*愛人がいっぱい〜1*



一同が主人の異変を決定的に察知したのは、その日の夕食のことだった。
「は〜い、お待ちどおさまv」
「おおおっ、美味そうだな〜」
「これだけ品数があると、見てるだけでワクワクするよねっ」
「きゅるり〜♪」
白鳳はいつも通り宿屋の厨房を借り、手ずから丹誠込めた料理をこしらえた。色とりどりの野菜が賑やかな八宝菜をメインに、春雨サラダや茶碗蒸しやスープ、さらには紅白の杏仁豆腐が所狭しとテーブルを彩る。大はしゃぎで食卓に陣取った年少組に続き、神風たちもいそいそと席に着いた。今日のモンスターには予想外に手こずった。テレポートさながらの素早い動きに翻弄され、ダンジョンを隅々まで駆け巡っただけに、誰もが空腹の限界だった。皆がそれぞれの場所へ落ち着いたのを見届け、おもむろに食卓までやって来た白鳳だったが、不意にフローズンから声をかけられた。
「・・・・白鳳さま、指をどうかなさったんですか・・・・」
聡明のみならず目ざといフローズンは、先細りの指の絆創膏にいち早く目を留めたようだ。
「うっかり手が滑っちゃって」
白鳳は軽く肩を竦め、笑って答えたが、心優しい従者たちは約1名を除き、一斉に身を乗り出した。
「げげ〜ん!!はくほー、ケガしちったのか」
「お疲れでしたら、自炊にこだわらなくても」
「きちんと殺菌しなければ、後々悪化しかねないぞ」
「僕、おじいちゃんに貰った傷薬持ってるよっ」
「平気、平気、かすり傷だよ。さ、食事にしようか」
「きゅるり〜」
心配そうな表情で見つめるメンバーに明るく言いかけると、白鳳は透かし彫りの椅子に腰掛け、胸元で祈るごとくたおやかな手を合わせた。これがパーティーの食事開始の合図なのだ。
「「「いただきます」」」
声の余韻が消えないうちに、従者たちは好みの献立に箸を付けたが、ほんの一口で全員、首を捻った。明らかに味加減がおかしい。八宝菜は酸味が強すぎるし、サラダは辛いし、茶碗蒸しにはほとんど味がなく、スープは苦くて、杏仁豆腐のシロップはしつこい甘ったるさだった。本職の料理人を凌ぐ腕前を誇る白鳳なのに、無論、こんな異常事態は初めてだ。本来なら即座に指摘するところだが、神風とオーディンとフローズンは、お互い曇った顔で目くばせしたきり、すぐには動かなかった。主人の乱調にはっきりした心当たりがあったからだ。しかし、食べるの生き甲斐、本能で動くハチは、裏事情を知らないこともあり、素朴な疑問を躊躇わず口にした。
「あり?はくほー、なんか変な味だぞー」
「えっ、そんなはずは・・・」
膨れっ面で尋ねられ、訝しげに首を捻った白鳳の前に、ずいと小皿が突き出された。見れば、黒いシルエットがこちらを睥睨しているではないか。食に興味がないDEATH夫がこの手の話題に参加するのは極めて稀だ。金の瞳が放つ尖った眼差しが胸にちくちく突き刺さる。
「食ってみろ」
「う、うん」
DEATH夫に促され、弟と共に恐る恐るたけのこを口にした途端、白鳳は素っ頓狂な声をあげた。
「げっ、何、これっ」
「きゅっ、きゅるり〜」
一緒に試食したスイが思わず吐き出すほどの無惨な出来映え。DEATH夫がクレームを付けたのも無理はない。一所懸命尽くしてくれる同行者に、残飯にもならない失敗作を出してしまうなんて。
「味見もしなかったのか」
「詫びて済むことじゃないけどゴメン」
白鳳はしょんぼりと頭を下げた。けれども、DEATH夫の険しい顔付きはこれっぽちも緩まず、畳み掛けるように先を続けた。
「戦闘時も足手まといだし、役立たずは目障りだ」
「ううう」
確かにここ数日、白鳳は戦いでも精彩を欠いており、男の子モンスターたちに迷惑をかけていた。決して意地悪い言い掛かりではなく、全て事実なので、悔しいが一言も反論できない。が、黙って糾弾に耐える”かあちゃん”を見かねたのか、ハチは一転して白鳳の擁護に出た。
「なあなあ、はくほーも謝ってんだし、もういいじゃないかよう」
ハチは単に己の味覚を追究しただけで、白鳳を責める目的で聞いたわけではないのだ。主人にどう対処すべきか悩み、経緯を見守っていた神風たちも、ハチの仲裁に待ってましたとばかり、次々と擁護意見を述べた。
