*愛人がいっぱい〜4*
いけずな神風に限りなく文句はあったけれど、今は残る3人を籠絡する算段で頭が一杯だ。不平不満をぐっと抑え、紺袴の導きに大人しく付き従う白鳳だったが、どうも周囲の景色に違和感を覚える。繁華街へ向かうとばかり思ったのに、いつの間にか街道を逆戻りして、山の方へ進んでいるではないか。この先のデートコースはいずれも街中の施設のはずだ。
(おかしいなあ。慎重な神風に限って、道を間違えるなんてあり得ないし)
前を行く従者の意図が読めず、白鳳は訝しげに首を捻ったが、唐突に素晴らしい解釈が閃いた。これは自分とふたりきりになる目的に違いない。人気のない森の奥へ移動した後は、情熱的な告白タイムが待っているのだ。
(時に厳しい物言いをしても、ずっと私心なく仕えて来たのは、麗しく気高い主人を愛していたから。ああ・・・私ともあろう者が神風の切ない想いに気付かなかったなんてっ)
ならば、まじしゃんへのアタックを執拗に妨害したのも頷ける。白鳳を元気付けるべく、今回の企画を発案したものの、心密かに慕い続けた相手が、他のオトコといちゃこくのを目の当たりにして、案内役では我慢出来なくなった。そうだ、そうに決まっている。
(幸せの青い鳥はすぐ近くにいるって本当だったなあv)
ムダに前向き&思い込みが激しい白鳳は、愛の言葉ひとつ囁かれたわけでもないのに、早くも神風との幸せな将来を妄想し出した。彼が男の子モンスターだという事実は、リベラルな白鳳にとって何の障害にもならない。元々道中を共にしている身だし、生活に劇的な変化こそなくても、恋人と一緒の旅は日々にときめきと潤いをもたらしてくれるだろう。
(器用で飲み込みも早いから、××の方も仕込めばすぐに上達するね、うふふふふ)
砂利道の中央で立ち止まったまま、不気味な含み笑いを漏らす主人は、果てしなく怪しい。神風はやれやれと視線を落としながら、仕方なさそうに声をかけた。
「どうかなさいましたか」
「今まで本心を抑えて来て辛かったろう。もう己を偽らなくてもいいんだよ」
「はあ?」
切れ長の瞳をきょとんと見開かれても、まるっきり構わず、白鳳は更にまくし立てた。
「好きなら好きって、最初から正直に打ち明けてくれれば」
「好きとか、打ち明けるとか、いったい何を言ってるんです」
「んもう、とぼけちゃって。誰もいない深い森の中で、私を無理やり押し倒すつもりだったくせに」
紅の双眸をらんらんと輝かせた主人が、単衣の脇腹のあたりを肘でつんつんつついて来た。が、神風はもはや眉を顰める様も見せず、ふうっと大きな息を吐いた後、淡々と右手の奥を指し示した。
「白鳳さま、あちらをご覧下さい」
「あれっ」
鬱蒼と茂った木々の間からドーム状の建造物が垣間見えた。どうやらあれがエントランスらしい。何のことはない。白鳳たちが向かっていたのは野外美術館だったのだ。
「フォレスト美術館は自然の景観に溶け込んだオブジェを楽しめる素敵なところです。きっとお気に召されるでしょう」
「そんなあ。神風が熱い告白をすべく、他者の邪魔が入らない場所へ移動しているんじゃなかったの〜」
勝手に作り上げた脳内ロマンスを無惨にうち砕かれ、白鳳は銀の糸を振り乱しながら、その場にしゃがみ込んだ。おねだりを拒まれた子供みたいに、膝を抱えて拗ねる様子が目に入ると、従者は堪え切れず吹き出した。
「ぷっ」
「人が心底がっかりしているのに、笑うってどういうことさ」
真面目で誠実な神風らしからぬ、悪意すら伝わる反応が悔しくて、白鳳は苛立ちを隠そうともせず言いかけた。涼しげな目をなおも細めたまま、神風はぺこりと頭を垂れた。
「済みません。本来なら怒ったり、呆れたりする場面なのでしょうが、全部通り越してしまいました」
「何それ」
膨れっ面の白鳳をまじまじ見つめると、神風は染み入るような笑みを浮かべて言った。
「白鳳さまは困った方ですけど・・・本当に可愛らしいですね」
「ば、馬鹿にしてるのかい」
整った眉がきゅっとつり上がる。しかし、白鳳の怒りの問いかけには答えず、神風は小声でそっとひとりごちた。
「世間の殿方はなぜこの愛らしさが分からないのだろう」
「え」
「いえ、何でもありません。早く参りましょう」
