*花に嵐〜8*
初手からハッタリをかまし、相手が混乱している隙に、自分のペースへ引きずり込む。オトコ関連に限らず、それが白鳳お得意のやり口だ。主導権さえ握れば実に強かで、いかなる抵抗も意に介さず、獲物をじわじわ追い込んでいく。ところが、一旦、段取りが壊されると、情けないくらい度を失い、自爆するケースも多い。今回も例外ではなく、DEATH夫から先に話を持ちかけられ、白鳳は目も当てられないパニくりようだった。
「ず、ず、ずるいじゃないっ」
「何がだ」
「このセリフは私が言うはずだったのに」
「ふん」
銀の糸を振り乱し、声を荒げて訴えたが、DEATH夫は軽くせせら笑った。あまりにも絶妙なタイミングで先手を取られ、意図がばれていたのかと穿ちたくなる。フローズンの言う通り、俗世に無関心を貫きながら、妙な部分で鋭いのだ。だが、傍らの雪ん子を見る限り、彼にとっても親友の言動は予想外だったらしく、可憐な唇が仄かに震えていた。
「・・・・まさか、DEATH夫が話し合いを求めるなんて・・・・」
白鳳に決断を促したフローズンが茫然とするくらいだから、他の連中は皆、あっけに取られ、怪訝そうに顔を見合わせた。なにしろ、日頃は必要最低限の口すらきかないDEATH夫ではないか。
「自ら切り出すのだから、余程のことだ」
「いったい、どんな内容なんだろっ」
「俺には想像もつかん」
「さすがに、食いもんネタじゃないよなー」
「きゅるり〜っ」
冷静に考えれば、DEATH夫が白鳳と語り合う意思を持つとは信じ難い。長年の道中を経て、フローズン以外のメンバーとも打ち解けつつあるが、彼自ら他者へアプローチする姿勢は見せなかった。ハチがポケットで昼寝出来る仲になったのは、疎まれても挫けず懐き続けたせいで、未だに愛人ロードを諦めない白鳳との接触を望むわけがない。とは言うものの、実際、申し出があった以上、まずは彼の本音を聞くしかなかろう。どうにか気を取り直し、白鳳は己を鼓舞して紅唇を開いた。
「先手取られちゃったし、仕方ないね。で、話って何?」
「ここでは言えん」
「人がわざわざ尋ねてるんだから、勿体ぶらずに話してよ」
媚び媚びの上目遣いで促されたが、DEATH夫は取り合わず、一言ぶっきらぼうに指図した。
「場所を変えるぞ」
「え」
「ふたりきりで話したい」
「「「!!!!!」」」
「きゅるり〜っっ」
DEATH夫のあり得ない注文を聞き、白鳳のみならず、ギャラリーも全員絶句した。真性××者とふたりきり。正常な男性ならば、何億積まれようと断固断る、地獄のシチュエーションだ。ある意味、人生最悪の罰ゲームを、寄りによってDEATH夫の方から口にするとは。
「DEATH夫らしくもない問題発言を」
「・・・・どこかの誰かさんが、誤解なさらないとよいのですが・・・・」
「我々には聞かせたくないのだろうか」
「何だよう、水くさいじゃないかよう」
「今日はDEATH夫に驚かされてばっかしだっ」
「きゅるり〜」
彼の真意を探るべく、仲間たちは必死に思いを巡らせている。だが、白鳳はすでに思考を放棄して、明後日の方向へ突っ走り始めた。そう、妄想という名の脳内お花畑へ。
DEATH夫が白鳳に話があるという。しかも、ふたりきりで話したいという。この奇跡に近い事実は、お調子者へ白日夢の種を植え付けるのに十分過ぎた。直前の神風とフローズンの懸念は的中し、白鳳のおめでたい頭は瞬く間に、ご都合主義のドリームで一杯となった。
(ひ、ひょっとして・・・・・愛の告白だったら、どーしよーv)
