*愛人がいっぱい〜2*



極上のもてなしを受ける貴人のごとく、タキシード姿のハチを肩先に乗せ、神風の後をゆったり着いて行くと、やがて街外れに位置する大きな広場が目に入った。どうやらここが朝市の会場らしい。土地が狭く感じられるほど、ぎっしり並んだ露店はどこも少なからぬ来訪者で賑わい、澄んだ空気の中、商人の威勢の良い掛け声が遠くまで響き渡る。
「入り口は向こうですよ、白鳳さま」
「へえ〜、これは凄いなあ」
繁華街の高級店では味わえない、庶民的な活気溢れる様に、白鳳は思わず感嘆の声を漏らした。ハチの蜂蜜を路銀の足しに売るべく、市場の類に顔を出す機会も多いが、これほど盛況なものは珍しい。場内は食材のみならず、小物や装飾品の店も多く、ちょっとした宝探し気分で、胸がワクワクしてくる。傍らでせわしく羽を動かすハチも同じ印象を抱いたのか、主人と視線が交差した途端、歯をむき出してにんまり笑った。
「はくほー、早く見に行こうぜ」
「そうだね」
白鳳とハチが笑顔で頷き合うのを見て、安心した神風は会釈と共に踵を返しかけた。
「ならば、私はこれにて失礼させていただきます」
「え」
「2時間経ったら迎えに参りますから、それまでハチと楽しんで下さい」
「ちょっと待ってよ」
最低限の告知だけ済まし、立ち去ろうとする神風に、白鳳は大慌てで声をかけた。
「何ですか」
「神風も一緒に行こう」
「ここはハチとのデートコースです。私は案内役なのでお邪魔はいたしません」
「ええ〜っ、そんなあ」
邪魔なのはどちらかと言えば、いや400%虫の方だ。こと外見に限れば、神風とハチでは月とスッポン、ダイヤモンドと石炭。誰に披露しても恥ずかしくない前者をお供にしたいと考えるのは、××、ノーマル問わず、人として当たり前の心理ではないか。見栄っ張りな上、諦めの悪い白鳳は単衣の袖にしなやかな腕を絡めようとしたが、主人の行動を読んだ神風に難なくかわされてしまった。
「ダメです。白鳳さまのパートナーはちゃんといるでしょう」
「だって、美形のオトコを見せびらかしたいだも〜ん」
上目遣いで媚びモード全開の眼差しを流したものの、従者はやれやれと眉をたわめると、ぶーたれる白鳳をじっと見つめて優しく言いかけた。
「ハチは明るくて愛嬌たっぷりだし、きっと有意義な時間が過ごせますよ。では後ほど」
「おう、またなー」
「はあ。。」
足早に遠ざかる紺袴へ、ハチが元気に手を振る光景をぼんやり眺めつつ、白鳳は大きな息を力なく吐いた。この虚しい2時間をどう過ごせば良いのだろう。朝市自体はめったにない規模で、目や舌を十分楽しませてくれそうなのがせめてもの救いだった。
(要するに、デートだと認定しなきゃいいんだよねえ)
広場での時間はあくまでも新鮮な食品や掘り出し物を堪能するために存在しており、脇を飛ぶ仮装した虫は単なるオプションだ。ブサな野郎とツーショなのに比べれば、カップルに間違えられないだけ良いし、ここさえクリアすれば魅力的な獲物を口説き放題なのだから、たかが2時間くらい耐え抜けなくてどうする。残飯の後に、丹誠込めたディナーを食すれば、美味しさも百倍、千倍ではないか。ここまで強引に結論付けると、白鳳はむしろ朝市散策を少しでも興味深いモノにすべく、前向きに取り組むことにした。デート云々さえ抜きにすれば、懐っこくひょうきんなハチは一緒にいて面白いし、常に心和ませてくれるのだから。