「・・・・調味料を加えれば、味は修正できます・・・・」
「手間暇かけて作ってくれることに感謝せんとな」
「猿も木から落ちるって、おじいちゃんも言ってたし」
「白鳳さま、もう気に病まないで下さい」
「明日は美味いもん作ってくりやー」
全面的に自分の落ち度にもかかわらず、フォローの言葉をかけてくれる彼らの心遣いに目頭が熱くなる思いだった。もはや主も従もなく、掛け替えのない仲間たちだ。
「あ、ありがとう。。」
「きゅるり〜」
穏やかな笑みを浮かべる一同に囲まれ、ふっと目を細めた白皙の美貌を、DEATH夫ひとり、なおもきつい視線で睨み付けている。彼からすれば、皆が腫れ物に触るみたいに白鳳を庇う様子も面白くないのだろう。
「ふん、こんなヤツ、甘やかすとつけ上がるだけだ」
うんざりした口調で吐き捨てるやいなや、DEATH夫は食事もせずに、ぷいと寝室へ立ち去って行った。





皆の協力で料理の珍妙な味をどうにか整え、無事、晩餐は終わった。洗い物のため、大小の食器を抱えた白鳳を敢えて手伝わず、主人不在の隙にパーティーは緊急会議を始めた。
「あの日以来、白鳳さまは四六時中、上の空だ」
「うむ。自ら見切りを付けたと言っていたが、何か複雑な事情が絡んでいるに相違ない」
街へ到着してすぐ、白鳳は家具職人の男性に目を付けた。いつもなら色っぽく迫った途端、魔物に遭遇したごとく逃亡されるのだが、今回は媚薬も使わなかったのに交際は順調そのもの。街中を仲睦まじく歩くふたりの姿を幾度となく目撃した。ひょっとしたら、××神のお慈悲で白鳳に真の幸福が訪れるのでは、とメンバーは密かに進展を期待していたのだが、唐突に白鳳が相手を振ってしまったのだ。驚いて説明を求める声にも、見損なったの一言だけで、他は一切ノーコメントを通した。日頃と違って、恨み言も愚痴もなく、さばさばと明るく振る舞っているのが、逆に痛々しい。相手を口汚く罵ったり、周囲の同情を買おうと哀れっぽく絡んで来た場合の方が、案外、立ち直りは早かった。
「早く元気になって欲しいよねっ」
「どうしたらはくほーを力付けられっかなー」
オトナの世界の詳細は知らないまじしゃんとハチでも、恋愛の初歩くらいは理解出来るし、少なくとも現在の白鳳の快活さが偽りだということは感じ取っている。年齢や立場は違えど、主人を案じる気持ちは同様だ。そんな同士を見遣りつつ、フローズンがか細い声で切り出した。
「・・・・先程、情報屋から報告が来ました・・・・」
「え」
「じゃあ、真相が分かったのか」
「・・・・はい・・・・」
白鳳から話が聞けないのならと、フローズンが馴染みの情報屋に交際の顛末を調べてもらったのだ。個人の秘密を探るのは悪趣味だと承知の上だが、事の核心が判明しない限り、埒が開かないのでやむを得ない。
「で、破局の原因は」
神風の問いかけの後、全員、口を真一文字に引き結んで、判決でも聞くように答えを待った。仲間の視線を浴びたフローズンは蒼い瞳を伏せ、苦しげに呟いた。
「・・・・我々が原因らしいです・・・・」
「ええっ、僕たちがっ!?」
「オレたち、何にもしてないじゃないかよう」
身に覚えのない年少組は不服そうに頬を脹らませたが、神風はある可能性にピンと来たのか、神妙な面持ちで言いかけた。
「もしや相手が男の子モンスターを忌み嫌っていたとか」
「・・・・残念ながらその通りです・・・・」
どうやら、白鳳の男の子モンスター収集癖が気に入らず、それがきっかけで亀裂が入ったようだ。モンスターに対し、一般的な知識しかなければ、男の子モンスターは家畜や愛玩動物と大差ない。ましてや”はぐれ”みたいな存在に思いが及ぶはずもあるまい。まだ白鳳の特殊な事情を知る由もないだけに、館じゅうに夥しいモンスターを住まわせたり、お供を人間と同等に扱う感覚は理解し難かったのだろう。
「まさか、我々が恋路の障害になるなんて」
「白鳳さまが黙っていたのは、きっと僕たちが傷付くと考えたからだよ」
