか、当初は気が動転し、倒れた神風に縋りつくばかりだった。予期せぬアクシデントに見舞われた時こそ、マスターとして、適切に対処せねばならないのに。とは言うものの、正直、犠牲者が他のメンバーなら、白鳳も我を忘れて取り乱したりしなかった。窮地に陥り、八方塞がりとなっても、神風さえいれば大丈夫。普段は無自覚だが、心の奥底で強い信仰を抱いていたらしい。自分がいかに紺袴の従者に頼り切っていたか、今回の事件で白鳳は改めて思い知らされた。
(神風が自我を抑制してしまうのは、私が甘え続けているせいかも。。)
家宝の贈り物も、身を捨てて主人を護れと、かえってプレッシャーをかけた気がする。長年の忠誠に少しは報いられたと喜んでいたが、所詮、自己満足に過ぎなかったのだ。神風に申し訳なく感じ、しょんぼり頭を垂れる白鳳だったが、ふと、いたいけなどんぐり眼と目が合った。緋の視線を浴びたハチは、にぱっと破顔すると、明るく言い放った。
「うんにゃ、はくほーがかみかぜを助けたんだぞー」
「ハチ」
落ち込む”かあちゃん”を見かね、ハチなりに精一杯気を遣ってくれたのだろう。白鳳は優しく微笑むと、真ん丸頭を幾度も撫でた。
「お前の気持ちは嬉しいけどねえ」
「でへへー」
ごん太眉毛を八の字にして、照れ笑いするハチ。でも、元気者もいささか眠たげに見える。無理もない。神風に加え、密売団に囚われていた男の子モンスターの分まで、蜂蜜玉をこしらえたのだ。うつらうつらしている肩先のスイと共に、活動限界は近そうだ。
(もう、神風は心配ないし、ハチとスイは一足先に休ませてやろう)
ハチの発言はあくまで慰めであり、白鳳は本気で受け止めていなかった。ところが、流しかけた虫の見解へ、続々と賛同者が現れた。
「白鳳さまっ、ハチの主張はお世辞なんかじゃないよっ」
「・・・・ええ、真に神風を救ったのは、宝玉の不思議な力です・・・・」
「え」
フローズンの口から、勾玉の話題が飛び出し、白鳳は力ない声を漏らした。効力を指摘されても、すぐには思い当たらず、首を傾げている白鳳へ、オーディンが重々しい口調で問いかけた。
「倒れた神風の胸元で、翡翠が光っていたのを覚えているか」
「そう言えば・・・・・」
DEATH夫の一撃が炸裂した瞬間、宝玉が眩しく輝いたっけ。惨事の後も、血で染まった単衣から覗く勾玉は、鈍い光を放ち続けていた。
「・・・・オーディンの治療やまじしゃんの魔法だけでは、ここまで早い快復はあり得ません・・・・」
「勾玉には治癒作用が備わっているようだ」
「非常時には強い結界が発生するみたいっ」
「・・・・結界のおかげで、DEATH夫の攻撃を多少なりとも跳ね返せたのでしょう・・・・」
3人から具体的な説明を聞き、白鳳の口元はあからさまに綻んだ。本来、認識可能な状況に気付けなかったのは、よほど動揺していたに相違ない。
「・・・・・良かった」
「きゅるり〜」
封印弾を防げず、取っておきの家宝も色褪せた感があったが、物理攻撃に対する効果は期待に違わぬものだった。フローズンたちの報告は、心をかなり軽くしたけれど、白鳳はなおも疑念を捨て切れなかった。



よくよく考えてみれば、長い間、蔵の奥に打ち捨てられていた品だ。効力がないとは言わないが、あまり過大な期待をかけるのは図々しい。ひょっとして、3人はハチ同様、主人の負担を減らすべく、勾玉の威力を脚色して告げたのではなかろうか。
(DEATH夫にも確かめた方がいいね)
常にマスターを立ててくれる彼らと異なり、DEATH夫のコメントは辛辣で容赦ない。宝玉に関しても、忌憚のない意見を述べるはずだ。さっそく、勾玉の真価を尋ねようと、白鳳はDEATH夫を探したが、黒ずくめのシルエットはどこにも見当たらなかった。
「あれ、DEATH夫はいないの」
