*花に嵐〜2*



フローズンとハチの報告を聞き、白鳳は改めてDEATH夫の離脱を、現実の可能性として認識した。諸行無常の喩え通り、世の中に、未来永劫変わらぬものはない。DEATH夫とて、現状を容認していても、本音は元の生活を取り戻したいに決まっている。長年、私心なく働いてくれた従者には、揺るぎない幸せを掴んで欲しい。もし、帰還の道が開かれるのなら、快く送り出してやらなければ。
(私より、フローズンやハチの方がずっと辛いよねえ)
不確定な情報をいち早く打ち明けたのも、親友を失う不安に耐えかねたせいだろう。ここでマスターたる自分が困惑を見せては、余計、気持ちを揺さぶってしまう。白鳳は出来る限り平静を保ち、励ますごとく彼らへ微笑みかけた。
「ハチ、しょんぼりしないの。事態がどう動くか、予断を許さないけど、DEATH夫の具合に配慮しつつ、成り行きを見守ろう」
「・・・・悪魔界へ戻ることが、DEATH夫の唯一無二の悲願ですし・・・・」
「むしろ、望みが叶うよう協力してあげなきゃ」
白鳳とフローズンの言葉は正論だが、幼いハチに感情のコントロールは難しい。しかし、誰かを求める想いを、もっとも理解出来るのもハチだった。”かあちゃん”探しは頓挫したが、DEATH夫がご主人様と会えれば、こんな嬉しいことはない。
「・・・うん、そだな」
ハチは寂しさを堪え、胸を張ったつもりで、太鼓腹を突き出した。ハチのいじらしい様子に、フローズンは眼を細め、触角が揺れる頭をそっと撫でた。白鳳もいつになく暖かく、丸っこい体躯を見つめている。
「・・・・私はそろそろ・・・・」
心中の気掛かりを吐露し、一応の方針も定まった。フローズンはほっとしたのか、吹っ切れた面持ちで、ドアノブへ手をかけた。あまり長く席を外しては、作業している仲間に申し訳ないと、働き者の雪ん子は疚しく感じているらしい。
「私だけに教えてくれてありがとう。でも、当地で勝負を賭けるなら、かえって、他のコにも子細を話した方がいいんじゃないかな」
限られた期間内に、マスターを捜し出し、DEATH夫と会う段取りをつけるのは、かなり厳しい。少ない頭数でこそこそ動いても、まず埒は明くまい。全員で力を合わせ、事に当たるべきだ。
「・・・・その辺りは、白鳳さまのお心のままに・・・・」
「私ももう少し検討してみるよ」
フローズンに判断を一任され、責任の重さに、白鳳の背筋へ冷たいものが流れた。何しろ、相手は上級悪魔だ。ここで対応を誤ると、DEATH夫の夢が潰えるどころか、最悪、メンバー全員落命しかねない。大まかな方向は示すとしても、あらゆる展開をシミュレートした、事前の作戦会議は欠かせないし、無論、DEATH夫自身の意思も確かめておきたい。
「・・・・では、後をよろしくお願いいたします・・・・」
「じゃあなー」
「え」
居間へ去り行く従者を見送ろうとした白鳳だったが、見れば、扉の前に佇むのはフローズンひとり。珍生物はいつの間にか、ちゃっかりチャイナ服の右肩へ陣取り、ぶんぶん手まで振っている。
「・・・・・・・・・・」
直前の慈愛の眼差しはどこへやら、白鳳はあからさまに眉をたわめた。冗談じゃない。ようやっと、DEATH夫との1対1の空間を取り戻せるのに、ブサなお邪魔虫に居座られてたまるものか。



