*花に嵐〜3*



陽は姿を隠したけれど、まだ暮れ残る空の下、白鳳パーティー4人と2匹は公園入口へ辿り着いた。微妙に人員が少ないのは、場所取り要員のオーディンとまじしゃんが、昼食後すぐ出立したせいである。大陸でも高名な花見のメッカだけに、夕方からのこのこ行って、いい席が残っているはずもない。公園行きのうしバスすら長蛇の列で、さんざん並んだ末、ようやくもぐり込めたのだ。
「ひえ〜、すっげー混んでんなー」
「予想以上の人出です」
「きゅるり〜っ」
苦労の甲斐あって、咲き誇る桜が雅やかに迎えてくれた。見上げれば、飾り付けた提灯へ火が灯り始め、満開の花を幻想的に浮き上がらせている。本来ならうっとり和むところだが、賑わいを通り越した凄まじい人いきれに、一同はすっかり圧倒されていた。真っ直ぐ進むことも叶わぬ惨状に、あちこちで悲鳴や怒声が響き渡り、正直、和みとは程遠かった。
「この様子だと、遠国からの観光客も多そう」
「・・・・大陸一のお花見の名所ですので・・・・」
「迷子にならないよう、お互い気を付けましょう」
四方からの激しい圧迫に耐え、荷物をガードする神風が皆へ言いかけた。気を抜けば、不規則な人波に呑まれ、あっけなく同伴者とはぐれかねない。万が一、誰かが行方不明になっても、達人揃いの従者ゆえ、所在は気で探れるだろうが、先発隊と合流していないのに、タイムロスは極力、避けたかった。
「中央広場はこっちだよっ」
しなやかな腕で弧を描き、白鳳は進むべき方向を示した。事前の打ち合わせ通り、オーディンとまじしゃんは、広場のどこかでスペースを確保したはずだ。とにかく、彼らを見つけ出してひと息つきたい。強引に人混みをかき分けつつ、白鳳は率いるメンバーを改めてチェックした。大きな風呂敷包みを両手に持った神風と、シート等の小物を抱えたフローズンは、すぐ後ろを歩いていた。小柄なフローズンを庇い、巧みに誘導する紺の袴姿が凛々しい。
「ま、神風、フローズンは心配ないね」
小声で呟くと、白鳳は己のチャイナ服の肩先を見遣った。緑の小動物がちんまり坐し、傍らを飛び交う小太りの虫とふざけあっている。
「よしよし、スイとハチも元気一杯」
午前と午後にたっぷり寝だめしたおかげで、2匹とも活力MAXだ。これなら、夜の宴会で力尽きる懸念もあるまい。明朝くらい、ハチに蜂蜜集めを休ませたっていい。派手に盛り上がる宴の光景を思い浮かべ、口元を綻ばせた白鳳だったが、ふと、最後尾の死神がいないことに気付いた。
(あれ・・・・DEATH夫)
長身に特長ある帽子が視界に入らないわけがない。不吉な予感に、白鳳の鼓動は不規則に高まって行く。
「ねえっ、DEATH夫は!?」
とても平静ではいられず、声が微妙に裏返ってしまった。白鳳に指摘され、皆も慌ててあたりを見渡したが、DEATH夫の姿は影も形もない。
「げげーん!!ですおが消えたぁ」
「いつの間に」
「・・・・つい、さっきまではいたのですが・・・・」
「きゅるり〜っ」
注意深い神風やフローズンまで、DEATH夫失踪を見落としたのだから、公園の混雑ぶりが推して知れようと言うものだ。にしても、到着するやいなやアクシデント発生で、楽しいイベントに早くも暗雲が立ちこめた。



