*花に嵐〜10*



DEATH夫の唐突な離脱宣言は、浮ついたドリームを一瞬にしてうち砕いた。夜桜が醸し出す幻想的な眺めも、波間でもがく白鳳に見惚れる余裕はない。しかし、いつまでも呆けていてはマスターの名が泣く。残念ながら、フローズンもハチもいないけれど、彼らのアシストなしで、なんとかDEATH夫の意思を覆さなければ。神風の動きを知る由もない白鳳は、心の揺れを気取られないよう、ことさら低い声で切り出した。
「話って、結局それだけ?」
「ああ」
「なら、別にふたりきりで話す必要ないでしょ」
「頭数が多いと煩い」
オトコが絡まない場合、白鳳の思考回路は極めてまともに働く。DEATH夫の狙いはすぐピンと来た。要するに、腰が引けたお調子者相手なら、脅しや実力行使で圧倒出来ると踏んだのだろう。仮初めのマスターどころか、自分は完全になめられている。厳しい評価を突きつけられ、白鳳は四肢から力が抜ける思いだった。が、冷静に振り返ると、DEATH夫との数々の難局を切り抜けて来られたのは、フローズンたちの助力あってこそ。単独では与し易しと、甘く見られてもやむを得まい。とは言うものの、今回はこれまでの揉め事とは訳が違う。DEATH夫の去就次第で、パーティーの命運が大きく変わって来る。みすみす彼を去らせては、気を揉んで待機している従者やスイに会わせる顔がない。
「フローズンやハチにも黙って行くつもり?」
頼れないはずのメンバーを真っ先にあげるあたり、自力説得はおぼつかないが、DEATH夫が唯一、後ろ髪を引かれるのは、彼らなのだから仕方ない。しかし、白鳳の目論見も虚しく、彼は眉ひとつ動かさず、抑揚のない口調で返した。
「悪いのか」
「当たり前だよっ!!」
「ふん」
DEATH夫の他人事みたいな問いかけに、白鳳は思わず声を荒げた。親友が相談も別辞もなく姿を消したら、残された者はどんなに嘆き悲しむか。ムダに行動力のあるハチがフローズンを引っ張って、DEATH夫を探しに行く可能性も否めない。戦闘のエースに加え、大蔵大臣とムードメーカーを失っては、白鳳団の旅は到底成り立たず、想像するだに恐ろしい。もっとも、腹立ちの原因はパーティーの効率云々ではない。長年かけて培ってきた絆を、あっさり断ち切る態度に我慢がならなかったのだ。白鳳、フローズン、ハチは、悪魔界への帰還自体を否定していない。マスターと和解した上で、元の世界へ帰るのであれば、DEATH夫にとって理想的な結末だと誰もが認め、受け容れていた。
「私たちはDEATH夫の望みが叶うことを願ってる。でも、もしパーティーを抜けるなら、事の顛末をちゃんと報告して、皆を安心させた上で、名残を惜しみつつ別れるもんじゃないの」
「それはお前の基準でのあるべき姿・・・理想だろう」
「た、確かに・・・」
悪魔の使徒に人間界のしきたりは通用しない。彼の意向を尊重して説いたにもかかわらず、冷たく一蹴され、白鳳は次の言葉に詰まった。DEATH夫の指摘は正しい。白鳳の言い分は、DEATH夫にはこう去って欲しいという願望だ。けれども、他のメンバーとて思いは同じ。寂しさの中にも光明を見出して別れたいと思うのが、苦楽を共にして来た仲間の心情ではないか。
「第一、悪魔界へ行くとは限らん」
「なぜ?DEATH夫のマスターが近くへ来てるって、フローズンとハチは言ってたのに」
「やはりな」
「え」
「数日前からヤツらの様子がおかしかった。今朝からお前の様子もおかしくなった」
「・・・・・・・・・・」
フローズンは友を、妙に鋭い部分と鈍い部分を持つと評したが、まさに前者の実弾が炸裂した。話嫌いなDEATH夫が、わざわざ機先を制して、差しの会談を持ちかけたわけだ。そこまで周りの変化に気付いていたら、白鳳が書いた花見のシナリオなど、全てお見通しだったに相違ない。