もちろん、DEATH夫との差しの会談に備え、心を軽くするジョークなどではない。白鳳は本気で告られることを夢見て、邪なハートをときめかせている。99.9999%可能性がなくても、残りの0.0001%に賭けてしまうのが白鳳だ。いや、たとえ可能性ゼロでも、強引に純愛(自己申告)ストーリーを捏造するほど、ムダな気概が有り余っていた。
(告白されるなら、さっきの池がいいなあ)
真紅の瞳が見つめるのは、もはや現実世界ではない。意識裏のビスタサイズのスクリーンに、鮮やかな情景が映る。池のほとりを連れ立って歩く、紅と黒のシルエット。振り向きもせず、早足で進むDEATH夫の後を、いそいそと白鳳が付き従う。風に舞い踊る桜の花びらが、いやが上にもムードを盛り上げてくれる。
(ああ、ロマンティック)
ベタな舞台設定はかえってB級臭がするのだが、細かいことは気にしない。むしろ、昼メロのようなけれん味たっぷりの展開は、すこぶるお気に入りだ。幸不幸の振り幅が極端なほど、愛のドラマは大きく盛り上がる。徐々に興が乗って来た白鳳は、ノリノリで大袈裟な煽り文句まで考えた。
”仮初めのマスターへの秘めた想いを吐露した時、禁断の愛の逃避行が始まる。上級悪魔の怒りを買ったふたりに、次々と襲いかかる過酷な試練。お互いかばい合い旅を続ける恋人たちに明日はあるのか”
センスの欠片もない臭い文言に酔う白鳳の脳内には、従者どころかスイまで存在しなかった。協力者のいない極限状態でこそ、DEATH夫との愛もいっそう燃え盛る。夢と現の境目を失った白鳳は、あほんな妄想に骨の髄まで浸かっていた。強敵を前に傷だらけになりながら、大鎌を振るう黒衣の死神の勇姿を思い、白鳳はすっかりご満悦だった。
(麗しい愛人を守りつつ、魔界からの刺客と戦うDEATH夫。もお最高・・・うっふっふっふっふv)
幻のスクリーンの理想に魅せられ、だらしなく顔を緩めて笑う白鳳は、どこから見ても完全に危ない奴だ。主人の見苦しい様を目の当たりにし、男の子モンスターとスイは頬を引きつらせ、不自然なポーズで固まっている。でも、単純なハチだけは白鳳の笑顔にシンクロして、真っ白い歯をむき出した。
「おっ、かあちゃん、幸せそうだなー」
だが、残念ながら、共に喜んでくれたのは虫1匹だった。
「ちっ、バカが」
「そんなにいいことあったっけっ」
「ううむ、謎だ」
指示をスルーされたDEATH夫は忌々しそうに舌打ちしているし、オーディンとまじしゃんは白鳳が浮き立つ理由が思い当たらず、首を捻っている。更に、神風、フローズン、スイに至っては、××野郎の心理状態など丸分かりだった。
「間違いない。あのにやけ切った表情は、空想世界へどっぷり嵌った時のもの」
「・・・・大方、”ふたりきり”のフレーズに過剰反応して、叶わぬ夢を見ていらっしゃるのでしょう・・・・」
「白鳳さまのことだから、DEATH夫との愛の逃避行でも妄想しているのでは」
「・・・・やはり、恐れていた通りになりました・・・・」
「きゅっ、きゅ〜っ」
腐った主人を知り尽くした神風とフローズンの見解に、スイは我が意を得たりと深くうなずいた。そもそも、DEATH夫との差しの会談は諸刃の刃なのだが、浮かれポンチの白鳳はこれっぽちも理解していない。いや、恐らく気付いたとしても、自分の意に添わぬ展開はなかったことにして、頭から葬り去っているのだろう。
「・・・・1対1で話し合ったくらいで、愛人ロードとやらへ進展するはずがございません・・・・」
「我々がいなければ、万が一、険悪な雰囲気になっても助け船は出ない」
「きゅるり〜。。」