「・・・・隣室で待機しております・・・・」
曲がりなりにも同士を負傷させ、良心が咎めたとも思えないが、フローズンやハチに促されても、DEATH夫は頑として寝室へ入らなかった。神風の治療が最優先なので、やむなく放っておいたのだが、どうやら展望が見えてきたし、もう声をかけても良い頃だ。
「オレ、呼んでくる」
「お願い、ハチ」
白鳳の甘やかな依頼に、鼻の穴を膨らませると、ハチはドアの隙間を抜け、居間へ移動した。が、5秒も経たないうち、あたふたとパーティーの元へ帰ってきた。
「てーへんだっ、ですおがいないぞー」
「「「ええっ」」」
「きゅるり〜」
漣になりかけた水面を乱す大波に、男の子モンスターはたちまち顔色を変えた。しかし、純粋にDEATH夫を案ずるフローズンとハチに引き換え、オーディンとまじしゃんの眼差しは鋭く険しかった。
「神風の意識が戻っていないのに、いったいどこへ行ったんだ」
想い人の辛い心境は百も承知だろうに、オーディンは腹立ちを隠さなかった。仲間が実際、被害を被っただけに、正義感の強い好漢は有耶無耶に出来ないのだろう。
「神風には何の非もないじゃないかっ。あんまりだよっ」
ふたりの心情は分かるが、DEATH夫が罵られるほど、フローズンやハチの面持ちが暗くなって行く。友が消えて、ただでも動揺している彼らを、これ以上苦しめるのは避けたい。白鳳は速やかにふたりを宥めた。
「非難や抗議は本人へ直に言うべきだよ。まずはDEATH夫を見つけなきゃ」
「きゅるり〜」
「白鳳さまの言う通りだ」
「DEATH夫を探すのが先だねっ」
DEATH夫への怒りをフローズンたちへぶつける形になってはいけない。白鳳の意図を察し、オーディンとまじしゃんはあっさり引き下がった。主人と仲間のやり取りを聞きつつ、沈思していたフローズンだったが、急にはっとして眉をたわめた。
「・・・・まさか、出奔したのでは・・・・」
「げげーん!!」
顔にくっきり縦線を入れ、空中で凍り付くハチを見遣ると、白鳳はポツリと呟いた。
「あのコなら可能性はあるよね。。」
幸い、神風は命に別状なかった。けれども、それで水に流せるほど、些細な出来事ではない。神風は恨むなと言ったが、DEATH夫が全面謝罪でもしない限り、オーディンとまじしゃんはわだかまりを捨てられまい。だが、彼の気質からいって、頭を下げるくらいなら、躊躇いなくパーティーを離脱するはずだ。フローズンを同行させなかったのは、恐らくオーディンと引き離すのが忍びなかったのだろう。
「・・・・私が探してまいります・・・・まだ遠くへは行っておりません・・・・」
室内が騒然とする中、いち早く名乗りを上げた雪ん子に続き、ハチも高らかに宣言した。
「よしっ、オレも一緒に行くかんな」
ハチの野性の嗅覚を生かせば、DEATH夫は程なく発見出来よう。全員で迎えに行くより、DEATH夫と親しい彼らに任せた方が良い。互いの言い分をぶつけ合うにしても、当事者不在では話が始まらない。白鳳は心中の不安を抑えつつ、にこやかに言いかけた。
「うん、フローズンとハチがもっとも適任だね」
「きゅるり〜」
オーディンとまじしゃんも異を唱えず、笑みさえ湛えて、大きくうなずいている。皆の了承を得て、フローズンたちは力強く返した。
「・・・・はい・・・・」
「おうっ、合点だ」
DEATH夫に罪があるのは十分分かっている。でも、こんな形で仲間と決裂させるのは本意ではない。早く彼を連れ戻して、誰もが納得行くまで、話し合わなければ。決意に溢れた様で、口を真一文字に引き結ぶと、ひとりと1匹は部屋を後にした。



