*花に嵐〜11*



封印を解くため、手助けしたいと申し出る白鳳に対し、あくまで拒むDEATH夫。彼の離脱の決意は固く、話し合いのテーブルにも付かせてくれない。再三のアプローチをはねつけられ、”万事休す”の文字がうっすら浮かんだけれど、天は奮闘する子羊を見放さなかった。忠臣神風の参戦で、白鳳の萎えかけた心は、雨後の花のごとく活気が蘇った。動揺のあまり、視界より消え失せた夜桜も、今はくっきり瞳に映る。
「え〜と・・・経緯を説明しなくてもいい?」
「はい、大丈夫です」
繁みから飛び出した時、話はほとんど聞いたと言ってたっけ。聡明な神風のことだ。会談の糸口すら掴めぬ厳しい状況も、きちんと把握しているに相違ない。2対1はアンフェアだが、武力でねじ伏せるわけではないし、パーティーの命運を左右する攻防に、なりふり構っていられない。もっとも、DEATH夫が真の力を取り戻せば、たとえ白鳳主従がタッグを組もうと、まるっきり勝負になるまい。
「まず、我々の話に耳を傾けてもらわなきゃ」
「承知しました」
主人の意向を確かめ、神風は神妙な顔でうなずいた。残念ながら、白鳳の説得は軽く流されたが、対峙する相手の交替で、DEATH夫の出方も変わるかもしれない。かつては事務的な会話も成り立たなかった彼らだが、今はまあまあ意思の疎通は出来る。とは言うものの、正面突破を試みても、DEATH夫の分厚いガードは破れそうにない。彼の琴線へ触れるべく、神風は敢えて変化球で攻めてみた。
「自分基準で語っているのは、白鳳さまだけじゃなかろう」
「・・・・・どういうことだ」
よりによって、真性××野郎と一緒にされ、DEATH夫の金の虹彩が鈍く光った。らしからぬ挑発めいた仕掛けに、白鳳は気を揉んだが、神風は特に動じる風もなく、淡々と先を続けた。
「皆で協力して、封印関連の問題を解決した後、名残を惜しみつつ別れる。それが白鳳さまの理想なら、全て独りで解決したいというのは、DEATH夫が考えたあるべき姿ではないのか」
「・・・・・・・・・・」
いきなり正論をぶつけられ、元々、弁の立つ方ではないDEATH夫は押し黙った。ふたりのやり取りをずっと聞いていた神風は、DEATH夫の主張の矛盾点を的確に突いた。神風の指摘は正しい。DEATH夫の言い分は、悪魔の使徒に相応しい身の振り方を述べたに過ぎない。
(う〜ん、さすが私の神風v)
プレッシャーによる焦りもあったが、取りつく島もない態度に、茫然とするばかりだった白鳳に引き換え、神風は初っ端の一言でDEATH夫を沈黙させた。見事な手腕に感心しつつ、白鳳は傍らの従者を熱く見つめた。思えば、捕獲の旅を始めた頃から、ダンジョンの内外問わず、ピンチに陥ると必ずなんとかしてくれた。白鳳団最大の危機に颯爽と現れ、愛する主人のため反撃の一矢を投じるなんて、まさに僕兼愛人の鑑だ。しかし、うっとりしている場合ではない。神風が作ってくれたチャンスを生かさなければ。DEATH夫に反論する隙を与えず、白鳳はイケイケで畳み掛けた。
「神風の言う通り。DEATH夫だって、400%己の理想しか考えてないじゃん」
好アシストを得た途端、肩をそびやかすお調子者に苦笑しながら、神風は次の一手を練った。言いつけを守らず来てしまったが、主の役に立てて良かった。
「それぞれ思惑があるのは分かる。だからこそ、妥協点を探って話し合うべきだ」
「うんうん、互いの主張を上手く取り入れて結論を出そう」
「お前らと相談するつもりはない」
話し合いの必要性を一蹴したDEATH夫だったが、いつものペースを取り戻した白鳳は、声を荒げて切り返した。
「ダメ、そんなワガママ通らないよ」
「我々はメンバーを代表して来た。本意でなかったとしても、数年間、共に旅を続けた同士に対し、後足で砂をかける去り方はように去ることはどうかと思う」
左右からガンガン意見され、DEATH夫は再び口をつぐんだ。強引でテンションの高い白鳳と、論理的で冷静な神風。巧みな波状攻撃は功を奏しているように見えた。