フローズン、ハチがマスターの気配を感知した。その情報を白鳳へ伝えた。状況を把握した白鳳は酒宴の席を借り、他の連中へ詳しく説明した後、協力を要請するはずだった。同士の生死に関わることゆえ、彼らは労苦を厭わないで取り組むだろう。ところが、白鳳が練り上げた計画は日の目を見ず、当のDEATH夫から阻止されてしまった。モンスター捕獲の道中を通し、徐々に気持ちが通じ合って来たと確信していただけに、白鳳の痛手は大きかった。命の危機に瀕した時すら、仲間を頼らず孤高を貫くなんて。
「DEATH夫はマスターに会うため、ずっと旅して来たんだよね」
「ああ」
「だからこそ、皆へ事情を打ち明けて、出来る限り力になりたいと・・・・」
DEATH夫はすでに白鳳サイドの出方を承知していようが、本気をアピールすべく、改めて言葉にした。が、彼は凍った眼差しのまま、白鳳の申し出をぴしゃりと拒んだ。
「俺にかまうな。お前たちに出来ることは何ひとつない」
「そんな身も蓋もない言い方、あんまりじゃないっ」
厚意へ背を向けられ、食ってかかる白鳳に対し、DEATH夫は彼らしからぬ柔らかな物言いで告げた。
「解呪の旅の最中に、厄介事へ関わる余裕はなかろう」
「・・・DEATH夫の浮沈がかかってるのに、無視して他国へ移れやしない」
順調にスケジュールをこなせるのは、パーティーの安泰あってこそ。スイはもちろん大切だが、私心なく仕えてくれるお供も掛け替えのない宝だ。白鳳にとって、男の子モンスターは単なる僕ではなく、家族であり、親友であり、さらに永遠の愛人候補でもあった。が、こちらの一方的な思い入れが、DEATH夫に通じるわけもなく。
「抜ければ、お前らとは無関係だ」
「抜けて済むと思ってるの?皆、DEATH夫を案じてるんだよ」
相変わらず取りつく島もない反応に焦りを感じながら、白鳳は心を込めて語りかけた。モノは考えようだ。DEATH夫の頑なな拒絶は生まれつきの気質もあるが、悪魔界絡みで同行者へ災いをもたらすまいと、慮った結果ではなかろうか。戦闘以外、興味のない彼に細やかな配慮が出来るとは思えないが、ここは一縷の望みに縋るしかない。
「自分の決着は自分でつける」
「DEATH夫・・・・・」
真摯な訴えの甲斐なく、またもするりと流され、会談の入り口にも立てない。ふたりきりと指定され、DEATH夫と腹を割って話すチャンスと期待していたのに、さよならの最終通告を受けただけ。説得のきっかけも掴めず、白鳳はすっかり困り果てていた。唯一の収穫と言えば、噛み合わないやり取りの中、根本的な勘違いに気付いたことくらいか。どうやら、離脱は昨日今日思い付いたことではなさそうだ。神風を傷付けた時もパーティーを去ると明言したが、それは己の仕業に対し、彼なりのけじめをつけるためと解していた。しかし、実のところ、当時からDEATH夫はひとり出立する意思があったのだろう。フローズンたちの慰留を受け容れ、一旦は見送ったものの、決心を貫くべく、再び話を切り出した。敢えて親しいメンバーを遠ざけ、覚悟を伝えた彼を翻意させるのは、並大抵のことでは出来まい。DEATH夫を繋ぎ止めようと、白鳳は必死で良い手立てを模索していた。
(はあ・・・正直、DEATH夫じゃなければ、何とかなるんだけど。。)
屁理屈に逸れる場合もあるが、贔屓目なしに白鳳はかなり弁が立つ。××趣味さえ忘れたら、浮き世の道理を分かり易く説き、相手を唸らせることも可能だ。けれども、DEATH夫には人間界の筋道が通用しない。時間をかけて少しずつ築いた、仲間との絆もほとんど意味をなさない。彼の価値基準は戦闘能力の有無が全て。悪魔界では強さこそ正義だ。つまり、DEATH夫から認められ、命令に従わせるためには、戦って勝利をもぎ取るしかない。でも、いくら腕を上げたとは言え、現在の白鳳のスキルでは、死神を力ずくでねじ伏せるなど、400%無理な注文だった。



