*花に嵐〜6*



サングリア作戦は、あっけなく玉砕した。今回に限り、決して不埒な動機ではなかったけれど、日頃の行いが悪過ぎて、神風すら真意を汲み取ってくれなかった。最悪、宴会は中止され、お説教地獄へ叩き込まれる展開もあり得たが、天は白鳳を見放さなかった。ここは宿屋と違い、桜咲き乱れる公園だ。周りでは各地より集った花見客がどんちゃん騒ぎをしている。××者の仕置きのため、楽しい雰囲気を壊す暴挙は許されない。それに、今回のイベントは単なる娯楽ではなく、DEATH夫の現状を把握する貴重なチャンス。この際、多少のおいたは目こぼししても、断固、遂行すべきと考えたのだろう。お目付役の叱責は程なく止み、何事もなかったように宴が開始された。始まってしまえば、闇にふんわり浮き上がる桜が、憂き世の塵を吹き飛ばし、パーティーはいつしかお祭りムードに染まっていた。丹誠込めた料理を味わいつつ、和やかに談笑する男の子モンスターとスイ。
「花はキレイだし、食事は美味しいし、もう最高っ」
「んだんだ、はくほーのメシは世界一だぜー」
「きゅるり〜♪」
「一面の桜に囲まれていると、時間や空間の感覚を失いそうだ」
「・・・・ええ、幻想的な眺めから、目が離せません・・・・」
「たまにはこうした非日常も良いものだな」
「ふん、つまらん」
艶やかな景色に魅せられた年長組は、箸の動きも鈍いが、年少組はやはり花より団子だった。バイキング形式で並べた料理はたちまち半減し、白鳳は手際よく空白を埋めた。皆に喜んで食べてもらえると、作成者として実に張り合いがある。気掛かりだったDEATH夫も、いつも程度には食が進んでいるようだ。
「料理も飲み物もたくさんあるから遠慮しないで」
「おう、いくらでも食うかんな」
白鳳の呼びかけへ、真っ先に反応したハチは、太鼓腹をぱあんと叩いた。が、小気味よい音より仲間を驚かせたのは、皿に堆く積まれた料理の山だった。どう控え目に見ても、ちっこい体躯の倍以上ある。ハチのことだから、一旦取り分けた食べ物を残すはずはないが、あまりに豪快な盛り付けに、メンバーは失笑を禁じ得なかった。
「・・・・ハチ、少々欲張り過ぎではありませんか・・・・」
「白鳳さまはちゃんとハチの食欲を計算に入れてあるぞ」
「てんこ盛りにしたら、かえって食べづらくないっ?」
「きゅるり〜っ」
「でもよう、目に付いたら、全部欲しくなっちって」
次々に突っ込まれ、ハチは頭を掻きながら舌を出した。入魂の料理への期待は嬉しいが、全メニューに手を出せば、崩れかけた大山が出来るのは当然だ。白鳳は肩を竦めると、ハチが食べやすいよう、ごちゃごちゃになった総菜を順序よく並べ始めた。
「ったく、卑しいコだねえ」
「でへへー」
「追加分はいっぱい用意したから、焦らなくても大丈・・・・あれ?」
「どうしたんです、白鳳さま」
いきなり素っ頓狂な声を発した主人へ、傍らの神風が声をかけた。
「作った覚えのない料理が混じってる。。」
「「「「え」」」」
「きゅるり〜?」
白鳳の言葉を聞くやいなや、DEATH夫以外のお供は、改めてハチの皿を注目した。明らかに、選択肢にない料理が混じっている。しかも、ひとつやふたつではなかった。
「魚の天ぷらなんて、見覚えないよっ」
「・・・・昆布巻きや唐揚げはどこから・・・・」
「白和えもこっちにはないぞ」
「塩らっきょうは白鳳さまのと異なります」
いくらレアモンスターでも、食べ物を瞬間移動させる力などあるまい。未知なる総菜の数々に、一同は怪訝そうに顔を見合わせた。



