*花に嵐〜5*



凄まじい人出もあり、中央広場へ着くまでは苦戦したが、幸い、オーディン、まじしゃんとはすぐ合流出来た。彼らは広場でもっとも良い場所を占領し、夜目遠目でも真っ先に視界に入ったからだ。一番乗りを目指し、うんと早起きしたわけでもないのに、特等席が転がり込んで来るとは、嬉しい誤算だった。
「こんな理想通りのところ、良く取れたねえ」
「きゅるり〜っ♪」
「満開の花に囲まれて、素晴らしい眺めです」
「きっと、弁当も団子も100倍美味いぞー」
「ふん、くだらん」
広げたシートの真ん中へお重やタッパーを並べながら、DEATH夫を除く皆は先発隊の快挙を讃えた。位置のみならず、客層もいい。家族連れや職場の同僚とおぼしき健全な集団ばかりで、無法者やチンピラの揉め事に巻き込まれる危険もあるまい。むしろ、隣りに腐れ××野郎が来て、申し訳ございませんと詫びたいくらいだ。事実、白鳳は手巻き寿司を小皿に盛り付ける傍ら、さり気なく男性客の値踏みを始めていた。
「・・・・もしかして、私たちを喜ばせようと、無理したのではありませんか・・・・」
フローズンは他のメンバーみたいに、手放しで浮かれていなかった。たかだか場所争いで、誰かに恨みを買い、仲間へ危害が及んでは困る。心配性の雪ん子にありがちな気配り溢れた問いかけを聞き、まじしゃんは屈託なく笑った。
「僕たち、これっぽちも無理してないよっ。オーディンを見るやいなや、快く場所を空けてくれたもんっ」
「うむ、特定のエリアを主張した覚えはないのだが」
誇らしげに告げるまじしゃんに対し、オーディンは戸惑った表情を隠さない。どうやら、オーディンの逞しい体躯に圧倒された客が、勝手に良席を譲ってくれたらしい。温厚な彼は威嚇とは無縁だけど、びびって後退りした人々の気持ちは分からないでもない。
「ふぅん、威圧感で勝ったんだ」
「白鳳さまの人選が成功しました」
「おーでぃんは強いかんな」
「後から来ておいて、かえって悪いことをした」
神風ですら結果をすんなり受け容れたのに、オーディンはまだ浮かない顔をしている。小狡く立ち回るという観念は、彼の脳内にはあるまい。良くも悪くも融通が利かない好漢を、皆は微笑ましく感じつつ、口々に諭した。 
「・・・・場所の配分は、あくまで自由意思で決まったことです・・・・」
「オーディンが気にすることないよっ」
「しかしな」
「周りのどんちゃん騒ぎを見ろや」
一般客は白鳳パーティーより先に飲み食いを始めており、どのスペースも非常に盛り上がっている。調子っぱずれのカラオケの音が、うるさく耳に突き刺さった。
「花見客は席の善し悪しなど、さして問題にしていません」
「宴会が主目的だもんね」
「きゅるり〜っ」
仲間のフォローで、ようやくオーディンも心に折り合いを付け、宴の準備を再開した。愛すべき不器用者へ向けられる眼差しは、一様に暖かい。しかし、私心なくオーディンを見守る男の子モンスター&スイに引き換え、白鳳は甘い汁を吸う気満々だった。なるほど、こういう手で特等席が取れるのか。ひとつ賢くなった。オーディン効果を単発で終わらせてなるものか。
(よし、夏の花火大会も、先発隊はオーディンを任命しよっと。これで労せずして良席ゲットは間違いなし。うっふっふ♪)
オーディンの迷惑なんて知ったこっちゃない。自ら同行して、イケメンの多いエリアを狙うのも良し。立ち見となれば、おしくらまんじゅう状態だろうし、いかがわしいアプローチもし放題に違いない。課題山積の花見が終わってないのに、お気楽な白鳳はもう次のイベント目指し、あれこれ画策していた。



