*花に嵐〜4*



白鳳には分かっている。本来、自分は集団を統率する器ではない。我が儘で奔放な性格は、むしろ、グループの足を引っ張るタイプ。かつて属したパーティーでも、××ネタを抜きに、さんざん揉め事を起こして来た。もし、スイの解呪がなければ、お供を率いることなど決してなかっただろう。白鳳パーティーが完璧に機能しているのは、メンバーの巧みなフォローあってこそ。特に、優れたリーダーの資質を持つ神風、オーディンの存在は、主人の弱点を補って余りあるものだ。一人前のマスターを目指し、努力はしているものの、未だ自爆も多い白鳳にとって、悪魔界の住人は正直、荷が重かった。
(上級悪魔と比べたら、DEATH夫が私をマスター扱いしないのは当然かなあ)
捕獲の手助けはしていても、彼の場合、一宿一飯の対価であって、主従関係とは程遠い。加えて、白鳳自身、あれこれ指図されるのを好まないので、DEATH夫が鬱陶しく感じる気持ちも理解出来る。さすがに、近頃は金の眼光に怯まなくなったが、彼と接する時、らしからぬ緊張に襲われることも多かった。他の男の子モンスターと異なり、悪魔の使徒には、身に付けた交流パターンがほとんど生かせない。当たり障りない発言で激怒させたり、逆に、禁句を言ったと後悔したら、快く受け容れられたり、DEATH夫とのやり取りは驚きの連続だった。陳腐なマニュアルが通用しない、意外性に満ちたオトコ。ある意味、獲物としては魅力的なのだが、従わせるのは至難の業だ。果たして、ここでいかに意見すべきか。花見に隠された狙いがあるゆえ、白鳳はマジで頭が痛かった。
(甘やかさず、ビシッと叱った方が・・・・でも、万が一、機嫌を損ねたら、皆の苦労が水の泡だし・・・・かといって、不問に付すのはちょっと・・・・)
人間界に滞在する以上、DEATH夫ひとり特別扱いする気はないが、夜桜鑑賞を拒否されるのは困る。DEATH夫を不快にさせないで、且つ、マスターの威厳も保てる決めゼリフが欲しい。が、そんな都合の良いフレーズが閃くはずもなく、白鳳は小道の出口をウロウロするばかり。ちっとも前進しない紅いチャイナ服を見捨て、フローズンとハチは一直線に池へ駆け寄った。DEATH夫は水面に漂う蓮の葉をじっと見つめている。
「・・・・DEATH夫、探しましたよ・・・・」
「美味そうな魚でもいるんか」
「フローズン、ハチ」
友の呼びかけに、DEATH夫はゆるりと振り返った。発見されて眉を顰めるでもなく、淡々としている。やはり、故意に失踪したのではなさそうだ。
(単にぼんやりしてて、はぐれちゃったのが真相かも)
ダンジョンを一歩出たら、やる気ナッシングのDEATH夫である。強引に連れ出された公園内で、勘も注意力も働かせてはいまい。激しい人波のうねりに流され、彼の意思とは無関係に、いつの間にか仲間と引き離されていたのだろう。悪い方向に勘繰って落ち込んだが、単なるアクシデントだったと知り、白鳳は気を取り直した。どうも、DEATH夫絡みの出来事だと、柄にもなくナーバスになってしまう。
(ただのうっかりミスなら、フローズンたちに任せた方がいいや)
対応を悩んだ時間はムダになったが、DEATH夫に悪意がないと判明した以上、のこのこ出ていく必要はない。白鳳は神風、スイと共に、敢えて立ち止まったまま、語り合う彼らを見守った。
「・・・・この混雑では仲間を見失って当たり前です・・・・」
「人混みは鬱陶しい」
「食いもんなら、埋もれるほどあってもいいけどよう」
無事、探し当てて安心したのか、フローズンとハチもDEATH夫を責めはしなかった。とにかく、宴会に同席させなければ、話にならない。イベントの気安さに紛れ、DEATH夫の体調をしっかり見極めることが第一の目標。更に、白鳳はDEATH夫のマスターが当地へ来ていると、神風、オーディン、まじしゃんに伝えるつもりだった。きっと、DEATH夫は烈火のごとく怒るだろう。しかし、脅されても切り刻まれても、これだけは譲れない。封印の副作用からDEATH夫を救うには、術者の力が不可欠だ。彼をマスターと再会させるため、ひとりでも多くの助け手が欲しかった。