池沿いに迂回するルートではあったが、移動に専念したのが功を奏し、神風は5分足らずで対岸まで到着した。早速、ロスタイム分を取り戻すべく、ふたりの様子に目を凝らしたが、案の定、白鳳はじりじり追い詰められているようだ。この位置からだと、主人が青ざめ、挙動不審気味になっているのがはっきり分かる。DEATH夫の離脱の決意は固く、いかにアプローチしようと、分厚い殻にヒビさえ入らない。白鳳がやり方を誤ったのではない。差しの話し合いに臨む、デメリットの方が噴出したのだ。今の流れでは、たとえフローズンでも彼の琴線に触れることは難しいだろう。
(まずいな・・・押し切られてしまうぞ)
あからさまに不利な状況と察し、神風は両の拳を握り締めた。へっぽこでもおまぬけでも、神風には命より大事な主人だ。もし、DEATH夫を引き止められなかったら、パーティーを率いる者として、致命傷となりかねない。レベル1時代からの頑張りを知るだけに、白鳳の立場が悪くなる事態は絶対避けたい。とは言うものの、白鳳がせっかく自力解決を志しているのに、いきなり出しゃばるのは躊躇われる。もう少し成り行きを窺おうと、神風は後ろの繁みへ身を潜めた。今度は唇の動きを読まずとも、彼らの会話がはっきり聞き取れた。
「パーティーは全員で運営してるんだ。離脱みたいに重大な申し出を、私の一存で返答出来るわけないじゃない」
「相談ではなく、結論を言った」
「身勝手な行動は許さないよ」
「俺にはお前の言うことに従う義務はない」
そう、DEATH夫のマスターは悪魔界のラック様だけ。白鳳は仮初めのマスターにもなれない存在だった。けれども、彼の心証がどうあれ、タイムリミットが迫っていると承知で、出立させるなんて出来ない。命令がダメなら、ひたすら頭を下げて頼もう。白鳳は哀願口調に切り替え、先を続けた。
「せめて、封印関連だけでも手伝わせて」
「さっき言った。お前たちに出来ることはない」
「そんな・・・・・」
双方の主張は、まるっきり平行線。正直、話し合い以前で、展望が開けそうにない。追い詰められた時の土壇場パワーも、今回に限っては期待薄だ。白鳳の自主性を尊重し、黙って見守るにも限度がある。アシストのタイミングを逸し、DEATH夫に去られてしまったら、泣くに泣けない。
(もう我慢出来ない)
ある意味、最大のピンチに陥っている白鳳。事ここに及んで、ギャラリーでいるようでは、忠臣を名乗る資格はない。対DEATH夫ではフローズン、ハチに到底及ばないが、ひとりよりふたりだ。決して、議論が得手でないDEATH夫には、頭数が増えるだけでも効果はある。起死回生の一発を狙って、神風は勢い良く繁みから飛び出した。
「我々の下を去るのなら、最後に話くらい聞いてもよかろう」
思い掛けない闖入者へ刮目する紅と黒のシルエット。
「えっ、あっ、神風!?」
「!!」
「悪いと思ったが、ほとんど聞かせてもらった」
さすがにノーマークだった神風の登場で、ふたりの張り詰めた糸が緩んだ。白鳳が驚きで目を丸くしたのは当然だが、DEATH夫の微かな気の乱れを神風は見逃さなかった。さばけた大人を目指しているくせに、喜怒哀楽が激しい主人はともかく、死神の反応は予想外だった。ここへ来る間、神風はスピード優先で、あまり気のセーブをしなかった。ましてや、双方の間隔はわずか数メートル。普段のDEATH夫なら難なく神風を感知出来たはずだ。
(妙だ)
DEATH夫が意図して、神風を泳がせたとは考えづらい。誇り高く不器用な彼は、良くも悪くも小細工をしないタイプ。とすれば、神風の接近に素で気付かなかったことになる。睡眠中でさえ、不審者の気配で目覚めるのに、彼に似合わぬ迂闊さを神風は内心、訝しんだ。