ハチは白鳳の身長より遥か高く舞い上がると、短い首を目一杯伸ばして、周囲の様子をぐるりと見渡した。食べ物関連しかチェックしていないはずだが、それでも目移りするのか、どんぐり眼を見開いて白鳳に問いかけた。
「なあ、どっから回る?」
「う〜ん、アクセや雑貨も惹かれるけど・・・ハチはやっぱり食べ物がいいんだろ」
時間制限があるだけに、残念ながら全ての店を網羅することは出来ない。だったら、ハチお目当ての食料店に絞って巡ることにしよう。
「おうっ、あたぼうよ!!さっそく、こっちの角から見ようぜ」
「はいはい」
方針が定まったひとりと一匹は、採れたての野菜や海産物が並ぶ出店を、端から次々と物色し始めた。ちゃっかり試食品なども摘みながら、広場を移動して行くと、何も購入しなくても結構、小腹が膨れて来る。特別にフローズンの許可が下り、買い物代は貰っているのだが、白鳳としてはショッピングモールまで温存するつもりだった。
「活きのいい食材は生のままでも美味しいね」
「この街の食いもんはなかなかだぞー」
楊枝に刺した肉厚の刺身を味わいつつ、白鳳とハチは評論家気取りで、市の感想を語り合っている。露店の数だけでなく、販売物の質も食いしん坊の厳しい基準に叶うレベルだ。味にうるさい彼らが合格点を付けるのだから、無論、行き交う人々は誰もが満足げで、空間全体の雰囲気を心地良いものにしていた。
「もう少し滞在するのなら、いろいろ買い込んで調理したのにねえ」
「そっか、残念だ」
「ん〜、せっかくだし、果物くらい買ってみようか」
「おおおっ、やた〜♪」
さんざん試食品を食い散らかしておいて、何ひとつ買わないで場を離れるのは、さすがの白鳳もなけなしの良心が咎めたらしい。果物程度の出費であれば、後半戦に影響を与える心配もないし、ハチが踊り回って喜ぶ姿からも、この選択は正解だと思えた。さっそく白鳳たちは各店の果実類を丁寧に探索したが、種類が豊富なのも時には逆効果で、一品に絞ることが出来ず、ひとりと1匹は果実店のゾーンをぐるぐる回り続けた。
「ハチはどれがいいの」
「オレ、よく分かんない。はくほー、決めろや」
選択肢の多さに面倒臭さしか覚えず、もはや自己決定権を放棄して、惰性でうろつく白鳳とハチだったが、ふと奥の箱に無造作に積んである赤い林檎が目に止まった。稀少で華やかな要素は見過ぎると目の毒になり、逆にシンプルな物が恋しくなる場合もある。どちらからともなく瞳が合い、互いの欲する心を確認し合った。
「あれにしようか」
「うんっ、食おう、食おう」
速やかに意見が一致したので、白鳳は店の中年女性に声をかけた。値段が1ゴールドと安価なのも嬉しい。
「林檎ふたつ下さい」
「おや、ありがとうね。じゃあ、好きなのを選んでおくれ」
「よしっ、オレが一番美味いのを選んでやるっ」
「うふふ、ハチに任せるよ」
やる気満々で鼻の穴を脹らませる様子に苦笑しながら、白鳳はハチに全権委任した。主人の信頼に応えるべく、ハチは慎重に一個一個抱え上げては、色つやを見たり、匂いを嗅いだり、堅さを確かめたりしていたが、程なくひとつを選び出した。
「まずはこりだ」
「はい、こちらへおよこし」
たおやかな手に鮮やかな紅玉が乗せられた。
「あと一個だな」
「頑張って、ハチ」
「おうよ」
ハチはまた箱の中に潜って、林檎選びを再開した。いつものへっぽこ振りからは考えられない真摯な表情がちょっぴり眩しい。
「まだかかるのかい」
「待っちくり、かあちゃんの分も選んでるんだ」
店のおばさんの催促に応えたハチの言い種を、白鳳は聞き逃さなかった。みっともないから”かあちゃん”はやめろと再三注意しているのに。
「どさくさに紛れて、かあちゃん言うな」
「あてっ」
ハチは木箱に背中から激突して、地べたにぽてんと落ちた。が、日頃DEATH夫に鍛えられてるだけに、さして痛がる風もなく、すぐに立ち直り、黙々と林檎選びに勤しんでいる。しばしの後、箱の底からやや小振りの林檎を抱えて現れた。
「こりだ、こりが一番美味いぞ。はくほーにやる」
「ふぅん、そうなの」
「オレ、自信あるかんな」
白鳳はハチから林檎を受け取ると、それをカウンターで待つおばさんの方へ掲げた。たかだか林檎2個で少なからず粘ったにもかかわらず、気の良い彼女は不快な顔をするどころか、白鳳とハチの奇妙な関係を微笑ましく感じたようで、屈託なく破顔している。
「お待たせして済みません。このふたつをいただいて行きます」
「そうかい、2ゴールドだよ」
お金を払って、店を出るやいなや、白鳳はハチお勧めの林檎にかぶりついた。くしゅっと音がして、瑞々しい甘みと酸味が口一杯に広がる。
「美味し〜い♪」
伊達に白鳳団一の食欲を誇っていない。ハチが選んだ林檎は程良い甘さと爽やかな酸味がムラなく溶け合って、まさにほっぺたが落ちるくらい美味だった。
「だろだろっ」
ハチはいつも通りに、えへんと胸を張ったつもりで腹を突き出した。
「ねえ、どこで美味い不味いが伝わるんだい?」
白鳳は素直に感心して、人差し指でハチのぷっくりほっぺをつつきながら、選別の秘訣を問いかけた。
「匂いだな」
「匂い?でも、林檎なら林檎の香りがするだけじゃないの」
賞味期限が切れたり、質の悪い物ならともかく、一定レベルの食材なら、漂う香りはそこまで極端な隔たりはないはずだ。
「違わい。美味い匂いがするのがあるんだぜー」
「美味い匂い・・・ねえ」
ハチの嗅覚は単に食物だけに留まらず、遠隔地にいる白鳳や仲間たちの匂いまで嗅ぎ当てるくらいなのだ。瞬時に個体の特性まで見抜く鋭い嗅覚は、食いしん坊の技能を超えた、いわゆる”はぐれ”の能力のひとつなのかもしれない。



