*花に嵐〜9*



「・・・行ってしまった」
「もう、気も感じ取れないよっ」
「はくほー、ですおとまともに話出来っかなー」
「残念ながら、100%の保証はしかねる」
「・・・・脱線、自爆がお得意ですので・・・・」
「きゅるり〜。。」
白鳳とDEATH夫を見送ったギャラリーは、胸中穏やかではいられなかった。主人の意欲を尊重し、快く会談を認めたけれど、そこへ至る過程や動機はほとんど示されていない。DEATH夫のマスターの所在を白鳳へ教えたフローズン、ハチはまだしも、他の連中に至ってはほとんど蚊帳の外で、怒濤の展開に驚き、右往左往するばかり。前者とて、DEATH夫側から仕掛けて来るとは思わず、想定外の事態に募る不安を抑え切れなかった。もし、意見が噛み合わず、双方譲らなければ、パーティーを揺るがす大事件となりかねない。
「・・・・こんな羽目になるのなら、前もって打ち明けておけば・・・・」
「ちゃんと相談するんだったよう」
「え」
「ひょっとして、フローズンとハチは何か知ってるのっっ!?」
「頼む、差し支えない範囲で我々に教えてくれ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
雪ん子と珍生物の思わせぶりな物言いに、仲間たちは色めき立ち、がばと身を乗り出した。DEATH夫のらしからぬ言動を筆頭に、数々の謎が渦巻く中、今はどんな些細なネタでも欲しい。いつになく困惑する彼らへ、少しでも推理の糸口を与えるべく、フローズンは意を決して重い口を開いた。
「・・・・自らアクションを起こした、DEATH夫の意図は私にも分かりません・・・・ただ、白鳳さまは今朝申し上げたことを踏まえ、全員へ協力を求めるおつもりでした・・・・」
「我々に協力だって?」
「・・・・ええ・・・・」
「白鳳さまとどんな話をしたんだ」
「・・・・今、ご説明いたします・・・・」
フローズンはハチと一緒に白鳳へ告げた内容を、前後のやり取りも含め、過不足なく説明した。無論、彼らの判断を責める者は、誰ひとりいなかった。白鳳への報告に留めたのは、不確定情報で仲間の不安を煽ってはならないと慮ったからだろう。DEATH夫の状態に翳りが見え、皆、いたく心配しているだけに、フローズンたちがそう考えても無理はない。
「そうだったのか・・・DEATH夫のマスターが当地に」
「白鳳さまはDEATH夫とマスターを再会させるつもりなんだねっ」
「きゅるり〜っ」
スイの鳴き声に呼応するがごとく、メンバーは途方に暮れた様子で視線を絡めた。白鳳団を取り巻く現状は、果てしなく厳しい。DEATH夫が悪魔界へ戻れるか否か。戻れない場合、封印を解けるか否か。主要な分岐はこの二点なのだが、いずれに転ぼうと完全なるハッピーエンドはないし、悪魔界主従の諍いに巻き込まれ、命の灯を消される結末すら浮かぶ。当然、あらゆるハプニングに対処出来るよう、周到且つ綿密な準備は欠かせないが、相手が上級悪魔なだけに、今までの危機管理は役立たず、誰もが鉛の玉を飲み込んだような苦い面持ちだ。しかし、実のところ、神風のみは周りと異なる理由で深刻に悩んでいた。
(確かに、フローズン、ハチと白鳳さまの間に、秘密を共有する匂いはしていた・・・が)
白鳳の裏も表も熟知した神風は、隠し事の存在自体には気付いていた。しかし、さすがの彼も具体的な中身までは把握し得なかった。一時の険悪な関係は脱したものの、未だにDEATH夫との距離は近くない。ゆえに、フローズンとハチが白鳳のみに伝えたのは当然だし、異議を唱えようとは思わない。だが、白鳳が自分に相談もなく、酒宴での告知計画を進めていたと知り、割り切れない気持ちで一杯だった。
(なぜ、白鳳さまは何ひとつ知らせてくれなかったのだろう)
手に余る面倒は神風へ丸投げの白鳳が、珍しく自力で頑張った。本来なら、むしろ喜ばしいことなのだが、反面、頼る価値なしと認定された気がして、生真面目な彼は激しく落ち込んでいた。