DEATH夫を発見するまでは、花見も宴会もお預けだ。白鳳たちはその場に留まるため、やむなく、広場へ続く人の渦を抜けた。入り口近くの大木の根元で、相談するメンバーの頬を、ひんやりと風が掠めた。 
「私の油断でした。申し訳ありません」
責任感の強い神風は、自分の落ち度だとばかり、何度も頭を下げている。傍らのフローズンは可憐な顔を伏せ、悲しげにつぶやいた。
「・・・・せっかく、参加まで漕ぎつけたのに・・・・」
戦闘以外興味ない、DEATH夫を連れ出すのは一苦労だった。全員が説得に努め、どうにか重い腰を上げさせたのだ。無論、DEATH夫が助言を受け容れたわけではない。花見の楽しさをいくらアピールしても、彼は耳を傾けなかった。にもかかわらず、なぜ、ついて来たかと言えば、白鳳と仲間のしつこさに根負けしたのが大きい。元々、最低限の会話しかしないDEATH夫は議論は苦手だし、相手を言い負かす術も知らない。コミュニケーション嫌いのDEATH夫は、5人と2匹から、ずっとやいのやいの言われるより、承諾して黙らせた方が遙かにマシと感じたようだ。
「ったく、これじゃあ、何にもならないじゃない」
「きゅるり〜」
「ですお、美味いおべんとも団子も要らないのかよう」
「まだ遠くへは行っていないはずです。気を探ってみます」
「・・・・私も・・・・」
DEATH夫の現在位置を調べるべく、神風とフローズンが背筋を伸ばした。研ぎ澄まされた五感を持つふたりなら、必ず陰の気を探り当ててくれよう。白鳳はスイ、ハチと共に、精神集中する彼らをじっと見守った。
(どうか、DEATH夫が見つかりますように)
今回のイベントは単なる娯楽ではない。DEATH夫に参加を強いたのは、封印の悪影響の程度を正しく認識したいからだ。判定により、一行の先の予定も変わってくる。スイの解呪は大切だけど、命をすり減らす従者を放っておくことは出来ない。危機が差し迫っていれば、たとえ捕獲を中断しても、適切な処置を施さなければ。
(ただ、あのコが素直に助言を聞いてくれるかなあ)
山あり谷ありの道中を経て、DEATH夫は着実にパーティーに馴染みつつある。が、誇り高い彼は、決して同士に頼ろうとしなかった。生まれ持った性格に加え、己の実力に対する絶対的な自信が、甘えを拒否させているのだろう。DEATH夫の頑なさはある意味、以前の自分を見るようで、白鳳は身に詰まされた。かつては、スイへの自責の念ゆえ、独りで解呪を成し遂げるのが当然だと気負っていた。差しのべられた手に感謝するどころか、冷たく払いのけてしまったことさえあった。しかし、お供との密な交流や、いくつかの出会いのおかげで、白鳳はちょっぴり肩の力を抜くことを覚えた。ひとりの能力には限界がある。時には周囲に任せ、休息することも必要だ。難儀を丸投げ出来る優れ者を得て、白鳳の旅は軌道に乗った。もう、山積みの荷物を抱え、無様に倒れたりはしない。
(DEATH夫ももう少し楽をしたっていいよね)
白鳳とは潜在能力も立場も違うものの、DEATH夫とて万能ではない。ダンジョンを一歩出れば、生活スキルゼロのDEATH夫は、まるっきり役立たず。彼が人間界で問題なく過ごせるのは、的確なフォローあってこそではないか。偉そうにしているが、実際はメンバーにおんぶに抱っこと認識すべきだ。何も感謝してもらいたいのではない。現状を認めることで、全てを独力で片付けるのは無理と分かって欲しかった。白鳳兄弟にとっても、仲間にとっても、今のDEATH夫は掛け替えのない存在だ。プライドと意地で突っ張った果ての、取り返しの付かない事態は避けたかった。