白鳳入魂の料理と様々な飲み物を並べ終わり、宴会の準備はほとんど済んだ。後は席順を定めるのみだ。もっとも、白鳳が仕切るまでもなく、日頃の交友関係に従い、自然と席は決まって行った。
「スイとハチはこっちおいでよっ」
「ほい来た」
「きゅるり〜」
仲良しのまじしゃんに誘われ、ハチは白鳳の肩先からスイを抱き上げ、シートの中央付近へ着地した。掌サイズの2匹は端っこにいると、隣接客のバカ騒ぎの巻き添えを食う可能性は否めない。白鳳や仲間が壁となり、しっかりガードしてやらなければ。
「・・・・オーディン、私の横が空いております・・・・」
「そ、そうか」
引っ込み思案のフローズンが勇気を出して話しかけた。オーディンは照れながらも、喜色を隠さずのっそり移動した。紺袴の従者は早々と白鳳の脇へ控えており、現状は白鳳から時計回りで、神風、まじしゃん、中寄りにスイ&ハチ、さらにオーディン、フローズンと輪になって坐している。DEATH夫ひとり退屈そうに突っ立ったままだった。無論、DEATH夫を無視したのではない。夜桜見物の名を借りて、彼の体調を見極めようとしているのだ。些細な動向でも意識しないはずがない。けれども、今夜に限って、こぞってDEATH夫を招くのは白々しいし、かえって不審に思われよう。いつもと同じステップを踏むのが好ましい。ゆえに、一同はひたすらフローズンの一声を待った。フローズンもその辺は心得ており、席決めが落ち着いたのを見届け、左側のスペースを指した。
「・・・・DEATH夫も座って下さい・・・・」
「面倒だな」
DEATH夫は一瞬眉をたわめたが、逃れる術もなく、渋々腰を降ろした。フローズンの左隣りは、すなわち白鳳の右隣り。白鳳はDEATH夫とお隣さんになってしまった。状態をチェキするには都合が良いが、万が一、逆鱗に触れた場合、即、処刑されそうなのが辛い。しかし、DEATH夫と対立しようと、封印の件に関しては一歩も退くつもりはなかった。
(仮初めの縁とは言え、DEATH夫は掛け替えのないパーティーの一員だよ)
時間の経過に伴い、彼が再び危機に瀕することは、火を見るより明らかだ。元の生活さえ取り戻せれたら、DEATH夫をマスターに返しても悔いなし、と白鳳は思い切っている。戦闘のエースを失うのは痛いが、彼の尊い命には替えられない。とは言うものの、どこか覚悟の甘い白鳳は、本音では悪魔の使徒とのガチンコバトルは避けたかった。DEATH夫を激怒させると知りながら、フローズンとハチから得た情報を公言するのは正直、腰が引ける。
(せめて、私がもっと酒に弱ければなあ)
夜桜を肴に、正気を失うまで酔えれば、相手への恐怖心も消え、強気な口撃が出来るのに。浴びるほど飲んでも、びくともしない酒豪ぶりでは、素で勝負するしかない。獲物を酒の上の過ちへ追い込むには、持って来いの体質だが、まさかこんな形で足枷になろうとは。
「はくほー、もうおべんと食っていいかー?」
「え」
聞き慣れたひょうきんな呼びかけで、白鳳ははっと我に返った。照り輝くご馳走を前に、我慢の限界を超えたハチが、チャイナ服の袖をぐいぐい引っ張っている。待ち切れない食いしん坊をなだめつつ、神風がにこやかに言いかけた。
「すっかり態勢は整いました」
「お疲れさま。じゃあ、さっそく宴会を始めよう」
神風の報告を受けた白鳳は、高らかに宴の幕開けを宣言した。心中のしょーもない苦悩を、従者たちに悟られるわけにはいかない。
「きゅるり〜っ」
「おおおっ、やた〜♪」
「ねえねえっ、飲み物は何にするっ」
「・・・・お酒もジュースも各種ございます・・・・」
「目移りするな」
「遠慮せずに、好きなものを選んでくれ」
無邪気な歓声に呼応して、頭上の桜の枝が微かに揺れた。メンバーにとって、久々の大きなイベントだ。彼らが醸し出すオーラから、わくわく浮き立つ思いが伝わってくる。ささやかな宴ではあるが、陰日向なく働いてくれるお供の良い気分転換になって欲しいと、白鳳は心の底から願った。



