*フローズンの休日〜前編*



腕利き揃いの白鳳主従にとって、男の子モンスターの捕獲自体には、さして手間はかからない。しかし、流動的な要素も少なくないだけに、毎回、十分過ぎる下準備をして臨んでいた。種族の特質や生息地の調査から始まって、捕らえるまでの段取りを綿密に練り、各々の役割分担を決める。予想外のアクシデントに見舞われても、冷静に対処出来るようシミュレーションも欠かせない。常に滞りなく作業を進め、新種を増やせるのは、事前の完璧な用意の賜物だろう。それでも、捕獲が成功するまでは五感を研ぎ澄まし、精神を一点に集中させている。ゆえに、沈みかけた夕陽を背に凱旋する頃には、皆の緊張の糸はいっぺんに緩み、宿で目一杯くつろいで心身の疲労を癒すのだ。
「あ〜、面白かったっ」
「きゅるり〜」
「陶芸家のおっちゃんが斬られそうになった時は焦ったよなー」
「ご老公たちが助けに来てくれて、本当に良かったねっ」
「おうっ、”この紋所が目に入らぬか”って、すっげーカッコいいっ!!」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
魔法ビジョンから重厚なエンディングテーマが響き渡る。夕食後のひととき、たいてい肩の凝らない娯楽番組を鑑賞するのだが、年少組ひとりと2匹はこの時代劇が一番のお気に入りだった。貴人がちりめん問屋の隠居に身をやつし、お供を連れての世直し旅。単純で他愛のない筋立てだが、けれんたっぷりなので、かえってカタルシスは大きいし、先が読める完全懲悪の話は安心して見ていられる。さらに集団での賑やかな道中が、自分たち一行を連想させるのかもしれない。ただし、劇中の隠居は天下の副将軍だが、こちらの主人はただの困った××野郎に過ぎなかった。
「最初から悪が滅びるって分かってるんだから、あんなに一喜一憂しなくたって」
お約束の展開にもかかわらず、弟たちが口を尖らせ、頬を紅潮させる様を思い浮かべながら、白鳳は苦笑混じりに言いかけた。
「いや、承知していても案外はらはらするものだ」
正義感の強い好漢らしく、オーディンは年少組に混じって、非道に本気で憤り、拳を握り締めて鑑賞していた。
「まじしゃんやハチは白鳳さまと違って、純粋に時代劇を楽しんでいますから」
「ちょっと、それどういう意味さ」
神風の物言いが気に入らず、眉を顰めて問いかけた白鳳に、黙々と資料整理をしていたはずのフローズンがきっぱり告げた。
「・・・・善悪を容姿で判断するのは止めて下さい・・・・」
「そうですよ、これまで外見に拘ったばかりに、幾度も痛い目を見たじゃありませんか」
主人を心から思えばこそ、忌憚ない意見を述べたふたりだったが、残念ながらその意図はまるっきり通じなかった。こと恋愛に限れば、何度頓挫しようと”たまたま運が悪かった”だけで、白鳳は決して自らの過ちを認めなかった。
「オトコは顔!後はお金だよ!!陶芸家のブサな貧乏オヤジより、色男で財力もある越後屋の方が何百倍もステキじゃん。私だったら絶対、越後屋の愛人になっていたのになあ」
「はあ」
「・・・・処置なしですね・・・・」
「きゅるり〜。。」
白鳳の半ば開き直った見解を聞き、神風たちは諦め切った風にやれやれと肩を竦めた。無論、時代劇に限らず、紅い瞳はいかなる番組でも、好みのタイプをチェキすべく、常に妖しく輝いていた。