フローズンとハチにマスター降臨を知らされ、白鳳は徐々に別れの覚悟を固めつつある。封印が解かれ、悪魔界への帰還が叶うのなら、DEATH夫にとって最高のエンディングだ。仮初めの主従関係であろうと、彼は十分、白鳳兄弟のため尽くしてくれた。最強の戦士を失うのは痛いが、これ以上、白鳳サイドの都合で、DEATH夫をパーティーに縛り付けることは出来ない。
(とは言うものの、事態がどう転がるか、分からないからなあ)
白鳳、フローズン、ハチは、DEATH夫が一番望む結末を想定し、心の準備をしているけれど、ザ・ラックの真意が判明しない現在、先の展開は予断を許さない。再会の場で、DEATH夫が直接、引導を渡されるケースもあり得るし、悪魔の怒りを買って、全員始末される可能性すらゼロではない。実のところ、この問題に首を突っ込むのは、かなり無謀な賭けだった。小動物と化した弟を見るたび、白鳳は人智を超えた力の恐ろしさを、痛感せずにいられない。にもかかわらず、お供まで巻き込んで動き始めたのは、件の夜の出来事が忘れられないからだ。もし、DEATH夫を完全に見放していれば、わざわざ助けにくるはずなかろう。
(それに、あのキスは・・・・)
気を吹き込む機械的な作業には見えなかった。ギャラリーだった白鳳を妬かすほどの愛人オーラをはっきり醸し出していた。暴れうしの突進で自爆を繰り返す白鳳だが、第三者としての観察眼は的確で鋭い。××野郎の勘が、彼らの縁は切れてないと告げている。月下氷人になるのは不本意だが、長年、仕えてくれたDEATH夫のためなら話は別。心強い援軍の協力を得て、速やかに作戦を進めていこう。尽力が功を奏し、DEATH夫が離脱した後は、しばらく差し障りが出るに相違ない。でも、おのおの少しずつ補い合っていけば、きっと穴を埋められるはずだ。
(戦闘面のみならず、仲間不在の心のケアも欠かせないね)
特にDEATH夫と親しかったフローズン、ハチの喪失感は想像に難くない。もっとも、今のフローズンにはオーディンがいる。白鳳が出しゃばっては、かえってお邪魔虫になりかねない。親友と恋人ではポジションが違うが、ふたりの仲を進展させるよい機会だ。オーディンの人となりはDEATH夫も認めているし、雪ん子の心の傷はいずれ癒えるだろう。むしろ、白鳳のフォローを必要とするのは、幼いハチの方かもしれない。日頃は浮かれポンチだが、懐っこく情が深いだけに、寂しさもひとしおと思われる。
(ま、かあちゃん呼ばわりも、1日1回くらいなら我慢するか)
仲良しのスイの支えもあろうが、不本意ながら心の母となった以上、知らん顔は許されない。ハチはパーティーの平穏無事を象徴するムードメーカー。ハチが明るく笑っていられる状況を作り出すことも、マスターの大切な務めのひとつだった。
「白鳳さま、DEATH夫たちが戻って来ました」
「えっ・・・そ、そう」
「きゅるり〜」
物思いに耽るあまり、ふたりと1匹が池から戻ったことに気付かなかったらしい。神風に声をかけられ、白鳳はぎくしゃくと振り返った。フローズンとハチの背後で、黒衣の長身が気怠げに佇んでいる。
「・・・・お待たせいたしました・・・・」
「はくほー、ですおを叱らないでくりや」
「はいはい」
DEATH夫の胸元で、へこへこ頭を下げる虫のひょうきんな仕草に、白鳳は口元を緩めつつうなずいた。DEATH夫の失跡が不注意の産物と分かり、もう白鳳に怒りはない。かえって、戦闘時とのギャップに可笑しささえ感じていた。
(ダンジョンを離れると、案外、おまぬけなんだ)
もちろん、DEATH夫に対し、そんな軽口を叩けるわけがない。密かにひとりごちるのが精一杯だったが、いきなり、白鳳の胸中を代弁する勇者が現れた。
「でもよう、皆とはぐれるなんて、ですおはオレよりおまぬけだなー」
「げっ!!あのスットコドッコイ、なんて暴言をっ」
「きゅるり〜っ」
言いたくても言えなかった禁句を、ハチはあっさり形にした。誇り高いDEATH夫の反応が怖くて、白鳳は顔から血の気が引いた。イベントがつつがなく終了するまで、DEATH夫を刺激したくないのに。取り敢えず、彼の逆鱗に触れたら、ハチと一緒に土下座でも何でもして、場を収めなくては。



