*花に嵐〜1*
遅い朝食を済ませたパーティーは、口を真一文字に引き結んだまま、寝室へ足を踏み入れた。右端のベッドをぐるりと取り囲んで、眠り続ける仲間を不安げに見遣る。すでに昼近いにもかかわらず、DEATH夫は眼を覚まさなかった。
「・・・・まだ、起きる気配はございません・・・・」
「そう」
元々、早起きとは無縁なDEATH夫だが、ここ数日の睡眠時間は尋常ではない。朝寝坊のみならず、ダンジョンから戻るやいなや、食事も無しで眠りこけていた。思い当たる原因はただひとつ。封印破りの副作用が再び溜まって、心身に悪影響を及ぼすレベルまで到達しつつあるに違いない。
「ですおー、起きてくり。今日は花見に行くんだろー」
「きゅるり〜っ」
DEATH夫の青白い頬を、ハチとスイが左右からぺちぺち叩いたが、瞼ひとつ動かない。他者の気配に人一倍敏感な、彼らしからぬ反応に、イヤでも事態の深刻さを認識せざるを得なかった。
「まさか、こんなに悪化しているなんてっ」
「戦闘で精彩を欠く場面もなかった」
「・・・・DEATH夫のことですから、苦痛があろうと、おくびにも出さないでしょう・・・・」
「限界を超えるまで我慢して、破綻するタイプなんだよねえ」
ポリシーを貫いて、本人は満足かもしれないが、とばっちりを食う周囲は堪らない。しかも、現時点で悪魔の封印には為す術がないのだから、いくら策を練っても、底のない柄杓で水を掬うようなものだった。
「ただ、幸い、DEATH夫の気は全く乱れていません」
「うむ、若干弱まっている程度だ」
「・・・・今すぐ、生命の危機に陥ることはなさそうです・・・・」
「とは言っても、DEATH夫の体調がなだらかな下り坂なのは間違いないよね」
白鳳の言葉に、誰もが大きくうなずいた。恐らく、眠ってばかりなのは、生命力が一定ライン以下に落ちたので、回復に時間が必要となったせいだ。具体的な弊害が出るのは先だとしても、速やかに妥当な対処を相談するに越したことはない。
「理想は身体に負担をかけないよう、安静にしていて欲しいが」
「逆に病人扱いは禁物じゃないか」
「・・・・あれこれ世話を焼かれると、いっそう頑なになってしまうでしょう・・・・」
「でも、もう無理はさせられないよっ」
「う〜ん、匙加減が難しいところだなあ」
誇り高き悪魔の使徒を療養させるのは至難の業だ。よほど上手く誘導しなければ、せっかくの心遣いも仇となりかねないし、封印が消えない限り、療養しても根本的な解決にはならないのだ。いくら優れもののメンバーとて、上級悪魔の施した術は解けないので、まさに八方塞がり。良い方針が立てられず、白鳳も従者もスイも押し黙っている。重苦しい沈黙が続く中、ハチがぽつりと本音を呟いた。
「やっぱ、花見は中止だよな。。」
一行は桜の名所で有名な公園へ花見に行くはずだった。年明けから早々と日程に入れ、皆、わくわくして準備を調えていた。お重の豪華弁当も完成し、後は出掛けるばかりだったのだが、アクシデントが生じてはやむを得まい。幼いハチの心情も分かるけれど、仲間たちはやんわりと意見した。
「今は花見どころじゃないぞ」
「DEATH夫の具合の方が大事だよっ」
「きゅるり〜っ」
「・・・・残念ですが、花見はまた次の機会にいたしましょう・・・・」
「そだな。オレ、DEATH夫のため、蜂蜜玉しこたまこしらえるぜー」
口々にたしなめられ、ハチは素直に納得した。脳みそ3グラムなのに、どこかの××野郎よりよほど物分かりが良い。これで花見はすっかり立ち消えになったと思われたが、不安げにDEATH夫を見つめる彼らへ、白鳳がおっとり切り出した。
「待ちなよ。すぐ結論を出さなくてもいいでしょ」
