*花に嵐〜7*



不肖の兄より早く、スイの変化に気付いたのは神風だった。紅いチャイナ服の肩先で身体を丸め、しっぽの花をだらんと垂らしている。美容液の独占しか頭にない自己中を見せつけられ、身の置きどころのない様子に、忠臣の胸は激しく痛んだ。白鳳のダメっぷりは全て当人の責任で、スイにはいささかの落ち度もない。長年、望まぬ小動物ライフを強いられ、ストレスも極限に近いだろうに、これでは気分転換のイベントが台無しだ。白鳳を助けるのは本意ではないが、スイの気持ちを軽くすべく、神風は彼らしからぬ大声で切り出した。
「しかし、蜂蜜玉と交換とは言え、随分たくさん貰って来ましたね」
新たな話題を振られ、一同は改めててんこ盛りとなった総菜を注目した。ざっと見る限り、白鳳手作りと貰い物の配分は3:2くらいか。ランダムに乗せてあるようで、”かあちゃん作”ときっちり分けてあるのが微笑ましい。ご馳走の山を後ろに、ハチは腹包みを叩いてにんまり笑った。
「だってよう、あちこちでいい匂いがしたかんな」
「食いしん坊にも程があるよ。まるで、私が何も食べさせてないみたい」
「はくほーのメシは満点だけど、オレ、世界中の美味いもんを食い尽くしたいぜー」
「ここに満点メニューがずらっと並んでるのに、三文料理にまでちょっかい出すなんて、欲張りなコ」
「そっかなあ」
腕に自負があるゆえ、白鳳はあからさまに機嫌を損ねていた。あんなに弁当と花見団子を待ち望んでいたにもかかわらず、なぜ、他人の手作りにふらふら惹かれるのだろう。かあちゃん呼ばわりは真っ平ゴメンだが、別の釜のメシを求めるのも面白くない。ムカつきのあまり、紅唇をぎりぎり噛み締める白鳳だったが、実のところ、食い物をオトコに変えれば、ハチの取った行動は××野郎のそれと何ら違わない。たとえ大本命をゲットしても、戯れのつまみ食いはやめられないし、世界中の良いオトコはひとり残らず我が愛人だ。己の腐り切った思想を棚に上げ、白鳳は膨れっ面でハチを睨み付けた。
「ハチの分際で、私の入魂の逸品が物足りないなんて、贅沢なんだよ」
たおやかな手がバックスイングビンタの準備をしている。白鳳の殺気に気付き、ハチは触角を揺らしつつ、へこへこ頭を下げた。
「お、怒るなよう、はくほー。・・・でへへ、怒っても美人だなv」
「今更、周知の事実を言ってもムダだから」
白鳳の腕が大きく振り上げられた。ハチは真剣、且つ、どこか笑いを誘う仕草で身構えている。神風苦心のフォローをあっさり不意にする、白鳳の更なる醜態に、スイの頭がいっそう沈んだ。もちろん、主人の理不尽な怒りを放っておく男の子モンスターではない。すかさず、神風たちが助け船を出した。
「白鳳さま、ハチの言い分は当然です」
「・・・・余所の食事を見る機会はめったにございません・・・・」
「うむ、目移りするのも無理はなかろう」
「どれも美味しそうだもんねっ」
「きゅるり〜っ」
「んだんだ、はくほーの料理がダントツで一番。でも、もらった料理もいけるぞー」
「そ、そう♪」
「きゅるり〜。。」
”ダントツで一番”という評を得て、白鳳の面持ちから瞬く間に険が消えた。単純なお調子者は、圧倒的な首位さえ保てれば気が済むらしい。ほんの一言で、掌を返しまくりな白鳳に、お供とスイは苦い顔で視線を逸らしている。怒りが霧散すると、白鳳はむしろハチが厳選したブツに興味が湧いて来た。フローズンが言った通り、素人名人のレベルを知るチャンスは貴重だ。ここは後学のため、ちょいと味見してみようではないか。
「味覚だけは並外れて鋭いお前だもんね。どれどれ」
言い終わらないうちに箸を取り、白鳳は皿の手前へ鎮座した小振りの唐揚げを摘み上げた。