「ねえ、トランプしない?」
「オレもっ、オレも参加するぞー」
活劇の余韻も醒めたのか、まじしゃんとハチは新たな娯楽を求めた。成長期真っ直中の彼らは捕獲が終わっても、力が有り余っているらしい。だが、他のメンバーの反応はいまひとつだった。フロ−ズンと神風は資料の分類に追われているし、DEATH夫は先程から魔法ビジョンにすら背を向けて瞑想中だし、白鳳は理想の恋人を獲得するための戦略に余念がない。退屈そうな年少組を見かね、いつも相手を買って出るのはオーディンだった。
「よし、一緒にやるか」
「わ〜い、オーディン大好きっ」
「オレ、負けないかんなー」
「きゅるり〜」
元々子供好きなオーディンが、彼らの世話をしてくれるおかげで、仕事ははかどるし、のんびり休むことも出来る。もっとも、拘束されるのはせいぜい一時間前後といったところだ。エネルギーは尽きていなくても眠気には勝てないのか、やがて幼さの残る顔からあくびが連発され、目もとろんと蕩けてくる。
「ふああ。。眠〜い」
「オレも眠くなっちった」
「きゅるり〜」
「そろそろ寝室に行こう」
オーディンに優しく促され、スイを抱えたまじしゃんはハチを伴い、出口とは反対方向の扉へ歩き始めた。今回の宿は居間のみならず寝室も大部屋で、全員が同じ空間で眠る形になっていた。DEATH夫は激しく不満そうだったが、白鳳は敢えて宿泊先を変えなかった。彼が白鳳団の一員として旅を続ける以上、部屋割りの固定は決して適切な状況ではない。フローズン以外のメンバーとも徐々に馴染んで行くのが望ましい。ハチとの関係の変化を思えば、じっくり取り組んだら必ずどうにかなるはずだ。
「じゃあお休みなさい」
「また明日なー」
「きゅるり〜」
振り向きざま、無邪気な笑みと共に投げられた挨拶。その屈託のなさに目を細め、主人たちは口々に声をかけた。
「ゆっくりお休み」
「お休みなさい」
「・・・・良い夢を・・・・」
可愛い連中が去り、室内は完全に静寂を取り戻した。フローズンは神風の助力を得て、領収証の整理を始めた。オーディンは翌日に備えて、皆の荷物をまとめている。白鳳はソファに寝転がると、魔法ビジョンの通販カタログを手に取った。DEATH夫は相変わらず窓の外に視線を流し、ぼんやりと物思いに耽る。アリとキリギリスを連想させる極端な夜の過ごし方だが、働きアリは怠け者を責めるでもなく、淡々と己の役割を果たしている。
「う〜ん、そろそろ私も寝ようかな」
カタログを見飽きた白鳳が、大きく伸びをしながらひとりごちた。すでに時計は11時を回っている。長旅で健康を保つためには、栄養たっぷりの食事と規則正しい生活が欠かせない。体力を回復するためにも十分な睡眠は必要だ。
「そうですね、我々も休みましょう」
「うむ、明日は次の街へ出立だしな」
皆がゆっくり腰を上げる中、フローズンとDEATH夫だけが場を動かなかった。前者はキリの良い所まで仕事を進めたい一心からだが、後者はもちろん単なる大部屋への拒否反応だ。
「・・・・DEATH夫も休まないと・・・・」
「俺はここで寝る」
友の不満を察したのか、可憐な唇が諭すごとく切り出した。けれども、DEATH夫はまるっきり聞く耳持たず、椅子に座ったきり動こうとしない。その眼前に紅いチャイナ服がずかずかとやって来た。
「ダメ。特別扱いはしないからね」
いつになく強気な佇まいの白鳳に続き、フローズンも厳しい口調で付け加えた。
「・・・・きちんと休息を取らなければ、気が減るのが早まるだけです・・・・」
外部から吹き込まれたものは、時が経つにつれ、減少することはあっても、増えることはあり得ない。その過酷な事実はDEATH夫自身もはっきり理解していた。
「・・・分かった」
また体調を崩し、パーティーのお荷物になるなんて耐え難い。DEATH夫は不愉快な表情を隠さなかったけれど、鎌を片手に立ち上がった。就寝前の難題が解決して、ほっと息を付く白鳳だったが、フローズンがまだ記帳を続けているのに気付き、慌てて手招きをした。
「ほら、フローズンもこっち来て」
「・・・・この街での収支を全部記録したいので、もう少しだけ起きています・・・・」
「帳簿なんて放っておけ」
これがDEATH夫なりの精一杯の思いやりらしい。
「・・・・そういうわけにはまいりません・・・・」
几帳面な性格なので、街を離れる前に損益をはっきりさせなければ、気が済まないのだろう。でも、頑健とは言い難い彼を置き去りにして、自分たちだけさっさと眠るのは抵抗がある。
「何か手伝える仕事はないかな」
「遠慮しないで言ってくれ」
「・・・・あと1ページですから大丈夫です・・・・」
「なら、いいけど」
「本当に力になれることはないのか」
「・・・・はい、ありがとうございます・・・・」
「そうか」
せっかくの申し出をやんわり断られ、オーディンはちょっぴり寂しそうだ。とは言うものの、真に専門的な作業は彼でなければ遂行出来ないと知っている。協力したい気持ちは滝のごとく尽きなくても、断腸の思いで引き下がらざるを得なかった。開きかけた扉の前へ移動した仲間に、そっと声をかける可憐な雪ん子。
「・・・・それでは、白鳳さまも皆もお休みなさい・・・・」
「お休み、フローズン」
「お前も早く寝ろ」
「役に立てなくて済まん」
「あまり無理してはいけないよ」
「・・・・承知しております・・・・」