フローズンとハチを見送って、再び神風の枕頭へ戻ったオーディンとまじしゃんは、複雑な表情で顔を見合わせた。惨劇を目の当たりにして、加害者へ負の感情をぶつけたが、彼らとて、DEATH夫の緩やかな変化は認めていた。未だに仲間を寄せつけないところはあるものの、氷の心に一片の情が芽生え始めた。メンバーは死神との交流に確かな手応えを得て、将来の関係へ希望を抱いていたのだ。ふたりが激怒したのは、神風を傷付けたことに加え、DEATH夫が皆の期待を裏切ったと感じたからかもしれない。
「何もいきなり出ていかなくたってっ」
「うむ、我々はこんな決着を望んでいるのではない」
神風がDEATH夫に斬られた。眼前の事実は覆せないが、そこへ至るまでの子細は、完全には判明していない。白鳳から状況説明はあったけれど、現場にいなかっただけに、当事者の証言を聞かないで、結論を出すのは避けたい。ましてや、神風はDEATH夫を責めるなと言い渡したのだ。DEATH夫を処断するのは、詳しい事情を把握した後でも遅くなかろう。
「DEATH夫が帰って来ても、神風の意識が戻るまで、話し合いは保留しよう」
「きゅるり〜」
爆発を経て、平常心を取り戻しつつあるふたりに対し、白鳳は静かに切り出した。DEATH夫という種族の性癖は、本来、人間界とは相容れない。生き物を殺め、魂を狩る行為は悪でも何でもなく、むしろマスターから高い評価を得るためのものだ。白鳳パーティーに加入してから、DEATH夫は敵以外へ鎌を振るうことはなかった。他の種族なら当たり前でも、DEATH夫にとっては、辛い我慢の日々だったのかもしれない。ややもすると、他者を自分のものさしで計ってしまいがちだが、様々な男の子モンスターと接する身で、杓子定規の基準は通用しない。種族固有の特質を踏まえた上で、罪は罪として、妥協点を探って行かなければ。それに、傷付いてなお、DEATH夫を庇おうとした神風の真意も気にかかる。
(神風とDEATH夫の間に、私が知らない経緯があったのかなあ)
脳内で、刹那の攻防を何度もリピートする白鳳の耳元へ、唐突にスイの鳴き声が響き渡った。
「きゅるり〜っっ」
「どうしたんだい、スイ」
「きゅっ、きゅっ」
白鳳の肩から丸っこい身体が躍り、ベッドの上へぽてんと着地した。素早く枕まで移動したスイは、神風の頬をぺちぺちと叩いた。ぎこちないリズムに反応して、神風の瞼がピクリと動いた。
「あっ、神風が」
「目覚めそうだぞ」
3人と1匹の熱い眼差しを浴び、神風の双眸がうっすら開かれた。
「う・・・・ん」
涼しい虹彩、漏らされた声に、意識回復を確信し、一同は弓なりに身を乗り出した。
「気が付いたのか」
「神風、良かった」
「傷は痛まないっ?」
「きゅるり〜」
左右からの畳み掛けるごとき問いかけに、神風は両の口角をあげて、首を振った。
「平気です、ほとんど痛みはありません」
「ホント?無理してない?」
いつも同輩へ気を配る神風のことだ。皆を心配させまいと、苦痛を堪えているのではなかろうか。しかし、神風の気にはいささかの乱れもなく、返答の通りだったので、白鳳は胸をなで下ろした。
「白鳳さまにも皆にも、一方ならぬ迷惑をかけてしまって、済まなかった」
自らの具合がおぼつかないのに、神風は真っ先に謝罪の言葉を述べた。生真面目で責任感の強い彼らしいが、無論、言われた方は躍起になって否定した。
「水くさいことを言うな。これっぽちも迷惑なんて思ってないぞ」
「僕たちこそ、神風の世話になりっぱなしでっ」
「うん、パーティー内で、神風の手を煩わせなかった者はいないよ。こういう時くらい恩返しさせて」
「きゅるり〜」
日頃は優しく、時には厳しく、従者の要となって、白鳳団を支え続けた神風。誰もが彼のありがたみを実感しているし、アクシデントのおかげで、少しは報いることが出来、迷惑どころか大歓迎だ。一同が醸し出す暖かい雰囲気を察し、神風の面に感激の色が浮かんだ。
「白鳳さま、スイさま、オーディン、まじしゃん・・・・」