白鳳の不謹慎とも取れる発言へ、真っ先に異を唱えたのは神風だった。
「白鳳さま、この非常時に」
生真面目な従者らしく、険しい面持ちで言い差した神風へ、白鳳はあっけらかんと返した。
「いきなり花見中止だったら、かえってDEATH夫が怒ると思うけど」
花見など一切興味ないDEATH夫だが、パーティーの足手まといとなるのは耐え難いはずだ。なるほど、白鳳のコメントには一理あるものの、DEATH夫の体調を最優先する仲間は納得しなかった。
「現にDEATH夫は目覚めぬままだぞ」
「もし、遠出したら、さらに体力消耗しちゃうよっ」
「気を探った限りでは、休息さえ十分取れば、まだ旅に支障はないみたいだし、さっき言った通り、露骨な気配りは逆効果さ」
「・・・・仮にDEATH夫が気付いても、そろそろお昼になります・・・・」
「大慌てで支度して、到着は3時近くでしょう」
「平気平気、夜桜鑑賞だって乙なものさ♪」
繰り出される正論に全く怯まず、白鳳はあくまで花見決行を主張した。もっとも、白鳳とて単に道楽目当てで頑張っているのではない。非日常の行事なら、DEATH夫も多少ガードが緩み、状態を的確に把握出来るのではないかと考えたのだ。
「花見の席ではきっとDEATH夫も気を張らないから、いろいろ分かることもあるんじゃないかなあ」
一を聞いて十を知る。聡明なお供たちは、即座に白鳳の意図を理解した。
「・・・・確かに、DEATH夫はダンジョンでは決して隙を見せません・・・・」
「ゆえに、我々も異状の発見が遅れたんだ」
「いくらDEATH夫だって、花見では多少くつろぐかもしれないねっ」
「おうっ、どんちゃん騒ぎすっからよう」
「きゅるり〜」
気難しいDEATH夫は、自ら本音を漏らしたりしない。彼を知るには、こちらから積極的に策を巡らすしかなかろう。最終的に、神風も主人の提案を快く受け容れた。
「分かりました。早速、居間で準備を始めます」
「・・・・白鳳さまはDEATH夫をお願いします・・・・」
「うん、頼むね」
DEATH夫の枕頭に坐す白鳳を残し、スイを含む一同は居間へ姿を消した。作業の邪魔にならないよう、隔離されたとは夢にも思わず、白鳳はムダに使命感に燃えていた。
(マスターとして、看病を任されたんだから、頑張らなくちゃ)
しかし、病気や怪我とは違うので、実のところ、白鳳に出来るのは、DEATH夫を見守ることくらいだ。白鳳はおもむろに頬杖をついて、DEATH夫の寝顔を凝視した。いつもは流し目ひとつで睨まれるから、おちおち美貌に見惚れることも出来やしない。
(私よりはちょっぴり落ちるけど、やっぱこのコ、素晴らしい美形だなあv)
しばらくは殊勝にDEATH夫の様子を窺っていた白鳳だったが、所詮は腐れ××者。DEATH夫の容態が切羽詰まってないのも手伝い、良からぬ企みがむくむくと頭をもたげて来た。
(寝室には私とDEATH夫のふたりきり。このチャンスを逃す手はないよ)
居間に他の連中がいるし、大胆な睦み合いこそ不可能だが、キスくらいは余裕でいける。思いがけぬ好機が転がり込み、白鳳は一気にテンションが上がった。スイとハチが叩いても起きないのだから、邪念の塊が接近しようと、ちっとやそっとでは気付くまい。
「万が一、後でばれたとしても、長い眠りを覚ますべく、魔法のキスをしたってごまかせばいいや」
言い訳にすらならない屁理屈を吐き、白鳳は椅子を前に傾けた。これは健気な私に神が与えてくれたご褒美だ。目一杯、己に都合の良い解釈をして、白鳳はDEATH夫目掛けて身を乗り出した。が、相手の体調不良に付け込む所業に、味方する神などいない。
「・・・・白鳳さま・・・・」
「何やってんだ、はくほー」
「げげっ」