お重を囲むごとくずらりと並べられた酒瓶やジュース。今宵の宴に備え、入国した日に市場でしこたま飲料を買い込んだ。周囲の花見客におすそ分けしても、びくともしない程度のストックはある。弁当へ手を付ける前に、まずは飲み物を配ろう。白鳳は人数分の紙コップを用意して、全員のオーダーを待った。真っ先に声をあげたのは、まじしゃんだった。
「白鳳さまっ、僕はオレンジジュースっ」
「こぼさないよう気を付けて」
「オレはこっちのグレープジュースにするぜー」
まじしゃんに続いて、元気に注文したハチは、大きなガラス瓶へしがみついた。しかし、ハチがグレープジュースだと信じ込んでいるのはサングリアの瓶だった。単純に色だけで選んでしまい、お得意の嗅覚が働かなかったようだ。
「・・・・ハチ、これはワインにジュースを混ぜたサングリアというお酒です・・・・」
フローズンは瓶の中身を分かり易く説明すると、ハチをそっと引き剥がした。間違いを指摘され、ハチはごん太眉を八の字にして、ぽりぽり頭を掻いた。
「なんだ、酒かよう。こりゃまたうっかりだ」
小太りの虫の滑稽な仕草を見て、全員の口元がやんわり綻ぶ。白鳳が本物のジュースをミニサイズのコップへ注ぎ、ハチへ手渡した。
「ほら、ハチ、グレープジュースだよ」
「おうっ、はくほー、あんがとな」
歯をむき出して笑うハチの隣りで、スイが丸い瞳をくりくり動かし、自分もジュースが欲しいと訴えている。白鳳はもうひとつのミニコップを手に取った。
「ん、スイはどれに決めた?」
「きゅっ、きゅっ」
スイはしっぽの花を器用に動かし、りんごジュースのパックを示した。八分目までジュースを注ぎ、たおやかな手が短く切ったストローを差した。
「はい、この長さなら飲みやすいでしょ」
「きゅるり〜♪」
同じちっこい同士でも、スイはハチほど手足を器用に使えない。兄の心遣いに、スイはおっとり眼を細め、あらかじめ取り分けてある料理を食べ始めた。まじしゃんとハチもちゃんと”いただきます”して、ご馳走へ舌鼓を打っている。彼らがさり気なくスイの食事を手伝う様を見遣りつつ、白鳳は残りのメンバーへ問いかけた。
「大人の我々は当然、お酒だよねえ」
普段は手が出ない高級酒もたんまりある。浮き世の憂さを忘れ、酌み交わそうではないか。ところが、生真面目が服を着たお供からは、白鳳の期待したセリフは帰って来なかった。
「せっかくのお勧めですが、私は遠慮しておきます」
「うむ、帰りのこともあるし、控えた方が良さそうだ」
「・・・・度を超して、翌日にお酒が残ってはいけません・・・・」
根っから堅いのに加え、筋金入りの道楽者の主人が反面教師になっているらしい。優秀で頼れる面子ではあるが、遊び下手なのが玉に瑕だ。白鳳は大袈裟に肩を竦めると、優等生コメントへきっぱり反論した。
「せっかく、夜桜鑑賞へ来たのに、少しくらい羽目を外さないでどうするの。イベントでは目一杯楽しむのが礼儀だよ」
わざわざ”礼儀”と表現するあたり、お目付役の性格をよく心得ている。痛い部分をぐっさり突かれ、神風たちは一気にトーンダウンした。
「礼儀、に反するのは、私の本意ではありません」
「・・・・そこまでおっしゃるのでしたら、お言葉に甘えましょう・・・・」
「白鳳さまの料理がメインなんだ。正体を無くすほど、飲むこともあるまい」
「そうそう、皆、鉄の自制心の持ち主だもん。飲み過ぎて醜態晒すなんて・・・・はっ」
飲酒の負の作用について、彼らとやり取りするうち、白鳳はふと閃いた。
(私がダメなら、DEATH夫を酔わせたらいいじゃん)
酔っぱらうと程度の差はあれど、まともな思考力や判断力を失う。酒の上の過ちは、その最たるものだ。酔いが進んで頭の働きが鈍れば、白鳳がマスターネタを洗いざらいぶちまけても、制裁を免れることが出来るかもしれない。毒物には耐性のあるDEATH夫だが、記憶にある限り、酒を飲むところを見た覚えはない。かつて、レストランでデートもどきをした時でさえ、口にしたのはペリエだった。この手は使える。未だに命が惜しい白鳳は、藁にもすがる思いで、DEATH夫酔い潰し作戦へ飛びついた。



