*優しい繋がり〜9*



不穏な空気の中、宿を出たフローズンとハチは、DEATH夫を探して、街道を急いでいた。鄙びた地域ゆえ、市街地へ続くルートは、農夫が利用する間道を除けば、他に存在しない。フローズンの傍らで、鼻の穴を膨らませるハチは、いっちょまえに腕組みしつつ、幾度もうなずいた。
「うんうん、ですおの匂いがするぞー」
「・・・・やはり、この道を進んでいるのですね・・・・」
たとえ、出奔するにしても、こそこそ裏道を逃げ回るDEATH夫ではない。密売団みたいに森越えの手もあるが、最強の死神には、堂々と街道を闊歩する姿こそ相応しい。友の気質を踏まえ、敢えて、脇道を選ばなかったフローズンの目に狂いはなく、程なく、ひとりと1匹は闇と同化したシルエットを遠目に捉えた。
「・・・・あ・・・・」
「ですおだっ」
早々とDEATH夫を見つけ、フローズンとハチの萎れた顔に生気が蘇った。発見しただけで、問題は解決しないけれど、白鳳や仲間にわだかまりを残したまま、DEATH夫が消えてしまわなくて良かった。少なくとも、彼らはDEATH夫と別れるつもりなどない。事の真相をしっかり把握した上で、皆がDEATH夫を受け容れてくれるよう、あらゆる手を尽くさなければ。
「うお〜い、ですお〜」
「・・・・・・・・・・」
しかし、ハチの歓喜の叫びも虚しく、DEATH夫は振り向きも、立ち止まりもしない。呼びかけが無視されたと悟るやいなや、ハチは猛スピードでDEATH夫に追いつき、くるりと前へ回り込んだ。
「何だようっ、聞こえてるんだろー」
歯をむき出してぶーたれるハチを、金の瞳がちらりと見た。
「邪魔だ」
「あてっ」
哀れ、ハチは大鎌の柄で叩き落とされ、地べたへ墜落した。大の字になった珍生物を見捨て、DEATH夫はすたすた歩き続ける。しかし、ハチ1匹を犠牲にするフローズンではない。着物の裾を翻し、駆け寄ったフローズンは、黒衣の袖を掴んで追いすがった。今、DEATH夫を止められなかったから、わざわざ捜索を志願した意味がない。
「・・・・DEATH夫、待って下さい・・・・」
「フローズン、お前まで」
さすがのDEATH夫も、フローズンは乱暴に扱えず、やむなくその場に立ち止まった。
「やたっ、ですおと話せる」
自分は捨て石となったが、フローズンがDEATH夫を捕まえてくれたので、結果オーライだ。即座に立ち直ったハチは、にんまり笑いながら浮上すると、フローズンの肩先へ着地した。
「・・・・DEATH夫・・・・」
「何だ」
すぐに戻ろうと言いたい気持ちを、フローズンはぐっと堪えた。黙って去ったのは、DEATH夫なりの訳があるはずだ。それを理解せず、いきなり帰還を迫っても、誇り高い彼が素直に従ってくれるとは思えない。まずは、DEATH夫の思惑を知るべく、フローズンは婉曲的なアプローチを試みた。
「・・・・本気でパーティーを離脱する気なのですか・・・・」
「ああ」
「・・・・どうして・・・・」
「気が済んだ」
「・・・・え・・・・」
「へ」
あまりにも想定外の返答に、フローズンとハチは、きょとんと顔を見合わせた。パーティーを揺るがす大事件を引き起こしたにもかかわらず、DEATH夫はこれっぽちも悪びれていない。尖った眼光も、抑揚のない口調も変わらず、むしろ、さばさばした雰囲気さえ醸し出していた。