もちろん、異なる価値観を認めない狭量な人物が、規格外の主人を幸せにしてくれるとは思えない。でも、自分たちがいたばかりにふたりの仲が壊れたと聞けば鬱になるし、従者の気持ちを慮って、口を閉ざしている白鳳の胸の内がいじらしかった。
「少しでも白鳳さまの心を癒せれば良いのだが」
「・・・・そうですね、白鳳さまが我々に求めること・・・・」
「う〜ん、難しいなー」
難問にしばし頭を悩ます一行だったが、神風がついと顔を上げると、力強く提案した。
「皆で白鳳さまとデートをしたらどうかな」
「デート?」
「うん、あくまでもどきだけど」
真から底から××趣味の主人には、これがもっとも効果的な処方に感じた。白鳳がパーティーの面々と主従の一線を超えた間柄になりたがっているのは周知の事実だ。現時点では本当に懇ろな関係になることは不可能だが、せめてちょっとした恋人気分を味わわせてあげたかった。




神風の説明によると、街でデートスポットになりそうな施設を拾い出し、各人と順番に1対1で濃厚な時間を過ごしてもらう計画らしい。場所を移動すれば、エスコート相手も交代というわけだ。
「はくほーとで−とすんの楽しみだなー」
「わ〜い、うんと甘えちゃおうっと♪」
デート云々より、大好きな主人を独占して遊べる機会を与えられたのが嬉しいのだろう。室内を踊り回って無邪気に喜ぶ、まじしゃんとハチ。振り返れば、神風以外のメンバーは白鳳とふたりきりで行動した経験はなかった。
「今までは団体行動ばかりだったし、新鮮な気分で接することが出来るやもしれん」
「・・・・そうですね・・・・」
一同の和やかな雰囲気から、総意を得たと思ったのか、神風はうなずきながらまとめに入った。
「誰がどの施設を担当するかは、皆の希望も取り入れた上で決定しよう。え・・・と、必要なのは5箇所か」
「5箇所って?」
頭数と合わない数字に反応して、まじしゃんが最後の単語を繰り返した。
「オーディンとフローズンとまじしゃんとハチとDEATH夫で5箇所」
「かみかぜはでーとしないのかよう」
発案者にもかかわらず、己を除外したラインナップに違和感を覚えたのか、ハチが口を尖らせた。ぷっくり脹らんだほっぺをつつくと、神風はにこやかに言葉を紡いだ。
「私はナビゲーターとして、白鳳さまを案内したり、お調子に乗って、妙な真似をしでかさないよう、しっかり見張らないといけないから」
筋金入りの××者だけに、仏心を出して野放しにすれば、仲間に危害が及ぶケースもあり得る。念のため、全スポットで遠くから監視を続け、主人がいかがわしい行為に出たときは、容赦なく光の矢で撃退するつもりだ。
「・・・・白鳳さまの行動を400%読んでいるのですね・・・・」
「うむ、さすが神風だ」
神風の懸念に反論するどころか、納得且つ感心しているあたり、日頃の白鳳の不心得ぶりが容易に想像出来る。ほぼ完璧に見える擬似デートプランだったが、唯一にして最大の問題が残っていた。
「だけど、あのDEATH夫が協力するとは思えないよっ」
「実践の前にそこをクリアしなければなあ」
夕食のアクシデントでもDEATH夫だけは、最後まで厳しい態度を崩そうとしなかった。白鳳と普通に会話する場面すらほとんど見受けられないのに、デートしろと求める方が無謀な注文だ。が、せっかくの提案を十二分に生かすため、絶対、諦めるわけにはいかない。
「白鳳さまはDEATH夫に執着しているみたいだから、どうにか参加させないと」
一筋縄ではいかない可愛気のなさに加え、魔界の主人との仲を察し、略奪愛気分でムダにやる気を燃やしている。ある意味、今回の計画の目玉とも呼べるだけに、DEATH夫が不在では効果半減だ。フローズンも同様に考えたのか、寝室へ続く扉にゆっくり歩を進めた。
「・・・・私が説得してまいります・・・・」
「私も一緒に行こう」
フローズンに任せきりでは申し訳ないと、言い出しっぺの神風もすぐ後に続いた。他のメンバーも名乗りを上げかけたが、天の邪鬼なDEATH夫に全員で言い聞かせるのは逆効果間違いなしなので、オーディンとまじしゃんとハチは待機することになった。食事を運ぶのを口実に踏み込むべく、フローズンはお膳を掲げ、紺袴と連れ立ってドアの前に立った。