白鳳、神風のタッグの前に、DEATH夫の旗色は悪い。恐らく、議論の類が苦手なので、1対1の会談を求めたのだろう。神風が来るまでは、死神の迫力や威厳に気圧されていた白鳳だが、こういう展開になると実に強かだ。逆にDEATH夫が口を開く場面はほとんどない。相手の反応の鈍さに、主従は勝利を確信しかけたが、攻勢に出たのも束の間。DEATH夫から思わぬ切り返しを受けた。
「神風」
「何だ」
わざわざ神風へ呼びかけたところに、意外な感じを受けたが、さして気に留めなかった。双方への感情を抜きにして、筋道立てて話をするなら、理論的な神風が相応しい。ところが、めったにないDEATH夫からの問いかけは、紺袴のお供のスタンスを根底から揺さぶるものだった。
「お前が俺の立場なら、仮初めの主人に一生仕えるか」
「あっ」
もっとも弱い部分へ斬り込まれ、神風は不覚にも声を漏らした。DEATH夫の素朴な疑問は、心の奥底へぐっさり突き刺さった。上級悪魔と人間。対象こそ異なるものの、全てを賭して尽くすべきマスターを持つ点では、極めて近い立場にあるふたりだ。言葉で意思を伝えることに慣れない彼から、従者道の根源へ迫る一撃が繰り出されるとは思ってもみなかった。いや、細かい話は面倒だからこそ、ストレートに核心を突いたのかもしれない。
(私がDEATH夫だったら)
迷う余地など皆無だ。間違いなく、彼と同じ行動を取る。けれども、本音を答えれば、自らの意見を否定したのも同じで、元も子もない。重大な局面ゆえ即答は避け、改めて頭の中を整理してみた。故あって白鳳と離れた神風が、とあるパーティーの一員となる。偶然の導きではあるが、マスターや仲間は皆、気の良い連中でさしたる不満もない。むしろ、望外の居場所を得たと言えよう。が、そんな理想的な環境に身を置こうと、瞼に映る銀髪の麗人は消えず、心は満たされまい。白鳳を護り、幸福になるよう、身を粉にして働くのが僕としての務め。再び、受け容れてもらえるのなら、数多の試練も乗り越え、白鳳の下へ戻るだろう。
(困ったな)
想像すればするほど、DEATH夫へシンパシーを抱いてしまう。価値観、性格等は正反対の彼らだが、主への忠義に加え、要領よく立ち回れない点では、見事に共通している。神風にとって、真のマスターは白鳳ひとり。万が一、白鳳が良き伴侶と出会い、身を引く日が来ても、新たな主人を持つつもりはない。義理堅い神風は、受けた恩にはきっちり報いよう。しかし、白鳳は余人を以て代え難い唯一のマスターだ。いかに厚遇されようと、その信念は決して覆ったりしない。
(白鳳さまを支える立場でありながら・・・)
ここでDEATH夫に賛同しては、主の主張と相反することとなり、最古参の従者の名が泣く。かと言って、否定するようでは、白鳳に生涯仕える資格はない。神風は激しいジレンマに苦悩した。両方が納得する理屈を捏造する器用さは、あいにく持ち合わせていない。白鳳への一途な想いが完全に裏目に出た。自身が取らない行動を、DEATH夫へ胸を張って勧められるわけがない。常に他者優先の神風は、封印関連で仲間に面倒をかける道も進むまい。DEATH夫との違いがあるとすれば、別れ際をきちんとすることくらいか。非常時ゆえの方便と割り切って、説得を続けたら済むのだろうが、良くも悪くも融通の利かない彼に、気持ちの切り替えは無理だ。胸が張り裂けんばかりの葛藤の末、白鳳を崖っぷちに追い込むと知りつつ、神風は苦渋の選択をせざるを得なかった。
「・・・・・申し訳ありません、白鳳さま」
「えっ、えっ、なぜ、神風が謝るの?」
この状況で神風が頭を下げるなんて、凄くイヤな予感がした。DEATH夫の指摘に動揺し、明らかに目が泳いでいる。絶対的な信頼を寄せているはずなのに、沸き上がる不安を止められない。案の定、次の呟きで白鳳は奈落の底へ叩き落とされた。
「私にはもうDEATH夫を止めることは出来ません」