ずっとハチを監視していたわけではないが、屋台へ行った痕跡はない。そもそもお金を所持してない以上、欲しいブツがあろうと手も足も出まい。ならば、数々の料理をどうやって入手したのか。いくら推理しても埒があかないので、白鳳はストレートに真相を問いかけた。
「お前、なぜ私が作ってない料理を持ってるんだい」
「おっちゃんやおばちゃんがくれたー」
「ええっ、タダでもらったの?」
「おうっ、みんな、すっげー親切だぞー」
ハチの無邪気な物言いに、白鳳のみならず、従者とスイも目を見開いた。日頃は鈍くさいくせに、食べ物が絡んだ途端、珍生物の行動力は白鳳のオトコ漁りをも凌ぐ。パーティーが夜桜を愛でている間に、ちゃっかり近隣と交流したらしい。にしても、挨拶をかわすくらいで、大量の戦利品をゲット出来るとは思えない。恐らく、恥も外聞もなく、ねだって回ったのだろう。白鳳は眉をたわめて、ハチを睨み付けた。
「大方、あちこちでくれくれせがんで、強引にもらったんでしょ。みっともないったらありゃしない」
せっかく、豪華十段重ねのお弁当をこしらえたのに、余所へ物乞いに行かれては堪らない。ただでも、上級モンスターばかりの異色の集団なのだ。美形を従えたマスターと羨望されるならまだしも、こんなくだらないネタで悪目立ちしたくない。露骨に舌打ちする白鳳へ、ハチは口を尖らせて訴えた。
「うんにゃ、くれって頼んでないかんな」
「嘘ばっか。頼みもしないで、こんなにもらえるわけないじゃん」
「オレ、嘘こいてないのによう」
白鳳から偽りと決めつけられ、ハチの丸い瞳に涙が浮かんだ。仲間の窮地を放っておく男の子モンスターではない。神風とフローズンから即座に助け船が出された。
「白鳳さま、ハチは筋金入りの正直者です」
「・・・・良くも悪くも、本音しか申しません・・・・」
「確かにねえ」
彼らの指摘は正しい。脳みそ3グラムに小細工でごまかす知恵などない。むしろ、禁句をうっかり口にしてしまうお調子体質なのだ。己の過ちに気付いた白鳳は、慌ててハチへ頭を下げた。無論、ローヤルゼリー美容液を確保する目的なのは言うまでもない。
「疑って悪かったね、ハチ」
「気にすんな、はくほー」
たおやかな手で優しく頭を撫でられ、立ち直りの早いハチは明るく破願している。よしよし、これで美容液は安泰だ。ほっとした白鳳は、アプローチの仕方を変えることにした。
「でも、会話はあっただろ」
「まあな」
「何て話しかけた?」
「ちっと待っちくり」
白鳳の疑問を解消すべく、ハチは箸をシートに置いた。どうやら、当時の状況を完全に再現するつもりらしい。わざわざ、シートの外へ出て、ゆらゆら浮遊し始めるハチ。ギャラリーの視線が小太りの体躯へ集中する。良い匂いを察知し、鼻の穴を膨らませやって来たハチは、お重の中の焼売を熱く見つめた。どんぐり眼に煌めく星は、美味しいものを発見した印。ぷっくりほっぺを紅潮させたまま、ハチは愛嬌たっぷりに発した。
「おっ、美味そうだなー♪」
「「「ぷっ」」」
「きゅるり〜」
見覚え、且つ、聞き覚えのあり過ぎるシーンに、一同は思わず吹き出した。輪の外に坐すDEATH夫すら口元が微妙に緩んでいる。ハチへミニサイズの箸を渡しながら、白鳳はふうっとため息をついた。
「ハチ・・・それ、くれって言ったのと同じ」
「そっかなあ」
ハチ自身は率直な感想を述べただけだが、表情、仕草、声音の全てに、食べたいオーラが満ち溢れている。厨房や食卓で、白鳳は幾度この言葉をかけられたことか。幸せそうな笑顔で言われると、時間外でもついついひとつあげてしまう。きっと周囲の客も食いしん坊の呪文にやられたに相違ない。酒席であれば、図々しい振る舞いは無礼講で許されるし、懐っこいハチは相手を問わず、すぐ打ち解けたのだろう。