素直に喜びを告げようと、途中まで言い差した神風は、ふと、頭数が足りないことに気付いた。
「神風、大丈夫?」
呼びかけを不自然に中断した神風を案じ、白鳳は恐る恐る尋ねた。こちらを覗き込む主人へ微笑みかけると、神風は硬い口調で呟いた。
「・・・・・DEATH夫とフローズンとハチは宿にいないのですか」



熱くなっていた周囲に引き換え、神風はDEATH夫の名を淡々と口にした。恨むなという言に偽りはなく、DEATH夫への怒りや憎悪は微塵も伝わって来なかった。いつぞやの口づけ事件の方が、遙かに不機嫌になっていたっけ。
「今、行方不明なんだ。フローズンとハチが探しに行ってる」
「そうですか」
「きゅるり〜」
白鳳から現状を知らされ、神風はやや顔を伏せた。目線の先の包帯には、じんわり血が滲んでいる。一歩間違えれば、命を落としていたのに、DEATH夫を恨まない神風の心理が読めなかった。DEATH夫の特性を加味しても、全てを割り切れるとは考えにくい。白鳳は訝しげに瞬きすると、神風へ問いかけた。
「ねえ、なぜ、DEATH夫を責めるなって言ったの」
紅唇から核心に迫る質問が飛び出し、同士たちも間髪を容れず、後に続いた。
「俺も訳を聞きたいと思っていた」
「害してきた相手を許すなんて、神風は優し過ぎるよっ」
「きゅるり〜」
最大の疑問を解消しようと、詰め寄るメンバーに対し、神風は衝撃の真相を言い放った。
「私が視界に入った途端、彼はわずかに鎌を引きました。だから、傷も浅く済んだのです」
「えええっ」
「DEATH夫が手加減したのっ」
「信じられん」
「きゅるり〜っ」
茫然とする3人と1匹を一瞥して、神風は更に自説を展開させた。
「それどころか、もし、DEATH夫が実力を出していたら、私のみならず、白鳳さままで八つ裂きにされていたでしょう。かつて封印を解除した彼は、一振りで中級悪魔を粉々にしたじゃありませんか」
「た、確かに」
「DEATH夫の戦いは、常に必殺だよねっ」
「うむ、ダンジョンでも敵はもれなく膾にされていた」
思えば、DEATH夫がモンスターを手負いで解放したことなど、一度たりともなかった。数少ない殺しのチャンスを生かすかのごとく、獲物は塵芥となって、地上より消え失せていた。にもかかわらず、神風は1日も経たずに、意識を取り戻した。この事実だけでも、DEATH夫が神風への攻撃を容赦したのは明らかだ。あらかた状況を認識すると、白鳳は堪え切れず、すっくと立ち上がった。
「私もDEATH夫を迎えに行く」
あまりにも唐突な宣言に、従者もスイもあっけに取られた。
「きゅるり〜」
「白鳳さま」
「直々に出張る必要ないよっ」
「フローズンとハチがいれば十分だ」
「DEATH夫が神風に塩を送ったって聞いたら、いっそう気になるじゃない」
もう、宿で手を拱いてはいられない。さっさとDEATH夫に会って、理由を解明したい。白鳳は紅いチャイナ服を翻し、大股で扉の前へ歩み出た。
「オーディン、まじしゃん、悪いけど、神風とスイをお願いね」
一旦、決意したら最後、暴れうしの突進は止まらない。お供たちは半ば諦めムードで、白鳳の提案を渋々受け容れた。
「・・・くれぐれもお気をつけて」
「こっちのことは任せといてっ」
「フローズンとハチの邪魔をしてはダメですよ」
「きゅるり〜。。」
根っからのお調子者が暴走して、新たな火種を作らなければいいが。どうか、フローズンが賢く主人をあしらい、首尾良くDEATH夫を連れ戻せますように。一同の不安げな表情も何するものぞ、白鳳は意気揚々と宿を出ていった。


TO BE CONTINUED


 

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