朝の清々しい空気の中、鳥のさえずりが心地よく耳を掠める。出窓に置かれた籐細工のバスケットの中で、丸っこい影がむっくり起きあがった。
「よ〜し、今日も蜂蜜しこたま集めるかんなっ」
昨夜、白鳳特製オムライスを5人前平らげ、時代劇も堪能して大満足のハチは元気一杯、お花畑へ出発だ。容器を抱えて飛びながら、規則正しい寝息を立てる一同の姿を眺めるハチ。懐っこい笑顔の上で、2本の触角がくるくる揺れている。
「はくほーも皆もよく寝てるなー」
雑魚寝に不満たらたらだったDEATH夫も、眠りに落ちた後は目覚めることなく、ぐっすり眠っているようだ。大好きな仲間の健康と路銀のためと、いっそう使命感に燃えるハチだったが、ふとフローズンのベッドだけ、もぬけの空なのが目に止まった。
「あり?どーしたのかなー」
怪訝に思ったハチは、ドアの隙間をすり抜け、速やかに居間へ移動した。床にモンスターの資料や領収証が散らばっている。綺麗好きで整理魔のフローズンに似合わない。短い首を捻りつつ、更に探索を続けたハチが見たものは、机の傍らで不自然に投げ出された椅子と、突っ伏したまま動かない紺色の羽織。
「げげ〜ん!!」
作業を終え、寝室へ向かおうとした途端、力尽きてしまったに違いない。ハチは真っ青になって、パーティーが休む寝室へとんぼ返りした。
「うお〜いっ、てーへんだ、てーへんだっ!!」
昨日の時代劇のセリフがまだ頭にこびりついているらしい。声を限りに絶叫するハチは、室内を無軌道にぶんぶんと飛び回った。
「う・・・ん」
「どうした?」
「ハチ、何かあったの?」
「朝っぱらからうるさいなあ」
「きゅるり〜」
眠い目を擦りつつ、皆は緩慢に上体を起こした。が、蜂蜜色の瞳だけがいつまで経っても開かない。やむなくハチは大胆な実力行使に出た。
「ですおも起きれー」
なかなか目覚めない死神の白い頬を平手でぺちぺち叩く。けれども、間髪を容れず、機嫌の悪さが具現化した手刀に吹っ飛ばされた。
「あてっ」
危うく壁に激突寸前だったちっこい身体を、オーディンが絶妙のタイミングでキャッチした。
「平気か、ハチ」
「あんがとな、おーでぃん」
グローブ顔負けの掌に埋もれそうな体勢で、真ん丸ほっぺがにんまり笑った。
「ところで何が大変なんだい」
主人に恨みがましい目で問いかけられ、再び緊急事態モードになったハチは、身を乗り出して全員に訴えた。
「ふろーずんが向こうの部屋で倒れてるんだよう」
「えええっ」
「きゅるり〜っ」
驚愕の叫びが消えるのを待たず、オーディンが物凄い勢いで、隣室へ駆け込んでいった。白鳳たちも救急用具を手に、ぞろぞろと後へ続いた。