心強い味方だった神風があっさり寝返り、白鳳は顔面蒼白になった。
「が〜〜〜〜ん!!!!!そんなあ、話が違うじゃないっ」
「白鳳さまを支持すべきだと、頭では理解しています。ですが、もし、DEATH夫の境遇にいたら、私も迷わず同じ決断をしました」
「ちょっとぉ、DEATH夫に説得されてどうするの」
××絡みの不祥事を除き、かつて神風が白鳳サイドに立たなかったことは、ただの一度もない。天地がひっくりかえろうと、神風は自分を見捨てない。ある意味、傲慢なほどの信頼を寄せていただけに、白鳳が受けた衝撃は大きかった。しかも、パーティーの浮沈を賭けた話し合いで梯子を外されるなんて。幻想的で美しい眺めは、再び白鳳の視界から消えてなくなった。
「ここでDEATH夫と同じ思考が出来ないようでは、白鳳さまの僕でいる資格はありません」
「四角四面に捕らえなくたっていいんだよ。その辺は適当に、ねっ」
神風の応援がなければ埒が開かない。頑なな思い込みを解そうと、ライトに語りかけたのも虚しく、引き締まった面持ちは微塵も緩まなかった。整った眉をきりりと上げ、従者は力強く言い返した。
「いえ、私の生き方に関わる問題なので、適当に済ませては駄目です」
「ううう・・・神風の気持ちはとっても嬉しいんだけどさあ。。」
白鳳を掛け替えのないマスターと慕っているための頑固さ。神風の純粋さは諸刃の剣だった。生真面目で要領の悪い彼に、本音を殺し、白鳳へ与する立ち回りなど望むべくもない。ただ、主人を苦しめている自覚はあるので、神風の表情はどんより暗かった。
「勝手に乱入しておいて、白鳳さまをますます窮地に立たせてしまいました」
「分かってるなら、DEATH夫の戯言は忘れて、互いの”あるべき姿”を融和させる方針へ戻らなきゃ」
DEATH夫を説き伏せる前に、神風に言い聞かせる羽目になるとは思わなかった。従者最大の弱点を、口下手なDEATH夫が巧みに突いて来た。無論、彼は派手な逆転を狙って、礫を投げたのではなかろう。しかし、神風の忠誠心にはDEATH夫も一目置いているし、長い反目を解消するきっかけとなったはずだ。パーティーを率いる白鳳より、神風の方が心境を察してくれると考えても不思議はない。主従のやり取りを眺めるDEATH夫はいつものポーカーフェイスだが、結果的に相手側の論客が自滅して、ほっとしているのだろうか。
「DEATH夫に望むことはひとつ。離脱するのであれば、皆と心行くまで語り合った後にして欲しい」
「だ〜か〜ら、なぜ、去ること前提に話するわけ?」
「彼を翻意させるのは無理です」
真紅の虹彩を真正面から見据え、神風は最終通告をした。DEATH夫ばかりか、頼みの綱の神風にまで見放され、白鳳は暗澹たる気分になった。そして、同時にムカついて来た。僕の資格とやらに拘りながら、どうして、肝心なところで愛する主を突き放すのか。
「私を救いに来たと信じてたのに、神風のいけずっ」
頭から湯気を出しぷんすか怒る白鳳を、優しい眼差しで見つめると、神風は諭すごとく言いかけた。
「腹が立つのは当然でしょうが、私とDEATH夫を同列に考えるのは間違いです。白鳳さまのため、働くことは私の生き甲斐。その信念は小揺るぎもしていません。でも、DEATH夫の場合、仕える相手が他にいる。そんな彼にパーティーへの帰属を強いるのは罪だと思います」
「・・・・・神風」
ずるい。最初に永遠の忠義を誓われたら、叱ることも詰ることも出来やしない。対象と方向性は違えど、彼らの直向きな想いは通じるところがある。ひょっとしたら、DEATH夫の複雑な心情に、もっともシンクロ出来るのは神風かもしれない。つまり、ナイト登場とぬか喜びしたものの、誰よりDEATH夫説得に不適任だったのだ。しかも、困惑する白鳳の気持ちを、神風はさらに揺さぶって来た。
「もし、白鳳さまがDEATH夫のマスターだとしたら、どうなさいますか」
「え」
DEATH夫から神風、神風から白鳳へと、仮説のバトンが渡された。いきなり突拍子もないシチュエーションを提示され、白鳳はきょとんと目を見開いた。