まだ温かい塊をさっくり噛み締め、しばし無言で、出来映えを判定する。ハチのみならず、DEATH夫以外の連中も、白鳳のジャッジを真摯に見守った。周囲の喧噪へ背を向け、7人と2匹が作り出す不自然な静寂。そんな沈黙を破ったのは、紅唇から発せられた感嘆の声だった。
「お、美味し〜い」
「なっ、なっ、言った通りだろ」
「きゅるり〜」
白鳳の期待通りの称賛に、ハチは誇らしく腹を突き出した。さすが、三界一の食いしん坊。広場に並んだ数多の料理から、本能で至高の味を厳選し、掛け値なしの褒め言葉をかけたのだろう。正直、白鳳は素人名人を甘く見ていた。調理法やポイントこそ異なるが、基本はきっちり押さえてある。薄い衣にあっさりした味付け。肉の柔らかさも、油の加減も申し分ない。細部まで配慮が行き届いた作りに、白鳳は内心、舌を巻いた。唐揚げは氷山の一角で、ハチが合格点を付けた以上、他の総菜とて勝るとも劣らぬレベルに相違ない。
(うう、ダントツで一番は怪しいかも。。)
無名の料理人の腕前を目の当たりにし、白鳳は頭から冷水を浴びせられた気分だった。いくら自惚れ屋でも、ハチの評価は贔屓の引き倒しと悟らざるを得ない。軽い敗北感に打ちひしがれ、白鳳は口を真一文字に引き結んだ。が、てんこ盛りのご馳走に囲まれ、浮かれポンチの虫は、白鳳の微妙な心境も知らず、満面の笑みで言いかけた。
「皆もつまんでみろや」
「いいのか、ハチ」
「・・・・せっかくいただいて来たのでしょう・・・・」
「蜂蜜玉と交換までしたのにっ」
「遠慮すんな、美味いもんは皆で仲良く食おうぜー」
味への拘りは人一倍だけど、ハチは珠玉の料理を仲間と分かち合うことが何より嬉しいらしい。美容液の独り占めを目論ろむ、せこい誰かとは大違いだ。両手を広げ、明るく促され、一同もにこやかに申し出を受けた。
「・・・・でしたら、少しだけいただきます・・・・」
「うむ、厚意に甘えよう」
「ありがとっ、ハチっ」
「さ、スイ様もどうぞ」
「きゅるり〜」
男の子モンスターとスイは、おのおの任意の総菜を一口分採った。しかし、黒ずくめの死神ひとり、そっぽを向いたまま微動だにしない。動かぬDEATH夫に気付いたハチは、空いた小皿へ湯葉巻きを乗せると、舞い散る花びらをかわし、彼の眼前でよいしょと掲げた。
「ですおも食え」
「ふん、余計なことを」
そう言いつつ、DEATH夫は差し出された皿を拒まなかった。お勧めがすんなり受け容れられ、白い歯をむき出して笑うハチ。メンバーが予想外の展開に驚く中、フローズンは白鳳へ密やかに声をかけた。
「・・・・珍しいこともあるものです・・・・」
普段なら、ハチの呼びかけは良くて無視、運が悪ければ実力行使されるのがオチだ。ただでも食に関心の薄いDEATH夫が、素直に総菜を受け取るとは思わなかった。信じ難い光景ゆえ、白鳳はDEATH夫の真意を読むべく、あらゆる可能性を探った。が、下手の考え休むに似たり。暴れうしが辿り着いた結論は、常軌を逸したものだった。
「ひ、ひょっとして、DEATH夫は鬱陶しいハチを始末しようとしてるんじゃ!?」
「・・・・は?・・・・」
「だって、物語でよくあるじゃん。貧しい一家が心中前、今生の思い出として、子供に高級ディナーを食べさせるみたいな。きっと、DEATH夫もハチを葬る前に、最後の情けをかけたんだよ」
トンデモ妄想を握り拳で大真面目に語られても困る。荒唐無稽な筋立ては、魔法ビジョンのドラマの見過ぎではなかろうか。まあ、あほんな発言も、真に珍生物を案ずるがゆえのご愛敬だろう。フローズンは苦笑いしながら、主人の言い分をやんわり否定した。
「・・・・まさか・・・・彼は殺す相手にいささかの気遣いもいたしません・・・・」
「そりゃそうだ。ああ、良かった」
よくよく考えたら、クールなDEATH夫に他者、ましてや獲物への配慮などあるわけがない。ハチの安全が保証され、白鳳はほっと胸を撫で下ろした。