神風本人はともかく、オーディンとまじしゃんの剣幕を見る限り、口先だけの謝罪では到底許されまい。けれども、DEATH夫の応答からは、神風への罪悪感は露ほども感じられず、詫びの形すら取ってくれそうにない。しょせん、悪魔の使徒は人間界とは相容れないのだろうか。DEATH夫が平常心を保っていると知り、フローズンは破局を覚悟せざるを得なかった。
「気が済んだって、かみかぜをやっつけたからか?」
DEATH夫の真意が理解出来ず、ハチは拳を握り締めて問いかけた。
「ふん、端から歯牙にもかけてない」
面倒そうに返すDEATH夫を見遣り、フローズンは力なく息を吐いた。極めて想定内の答えだ。件の封印さえ解ければ、神風はDEATH夫の足元にも及ばない。DEATH夫の神風への反発は、あくまで戦闘以外の要素に起因しており、その全容が判明しないからこそ、一同は頭を悩ませてきたのだ。でも、謎を謎のままに、DEATH夫はパーティーを去ろうとしている。
「・・・・早まらないで、もう一度、考え直して下さい・・・・」
「そだそだ、一緒に帰ろうぜ、ですおー」
「くどい」
拒絶の言葉をぴしゃりと投げつけ、絆を断ち切るかのごとく、DEATH夫は即座に踵を返した。まるっきり取りつく島のない態度に、説得は困難だと悟ったフローズンは、諦念漂う笑みを漏らし、躊躇いなく言いかけた。
「・・・・ならば、私もDEATH夫についてまいります・・・・」
「げげーん!!ふろーずんも行っちゃうのかようっ」
フローズンの爆弾宣言を聞き、ハチはショックのあまり、顔に何本もの縦線が刻まれた。とは言うものの、脳みそ3グラムのハチに、彼らを説き伏せることは不可能だ。
「ひえ〜っ・・・えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、よいよいよいよいっ」
限界を超えた状況に度を失い、へっぽこな阿波踊りを踊る虫を尻目に、DEATH夫はフローズンへ言い渡した。
「お前はここへ残れ」
「・・・・DEATH夫ひとりでは行かせられません・・・・」
宿での話し合いが決裂した場合も、こうしようと思っていた。申し出がやや早まっただけのことだ。それに、今回のアクシデントは、DEATH夫の暴挙を止められなかった自分にも責任がある。彼の危うい気性を、誰より分かっていながら、救援隊へ加わらなかったのが間違いだった。もし、白鳳たちについて行けば、殺戮モードが発動しても、適切な策を講じられたろうに。胸の奥で、激しく己を苛むフローズンに対し、DEATH夫はらしからぬ穏やかな表情を浮かべた。
「お前には居場所が出来た。もう、俺と彷徨う必要はない」
「・・・・居場所・・・・」
「白鳳のパーティーがお前の居場所だ」
DEATH夫から思い掛けない指摘をされ、フローズンは一瞬、戸惑った。だが、決して的外れな見解ではない。氷のダンジョンでは同胞となじめず、半ば隠遁生活をしていたフローズンに、初めて仲間と呼べる存在が出来た。心優しいマスターは男の子モンスターも対等に扱い、個性豊かな面々ともすっかり打ち解けた。何より、一途に慕ってくれるオーディンと会えた。道中では培った知識をフルに生かし、やり甲斐のある毎日を送っている。現在の環境は申し分のないものだし、許されるなら、いつまでも白鳳の従者でいたい。が、たとえ手の中の幸福を捨てても、フローズンはDEATH夫と離れることは考えていなかった。
「・・・・いえ、私はひととき夢を見ていたのです・・・・」
「夢じゃないだろー。オレもはくほーも皆も側にいるじゃないかようっ」
フローズンの決意が固いと察し、涙目で必死に訴えるハチ。涙と鼻水で濡れた顔を、ハンカチで拭いてやりながら、フローズンはしみじみと語り始めた。
「・・・・ありがとう、ハチ・・・・だけど、楽しい夢を見られたのはDEATH夫のおかげ・・・・彼が連れ出してくれなかったら、私はダンジョンの奥に引きこもったきりでした・・・・」
外界に強く憧れていたくせに、書物で知識を蓄えるばかりだった日々。ダンジョンを飛び出す勇気も行動力もなかったフローズンを、偶然助けたDEATH夫が無理やり同行させたのだ。当時は、戦闘以外無能なDEATH夫には、旅のサポートが必要だったと解釈していたが、今思えば、DEATH夫は雪ん子の密かな願望を、敏感に感じ取っていたのかもしれない。