神風が現れ、最初はびっくりした白鳳も、知らず知らず口元に笑みを浮かべていた。一旦は引いた彼が、なぜ姿を見せたか分からないけれど、身動き取れない苦しい局面で、こんな心強い援軍はない。大口叩いた手前、助けを借りるのはカッコ悪いが、非常時になりふり構っていられないし、紺袴が視界に入るやいなや、モチベーションは急上昇だ。萎れた花へ水を注いだごとく、挫けかけた気持ちが再び蘇り、力が漲って来た。やはり、他のメンバーと違い、神風は白鳳にとって特別な僕のようだ。
「でも、どうして神風が」
「・・・言いつけを守れず、申し訳ありません」
白鳳の問いかけに答えぬまま、神風はぺこりと頭を垂れた。主人への複雑な想いが幾重にも絡み合った末、後先考えず追跡してしまった。多分、本当の理由は神風自身にもよく飲み込めていないのだろう。だが、訳はともかく、土俵へ上がったからには白鳳が役目を果たせるよう、力を尽くさなければ。DEATH夫にも前ほどの苦手意識はなく、忌憚ない意見を述べるつもりだ。
「ま、ついて来ちゃったもんはしょうがないよね」
くだけた物言いと裏腹に、白鳳は恐る恐るDEATH夫の顔をのぞき込んだ。表向きは無表情を崩していないが、結果的に1対1の語らいが成り立たなかった事実は、彼の逆鱗に触れてもおかしくない。案の定、DEATH夫は上目遣いの白鳳を一瞥もせず、吐き捨てた。
「ふたりきり、と言った」
「分かってるけど、世の中予定通りにいかないことだってあるでしょ」
心なしか刺のある切り口上にびびりつつ、白鳳は媚び媚びの猫なで声で返した。DEATH夫が離脱を前提にしている以上、対応をミスると即座に立ち去りかねない。とにかく、”話し合い”の形式へ持って行くことを目指そう。神風も白鳳の意図をいち早く察し、援護射撃に出た。
「私の一存でやったことだ。白鳳さまに責任はない」
「そうそう、あれだけついて来んなって言ったのに。ホントに神風ったら、私を愛しちゃってるんだからv」
「・・・・・・・・・・」
神風の参戦が嬉し過ぎて、お調子体質丸出しで浮かれる白鳳。果てない旅路を明るく続けるには、こういう能天気さは欠かせない。とは言うものの、重大な局面でのKYコメントに、神風は頭を抱えた。場を弁えない発言が祟り、崖っぷちに立たされるのでは、とヒヤヒヤしたが、DEATH夫ははしゃぐチャイナ服をスルーして、神風へゆるりと視線を流した。
「ふん、ようやく来たか」
「!?」
「え」
DEATH夫の意味深なセリフに、白鳳主従はきょとんと顔を見合わせた。ふたりきりと指定したくせに、神風が来ることを予測していたらしい。ならば、追跡されても素知らぬ顔で放っておいたのもうなずける。
「白鳳さま、DEATH夫は私の到着を待っていた気がします。真の勝負はこれからです」
「うん」
出立をやめさせるのが最終目標だが、その前に決意に至った経緯を吐露して欲しい。過去現在未来と自らを語らぬ、DEATH夫の内面に少しでも触れたい。幸い、最強の味方が馳せ参じてくれた。フローズンやハチのように、彼の情には訴えられないが、バランス感覚に優れた神風なら、白鳳とは別の視点で鋭く斬り込んでくれる。形勢逆転を期し、傍らに控える従者を、頼もしげに見つめる白鳳だった。


TO BE CONTINUED


 

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