「頼むぞ」
「頑張ってっ」
「必要な時はいつでも呼んでくり〜」
仲間の応援を背に、フローズンと神風が隣室に入ると、DEATH夫はベッドに寝ころんで、窓に映る月を眺めていた。指先で漆黒のリングを気怠げに弄ぶ。
「DEATH夫」
神風が呼びかけても、完全無視で一瞥もしない。仕方なく、フローズンがベッドを回り込み、DEATH夫の眼前に丸いお盆を差し出した。
「・・・・これなら口に合うでしょう・・・・」
「そうか」
DEATH夫は盟友の雪色の顔に視線を流すと、のろのろと上体を起こしてお盆を受け取った。白菜を一口食べ、及第点と感じたらしく、他の料理にも箸を付け出した。にこりともせず、単純な流れ作業のように黙々と口に入れて行く。作る方としては、全く腕の振るい甲斐のない反応だ。DEATH夫が食事を始めたのを確かめて、神風がフローズンの後ろから遠慮がちに言いかけた。
「実はDEATH夫に頼みがあるんだ」
「頼みだと」
「・・・・はい・・・・」
死神の露骨に不愉快そうな顔にもめげず、フローズンが決定事項を端的に伝えたものの、案の定、取りつく島もない態度で拒否された。
「あいつが傷付こうが落ち込もうが、俺には関係ない」
「そうかな」
「?」
神風に意味深な応答をされ、DEATH夫の左の眉がきゅっとたわめられた。そんな友の仕草を困った風に見遣ると、雪ん子は可憐な唇を静かに開いた。
「・・・・今のDEATH夫は白鳳さまをどこかで認めているはずです・・・・」
「ダンジョンで白鳳さまが危なかったとき、文句を言いながらも必ず庇っていただろ」
突き飛ばしたり、殴り倒したり、手段こそ暴力的だけど、DEATH夫の過激な仕打ちは、モンスターの攻撃から主人を確実に守り抜いた。無関心に見えて、誰よりも紅いチャイナ服の動向に気を配っていた。
「助けたわけじゃない。単に側でうろうろされて、鬱陶しかっただけだ」
白鳳に情けをかけた事実を、素直に認めるDEATH夫ではない。これに関しては最初から承知の上だったのか、フローズンは別の要素を提示した。
「・・・・白鳳さまが気力を取り戻さないと、旅が進まないのではありませんか・・・・」
「・・・・・・・・・・」
白鳳以外に明確な目的を持って、諸国を巡っているのはDEATH夫とハチだけだ。尋ね人と会えないまでも、せめて有益な情報を得たい身として、足止めを食うのは決して歓迎出来る状況ではない。
「・・・・私やDEATH夫が得意分野のみに専念していられるのも、白鳳さまのパーティーにいてこそです・・・・。・・・・今更、以前の状態には戻れないでしょう・・・・」
「!!」
行動派のDEATH夫のことだから、先を急いでパーティーを抜けると言いかねない。友の言動を見越したフローズンの主張に、DEATH夫は沈黙でしか答えられなかった。戦闘だけは無敵でも、一般常識が皆無なので、単独ではまともな道中が続けられない。DEATH夫とて己の程度は心得ているから、ふたり旅の間、フローズンに過大な負担をかけた自覚はあった。結局、自らのためにもフローズンのためにも、きちんと役割分担が決まった白鳳パーティーに所属することが一番合理的で快適なのだ。人間に仕える形になるのは不本意でも、この厳然たる事実は認めざるを得なかった。
「白鳳さまを励ます手伝いをしてくれるよね」
「・・・・お願いですから・・・・」
日常生活では仲間のスキルに依存するしかない立場を悟った今、DEATH夫に彼らの申し出を突っぱねる術はなかった。虚空を見据えたまま、忌々しそうに響く掠れた声。
「・・・・・分かった」




翌朝、鳥のさえずりをBGMに、ぐっすり寝入っている主人の肩先を、神風がそっと揺すった。
「白鳳さま、白鳳さま」
「う〜ん・・・・・何だい」
本来、宵っ張りの朝寝坊な白鳳は、捕獲や移動等の強制スケジュールがないと、布団を被ったきり床から離れない。未練がましく枕に顔を埋める銀髪に苦笑しつつ、神風は殊更にそっけない物言いで告げた。