DEATH夫との出会いは、フローズンに幸せな日常をもたらした。それに引き換え、彼は悪魔界から追放され、未だマスターとの邂逅すら叶わぬままだ。友の大恩に報いることもなく、ひとりだけ安住の地に留まれるわけがない。フローズンは潔く、全てを諦める気になっていた。しかし、DEATH夫はフローズンの主張をきっぱり否定した。
「あの時、お前が助けなければ、俺は確実に死んでいた。恩義を感じる必要はない」
「・・・・助けられたのは私の方です・・・・」
フローズンがDEATH夫の命を救ったのは事実だ。けれども、DEATH夫はフローズンに、生き甲斐を与えてくれた。生ける屍に近かった我が身へ、初めて輝く魂が宿ったのだ。ゆえに、フローズンの感覚では貸しなどなかったが、DEATH夫は相手の心中を見透かすごとく、淡々と先を続けた。
「きっかけはどうあれ、居場所を作ったのはお前自身の力だ」
「・・・・DEATH夫がいなければ、意味がありません・・・・」
「だいたい、お前がパーティーを抜けたら、オーディンも追って来かねない。正直、鬱陶しい」
「ひゅーひゅー、おーでぃんはふろーずんに惚れてるかんな」
「・・・・ハチ・・・・」
DEATH夫にフローズンをからかう意図はなく、ありがちな顛末を冷静に分析したに過ぎない。が、××者の悪影響を受けたハチに冷やかされ、透き通った頬がほの赤く染まった。もっとも、DEATH夫が自然にオーディンの名を出したのは、安心してフローズンを託せると認めたからだ。いや、オーディンのみならず、全員を信頼していなければ、フローズンへ残れと告げたりはすまい。いつも、辛辣な物言いしかしないけれど、DEATH夫が白鳳一行を高く評価していることは間違いなかった。
(・・・・DEATH夫の気持ちは嬉しい・・・・でも・・・・)
本来、冷淡なDEATH夫の心遣いに、いたく感激したが、なお、フローズンの決意は変わらなかった。DEATH夫の望みを果たすまで、自身の安楽は考えられない。ただでも、DEATH夫は体内に爆弾を抱えており、単独行動は緩慢な自殺も同様だった。
「・・・・やはり、私はDEATH夫と共にまいります・・・・」
大人しく、控え目なフローズンだが、こうと決めたら強情なところもある。再三、残留を勧めたのに、フローズンが首を縦に振らないので、DEATH夫の面持ちはあからさまに険しくなった。
「俺の言うことが聞けないのか」
「・・・・こればかりは聞けません・・・・」
「なぜだ」
「・・・・自力で道中の段取りが出来ますか・・・・」
「うし車は要らないし、野宿でかまわん」
自信たっぷりに切り返すDEATH夫を見て、一人旅は無理だとフローズンは再確認した。ずっと仲間任せにして来たので、旅をスムーズに進めるため、何をどうすべきなのか、全然分かっていない。路銀も地図も持たず、闇雲に直進して、目的地へ着けると、本気で思っているらしい。
「・・・・封印の作用は続いているのですよ・・・・」
「途中で力尽きたら、俺の命運もそこまでだ」
「・・・・そんな・・・・」
核心へ迫る問いかけを、他人事のように流され、フローズンは戸惑った。群れることを好まないDEATH夫が、渋々でもパーティーの一員でいたのは、彼の弱点をカバーする特典があったからだ。煩雑な事務処理を丸投げ出来、且つ、封印の痛手を最小限に抑えられる。逆に、これらの恩恵を必要としなければ、DEATH夫が集団へ所属するメリットはなかった。よって、彼が特典を捨てた今、フローズンは理詰めで説得する術を失ってしまったと言えよう。無自覚に芽生えた、メンバーへの情を指摘したところで、DEATH夫は400%否定するに決まっている。いったい、次の一手をどう打ち込んだらよいものか。困り果てて、口ごもるフローズンを見かね、しばらく傍観者に徹していたハチは、止せばいいのにしゃしゃり出た。
「よしっ、オレがですおと行く!!」
マスターたる白鳳の仔として、事態を収拾しなければ。ムダな使命感に燃え、大声で名乗りをあげたハチへ、ふたりの訝しげな視線が集中した。
「・・・・ハチ・・・・」
「お前が・・・だと」
「オレが道連れなら、ですおの体調は平気だかんな」
事務関連の役には立たないが、封印の弊害に対しては、蜂蜜玉が最善の特効薬だ。ちっこい脳みそを精一杯働かせ、ハチはこう結論付けたのだろう。会心の策を提案し、得意げに腹を突き出すハチは、DEATH夫の脳裏に”足手まとい”、フローズンの脳裏に”珍道中”という言葉が浮かんだことなど、知る由もなかった。