神風がDEATH夫に同調し、驚愕した白鳳だったが、今度は自分へ火の粉が降りかかってきた。おたおたする白鳳に引き換え、鬱陶しい会話から解放されたDEATH夫は、すっかり傍観者のポジションで、主従のやり取りを見つめている。
「私が白鳳さまと別れ、他のパーティーに拾われます。完全にそこへ馴染んで、もう白鳳さまを諦めてしまう・・・・」
「神風が私を諦める?」
「はい、白鳳さまは納得出来ますか」
あっけに取られる主人へ、神風は仮定条件を噛み砕いて話した。決して、自惚れるわけではないが、白鳳が自分をもっとも頼りにし、重用してくれている認識はある。そんな主人の厚情をありがたく感じるからこそ、視点を変えてもらおうと切り出してみた。が、口にした途端、この問いが持ち得る真意に気付き、神風はしまったと思った。DEATH夫のマスターへの共感を求めるつもりだったのに、従者にどれほど執着しているか聞いた風にも取れる。
(まるで、私が白鳳さまの想いの強さを試しているみたいだ)
後悔先に立たず、一旦言ったセリフは取り消せない。白鳳側の本音を引き出すような質問をするとは、控え目な彼らしからぬ失態だった。神風は見返りなど、これっぽちも期待していない。ただただ、白鳳のために尽くし、幸せの手助けが出来ればいい。主の喜びは神風の喜び。信頼や感謝はもちろん嬉しいけれど、特に形にする必要はなく、阿吽の呼吸で察するものだ。でも、長年仕えるうちに欲が出て、心のどこかで白鳳の具体的な意思表示を期待したのかもしれない。僕にあるまじき不遜な問いかけに臍を噛みつつ、神風は紅唇の答えを待った。
「納得も何も・・・あり得ない与太話されてもねえ」
「は?」
能天気に明るく返答され、神風は面食らった。いや、返答ですらない。白鳳は与太話と笑い飛ばしたのだから。
「天地がひっくりかえっても、神風は私を捨てないもん♪」
「は、白鳳さまが不祥事ばかりしでかしていると分かりませんよ」
「うふふ、絶対ないない。大陸中の生き物が私を見限っても、神風はずっと側にいてくれる」
あまりにも自信たっぷりなので、神風は照れ隠しの茶々を入れたが、白鳳は屈託ない笑顔を浮かべ、改めて宣言した。釣られて、危うく口元が緩みそうになったけれど、神風はなんとか踏み止まった。DEATH夫の離脱阻止へ向け、戦っていたたはずなのに、いつの間にか完全に脱線している。DEATH夫とマスターの結び付きが、神風と白鳳の間柄にすり替わるなんて、傍らの死神もさぞや呆れているだろう。元はと言えば、回りくどい手法を使ったのが間違いだ。慌てて軌道修正すべく、神風は白鳳へ声をかけた。
「・・・・とにかく、悪魔界のマスターとて、手塩にかけた使徒をむざむざ人間に奪われたくないでしょう」
「ああ、神風はそれを伝えたかったんだ」
ようやく彼の言わんとすることが飲み込めた。白鳳により強く実感させるため、喩え話を持ち出したらしい。ただ、神風はひとつ致命的な思い違いをしていた。DEATH夫とマスターの関係性は、白鳳主従とはまるっきり異なる。白鳳は今でも覚えている。以前、DEATH夫が自らを”暇潰しに拾ったモンスター”と自嘲的に表現したことを。
(そうだ、一度だけかなり突っ込んだ話を聞けたんだよね。う〜ん、いつだったかなあ)
途切れそうな記憶の糸を辿り、ようやく思い出した。確か、DEATH夫とふたり、レストランの高級ディナーを食べながらだ。当時の情景が鮮やかに浮かぶやいなや、会話内容もありありと蘇って来た。


TO BE CONTINUED


 

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