「たった一言で総菜をゲット出来て、お前、得なキャラだね」
「でへへー」
お目当てを確実に手に入れる。白鳳が喉から手が出るほど欲しい技能を、ハチは生まれつき会得していた。今宵に限らない。ハチは白鳳手作りの料理は確保しつつ、どこへ行っても、必ず至高の味をしっかり口にしていた。無論、野山で自力探索もするけれど、見知らぬ人の厚意を受けることも多く、ある意味、白鳳より遙かにモテスキルが高かった。
「いいなあ、なぜハチばっかり美味しい思いをするんだろ」
皿から溢れそうな料理を見遣り、白鳳は恨めしげに本音を漏らした。が、この嘆きはまるっきり見当外れだった。ハチの食欲は白鳳と違って、他者に迷惑をかけたりしない。健全そのものの願望は、怪しい悪巧みや胡散臭い薬と無縁だ。いくら羨んだところで、しょせん次元が異なるのに、白鳳は己の行いを棚に上げ、理不尽だと嘆息している。見かねた神風とスイが、主人へちくりと釘を差した。
「白鳳さま、物欲しげな視線はみっともないです」
「きゅるり〜っ」
「私は努力しても成果があがらないのに、ハチはタダでいっぱい料理を貰うなんて」
「将来の伴侶を料理と一緒にしてはいけません」
「こんなに頑張っているんだから、せめてイケメン愛人のひとりやふたり出来たっていいじゃない」
「白鳳さまの頑張りは分かりますが、思い切り方向を間違ってます」
努力の方向性については、神風以外の面子も助言しているのだが、学習能力がないのとムダに前向きなのが災いし、改まる気配はない。そもそも、複数の愛人の夢を捨て切れない心構えにも問題大アリだった。
「まあ、いざという時は、神風がパートナーになってくれるからいいけどさ」
言い終わらないうちに、しなだれかかろうとする紅いチャイナ服を難なくかわすと、神風はきっぱり言い切った。
「現在の姿勢を続ける限り、伴侶になどなるものですか」
「ちぇ〜っ」
「きゅるり〜」
かつての約束を盾に迫ったものの、頼みの忠臣に冷たく拒絶され、白鳳は頬をふくらませた。生真面目な神風にとって、ターゲットに迷惑をかける行為は努力の範疇へ入らないらしい。暴れうしの突進はまだしも、奸計の類は彼の中でカウントされてないのだろう。もっとも、この件に関し、白鳳はさして悲観していなかった。神風にひとりぼっちの主人を突き放す真似が出来るわけがない。各地で悉く玉砕しようと、傍らにはいつも極上のオトコが控えているのだ。
(容姿、性格、能力・・・三拍子揃った理想の相手じゃないv)
正直、長い旅の過程で、神風を凌ぐ逸材はいなかった気もするし、将来、出会える保証もない。ならば、いっそのこと幻の伴侶は諦め、身近な青い鳥と向き合うのもひとつの選択なのだが、真性××野郎は地に足のついた分別とは無縁だった。神風も欲しいが、他のイケメンも捨てがたい。白鳳の腐った脳内では、大陸中の色男は全て自分のものだった。
(だって、手が届く距離に、こんなに美形がいるんだもん)
神風、DEATH夫、フローズン、オーディン、まじしゃん。白鳳は改めてめいめいを熱っぽく見つめた。麗しく優れ者揃いのお供たち。彼らを率いて旅が出来るなんて、まさにマスター冥利に尽きる。今は単なる主従でも、いずれは愛人ロード一直線。オーディンとフローズンの仲や、DEATH夫のマスターネタはこの際忘れよう。不純過ぎるドリームを抱き、白鳳は喉の奥でいやらしく笑った。と、その時、胸元に浮き上がったハチと目が合った。
「ぎゃっ」
「おっ」
淫靡なハーレムを夢見ていたのに、どアップでまぬけ面を晒され、悲しい現実に引き戻された。そう、勝手に付いて来ちゃったみそっかすが1匹いたっけ。
「ああ、びっくりした。いきなり、ブサな顔を近づけないでよ」
「はくほー、オレ、タダでもらってないぞー」
「え」