賑やかな市場の喧噪を抜け、出入り口の脇にそびえ立つ大木に寄りかかって、林檎を囓る紅唇。傍らではハチが自分の体躯とさして変わらない果実と格闘している。戦闘能力こそ有さないが、食物との戦いは常にハチの圧勝だ。艶やかな林檎が見る見るうちに体積を減らし、ちっこいハチの腹の中へ収まって行く。白鳳の熱い眼差しの中、豪快に芯まで平らげたハチは、先程のコメントに補足を付け加えた。
「生きもんは皆、属性以外に固有の匂いを持ってるんだー」
「それって、食べ物だけでなく、私たちにも当てはまるのかな」
「まーな。かみかぜは薄荷の匂いがするし、まじしゃんは干し草の匂いがする」
「ふぅん、私には分からないけど」
閨で生まれたままの姿になって抱き合えば察知出来るかな、と一瞬、ときめいたものの、こんなこと到底ハチには言えない。
「オレはいったん嗅いだ匂いは忘れないかんな。ですおのご主人様の匂いだって覚えてる」
腰に手を当て、得意気に語るハチの前で、白鳳は目を細めて幾度かうなずいた。戦闘時には全く役立たない能力だが、一度遭遇した男の子モンスターを探す場合は欠かせないし、DEATH夫の目的にも必ずやプラスに作用するはずだ。しかし、実のところ、気まぐれな白鳳の興味は、別のところへ移っていた。
「ところで、私はどんな匂いがするわけ?」
ハチの本能が認知する自分をぜひ確かめておきたい。妥当な線で薔薇か蝶か宝石あたり。万が一、妖精や天使だったらどうしよう。
「はくほーか、はくほーはなあ。。」
ところが、これまで大威張りで滔々と説明していたハチが、突如トーンダウンして、頭など掻き出したではないか。眉を八の字に落とし、困り顔でそわそわしている。
「こら、照れる柄じゃないだろ」
「だってよう」
「遠慮せずに早く言ってごらん」
先細りの指にぽっこりお腹を小突かれて、ハチはようやく本音を口にした。
「はくほーは・・・かあちゃんの匂いがする」
つまらない好奇心が仇となった。聞かなければ良かった。白鳳は露骨に顔をしかめると、容赦なく胸の不快感を吐き出した。
「そんなの却下」
「げげ〜ん!!」
顔に縦線を作って衝撃を受けるハチは、どこから見てもギャグアニメのキャラクターだ。なまじタキシードを着込んでいるがゆえに、服装と仕草のギャップがますます笑いを誘う。
「最初から言ってるだろ、私はかあちゃんじゃないって」
だが、刺々しい口調で責められつつも、ハチは口を真一文字に引き結んで、こんな風に返してきた。
「オレな、最近、やっぱはくほ−がかあちゃんじゃないかって思う」
「いくら美人でもキュートでも魅力的でも、男のかあちゃんがどこの世界にいるんだい」
「きっと、かあちゃんが森の精霊の力を借りて、はくほーに変化したんだ」
子供の自由な想像力はあらゆる枠組みを超越するとは言え、ハチの突拍子もない発想に、白鳳は真面目に相手するのが馬鹿らしくなって来た。
「ハチ・・・魔法ビジョンのアニメの見過ぎ」
「そっかなあ」
呆れ果てた声音で冷たくあしらわれても、ハチはなお納得いかない表情で首を捻っている。もっとも、あり得ない妄想も母親がなかなか見つからないゆえの産物だとすれば、あまり邪険に突き放すのも酷だ。これ以上、溝が深まらないうちに、白鳳は話題を切り替える作戦に出た。