DEATH夫の気を求め、アンテナを張り巡らせていた神風とフローズンが、ほぼ同時にふうっと息を吐いた。彼らの表情が曇ったのを見て、白鳳、ハチ、スイは探索の不首尾を悟った。
「残念ながら、DEATH夫の気は全く感じ取れません」
「・・・・恐らく、見つからないよう、気配を消しているものと思われます・・・・」
神風とフローズンの状況説明が終わり、小動物コンビは嘆きの声を張り上げた。
「ですお、冷たいぜーっ」
「きゅるり〜っっ」
「はああ、困ったなあ。。」
DEATH夫は姑息な策を弄するタイプではない。よって、故意に行方をくらましたとは思えないが、花見客の波に流され、偶然はぐれてしまえば、連れを積極的に探したりすまい。
「解決の糸口を作れず、無念です」
「・・・・まだまだ修行が足りません・・・・」
「ふたりのせいじゃないよ。DEATH夫がマジで気を隠したら、それこそ上級悪魔でもない限り、探れっこないって」
従者にこれっぽちも責めはない。マスターたる自分が、DEATH夫をがっちり捕まえておかないのが悪い。たとえ、疎まれ睨まれようと、恋人同士みたいに腕を組んで歩けば良かった。正に、趣味と実益を兼ね、一石二鳥だったのに。
「・・・・いかがいたしましょう、白鳳さま・・・・」
新たな方針を求め、フローズンがおずおずと尋ねた。陰の気は発見出来なかったけれど、DEATH夫捜索を諦めるわけにはいかない。
「私が公園の外へ出て、探してみましょう」
「おうっ、オレも手伝うかんな」
白鳳の指示を待たず、責任感の強い神風が真っ先に申し出た。羽があるゆえ、大胆に動けるハチも後へ続く。DEATH夫は生活能力皆無なので、うしバスに乗って宿へ戻るルートはあり得ない。公園より続く道筋は限られており、地道に足で探すのはかえって効果的かもしれない。従者の提案に賛同しかけた白鳳だったが、ハチのぽっこりお腹を見遣るうち、ふと、重大なことを思い出した。そうだ。珍生物にはこういう場面でこそ輝く、特殊能力があるではないか。
「わざわざ、神風が歩き回らなくても平気さ。ハチの嗅覚を使おう」
「あ」
「・・・・DEATH夫不在に動揺するあまり、失念しておりました・・・・」
「きゅるり〜」
野性の本能は食材に限らず、一度覚えた匂いを絶対忘れない。DEATH夫が完璧に空気と同化しても、ハチの追跡だけは逃れられないだろう。今度は間違いなくDEATH夫を探し出せる。3人と1匹はハチへ熱い眼差しを注いだ。一同のただならぬ期待を感じ、ハチはごん太眉毛を八の字にして、照れ笑いをした。
「でへへー、そんなに見つめるなよう」
「ムダに照れてないで、とっととDEATH夫を見つけて来な」
「あてっ」
DEATH夫探しに囚われ、ブサ可愛さを堪能する余裕がない白鳳は、ハチに強烈なデコピンをかました。もちろん、主人の理不尽な制裁を見過ごす仲間ではない。皆は口々に白鳳へ小言をぶつけた。
「白鳳さま、それが頼み事をする態度ですか」
「・・・・ハチの嗅覚は、最後の手段なのです・・・・」
「きゅっ、きゅるり〜っっ」
「うるさいねえ、分かってるって。ほら、ハチ、DEATH夫を連れ戻したら、超豪華なご馳走が待ってるよ」
お目付役&スイの叱責にも白鳳はさして悪びれず、おでこをさするハチへ明るく声をかけた。
「よ〜しっ、オレはやるぜっ!!」
白鳳に成功報酬をチラつかされ、気の良い食いしん坊は任せとけとばかり、ぱあんと腹鼓を叩く。十段重ねの弁当と花見団子を夢見て、ハチははじけ豆よろしく飛び出して行った。