笑顔がデフォのひょうきん者が、珍しくぷんすかしている。けれども、美形と夢の世界で戯れていた白鳳には、ハチの不服はまるっきり心当たりがなかった。××妄想へ脳の全てを集中させた結果、直前の発言内容まで忘れ去ったようだ。
「タダでって何を?」
「ちゃんと料理の礼はしたかんな」
「ハチは白鳳さまと違って、貰いっぱなしで済ましたりしません」
「きゅるり〜っ」
ようやく記憶が蘇った。地道、且つ健気に頑張る(自己申告)自分を差しおき、楽々ご馳走をゲットするハチにムカついていたのだ。が、気の良いハチは、わざわざ見返りの品を渡したと主張している。タダでくれると言うのだから、相手の厚意に甘えておけばいいのに。
「ふぅん・・・お前、案外義理堅いんだね。で、どんなお礼をしたわけ」
「おうっ、蜂蜜玉と交換だ」
「!!」
答えを聞くやいなや、白鳳の顔が露骨に険しくなった。お目出度いにも程がある。寄りによって、貴重な蜂蜜玉を振る舞うとは。いや、ただの蜂蜜玉ならまだ許せる。ひょっとして、食べ物を貰った喜びのあまり、美容液や美容蜂蜜玉まで配ってたらどうしよう。冗談じゃない。美貌と若さを保つのは自分だけで十分だ。たかだか総菜と引き換えに、レアモンスター特製の美容グッズをおすそ分けしてたまるものか。
「このスットコドッコイ!」
「ほえ?」
きょとんとするハチに飛びかかると、白鳳は諸手で短い首を目一杯締め上げた。
「まさか、美容液をおまけに付けたんじゃないだろうねっ!?」
「ぐええええっ」
ハチは苦しさのあまり、短い手足をバタつかせた。もちろん、白鳳の質問に応じるどころではない。舞い散る花びらが彩る欲望丸出しの姿。ヒステリックな叫び声に驚いたのか、他のメンバーまで、振り返って白鳳とハチを凝視している。風情からかけ離れた醜悪な光景に頭を抱えつつ、神風はぴしゃりと主人を制止した。
「白鳳さま、落ち着いて下さい。さ、手を放して」
たおやかな手を神風が引き剥がし、ハチはようやっと解放された。げほんげほん咳き込む背中を、スイが心配そうに撫でている。弟や従者の非難の視線を浴びても、白鳳は悪びれもせず、なおもハチへ問いただした。
「美容液はあげてないよねっ、ハチっ」
”かあちゃん”の物凄い剣幕に、さすがのハチも語尾が掠れ気味だ。
「ん、んだ、フツーの蜂蜜玉。。」
「なあんだ、それなら大目に見てやろう」
振り上げた腕を瞬時に降ろし、白鳳はにこやかにハチのおでこをつついた。面持ちからいつしか険は消え、慈愛の笑みすら浮かんでいる。悪鬼から菩薩への変化を目の当たりにし、あっけに取られるハチへ、熱々の餃子が差し出された。細かい経緯は分からないが、”かあちゃん”の機嫌が直ったのは確かだ。ハチは餃子へかぶりつくと、眉を八の字にして笑った。気持ちの良い食べっぷりを、温かい眼差しで見守る白鳳。しかし、和やかな彼らと裏腹に、一同は苦虫を噛み潰していた。
「・・・・相変わらず、見事な豹変ぶりですね・・・・」
「美容液が守られたと知って、安心したのでしょう」
「手持ちがなくなっても、ハチがすぐ作ってくれるのにっ」
「白鳳さまといると、おちおち非日常に浸れん」
「あいつは筋金入りの俗物だ」
「きゅるり〜。。」
日頃は大雑把なくせに、己の利が絡むと途端に目の色が変わる。あくまで美容液の独り占めを目論むセコさに、誰もがウンザリしていた。星ならぬ桜花のドームで、俗世と無縁の時を過ごすつもりだったのに、これではすっかり興醒めだ。せっかく企画したイベントを、自らぶち壊す兄に呆れ、スイはしょんぼり肩を落とした。


TO BE CONTINUED


 

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