お目付役とスイの至極冷静な分析もどこ吹く風で、白鳳は脳内ロードショーを満喫していた。陳腐で安っぽい筋書きだって、DEATH夫と相思相愛ならノープロブレム。要は、ふたりが紅い糸で結ばれさえすればいい。しかし、しつこく続くと思われた妄想タイムは、案外儚く終わりを告げた。元々、気が長くないDEATH夫が業を煮やし、過激な実力行使に出たのだ。あいにく、大鎌は置いてきたけれど、転がったジュースの空き瓶を取った彼は、愚か者めがけ力任せに投げつけた。
「死ね」
「ぎゃっ」
死神の狙いにいささかの狂いもなく、瓶は白鳳の脳天へ炸裂した。ハチと変わらぬ素っ頓狂な叫びを漏らし、白鳳はその場にうずくまった。出来たての瘤をさすりながら、恨みがましく紅唇が訴えた。
「ひどいじゃないっ、大事な恋人に何をするのさ」
「・・・・・・・・・・」
止せばいいのに、白鳳はこの期に及んで、まだ妄想世界を引きずっている。まるっきり反省の色がないと見て、DEATH夫の手に大きな酒瓶が握られた。今度は投擲ではなく、直に殴りつけるのだろう。金色の瞳に宿る禍々しい光は、まさにダンジョンで敵と対峙した時のそれだ。じわじわと生命の危機を感じ、白鳳は大慌てで保身モードへスイッチした。
「ちょ・・・落ち着いてっ。ジョーク、ジョークだってば」
卑屈な媚び笑いを浮かべ、米搗きバッタのようにへこへこ頭を下げる。毎度のことながら、どちらがマスターか分からない。
「人間、追い詰められると、あそこまで卑屈になれるんだな」
「はくほー、カッコ悪いぞ」
「・・・・反面教師としては、得難い人材です・・・・」
「きゅるり〜。。」
主人にあるまじき醜態に、思わず顔を逸らす一同だったが、幸い、DEATH夫には効果があったようだ。振り上げた瓶をシートへ戻すと、彼は低い声で威圧的に告げた。
「とっととしろ」
「?」
「場所を変えると言った」
「あ、そうだったね」
逃れる術を失くしたゆえに、かえって度胸が据わった。どうせ、酒宴の最中にDEATH夫のマスターの所在について、メンバーへ打ち明け、協力を求めるつもりだった。話の内容は読めないものの、彼と語り合う過程で、思惑を上手く伝えて行けたら、今宵の目的は9割方達成出来る。順番は前後するが、神風、オーディン、まじしゃん、スイには会談の結果を踏まえた上で、改めて事情を説明すればいい。
「じゃあ、行こうか」
「きゅるり〜っっ」
広場より移動すべく、DEATH夫に歩み寄るチャイナ服の足元へ、兄を案じた緑の小動物が転がって来た。たおやかな手が丸い体躯を抱き上げ、紺袴の従者へそっと差し出した。
「神風、スイを頼む」
「私はDEATH夫と差しでの話し合いには同意しかねます」
「そ、そんなあ」
「きゅるり〜」
てっきり、お供たちには暗黙の了解を得たと思っていたのに。土壇場で神風から反対され、白鳳はすっかり困り果てた。聡明で頑固な彼を言い負かすには、どのネタを駆使して、いかに攻めるべきか。だが、感性で生きる白鳳に、効果的なセリフが閃くわけもなく、ぎこちなく相手のニーズを示すのが精一杯だった。
「だって、DEATH夫がふたりきりって指定して来たんだもん」
「DEATH夫とのあれこれを単独で捌くのは、正直、白鳳さまには荷が重過ぎます」
日常の揉め事だって、フローズンとハチのフォローに助けられ、やっと解決に漕ぎつけるていたらくではないか。自ら語らぬDEATH夫がわざわざ持ち出す話は、悪魔界絡みの重い内容だろう。初めて会った時からずっと、白鳳はDEATH夫を理解すべく、真摯に取り組んできた。弛まぬ努力が実を結びつつあると、神風も素直に認めている。しかし、この語らいは恐らく、日常レベルの問題とは次元が違う。白鳳の本気は痛いほど伝わるが、神風はなお胸の奥の不安を拭えなかった。