唐突に背後から呼びかけられ、白鳳は弓なりの姿勢のまま固まった。ぎこちなく首だけ後ろへ傾けると、雪ん子と小太りの虫の訝しげな視線が突き刺さった。
せっかくのお楽しみタイムに、とんだ邪魔が入ってしまった。白鳳は胸の奥でちっと舌打ちしたが、本心を気取られぬよう、殊更、にこやかに尋ねた。
「ど、どうしたの?ここは私だけで大丈夫なのに」
が、フローズンは白鳳の上擦った声に突っ込まず、躊躇いがちに用件を語り始めた。
「・・・・今のうち、伝えておきたいことがございます・・・・」
神風と並んで鋭いフローズンが、白鳳の不審な挙動を見逃すのは珍しい。何かあると察した白鳳は襟を正し、真摯な姿勢で彼らと向き合った。
「当然、DEATH夫絡みだよね」
「・・・・はい・・・・ですが、私とハチの勘に過ぎません・・・・」
「未確定情報だから、うっかり言えないよなー」
「・・・・ただ、白鳳さまには心に留めておいていただきたいと・・・・」
お調子者はともかく、石橋を叩いて渡らないフローズンが、未確定情報をわざわざ伝えに来るのは異例と言って良い。彼らの様子から喜ばしい内容とは思えないけれど、マスターたるもの逃げるわけにはいかない。
「そう。包み隠さず、話してみて」
白鳳に促され、フローズンとハチは視線を交わすと、うなずき合った。緊張を隠せない白鳳へ対し、先に口を開いたのはハチだった。
「ですおのご主人様は、すぐ近くに来てる気がすんだー」
「えええっ」
ハチが核心を鷲掴みにしたので、白鳳はびっくりして声を張り上げた。闘気や殺気とは異なる魔の気配は、本来、陽の気を持つ者には伝わらない。白鳳パーティーでは、フローズンとDEATH夫のみ察知出来るはずだ。しかし、野性の嗅覚はその壁を難なくすり抜けられる。ハチなら、一度だけ姿を見せた、DEATH夫のマスターの匂いを覚えていても不思議はなかった。
「お前の嗅覚にピンと来たんだね」
「んだんだ、この村に入った途端、鼻がむずむずしたかんな」
「・・・・未だかつてない強烈な陰の気を感じております・・・・」
ハチとフローズンのアンテナに狂いはなかろうが、上級悪魔がのこのこ降臨するとは、にわかに信じがたい。彼らもまた、半信半疑の部分があるため、表沙汰にせず、主人ひとりへの報告に留めたのだ。
「で、DEATH夫には教えた?」
「・・・・DEATH夫はとっくの昔に気付いています・・・・」
「そりゃまあ、陰の気の持ち主だもん」
「でもよう、オレ、ですおが分かんないぞー」
いっちょまえに腕組みして、首を捻るハチの仕草に笑みを漏らしつつ、白鳳は語尾をオウム返しした。
「分からないって」
「ホントにご主人様が側にいるなら、とっとと会いにいけばいいのによう」
「・・・・悪魔界を追放された経緯を思えば、すんなりと行かないのでしょう・・・・」
単純なハチにとって、DEATH夫のらしからぬ、煮え切らない態度が歯がゆくて堪らないらしい。だが、白鳳とフローズンには、DEATH夫の葛藤はよく理解出来た。氷のダンジョンの最奥へ、廃棄物扱いで捨てられたのだ。自らの落ち度は認めつつも、マスターの仕打ちに多少の不満は残るだろうし、許されて悪魔界へ戻れる保証はどこにもない。相手に迎える意思がないのに、のこのこ馳せ参じたら、とんだ道化ではないか。ひょうきんな珍生物なら、愛嬌たっぷりに懇願する手もあるが、プライドの固まりのDEATH夫に、そんな器用な真似が出来るわけもなく。
「誰もがお前のように、感情むき出しで動けるものじゃないよ」
「そっかなあ」
「・・・・DEATH夫の迷いの訳は、マスターとの微妙な関係だけでなく、いつの間にか、白鳳さまのパーティーと離れ難くなったせいもありそうです・・・・」