飲食の類など興味ないDEATH夫は、恐らく自分の好みを言うまい。現に、どの酒を選ぶか迷う仲間に見向きもせず、ぼんやり虚空を眺めている。ここは美酒を勧めるふりをして、格別強い酒を飲ませてやれ。白鳳は一番度数の高い酒を手に取り、和やかな笑みと共に、DEATH夫へ言いかけた。
「DEATH夫、特に希望がないのなら、これなんかお勧めだよ」
「要らん」
「そんなあ」
白鳳の厚意はわずか0.3秒で拒絶された。思惑がばれたとは思えないが、人の助言を素直に聞くタマじゃないし、冷たい反応も十分、予想出来る。企みが早々と暗礁に乗り上げてしまい、紅唇は力なく息を吐いた。が、捨てる神あれば、拾う神あり。白鳳の親切をムダにすまいと、フローズンとハチがすぐ取りなしてくれた。
「・・・・飲み物がないと消化にも悪いです・・・・ソフトドリンクもたくさんあります・・・・」
「オレが飲んでるジュースにしようぜー」
「勝手にしろ」
「おう、するするっ」
「・・・・白鳳さま、グレープジュースをお願いいたします・・・・」
「うん、ありがとう、フローズン、ハチ」
ひとりと1匹の援護射撃のおかげで、かろうじて第一段階はクリアした。しかし、悲しいかな、DEATH夫が承諾したのは酒ではない。白鳳の心中を知らないフローズンたちに、100%を要求するのは無理だが、オーダー通り出したら、苦心の策が成り立たないではないか。
(よし、サングリア作戦決行だ)
追い詰められた白鳳は、姑息な手段を思い付いた。さっき、ハチが間違ったように、ロゼのワインは見た目、グレープジュースと変わらない。たとえ多めに混ぜても、食に鈍感なDEATH夫なら気付くまい。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
従者やスイの目が届かないのを確かめると、白鳳はジュースを注ぎつつ、度数の強いワインもどぼどぼ入れた。薬物混入系の作業は××趣味で慣れっこなので、実に手際がよい。特製サングリアをこしらえ、しめしめとほくそ笑む白鳳だったが、悪いことは出来ない。インチキジュースはDEATH夫へ差し出す前に、あっけなく発覚した。
「なあなあ、はくほー、どうしてジュースに酒を混ぜるんだよう」
「げげっ」
「・・・・白鳳さま・・・・」
「きゅるり〜。。」
白鳳の汚いやり口は、桜を間近で見るべく飛びたったハチに、一部始終目撃されていたらしい。ハチが素朴な疑問を発するやいなや、メンバーの表情があからさまに険しくなった。DEATH夫に至っては、金色の眼光だけで胸を射抜かれ、死ねそうな迫力だ。恐怖に身震いする白鳳へ、目を三角にしたお目付役が押し寄せてきた。
「白鳳さま、いったい何のために酒を入れたんです」
「・・・・まさかとは思いますが、DEATH夫を酔わせて、いかがわしい行為に及ぼうと・・・・」
酒と薬物を使うのは、腐れ××野郎の常套手段。けれども、今回に限って、まるっきり目的が違う。とんだ濡れ衣だ。白鳳は声を裏返して、身の潔白を主張した。
「ち、違う、誤解だって。私はそんなつもりで、ワインを混ぜたんじゃない」
「そんなもこんなも、我々の目を盗んでジュースに細工をする必要はなかろう」
「だから、深い事情があるんだよ」
「白鳳さまの事情は、もれなく××関連でしょう」
「今夜はっ、今夜だけは違うんだってばっ」
必死に訴えたものの、日頃の行いが災いして説得力皆無だ。神風、フローズン、オーディンの疑惑は小揺るぎもしなかった。白鳳をどん底へ叩き落としたハチは、”かあちゃん”の窮地を知る由もなく、まじしゃんにDEATH夫用のジュースを頼んでいる。
「・・・・言い訳は見苦しいです・・・・」
「美しい花を目の当たりにしても、心が洗われない俗人はいるんですね」
「見損なったぞ、白鳳さま」
「きゅるり〜っ」
「ううう」
せっかく、DEATH夫の封印問題へ前向きに取り組む決意を固めたのに、最後の最後で保身へ走ったのが裏目に出た。志の高さを生かせず、せこい立ち回りで自滅して、一同から袋叩きにされる白鳳だった。


TO BE CONTINUED


 

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