お楽しみタイムを確保すべく、白鳳はハチの襟元をむんずと掴んで摘み上げた。宙ぶらりんのハチへ、先程とは打って変わって、ゴミでも見るような視線が向けられた。
「お前、なぜ、ここにいるわけ?」
「オレもはくほーと一緒に、ですおが起きるのを待つぜー」
邪険な扱いをものともせず、ハチは元気一杯に切り返す。己の不謹慎な発想を棚に上げ、白鳳はますます不愉快になった。もっとも、DEATH夫といかがわしい行為をしたいから、気を利かせて消えろというのは、子供には無理な話だ。ハチとのやり取りを後で神風たちが知って、集中砲火を浴びるのも避けたい。短気は損気。白鳳は苛立ちを抑え、作り笑顔でおっとり言いかけた。
「ハチの心遣いは嬉しいけど、私ひとりで十分さ。DEATH夫も間もなく起きるって」
決して、口から出任せで、ハチを騙くらかしてはいない。DEATH夫の気は、確実に正常へ戻りつつあった。残された時間は少ない。ゆえに、内心、白鳳はかなり焦っていた。
「うんにゃ、へっぽこなはくほーだけじゃ心配だ」
「・・・・お前にへっぽこ呼ばわりされたくないよ」
こめかみに青筋を立てながらも、白鳳は張り付いた笑みを崩さず、つやつやおでこを軽くつつくに留めた。ハチへの実力行使は禁物だ。うっかり、ハチの機嫌を損ねると、将来の××ライフにまで関わってくる。
(ハチの美容液が、あれほど効果があるなんて)
件の美容液を使い始めて以来、肌の調子はすこぶる良い。お肌の曲がり角に差し掛かった白鳳だが、白皙の美貌は衰えるどころか、潤いと輝きを増している。レアモンスターのローヤルゼリーパワーに加え、最期まで容姿が変わらない、男の子モンスター独自のエキスも配合してあるのかもしれない。ハチ謹製美容液で若さ美しさを保てれば、いつまでもイケメンとのラブアフェアを堪能できる。若く美しい現状でも、狙った獲物にことごとく逃げられてるにもかかわらず、能天気な白鳳は本気で薔薇色の未来を夢見ていた。
(全ては奇跡の美容液のためv追い出すにしても、力ずくでなく、自発的に去らせなきゃ)
美容液作りのモチベーションを落とさず、且つ、力業を使わず、ハチを退場させるには、いかにアプローチすべきか。白鳳はしばし思案していたが、オトコ絡みだと途端に頭が冴える。ふと、絶好のアイディアが閃いた。
「ねえ、ハチは今から寝だめしとかなくていいの?」
「なんだよう。昼寝の時間はまだだぞー」
いきなり、寝だめと言われても、ランチさえ食べていない。白鳳の黒い意図を見抜けず、ハチはどんぐり眼を見開いた。胸元を上下するちっこい身体を見遣ると、白鳳は噛んで含めるごとく、寝だめの根拠を語り始めた。
「DEATH夫が眼を覚ましたら、夜桜鑑賞へ行くんでしょ」
「おう、夜桜キレイだろーなー」
団子命のハチにも、花の美しさは分かるようだ。
「よ〜く、考えてごらん。毎日、お前は晩ご飯が済むと、程なく就寝してるじゃない」
「オレ、早寝早起きだかんな」
日課の蜂蜜集めのため、ハチは大雨の日を除き、必ず5時台に起床して、近くの花畑へ出掛けて行く。健全そのもののハチの生活は、夜更かしとは無縁で、9時前にご老公漫遊記が終わるやいなや、もうあくびが出る始末だ。そして、一旦眠りに落ちたら、まず翌朝まで起きることはない。
「今日は夕方から外出なので、食事も遅くなるし、当然、日頃の生活ペースとは異なるよ」
「へ?」
「そう、ちょうど宴が盛り上がった頃、お前は睡魔に襲われるんだ」
白鳳の声音も仕草も、妙におどろおどろしく、ハチの不安を掻き立てる。
「ま、待っちくりっ、途中で眠ったら、はくほーのおべんとっ」
「今日のため、腕を奮ってこしらえた十段重ねの弁当を平らげることなく、寝こけちゃうハチ。あ〜あ、可哀想に」
「げげーん!!」
目一杯意地悪く締め括られ、ハチはショックのあまり、”叫び”のポーズのまま、空中で硬直している。豪華十段重ねのお重は、食いしん坊のハートを直撃するのに、最適過ぎるネタだった。