広場に残されたメンバーは、それぞれの立場で葛藤を持て余していた。神風個人のわだかまりはともかく、彼らお目付役とハチ、まじしゃん、スイの苦悩は方向性が異なる。パーティー運営へ携わる立場からは、DEATH夫の去就のみならず、悪魔界と関わるリスクが頭を離れないが、子供たちにとっては同士を失うことが何より悲しいらしい。つぶらな瞳を潤ませながら、彼らはストレートに感情をぶつけた。
「ですおがご主人さまと会えるのは嬉しいけど、いなくなったら寂しいぜー」
「正直、最初は怖いと思ってたっ。でも、今はハチと同じ気持ちだよっ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
胸が痛むのは皆、同じだ。役割上、道中の安泰を優先させていても、掛け替えのない仲間の離脱に、平静でいられるはずはない。
「たまに揉め事もあったが、長年苦楽を分かち合って来たからな」
「・・・・戦闘の穴はフォロー出来ても、心の穴は簡単に埋められません・・・・」
「しかし、マスターの意向次第では、決別する可能性もあり得る」
もちろん、意地悪で言ったわけではない。お調子者の暴れうしに仕えていたせいで、神風は未知のアクシデントへ対処する時、最悪のケースを想定する習性がついてしまった。白鳳がどんな無茶をやらかしても、慌てず騒がず落ち着いて対処出来るのは、斜め上の思考パターンを知り尽くした的確な分析の賜物だ。この件に関しても例外ではなく、不測の事態に動けるよう、敢えて厳しい見解を示した。が、バッドエンドは意に添わなかったのか、ひとりと2匹は即座に反論した。
「そんなぁ、決別なんてDEATH夫が可哀想だよっ」
「きゅるり〜っっ」
「んだんだ、ずっと探し続けてきたのによう」
「私とて、実りなき結末は避けたい。ただ、相手があることだから」
和解した今でも、神風はDEATH夫と相容れない部分は多い。だが、マスターへのひたむきな思いだけは自分と重ね合わせ、手放しで共感出来た。主人との別れは決して他人事ではない。全てを賭して尽くして来た白鳳との縁も、未来永劫続くとは限らないのだ。たとえ、白鳳にその気がなかろうと、理想のパートナーを得て、新生活に踏み出すのであれば、神風は喜んで身を引くつもりだった。
「あまり考えたくはないが、もし、不首尾に終わったら、DEATH夫はどうなるんだ」
真底、DEATH夫を案じ、オーディンが神妙な顔で尋ねた。間髪を容れず、年少組が続けざまに声を張り上げた。
「その時はきっと戻るってっ」
「あたぼうよ、他に行くとこもないかんな」
「きゅるり〜っ」
揃ってカムバックを主張する連中に対し、もっともDEATH夫と近しいフローズンは、意外な反応を見せた。
「・・・・さあ、いかがでしょう・・・・」
「へ?」
「きゅるり〜??」
「どういうことっ、フローズンっ」
親友らしからぬ突き放した返答が意に添わず、彼らは不満げに眉をたわめ、口を尖らせた。怒りの眼差しをやんわり受け止めると、フローズンは言葉を選んで言いかけた。
「・・・・一旦、パーティーを離れた以上、誇り高い彼がのこのこ舞い戻って来るでしょうか・・・・」
コメントを聞いても、幼心はなお納得いかない風だが、神風とオーディンは我知らず深くうなずいた。彼らの見方もフローズンとほぼ一致していたようだ。
「元々、DEATH夫はパーティーを仮の住処と位置づけている」
「我らを拒絶せぬ代わり、執着もしていないということだ」
「げげーん!!」
「この前、僕たちのところを去りかけたんだもんなあ」
「きゅるり〜。。」
出奔絡みのゴタゴタが蘇り、さすがに楽観的な展望は消え失せた。モンスター密売組織事件の時、死神はすでに孤高の道を選ぼうとしたではないか。彼の気質を思えば、神風を害した責任とは関係なく、自らの意志で離脱を欲したに相違ない。唯一、気掛かりだったフローズンに良き伴侶が出来たのも、白鳳団を見切る大きな要因となっている。もっとも、マスターとの対峙後を懸念するより、今は白鳳vsDEATH夫の話し合いを待つべきだ。とは言うものの、留守番の身では為す術もなく、従者とスイは無念さに唇を噛んだ。
「いったい、DEATH夫は白鳳さまへ何を話しているのだろう」
「・・・・ふたりが帰ってから、聞くしかございません・・・・」
「きゅるり〜」
「我々は手を拱いているしかないのか」
「う〜ん、歯がゆいなあっ」
「オレもこっそりついてきゃ良かったよう」
日頃は、呼びかけにすら応じないDEATH夫が、白鳳の機先を制して伝えるからには、ただならぬ内容なのは明らかだ。気になって気になって、心のざわめきが止まらない。一同はシートの上で車座になって、しばし無言で沈思していたが、やがて紺袴の従者がすっくと立ち上がり、遥か彼方を見据えた。
「ダメだ、私にはただ結果を待っているなんて出来ない」