DEATH夫の一撃に備え、ハチを避難させるべく、白鳳はたおやかな手を差し出した。修羅場を恐れ、へっぴり腰の白鳳に引き換え、ハチは暢気に空間を漂っている。
「ほら、おいで、ハチ」
「どうしてだよう」
「あんな身も蓋もない表現をして、DEATH夫に悪いじゃない」
自分だって同じ感想を抱いていたくせに、おくびにも出さず、白鳳はハチをたしなめた。ここでワンクッション置いて、DEATH夫の怒りを多少、和らげよう。ところが、眼前の死神は手を出すどころか、ハチをひと睨みもしない。過激な実力行使を想定し、身構えていた白鳳は、すっかり拍子抜けだった。
(おかしいなあ)
訝しむ白鳳を尻目に、ハチはDEATH夫の帽子に乗って、大きく伸びをしている。そこまで好き放題されても、DEATH夫は顔色ひとつ変えなかった。彼の中で、ハチはすでに空気の一部らしい。一般人相手なら、空気扱いは良い待遇と限らない。しかし、DEATH夫の場合、パーソナルスペースが著しく広いだけに、胸ポケットで昼寝して怒られない、ハチのポジションはフローズンに準ずる優遇と言えた。
(もし、私がおまぬけ発言すれば、半殺し程度では済まなかったよ。。)
白鳳は今更ながら激しい敗北感に襲われた。親友のフローズンは別格として、仮にもマスターなのに、ハチに400%負けている。そりゃあ、今までの経緯を振り返ると、当然かもしれない。ハチはDEATH夫と親しくなりたくて、邪険にされてもめげず、アプローチし続けた。白鳳たちのDEATH夫への印象が変わったのは、ハチの功績による部分も大きい。真摯に努力した者が、それに見合う成果を上げた。頭では理解出来るけれど、明らかな差を見せつけられると寂しかった。
「はあ、DEATH夫絡みだと、己の力不足を痛感するなあ」
額にかかった前髪を払い、白鳳はため息と共にぼやいた。と、その時。スイがいない側の肩へ、じんわり温もりが広がった。振り向くと、紺袴の忠臣が優しく微笑んでいた。
「がっかりすることはありません」
「神風」
「きゅるり〜」
神風の励ましに呼応して、スイも高らかに声を張り上げた。DEATH夫には聞こえない程度の小声で、神風はこそっと囁いた。
「DEATH夫だって、白鳳さまが来てくれて、内心、満更でもないはずです」
フローズンとDEATH夫は、ハチの熱い団子語りに付き合わされているようだ。こちらの会話が聞こえる心配はあるまい。彼らから視線を戻すと、白鳳は弱々しく切り返した。
「そうかなあ。かえって、邪魔だと思われてるんじゃないの」
「もっと、自信を持って下さい。DEATH夫と対峙した時は、白鳳さまはいつも体当たりで頑張って来ました」
「どうも空回りしている気がするんだけど」
「いえ、考え過ぎです」
毎度、空回りなのは××関係のみだ、と神風は思ったが、武士の情けで敢えて口にしなかった。
「ぶっちゃけ、私にマスターの素養があるとは言い難いもん」
「きゅるり〜」
皆へ打ち明けるには、やや問題のある内容を、白鳳は躊躇いなく口にした。他の男の子モンスターに言えない本音も、神風になら安心して漏らせる。やはり、神風は単なる従者を超えた特別な存在だった。
「不向きと自覚しているからこそ、独善的にならず、パーティーを運営して来れたのです。白鳳さまは対等の立場で我々を常に思い遣り、個性を生かした役割を与えてくれました。私だけでなく、誰もがこのパーティーこそ無二の居場所だと実感しています」
「神風がそう言ってくれるのは嬉しいけど、DEATH夫には本来の居場所があるでしょ。だから、マスターとの結び付きに、どこまで踏み込んでいいものか、判断が難しいんだよねえ」
悪魔界関連を別にしても、白鳳自身、団体行動が苦手なので、協調を強いられ不愉快になる心理がよく分かる。ハチみたいに懐へ飛び込むのもひとつの手だが、能力、気質、境遇など、特殊要素が多いゆえ、白鳳はDEATH夫との距離感を、未だに掴みあぐねていた。
「ですが、白鳳さまは現状のまま、放置するつもりはないでしょう」
「もちろん。命が危ないと分かってて、手を拱いているなんて出来ないよ」