てんこ盛りのご馳走を前に、みすみす眠ってしまうのは死ぬより辛い。涙目になったハチは、宿中に響き渡るような叫び声をあげた。
「イヤだ、イヤだっ、はくほーのおべんと、全部食うまで寝るもんか〜〜〜〜〜っ!!」
極限まで追い詰めれば、残り一手でチェックメイトだ。全て脳内の段取り通りに進み、白鳳は満足げに口元を緩めた。所詮は脳みそ3グラム。こちらのレールへ誘導するのは容易いし、お目付役不在の幸運に恵まれたことも大きい。鼻水まで垂らし、大泣きする様に、笑いを噛み殺しながら、白鳳は親切ごかしてアドバイスした。
「バカだねえ、泣かなくても大丈夫。今から寝だめしたら、きっと遅くまで起きていられるさ」
「寝だめ?」
「昼ご飯には起こしてあげる。で、食後の昼寝で完璧ってわけ」
「よっしゃ、オレ、すぐ寝だめする」
ハチは一も二もなく、白鳳の意に添う宣言をした。すっかり気を良くした白鳳は、手元のテイッシュで、ハチの鼻をかんでやった。
「素直で良いコだね、ハチ。特別に花見団子も追加しなきゃ」
「おおお、やた〜♪」
せっかく、翻意させたハチが心変わりしないよう、白鳳はだめ押しのおまけを付けた。十段重ねのお重のみならず、団子までゲットし、ハチは真っ白な歯をむき出して有頂天だ。興奮し過ぎて眠れないのではと、ちょっぴり心配になったが、DEATH夫とふたりきりになれれば、後は知ったこっちゃない。
「そうだ、スイに一緒に休むよう伝えて」
「ほい来た」
小動物の生活は結構、消耗が多いのか、スイも幼児並みの睡眠が必要だ。夜桜見物に参加させるなら、ハチ同様、事前の寝だめは欠かせない。仮にハチが途中で力尽きても構わないが、弟には最後までイベントを堪能させてやりたかった。
「ミニ寝床の用意は、フローズンに頼めばいいよ」
「おうっ、花見団子、楽しみだなー」
かあちゃん入魂の至高の料理を夢見て、ハチは高笑いと共に隣室へ消えた。なんとかお邪魔虫を追っ払い、清々した白鳳はしなやかに伸びをした。
「やれやれ、これでまた、二人の世界になったよ」
暴れうしの突進を遮るものは最早ない。欲望のまま、好き勝手に突っ走るだけだ。万が一、DEATH夫が悪魔界へ帰還すると、普通に会うことすら叶わなくなる。手が届くうちに、僅かな機会を生かして何が悪い。ふてぶてしく開き直った白鳳は、期待に胸と股間を熱くさせ、ピクリとも動かないDEATH夫を見つめた。
「睡眠中なのはやや不本意だけど、贅沢言ってられないし」
いくら白鳳でも、寝ている相手に手を出すのは、気乗りしなかった。もちろん、良心が咎めたわけではない。痛む胸があるくらいなら、胡散臭い薬を駆使して、ターゲットを搦め取ったりしない。白鳳にとって、繋がる過程での獲物の多彩な反応こそ、行為の醍醐味のひとつだった。驚愕、困惑で始まり、屈辱、絶望を表しつつ、果ては快楽に堕ちて行く相手を見るたび、白鳳は黒い満足に酔いしれるのだ。とは言うものの、DEATH夫と真っ向から闘って、力で押し倒せるはずがないし、悪魔の使徒には毒物も効かないと来ている。この際、綺麗事や理想は捨て、降って湧いたチャンスを、がっちりモノにしよう。白鳳は再び身を乗り出し、DEATH夫の真上20センチで、慎重に位置調整をした。これで上体の力を抜けば、ナチュラルに口づけ可能だ。
「うっふっふ、いただきま〜すv」
軽く舌なめずりすると、白鳳は豪快にベッドの海へダイブした。ほんの0.5秒経てば、濃厚なキスシーンとあって、頭の中はお花畑、鼓動は早まる一方だ。ところが、栄光を目前にして、いきなりDEATH夫の金の瞳が開いた。
「げげっ」
安心し切っていた白鳳は、予想外の展開に焦ったが、幸か不幸か落下した肢体は止めようがない。もうヤケだ。事後の制裁は考えず、最低限、唇だけでも奪っておけ。自爆覚悟で特攻した白鳳だったが、死神は起き抜けとは思えぬ素早さで体をかわし、紅唇は無様に枕へ沈んだ。



邪心のないスイやハチが叩いた時は、眼を覚まさなかったが、不浄で腐ったオーラは、DEATH夫の五感を極限まで高めたらしい。またしても野望が潰え、白鳳は半身を起こしつつ、悔しげに唇を噛んだ。
「く〜っ、後ひと息だったのにっ」
「バカが」
DEATH夫は愚か者を冷たく一瞥したが、ふと、窓から差し込む陽光へ眼を留めた。
「・・・・陽が高いな」
訝しげな呟き。度を越した寝坊に納得していないのは明らかだった。
「そろそろ、正午だもん。DEATH夫が起きたから、私はお食の支度をしようかな」
DEATH夫の方が話題を変えたのをいいことに、白鳳は早くも逃げの態勢に入った。お楽しみタイムの夢が壊れた今、1対1でいるのはむしろ命取りだ。神風たちのお小言攻撃も憂鬱だが、DEATH夫の武力行使はもっと怖い。
「他の連中は」
「忘れたの?今日は花見だよ。DEATH夫がずっと寝てたせいで、夜桜鑑賞へプチ変更になったけど」
DEATH夫自身も気付いているからこそ、白鳳は敢えて破綻の兆しに触れなかった。それに、しつこく問い詰めたところで、DEATH夫は真の体調を教えてはくれまい。情報が提供されない以上、メンバーの手腕で察知するしかない。とにかく、まずはDEATH夫を花見に参加させ、現状での危険度を正しく把握しよう。が、相変わらず、戦闘以外関心のないDEATH夫はベッドを離れると、面倒そうにそっぽを向いた。
「俺は真っ平だ。お前らで勝手に出掛ければいい」
「ノンノン、イベントはパーティー皆で楽しまなきゃ」
「ふん、くだらん」
けんもほろろなセリフに、白鳳はふうっと息を吐いた。予想はしていたが、まるっきり取りつく島もない。ハチみたいに花より団子ならまだしも、夜桜鑑賞にDEATH夫を惹きつける要素は皆無だ。たった30秒の攻防で、白鳳は己の発想や話術の限界を悟った。
(こりゃあ、私だけで頑張ってもダメっぽいや)
例外も約1匹いるが、従者は思慮深く、賢いコばかり。3人寄れば、文殊の知恵なのだから、全員集まれば、説得力ある意見も飛び出すに違いない。DEATH夫を花見へ参加させるべく、白鳳は扉をぱんと開け放ち、大声で隣室の援軍を呼んだ。
「ちょっと来てっ、DEATH夫が起きたよ〜っ」
白鳳の呼びかけに応じ、瞬く間に、スイとハチまで含めた仲間が、どやどやと寝室へ駆け込んで来た。


TO BE CONTINUED


 

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