フローズンとオーディンの説得を聞かず、まじしゃん、スイの制止を振り切り、更に同行すると縋りつくハチを引き剥がし、神風は白鳳たちを追って出立した。周囲の言い分は客観的に見ても妥当なものだったが、穏やかな彼には珍しく、一切取り合わなかった。白鳳の火事場の馬鹿力は認めるし、DEATH夫が実力行使に出るとも思わない。にもかかわらず、どうしても激しい衝動を抑えることが出来なかった。
「取り敢えず、白鳳さまとは逆ルートを取ろう」
一切の気配を消し去ったところで、DEATH夫相手に普通の尾行は危ない。目的地まで彼らを泳がせておいて、到着した頃に気を探り、そこへ近づく方がよかろう。語らいが始まれば、他者との会話に慣れていないだけに、DEATH夫の集中力も多少落ちるはずだ。初っ端は聞き逃しても、その後の文脈から、内容は十分推理出来る。
「務めを果たすべく頑張る白鳳さまへ、水を差す行為と分かっているのだが・・・」
自覚していながら、ふたりを追い掛けてしまう己の愚かさに、神風は自嘲的なため息をついた。けれども、白鳳から何も伝えられなかった事実が、大きな影を落としていた。パーティーの浮沈に関わる場面では、いつも真っ先に相談してくれたのに。そんな主人の悩みを速やかに解決するたび、安易な依存心を捨てるよう叱責して来たが、いざ白鳳に独立されてみると、胸の奥にぽっかり穴があいたみたいだ。むしろ神風の方が、白鳳から当てにされることを励みにしていたのかもしれない。
「もう私は必要ないか、判断する良い機会だ」
難しい局面を捌く手腕を、神風は我が目で確かめたかった。全て見届けた上で、白鳳が一人前に成長したと感じた場合は、この先、はっきり一線を画して接しよう。良くも悪くも、自分は白鳳の近くに居すぎた。オトコ絡みの企みがばれ、非難を逃れるため、苦し紛れにわめく、”神風たちのガードが堅いせいで、まるっきり出会いも進展もない”との悪態はある意味、的を射ている。男の子モンスターを複数引き連れて、街中を闊歩する者を、一般人が敬遠するのは無理もない。
「××趣味の時点で、対象はぐっと狭まるのだから、あまり監視を厳しくするわけにもいくまい」
善良な第三者へ迷惑をかけまいと、容赦なく締め上げて来たものの、過保護・過干渉は逆効果だ。主人の幸福を第一に考えるなら、他のお供も含めて程良く距離を置き、天の配剤に任せよう。割り切れない気持ちを抑え、己に言い聞かせる神風だったが、ふと、状況の変化を察した。
「・・・そろそろか」
追い続けたふたつの気の動きが止まった。瞳をそっと閉じて探ると、どうやら、先程DEATH夫を発見した池の付近らしい。神風は一切の気を消し、可能な限り早く彼らの所在地を目指した。ただし、話が聞き取れるエリアに接近してはいけない。いくらDEATH夫の勘ばたらきが低下していても、そこまで近づけば、ひとたまりもなく気付かれる。神風が狙ったのは、声を聞かないで会話内容を把握出来るスポットだった。
「このあたりなら大丈夫だろう」
袴の裾を翻しながら、かろうじて紅と黒のシルエットを捉える位置へやって来た。人間がいかに目を凝らそうと、白鳳の姿は豆粒にしか見えないが、男の子モンスター、特に弓矢を操る”神風”は卓越した視力を持っている。ましてや、はぐれ系の彼ならば、双方の唇の動きを8割方読み取れる。DEATH夫に気を悟られず、ふたりのやり取りを把握出来るギリギリの場所。具体的には、彼らと池を隔てた桜並木の影へ、神風は中腰で陣取った。ところが、ほぼ理想通りの場所を得て、五感を研ぎ澄ませた途端、全身が総毛立つおぞましい気を感じた。
「うっ」
遠くからでもはっきり伝わるあからさまな××オーラ。長い道中、さんざん痛い目に遭わされて来たのだから間違いようがない。パーティーの運命がかかった重大な局面で、相も変わらぬダメ人間ぶりを見せつけられ、神風は暗澹たる気分になった。