「ねえ、お母さんと会えたら、ハチはどうするんだい?」
「おうっ、共に故郷へ帰って、かあちゃんを幸せにするため一所懸命働くぜっ」
間髪を容れず、元気に叫んだ身の振り方を聞き、白鳳の悪戯心がむくむくと湧いてきた。しょんぼり銀の頭を垂れると、憂い顔でわざとらしく訴えかける。
「え〜っ、私は捨てられるわけぇ?一応”かあちゃん”だったのにひっど〜い」
「う〜ん、困ったな、う〜ん」
殊更に哀れっぽく嘆き悲しむ紅いチャイナ服を前に、ハチは答えあぐねて頭を抱えている。ネタが変わっても、結局、からかう形になっているのが実に大人げない。
「私はハチにとって、どうでもいい存在なんだね」
畳み掛けるごとく、なおも白鳳は意地悪い物言いで煽った。ハチは3グラムの脳みそで必死に考え抜いた末、最適の結論に辿り着いたのか、ぐっと顔を上げ、高らかに言い放った。
「よしっ、特別に嫁にしてやるっ」
「まっぴらゴメン」
「あてっ」
白鳳の強烈な平手をもろに喰らって、ハチは大木の根っこ部分に墜落した。
「な、何だよう」
「お前に嫁にしてもらうほど、相手に不自由してないよ」
本当にオトコに不自由してなければ、今回の救済企画は存在しなかったことを、己に甘い主人はキレイさっぱり忘れている。でも、白鳳の身勝手な仕打ちにもハチはこれっぽちも怯まず、真紅の瞳を真っ正面から見据えて断言した。
「オレははくほーを幸せにする自信はあるっ!!」
「・・・・・・・・・・」
”嫁”という扱いはともかく、不覚にもほんのちょっぴりだけ、白鳳はくらっとしてしまった。決して口先だけの台詞ではない。外見こそへっぽこだが、明るくて心優しいし、働き者で甲斐性もある。ハチと一緒になれば、まず食いっぱぐれはないし、笑いが絶えない毎日が待っているに相違ない。これで普通サイズだったらねえ、と真剣に独白している様に気付き、白鳳は衝撃で唇が震えた。
(し、しまったっ。私ともあろうものが、寄りによって虫にほだされるなんてっ)
容姿、財力、知力、性格、家柄etc.と完璧に揃った理想の相手を求めて、男遍歴を重ねているのに、魔が差して妥協するにも程がある。ここまで落とすくらいなら、一生シングルでいた方がまだマシではないか。白鳳が脳内で自分の頭をぽかぽか叩いている時、街道から小走りで神風がやって来た。
「朝市デートはそろそろお開きです。白鳳さまには次の場所へ移動していただきます」
「え〜っ、もっとはくほーとでーとしたかったのにー」
「ふふふ、案外楽しかったよ」
さんざん好き放題したけれど、これは白鳳の嘘偽りない本音だった。2時間があっという間に過ぎたのは、それだけハチとのコミュニケーションに没頭していた証拠だ。××関係の進展はあり得ないし、日常の延長みたいな触れ合いだったが、ハチとの交誼はそれでいい。”かあちゃん”と慕われることさえ、内心、悪い気はしていなかった。
「ハチはこれからどうするの」
「宿へ戻って昼寝だ」
日課の蜂蜜集めを済ませてから、即座に広場へ直行したハチは、早くも眠そうな顔をしている。窓際に置かれたバスケットの中で、暢気にぐーぐー寝入る姿が瞼に浮かんだ。
「そう、気を付けてね」
「はくほーもなっ」
両手をぶんぶん振るハチに笑顔で見送られ、白鳳と神風は次のデートスポット目指し、連れ立って歩き始めた。





TO BE CONTINUED


 

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