ちっこい体躯はすぐに豆粒となり、夕闇に紛れた。朗報を待ちつつ、白鳳は老若男女でごった返す場内を見遣った。幾度、眼にしても、慣れない人の渦。先発隊は無事、場所をキープ出来ただろうか。もっとも、パーティーが揃わないと、中央広場へ移動することも能わず、確かめようがない。先の予定もあるし、ハチには少しでも早くDEATH夫を見つけてもらわなくては。とは言うものの、派遣したのが神風なら、鼻歌混じりで待機していられるが、ハチなだけに、不安が拭い切れない。DEATH夫に呼びかけた瞬間、一撃でのされたら、せっかくの最善策も水の泡だ。
「ちゃんと務めを果たせるかな。なにしろ、大陸一のへっぽこだし」
白鳳の本音丸出しの呟きへ、神風が間髪を容れず切り返した。
「ハチも白鳳さまだけには、言われたくないと思います」
「ちょっとぉ、それ、どういう意味!?」
「・・・・ノーコメントです・・・・」
「きゅるり〜。。」
どういう意味もこういう意味もない。全員の心中を包み隠さず、形にしたに過ぎない。真っ当な意見を返されたのに、逆切れする白鳳を、フローズンとスイが生温かく眺めている。と、その時。彼方から聞き慣れた、ひょうきんな声が響き渡った。
「うお〜い、ですお、いたぞ〜っ」
仲間の期待に応え、ハチは10分も経たないうちに、DEATH夫を発見した。公園周辺は人混みが酷くて、さして遠くへ行けなかったのだろう。いきなり突撃せず、報告に戻ったのは、脳みそ3グラムとは思えないあっぱれな判断だ。
「おや」
「あっという間でした」
「・・・・良かった・・・・」
「きゅるり〜♪」
押し合いへし合いを尻目に、ふんわり浮遊するハチの頭を、たおやかな手が撫でた。
「よくやった、ハチ。お前はやればできるコだと思ってたよ」
「えっへん」
直前まで大陸一のへっぽこ呼ばわりしていたくせに、現金なものだ。己を棚に上げた白鳳の評価を知る由もなく、単純なハチは褒められて、誇らしげに腹を突き出している。でも、発見のみで満足するわけにはいかない。速やかに本人と対面すべく、フローズンが案内を促した。
「・・・・DEATH夫は・・・・」
「こっち、こっち」
ハチの誘導に従い、白鳳たちは四苦八苦して人壁を横断した。予想に反し、DEATH夫はまだ公園を出ていないらしい。メンバーは桜並木を後に、小走りで池の方へ向かった。池へ続く道にも桜は見受けられたが、宴会に適さない場所ゆえ、一気に人がまばらになった。
「すいぶん、行き来が楽になりました」
「公園内をライトアップしてあるのも助かるよ」
「・・・・これでしたら、DEATH夫も闇夜の鴉になりません・・・・」
しんどい移動も、当てのない捜索から出迎えに変わったせいで、一同の表情に安堵感が漂っている。小道を抜け、池の全景が臨めるあたりで、不意にハチが高らかに告げた。
「ですおはあそこだぞー」
雪ん子の言葉通り、池のほとりで、黒ずくめのシルエットが灯りに照らされていた。ハチの動向を知りながら、逃げも隠れもせず、泰然と闊歩しているのが彼らしい。
「あっ」
「いましたね」
「・・・・なぜ、池になど・・・・・」
「きゅるり〜っ」
DEATH夫は仲間たちに気付き、ちらと視線を流したが、自ら歩み寄る素振りは見せなかった。迷惑をかけた自覚すらない、ふてぶてしい態度を目の当たりにすると、マスターとして胸が痛む。
「いったい、あのコは何を考えているのかなあ。。」
彼を真底、案じる皆の誠意が、通じていないのだろうか。違うと否定したくても、具体的な証を立てられず、気持ちが挫けそうになる白鳳だった。


TO BE CONTINUED


 

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