神風は不思議で仕方なかった。××から離れた日常生活において、白鳳は案外、常識を逸脱していない。育ちの良さから来る斜め上の発想で、周囲を絶句させる時もあるが、大抵、理に適う判断をしている。特に、弟やお供の利害が絡んだ場合、メンバーの助言を十分聞き、あらゆる可能性を考慮した上で、最終結論を導き出すのが常だった。暴走とはかけ離れた、アクシデントへの慎重な取り組み。まともな思考回路がないわけではないのに、なぜ恋人探しに生かせないのだろう。
「こうした普通の部分を上手くアピールすれば、良き伴侶を得ていたのに」
「きゅるり〜っ」
容姿に恵まれ、第一印象は◎でも、いきなり暴れうしの突進は、致命的な作戦ミスだ。スイも同様に考えていたらしく、我が意を得たりと、深〜くうなずいた。
「え、何か言った?」
「いえ」
「う〜ん、怪しいなあ」
意見して直るくらいなら、とっくの昔に言っているし、類するアドバイスはさんざんした。しかし、本人が根拠のない自信満々、聞く耳持たないのだから、もはやお手上げだ。好みのオトコを前にするやいなや、エキセントリックさ全開となり、獲物に思い切り退かれて終わる。悲喜劇を幾度繰り返しても、学習能力のない白鳳が目覚める日は訪れそうになかった。
(この調子だと、また例の誓いを持ち出してきそうだ)
万が一、パートナーが現れなかったら、白鳳の愛人になる。堅物の神風が一大決心をして発言したのだ。無論、いい加減な気持ちではない。が、言質を取った白鳳が、錦の御旗とばかり、ひらひら振りかざすのは困る。あくまで心を軽くするのが目的で、白鳳には妥協せず、理想の相手ゲットを目指してもらいたい。己の主人にはそれだけの価値がある。たとえ、救い難い欠点だらけでも、神風にとって、白鳳は掛け替えのないマスターだった。
(私は白鳳さまの影。白鳳さまとスイ様の幸せを願って、これからも精一杯仕えよう)
白鳳とは種族も身分も違う。運悪く、相応しい殿方と出会ってないだけだ。あり得ない約束を頭から消し去り、神風は悩める白鳳を元気付けることに集中した。
「心配要りません。白鳳さまの気遣いは、ちゃんとDEATH夫に届いています。敵愾心剥き出しだった初対面を思い出して下さい。我々との関係を含め、全て着実に好転しているじゃありませんか。気難しいDEATH夫が離脱しないのは、白鳳さまを認めている証拠です」
「ありがとう、神風」
「きゅるり〜♪」
白鳳を深く思うがゆえに、実にならぬ気休めでごまかす忠臣ではない。神風の忌憚ない評価を聞き、白鳳はかなり慰められた。振り返れば、DEATH夫の胸の内がわずかながら窺える機会もあった。険悪だった神風とも最近は平和に過ごしているし、目に見える成果も表れ始めた。が、DEATH夫自らの証を得られず、白鳳は今ひとつ物足りなかった。
「でもさあ」
「まだ、気掛かりがありますか」
「DEATH夫が態度で示さないから、不安になっちゃうんだよ。何か親密度の目安になるものがあればなあ。ハチみたいに胸ポケットに入っても怒られないとかさ」
「・・・・・・・・・・」
「きゅるり〜。。」
いけしゃあしゃあと言い放つ白鳳を、神風とスイは苦い顔で見遣った。どうやって胸ポケットに入るのかと、突っ込むにもなれなかった。まあ、これだけ図々しい要求が出来れば大丈夫。白鳳はほぼ立ち直ったようだ。根がお調子体質なので、多少落ち込んでも復活は早い。こういう能天気さが、果てしない行脚を続ける白鳳を支えていた。
「焦りは禁物です。見えない絆は丹誠込めて、じっくり作り上げていかなければ」
「神風の言うとおりだけど、時間はほとんど残ってないかも」
「きゅるり〜っ」
「時間がない・・・とは?」
白鳳のコメントに、神風ははっと瞠目した。今のところ、DEATH夫の気はギリギリ安全圏を保っているが、封印のリミットが早まったのだろうか。神風の訝しげなリフレインに、白鳳は重い口調で応えた。
「詳しいことは、オーディンやまじしゃんと合流した後で話すよ」


TO BE CONTINUED


 

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