「素敵な男性がデートしたいと、白鳳さまを誘いに来ておりますが」
「えっ、素敵な男性っ!?」
直前までのぐうたらな仕草が嘘みたいに、白鳳はがばと起きあがり、膝を進めて詰め寄って来た。真紅の瞳が生き生きと輝く。豹変ぶりがあまりにも極端なので、神風は安堵を通り越し、ちょっぴり呆れていた。自分たちの心配はただの取り越し苦労だったのかもしれない。
「先程から玄関で待ってます。早く用意して下さい」
「やっぱ、私ほどの美貌の持ち主を、世間が放っておくはずないよね、うふふふふ♪」
良くも悪くもこの立ち直りの早さが白鳳の真骨頂だ。伊達に報われない恋愛遍歴を重ねてはいない。意外に打たれ強い主人はそそくさとベッドを出ると、鼻歌混じりで身支度を開始した。
「お待たせ〜v」
取っておきの香水をスパイスに、優雅なステップで階段を降りた白鳳だったが、玄関に誰かいる気配はない。
「外で待っているのかな」
扉を押して、隙間から辺りを見渡しても人影は見えなかった。忠実な神風が主人をからかうような冗談を言うはずがない。腑に落ちない表情で唇を軽く噛んだ白鳳の肩先から、お馴染みのへっぽこな声が聞こえてきた。
「はくほー、ここだ、ここだ」
呼びかけに注目すれば、一寸の虫がタキシードで決めて、気取っているではないか。いっちょまえに花束を抱える様がますます滑稽さを際立たせる。襟やカフスの細かい部分まで行き届いたコスチュームは、オーディンの職人技の賜物だろう。
「ぷっ、に、似合わない」
世の中にこれほど正装のそぐわない生命体がいるだろうか。白鳳は堪え切れず吹き出すと、しばらく喉の奥で笑い続けた。気の良いハチはただただ白鳳の笑顔が嬉しくて、眉を八の字にするとにぱっと格好を崩した。
「おっ、何かウケてるみたいだな〜」
「笑い者になってるんだよ、虫」
「あてっ」
たおやかな手に叩かれ、ハチはお約束通り床に墜落した。そのちっこい体躯を神風が慌てて摘み上げ、白鳳を諭すごとく睨んだ。
「白鳳さま、デートの相手に手をあげてはダメじゃないですか」
「ちょっと神風、どういうことさ」
素敵な男性と聞いたから、浮かれてめかし込んだのに、対象がハチだなんて詐欺より酷い。柳眉を逆立てて怒る白鳳に対し、神風は柔らかく目を細めた。
「ですから、我々一同と楽しく過ごしましょう」
「え、一同って」
「今日のコースは朝市→アミューズメントパーク→美術館→ショッピングモール→高級レストランです。ハチと一緒に朝市へ行きますが、場所に応じてパートナーは変わります。他のメンバーは担当の場所で待機していますよ」
「ふぅん、要するに皆と順番にデートするんだね」
「はい、そうです」
「行く、行く!!」
現金な白鳳は大はしゃぎで叫んだ。前座さえしばし我慢すれば、目当てのオトコが続けざまに登場するのだ。1対1で口説けるのなら、寝技に持ち込むのは自らの腕次第。こんな美味しい話があろうか。盛り沢山のスケジュールは、大蔵大臣のフローズンが相当、奮発してくれたに違いない。誰がどのスポットにいるか予想するだけでも、胸がワクワクする。
「ねえねえ、本当に全員とデート出来るの?DEATH夫もいるの?」
手放しで喜ぶ前に、これだけは確認しておきたかった。客観的に考えて、DEATH夫が取り決めに大人しく従うとは信じ難い。上目遣いで息を飲む主人に、神風はにこやかに返した。
「はい、フローズンが説得してくれましたから」
「やった、ラッキー♪」
一切の憂いは消え失せた。後は可愛いお供たちをモノにすべく、鍛え抜いた手練手管を発揮するのみだ。ここ数日にない気力が全身に漲るのを、白鳳はひしひしと感じていた。
「では私が案内役を務めさせていただきます」
「ほれ、出掛けるぞ、はくほー」
「はいはい」
もちろん対象外のハチは××的には消化試合同然だが、自分を励まそうと素敵な計画を練ってくれた従者たちの優しさに感激して、白鳳は満面に笑みを湛えつつ、ひとりと1匹と共に宿を後にした。



TO BE CONTINUED


 

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