決して、主人を信用していないのではない。かと言って、万が一の事態が生じた場合、側で手助け出来ないのは耐えられない。誰よりも白鳳を慕うがゆえに、ジレンマを持て余す神風へ、フローズンとオーディンが率直な意見を述べた。
「・・・・神風の気持ちは分かりますが、思い切って白鳳さまにお任せしたらいかがでしょう・・・・」
「いかなる形であれ、DEATH夫自ら話し合いを提示することは、二度とないかもしれん」
「確かに、その通りだ・・・・が」
ふたりの助言を聞いた後も、神風は暗いトーンで口ごもった。お小言で済む失敗と異なり、この件に関するしくじりは、白鳳本人やパーティーに致命傷を与えかねない。神風の至高の従者としての勘が、ひっきりなしにそう告げている。けれども、彼の介入は、もう一方の当事者からぴしゃりと拒絶された。
「俺と話すのは白鳳だ。お前がどう捉えようと関係ない」
「!!」
DEATH夫に冷たく突き放され、神風はきゅっと眉をたわめた。以前の険悪な間柄ではなくなったものの、わだかまりが悉く氷解したとは言い切れない。尖った眼差しが一瞬、火花を散らし、見えない緊張の糸がピンと張り詰める。もっとも、白鳳のセンサーはDEATH夫からの負の感情を認識しなかった。にべもない物言いではあるが、彼に神風を挑発する意図はなさそうだ。
(ま、他者への気遣いが出来るコじゃないもんねえ)
白鳳へのアドバイスを遮られ、ついムッとしただけで、神風とてその辺は承知しているはず。ムダな諍いを避けるべく、白鳳は殊更に明るく笑いかけた。
「ホント、神風は心配性でいけないよ。私とDEATH夫の間には強〜い絆があるし、多少話がもつれたとしても、必ず納得行く結果を出してみせるって」
コメントこそ冗談混じりだが、白皙の美貌は真剣そのもの。白日夢に溺れたさっきとは打って変わって、きりっと引き締まった顔が気の輝きで眩しい。ひと度、こうと決めたら、後へは退かない主人の気質を、神風はよく知っている。事ここに至り、とうとう彼は白鳳を翻意させることを諦めた。
「分かりました。もう止めはしません」
「神風」
何とか、神風の許しを貰い、白鳳は口元を柔らかく綻ばせた。
「でも、くれぐれもお調子に乗らないよう、慎重に発言して下さい」
「平気平気、任せといて」
(う〜ん、この妙な自信は。。)
胸を叩いて安請け合いされると、そこはかとない不安が漂うが、空へ放った風船の軌跡は変えられない。無事、目的地へたどり着いてくれと祈りながら、密かに見守るしかない。
「頑張ってっ、白鳳さま」
「オレがついてるかんな」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
「うふふ、ありがと♪」
年少組の可愛い声援で、白鳳はますますパワーを得た。自分でも活力に満ち溢れているのが分かる。これならDEATH夫に気圧されたりせず、意向をしっかり主張出来そうだ。決意を秘め、天を仰いだ白鳳の肩を、フローズンが躊躇いがちに二度つついた。
「ん、どうしたの?」
「・・・・白鳳さま、DEATH夫はもう出立しております・・・・」
「げげっ、嘘ぉ!?」
フローズンに指摘され、ふと見れば、DEATH夫はモタつく白鳳を見捨て、ひとり広場の出口を目指していた。どんなテクニックを使うのか、ハイペースで花見客の一団へ突入しても、人や物に全く接触せず、柳のごとく優雅にすり抜けて行く。
「わ〜ん、待ってよ〜っ!!」
どんどん小さくなる後ろ姿に、白鳳は顔面蒼白となった。せっかくの話し合いも、肝心の相手を見失ったら洒落にならない。メンバーとの名残を惜しむ間もなく、あたふたとDEATH夫を追い掛ける白鳳だった。
TO BE CONTINUED
|