周囲が酒宴で盛り上がる中、いつの間にか、6人と2匹の集いは総菜試食会と化していた。貰った総菜を順番につつきながら、ああだこうだと好き勝手に批評し合う。ハチのしたり顔の講釈に突っ込んだり、白鳳へ味の再現をリクエストしたり、非日常を求めていたはずなのに、思いっ切り普段の生活を引きずっている。もっとも、一般人からすれば、白鳳兄弟の条件は明らかに規格外だった。生来の××者たる兄と、神の気まぐれで小動物へ変えられた弟、更にレア、上級モンスター揃いのパーティー。彼らが解呪を目指し、男の子モンスター捕獲の旅を続けているのだ。どの要素を取ってもドラマチック、平凡な日常などありはしない。白鳳とお供が他の花見客と異なり、非日常に拘らないのはある意味、当たり前かもしれない。
「こりも、こりも美味いぞー」
ちっこい手に指された焼き豚を、白鳳が手際良く三等分するやいなや、まじしゃん、スイ、オーディンは待ってましたとばかり口へ放り込んだ。
「ホントだっ、柔らかくて舌でとろけそう」
「きゅっ、きゅるり〜♪」
「恐らく自家製だろうが、よく出来ている」
「ふぅん、コツを教えてもらいたいなあ」
当初こそ、自分の地位が脅されると色をなした白鳳だが、今となってはただただ感心するばかり。いかにハチ厳選とは言え、大陸の一地域にプロ顔負けの名人がこれだけいるなんて、身が引き締まる思いだった。
(やっぱ、世の中広いねえ。私も現状に満足せず、もっと高みを目指さなきゃ)
オトコが絡んだ途端、悉く空回りするものの、正しい方向に発揮された場合、白鳳のやる気は必ず成果を上げる。元々、頭も要領も悪くないのだから、謙虚に修行さえ積めば、いっそう皆を満足させられるはずだ。白鳳とお供にとって、料理の効用は想像以上に大きい。過酷な長旅をつつがなく切り抜けるための健康管理に加え、美味しい食べ物には鼓舞や気分転換などの精神的作用もある。主人手ずから作る料理は、メンバー全員の隠れた命綱だった。
(貰った相手を覚えてたら、調理法を聞けるんだけど、何せ脳みそ3グラムだし・・・・うっ)
(・・・・白鳳さま・・・・)
不意に、雪ん子の氷の視線に射抜かれ、白皙の頬がぴくりと引きつった。どうやら、DEATH夫問題をキレイさっぱり忘れ去ったような、主人のノリの良さに激しい不安を覚えたらしい。今宵の宴会は単なる慰安目的ではない。いくらお調子体質の白鳳でも、その件は承知している。フローズンへ慌てて目配せすると、白鳳は他の連中に聞かれないよう、唇の動きで伝えた。
(分かってるよ、ホントは試食会してる場合じゃないって)
(・・・・なら、よろしいのですが・・・・)
ミッションを達成しなければ、わざわざ花見の席を設けた意味がない。とは言うものの、白鳳は話を切り出すタイミングを計りかねていた。DEATH夫のマスターネタは、極めてデリケートな問題だ。彼ひとりの運命に留まらず、仲間たちのこれからにも影響してくる。プランナーから痛い目に遇わされただけに、悪魔界主従の諍いへ関わるリスクも頭を過ぎった。しかし、事ここに及んでは、もう後戻りは許されまい。
(そろそろ、決断した方が良さそう)
宿を出てからの過程で、白鳳とお目付役はDEATH夫の体調をある程度把握した。注意深く観察した結果、皆の見立ては寸分違わず、切羽詰まってはないが、予断を許さない状況、というものだった。つまり、抜本的な解決を求めても、残された時間は決して多くない。マスターとの再会以前で揉めないよう、慎重に動く必要があった。
(・・・・DEATH夫が私たちを見ております・・・・)
(えっ、マジ?)
フローズンの指摘にぎょっとした白鳳だったが、内心の動揺を抑えつつ、眼球だけちらと動かした。本当にDEATH夫がこちらを凝視している。金の瞳に映るのが、白鳳か、フローズンか、はたまたご一行様かは定かでない。にしても、戦闘以外、無関心な死神が他者の動向を気に掛けるのは、極めて稀なことだった。