まだ納得しないハチの頭を撫でながら、フローズンが親友ならではの分析を付け加えた。DEATH夫の心境の変化にもっとも聡い、彼の分析はまず間違いない。すっかり気を良くした白鳳は、真紅の瞳を妖しく煌めかせた。
「ああ、麗しく上品な人間界のマスターに魅せられたばかりに、DEATH夫は深く苦しんでいるんだねv」
芝居がかった物言いで、白鳳は大袈裟に嘆息したが、無論、場を弁えない愚か者には、スノーレーザー並みの口撃が待っていた。
「・・・・寝言は寝てからおっしゃって下さい・・・・」
「が〜〜〜〜〜ん」
容赦なく全面否定され、白鳳はしょんぼり肩を落とした。ふたりと1匹の脱線混じりのやり取りを知る由もなく、DEATH夫は昏々と眠り続けている。
性懲りもなく、白日夢に浮かれる主人を、フローズンは呆れ顔で見遣ったが、すぐ表情を引き締め、改めて問題を提示した。
「・・・・DEATH夫の魂が僅かずつ限界へ近づいているのは明らかです・・・・」
「蜂蜜玉、毎日食ってんのによう」
「我々がいかに尽力しても、遅かれ早かれ、エナジーは枯渇してしまうのか。。」
「・・・・DEATH夫の封印を解けるのは、術者以外におりません・・・・」
昏睡状態になったら最後、人間界の智慧では救えないのは実証済みだ。DEATH夫が倒れる前に、一刻も早く、突破口を開かなければ。もはや、なり振りかまっていられないと、白鳳はある意味、究極の手段を提示した。
「よしっ、当地にいる間に、なんとかしてDEATH夫をマスターと再会させよう」
「・・・・無茶です、白鳳さま・・・・」
「だって、どう考えたって、これ以外、有効な方法はないよ」
プランナーと面会した白鳳は、悪魔との遭遇にも抵抗は薄かった。むしろ、良いオトコであれば、悪魔だろうと死神だろうと大歓迎だ。まあ、××者の趣味はさておき、白鳳の主張は正しい。DEATH夫を助けるには、ザ・ラックと直接対峙するしかない。
「オレもですおをご主人様と会わせてやりたいぞー」
”かあちゃん”を求め、旅して来たハチは、DEATH夫に強いシンパシーを感じるようだ。ハチのかあちゃんは幻だったが、DEATH夫のマスターは今、近くにいる。優しいハチが仲間の夢を叶えたいと願うのも無理はない。白鳳とハチに圧倒され、フローズンもマスターとの対面の可能性を探り始めた。
「・・・・もし、DEATH夫が不要なら、あの時、見殺しにしているはず・・・・マスターもDEATH夫に未練があると思われます・・・・」
「うん、手間暇かけて、人間界まで気を吹き込みに来たくらいだし、悲観することないよ」
副作用の具体的な兆候が現れた段階で、またもや動きを見せたのは、決して偶然ではあるまい。首尾良く、1対1まで持ち込めれば、DEATH夫の気持ちも解れ、案外、すんなり運ぶ気がする。
「なあ、ご主人様と仲直りしたら、ですお、帰っちゃうんか」
「・・・・恐らく・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
ハチの素朴な疑問は、白鳳の心をぎゅっと締め付けた。マスターは使徒を見切っていない。DEATH夫にとって、望ましい推論なのに、なぜか手放しで喜べなかった。いずれ、去る日が来ると覚悟はしていたけれど、上級悪魔のご機嫌次第だし、別れが真に迫ることはなかった。だが、今、選択した作戦は、100%離別を前提としたものだ。DEATH夫の無事と引き換えに、掛け替えのないメンバーを永久に失うかもしれない。悪魔界への帰還こそ彼の幸福と己に言い聞かせつつも、胸中の大波を持て余す白鳳だった。
TO BE CONTINUED
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