遠くで神風が窺っていることなど知る由もない白鳳は、DEATH夫と池のほとりまでやって来た。振り向きもせず、早足で進むDEATH夫の後を、いそいそと付き従う紅いチャイナ服。風に舞い踊る桜の花びらが、いやが上にもムードを盛り上げてくれる。
(あれ、この眺めは・・・・)
どこかで見た絵図だと思ったら、先程の妄想ロードショーそのままだった。最初から巻き戻して再生したが、ふたりの立ち位置、背景を始めとして、何ひとつ相違点が見当たらない。信じ難いデジャブは、お目出度いあほん回路をムダに活性化させた。無から有を作り出す、捏造パワーに関して、白鳳の右に出る者はない。しかも、白日夢のデジャブを見ているのだから、捏造どころか根拠は十分過ぎる。普通の夢に正夢があるように、起きて見る夢が正夢になったっていいではないか。
(こ、これはもう愛の告白しかないよvv)
地道な段階をすっ飛ばし、白鳳のドリームは一直線にゴールを目指す。もはや、直前のDEATH夫の容赦ない仕打ちも、ことごとく好材料へ変換されていた。過激な行動に出たのは、言葉で気持ちを伝えられない彼の不器用な愛情表現だ。移動中、DEATH夫が一度も振り向かなかったのは、本心を見透かされるのを恐れたからに違いない。
(んもう、あのコったら、ホントに照れ屋さんなんだから)
夜桜に相応しいロマンテイックなイベントを思い、白鳳はうっとり目を細めた。同行人の目が届かないのをいいことに、鼻歌混じりで軽いステップなど踏んでいる。だが、浮かれポンチ丸分かりな醜態は、神風にしっかり見られていた。
「思い切って、追って来て良かった。こういうお調子体質を改めないから、差しで会談などさせられないんだ」
緩み切った表情を見ただけで、白鳳の腐った脳内は、細胞レベルで完璧に読み取れる。性懲りもなく、B級妄想ストーリーの余韻に浸っているのだろう。ただし、白鳳がしつこく秋波を送っても、DEATH夫が振り向くことはあり得ない。たまに示す思わせぶりな言動は、対人関係のスキルのなさゆえと、神風は近頃ようやく合点がいった。力ずくが通用する相手ではないし、どう奮闘したところで糠に釘だ。
「白鳳さまには私がついていないと」
進歩のなさをぼやきつつも、まだ必要な存在でいられると、心のどこかでほっとしている。やはり、自分の方が主人の世話焼きに依存しているようだ。己の未練がましさに苦笑して、神風は困った暴れうしへ生温かい視線を流した。脳内麻薬が出まくっているらしく、いかがわしい桃色オーラがダダ漏れしている。と、その時。DEATH夫がいきなり振り向き、白鳳を見据えた。いよいよか、と神風は口を真一文字に引き結んだ。緊張する忠臣に引き換え、当の白鳳は虚しい期待に頬を紅潮させ、逸る気持ちを静めるのに必死だ。
(果たして、どんな殺し文句で告ってくれるのかなあ、どきどき♪)
しかし、白鳳の乙女チックなときめきは、ほんの3秒も続かなかった。
「俺はここでパーティーを抜ける。戻ったら、他のヤツらに言っておけ」
「えええええっ!?」
まさに天国から地獄。独りよがりの幻に酔いしれていた白鳳は、頭から派手に冷水を浴びせられた。個性派揃いのお供との旅は、良くも悪くも数々のハプニングがあったけれど、正直、こんなに驚いたことはない。衝撃のあまり足をもつれさせ、危うく池へ落ちるところだった。爆弾発言に驚愕したのは、白鳳ひとりではなく、彼らの様子を窺っていた神風も顔を青くして、事態の深刻さにおののいた。
「・・・・大変なことになった」
仮の住処だろうと、DEATH夫がいきなり離脱の話をするとは思わなかった。後悔先に立たずだが、バレを承知の上で、全員参加した方がマシだった。せめて、ハチを剥がさないでおけば、皆と連絡が取れたものを。神風としては、ギリギリまで白鳳のお手並みを見守るつもりだったが、もう単なる傍観者では居られない。
(いざという場面で即、動けるところへ行こう)
パーティーの非常事態だ。近づき過ぎたため、DEATH夫に見つかってもやむを得まい。神風は気配を抑えたまま、全速力で立ち木を縫って駆け出した。


TO BE CONTINUED


 

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