ベッドに寝かされたフローズンのやや青ざめた顔をじっと見つめる一同。散乱した書類から察するに、彼は帳簿を完成させても休まず、別の仕事に没頭していたようだ。今までも作業が進まない日は、密かにこういう夜を過ごして来たのかもしれない。ピクリとも動かないフローズンの容態に気を揉んだ白鳳主従だったが、幸いお昼前にうっすら目を開けた。
「・・・・私は・・・・」
「フローズンっ」
「気が付いたか」
「良かった、フローズン」
「なあ、苦しくないのかー」
瞳を凝らして心配そうに覗き込むメンバーの様子で、己が見舞われた難儀を悟ったフローズンは、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「・・・・済みません、皆に迷惑をかけて・・・・」
「フローズンが謝ることなんてないぞ」
「昨夜、我々がずっと側に居れば」
「詫びなければならないのは私たちの方だよ。フローズンの優秀さと真面目さに甘えて、面倒なことは全て任せっ切りにしてたからいけないんだ」
あらゆる雑事を完璧に処理するので、難なくこなしてるとばかり思い込んでいたが、100%以上の成果をあげるため、見えないところで身を粉にして努力して来たのだ。凪の微笑にごまかされ、か細い肢体が壊れかけるまで働かせてしまうなんて。白鳳はまたしてもマスターとしての未熟さを痛感せずにはいられなかった。
「・・・・いえ、これが私の勤めですから・・・・」
なおも健気に答えるフローズンに、白鳳は真摯な眼差しで言いかけた。
「ここにいる全員で旅してるんだから、ひとりで何もかも背負うことないよ。今日からは帳簿付けや資料整理や行程の段取りなどの仕事も出来る限り分担しよう」
正直、数字関連や地道で綿密な作業は絶望的に苦手だが、神風やオーディンの力も借り、本腰を入れて取り組まなくては。素直な年少組も主人の前向きな提案に反応して、明るい声で叫んだ。
「僕たちもいろいろ協力するからねっ」
「オレもっ、オレもっ、頑張るぜー」
「きゅるり〜っ」
「・・・・ありがとう・・・・」
仲間の気遣いが嬉しくて、黒目がちの瞳を仄かに潤ませるフローズン。しかし、一番の親友であるはずのDEATH夫からは”手伝う”の”て”の字もなかった。友の体調を心配しているのは間違いないが、彼の中ではそれが手伝いに結びつかないのだろう。
(戦うこと以外、何も出来ないコだからねえ)
けれども、DEATH夫だけ事務作業を免除しようとは考えていない。彼を名実共にパーティーの一員とするためには、二度と特別扱いしてはならないのだ。
「さ、また眠った方がいい」
「・・・・ですが、今日新しい街へ・・・・」
「余計なことは考えないでいいの。今は疲れを取るのが一番だよ」
「・・・・はい・・・・」
期間限定の種族でも狙わない限り、移動が数日遅れようが、大勢に影響はない。同行者の健康の方が遙かに大切だ。すでに白鳳はフローズンが全快するまで、ここに滞在しようと決めていた。予定外の宿賃はハチの蜂蜜を市場で売れば、楽勝で稼ぎ出せる。
「じゃあ、我々は居間へ移動しようか」
「そうしましょう」
「僕たちが騒いだらフローズン眠れないもんね」
「ゆっくり休め」
「早く元気になれや」
「きゅるり〜」
残されたフローズンの瞳が儚げに感じられ、胸が痛んだものの、白鳳は従者たちと連れ立って、二室を仕切るドアへ向かいかけた。とその時、後方から凛とした声音で制止された。
「ちょっと待ってくれ」
「え」
控え目なオーディンが他者に指図するのは珍しい。一同は立ち止まり、じっと耳を傾けた。
「体調を崩したときはただでも不安になるものだ。せめて眠りに落ちるまで付いていた方が、フローズンも心強いと思うのだが」
病で苦しんだ自らの心理状態に覚えがあるのか、メンバーは即座に反応した。
「確かにこんな広い部屋でひとりぼっちは寂しいよねっ」
「オレもふろーずんと一緒がいいぞー」
「きゅるり〜」
「声の高さにさえ気を付ければ、邪魔にはならないでしょう」
結論を待たず、黒いシルエットが早々と戻ったのを見て、白鳳は締め括りの意味でフローズンに問いかけた。
「そういうわけだから、居座ってもいいかな」
真紅の虹彩に映る雪ん子が、喜びと安堵を隠し切れず仄かに口元を緩めた。
「・・・・ええ、私には異存はございません・・・・」


TO BE CONTINUED


 

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