DEATH夫を独りぼっちにしないで、フローズンとオーディンの別れも避けられる。ない頭を搾った妙案だったが、目先の危機に囚われ、ハチは肝心なことを忘れ去っていた。
「バカ」
「な、何だよう。あんまりじゃないかようっ」
ふたりの反応をわくわくして待っていたのに、DEATH夫から邪険に罵られ、ハチのりんごほっぺがぷうと膨らんだ。
「白鳳は放っておくのか」
「あっ、そっか」
白鳳とは未来永劫離れないと、常に公言しているハチだ。いくら、仲間が大切でも、心の母と別行動を取ることは出来ない。DEATH夫の的確な突っ込みで、ハチの申し出はたちまち暗礁に乗り上げてしまった。
「お前たちに、俺に構う暇はないはずだ」
これで万策尽きたと見たのか、DEATH夫は強引に話をまとめ始めた。
「フローズンがいなければ、誰が路銀を管理する」
「・・・・あ・・・・」
利殖の才もある大蔵大臣は、掛け替えのない存在だ。白鳳のどんぶり勘定を物ともせず、賢く資金を運用出来るのはフローズンしかいない。事務処理能力もさることながら、その卓越した経済感覚が、彼を影の最高権力者たらしめていた。自覚があるだけに、フローズンもすぐには切り返せない。押し黙る友に対するDEATH夫の醒めた眼差しが、小太りの珍生物へ移った。
「ハチも戦い以外では使える」
「でへへー」
野性の嗅覚や蜂蜜玉が様々な場面で役立つのはもちろん、ハチの屈託ない笑顔は皆を和ませ、パーティーの良き潤滑油となっている。掌サイズのハチは、スイの相棒のポジションを得て、移動の足代わりの労も惜しまなかった。
「お前たちみたいに、固有の役割を持たない俺が、離脱しても影響はあるまい」
決して卑下しているわけではないが、DEATH夫にも日常生活では役立たずとの自覚はあるらしい。でも、上級悪魔の側近にまで上り詰めた戦闘力は、完全に他を圧しており、ダンジョンなら彼を脅かす敵はいない。生まれつきの適性は、おのおのの個性であり、互いに認めた上で、足りない部分を補い合うべきだ。さすがに黙っていられなくなり、フローズンとハチは真摯な口調で言い立てた。
「戦いなら、ですおが一番強いぞー」
「・・・・白鳳さまを護り抜くには、DEATH夫の力が必要です・・・・」
「神風さえいれば、あいつのことは心配ない」
「・・・・!!・・・・」
「ですおー」
フローズンもハチもびっくりして、目を見開いた。この流れで、DEATH夫自ら神風の名を出すとは思わなかった。人間に忠義立てする神風を真底、軽蔑していたのに、いかなる心境の変化があったのだろうか。狩った獲物に情けをかけるDEATH夫ではない。ひとりと1匹は胸の漣を持て余しながら、DEATH夫の端正な面を見つめた。
「残りの連中と共に、白鳳を助けてやれ」
語り終えたDEATH夫の表情は、凪のごとく穏やかだった。彼は反乱の勢いで、離脱を宣言したのではない。前々から考えていたことを、潮時とばかり、実行したに過ぎない。フローズンにはそう感じられてならなかった。
「・・・・DEATH夫、待ってください・・・・」
「行っちゃダメだようっ」
嘆く仲間を一瞥もせず、DEATH夫は再び歩み出した。説得に失敗した以上、もはや無理を承知で、力業に走るのみだ。危険も顧みず、フローズンとハチが黒衣に追いすがろうとした時だった。
「ちょっと待ったぁ!!!!!」
夜の帳を引き裂き、大音声が高らかに響き渡った。独特の艶のある声は、誰もが聞き慣れたものだ。もしや。素早く振り向いて、対象を確かめた6つの眼に、チャイナ服の紅がぱあっと広がった。
「!?」
「・・・・白鳳さま・・・・」
「おおおっ、かあちゃあん」
従者に熱く注目され、発奮した白鳳は、大袈裟な決めポーズまで取っている。三日月の薄光りを浴び、紅唇がなまめかしく綻んだ。


TO BE CONTINUED


 

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