DEATH夫が自発的にメンバーを顧みている。先程のハチへの態度といい、今夜のDEATH夫はひと味違う。試食会を楽しむ一同を横目に、白鳳とフローズンはなおも声なき会話を続けた。
(天然の美が、DEATH夫の荒んだ心を少しは和ませたのかな)
(・・・・桜のベールの魔法ごときで、彼の気持ちが動くとは思えません・・・・)
(まさか、我々の思惑がばれたんじゃ)
(・・・・DEATH夫は妙に鋭い部分と鈍い部分がございますが・・・・)
(はああ、分からないねえ)
相手の思惑が不明なまま、いきなり告知に及ぶのは危険だ。謎を解く手がかりを掴むべく、白鳳は慎重にDEATH夫の様子を探った。ところが、気取られぬどころか、うっかりまともに視線が合ってしまった。
(!!)
悲鳴こそ堪え切ったけれど、視線があからさまに泳いだ。まずい。これではDEATH夫が疑惑を抱きかねない。火消しするなら今のうちと、白鳳は媚び媚びの上目遣いで、再びのぞき込んだが、相手の表情は予想だにしないものだった。
(嘘ぉ、笑ってる?)
無論、お愛想ゼロのDEATH夫がにっこり破願しているわけではない。けれども、切れ長の目を微かに細め、口元のラインも柔らかく、DEATH夫基準なら十分、微笑みの範疇だ。長年、道中を共にして来たが、彼がこんな優しい顔を見せたことがあったろうか。思いもよらぬ反応に、白鳳は激しく混乱した。
(いったい、どうなってんの)
様々な角度から検討してみたが、笑みの理由はこれっぽちも思い当たらない。いくら考えても、正解が出そうにないので、白鳳は思考をあっさり放棄し、得意の白日夢へ没入した。そう、きっと非日常の空間が、DEATH夫の抑制された感情を目覚めさせてくれたのだ。ミステリアスな微笑は、熱く秘められた好意の印。
「これまで気付かないふりをしてた、仮初めのマスターへの愛を自覚したんだ・・・どきどきv」
「・・・・違います・・・・」
「あれれ」
ときめき混じりの呟きを、瞬時に否定され、白鳳ははっと我に返った。傍らで、フローズンが生温かい眼差しを向けている。
「ねえ、なぜ心の声が分かったのさ」
「・・・・心も何も・・・・はっきり口から出ておりました・・・・」
「が〜〜〜ん!!」
本人は唇も動かさなかったつもりだが、実際はボイス付きで本音丸出し。寝言を起きて言う大バカ者だった。性懲りのなさに呆れるフローズンだったが、この程度の脱線で見捨てていたら、困った主人とは付き合えない。とにかく、今は親友の身を守ることが最優先だ。胸のモヤモヤを消し去り、フローズンは穏やかに助言した。
「・・・・そろそろ、思い切って切り出したらいかがでしょう・・・・」
「う〜ん、でもタイミングが」
「・・・・隠し通すのも限界です・・・・」
フローズンの袖の先では、神風がふたりを窺っていた。白鳳の影として付き従ってきた忠臣を、いつまでも誤魔化せるはずがない。あるいは、聡い神風のことだから、すでに白鳳たちが共有する秘密を、薄々察しているのかもしれない。
「分かったよ、フローズン」
もはや、告知後のDEATH夫の報復にびびっている場合ではない。人智で封印の副作用が消せない以上、一刻を争うのだ。事情を明らかにするのは、DEATH夫の命を救い、マスターの下へ帰すため。当初は意に添わなくても、きっといつかは皆の心情を分かってくれるはず。来るべき彼の理解を願いつつ、白鳳は紅唇をおっとり開きかけた。と、その時。
「白鳳」
機先を制して、DEATH夫が声をかけて来た。
「な、何?」
「話がある」
「えええっ」
練り上げた段取りが、土台から派手に崩れた。DEATH夫自ら仕掛けて来るとは、露ほども思わなかった。馴れ合いを嫌う彼らしからぬ行動に、場の誰もが驚愕している。いきなり波乱万丈の展開へ突入し、白鳳の頭はぐちゃぐちゃのカオスとなった。


TO BE CONTINUED


 

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