主人の追及を封じるごとく瞬時に踵を返した神風は、再び紅いチャイナ服を率いてすたすたと歩き始めた。
エントランスの横で購入した入場券を、神風はたおやかな手に握らせた。絶え間ない水音を響かせる噴水が、真昼の星のごとく陽光に煌めく。
「ここからお入り下さい。パートナーは屋外展示場にいるはずです」
「ちょっと待って」
最低限のお膳立てを済ませ、去りかける紺袴を白鳳が呼び止めた。
「まだ何か?」
「これからはデート相手との間に何があろうと、一切手を出さないで。あくまでも1対1で付き合いたいんだから」
冷たく突っぱねられるのを百も承知で、白鳳は敢えて切り出した。執拗な妨害工作に対する激しい嫌悪感だけははっきり示しておきたかった。
「ですが」
「1万歩くらい譲って、純真なまじしゃんに関してはやむを得ないとしても、後の3人は色事の意味も知っているオトナなんだから、他人が干渉するのは野暮の極みだよ」
「それは・・・まあ」
白鳳を立派な常識人だと信じるまじしゃんと異なり、黒い部分を熟知した彼らなら、不心得な企ては即座に粉砕するだろうし、逆に任意の上で許せば、自由恋愛ということになる。
「なら、決まりだね」
神風の曖昧な返事を受け、白鳳は強引に結論へ持って行こうとした。口を真一文字に引き結び、しばし熟考していた従者だったが、おもむろに顔を上げると噛み締めるように言葉を発した。
「・・・・・分かりました。白鳳さまの言う通りにしましょう」
「やったぁ、ラッキー♪」
ここまでの経緯から、絶対、猛反対されると身構えていたのに、案外あっさり引き下がったので、正直、拍子抜けした。けれども、神風の性格から言って、一旦、関わらないと誓ったからには、約束を違える行動を取ることはまずあり得ない。
(きっと恋愛の神様も健気な私に味方してくれたんだ)
天王山の3連戦を前に、最大の関門の排除に成功して、白鳳は小躍りしたいほど嬉しかったが、手放しで喜ぶには少々早すぎる。実際に自慢の愛人をゲットしてから、心行くまで達成感に浸ろうではないか。
「それでは失礼します」
黒い石造りの入り口の前に主人を残し、礼儀正しく一礼するやいなや、見送る間もなく神風はいずこかへ姿を消した。大きな門を通り、展示場へ続く階段を下りると、一面に広がる緑の絨毯と幾重にも連なる山々が見えた。人の手が加えられ、きちんと整備された木々は程良く生い茂り、美しいパノラマの一部になっている。芝生のあちこちに点在する大小のオブジェが個性的なアクセントだ。
「普通の美術館と違って、開放感があるのは良いねえ」
のんびり散策を楽しみつつ、鑑賞出来るのは実にありがたい。天然の灯りに照らされた美術品は屋内で見るそれとは別の趣があり、人型の彫刻のみならず、図形状のオブジェ、さらにモダンな建造物と展示の種類も様々だ。本能に忠実な白鳳らしく、真っ先に筋骨粒々の男性の彫像に目を遣ると、脇に佇む見慣れた巨体が視界に入った。
「オーディン」
どうやら今度のパートナーは寡黙な好漢らしい。白鳳は逞しい従者の傍らまで小走りで駆け寄った。誘惑モード全開の眼差しに捕らえられ、オーディンは困ったように視線を逸らした。
「白鳳さまのお眼鏡に叶うか分からんが、2時間よろしく頼む」
「どうせなら2時間と言わず、熱い一夜を過ごしてみない?」
「わ、悪い冗談を」
息がかかるほど接近されたのみならず、悩ましい媚態でお誘いを受け、オーディンは横を向いたまま、大きな体を縮こまらせている。動揺のあまり、鼻の頭に汗が吹き出ているのが分かると、白鳳は生真面目な獲物をますます困らせてやりたくなった。
「うふふ、私は本気だよ」
「白鳳さま」
精悍な顔を熱く見つめながら、しなやかな触手を相手の腕に絡みつける。先程の苦い記憶が蘇り、つい神風の気配を探ってしまったが、清しく鋭い気はこれっぽちも感じられなかった。動向くらいチェックしている可能性は捨て切れないものの、やはり自らの宣言を守って、同意の上での××は黙認してくれそうだ。夢の愛人獲得へ限りなく前進したことを悟り、白鳳はすっかり有頂天になった。
「早く場内を見て回ろうよ♪」
「う、うむ」
浮かれポンチ状態に突入したせいで、声のトーンが1オクターブは上がっている。ハイテンションで笑顔を振りまく白鳳に引き換え、根っから純情なオーディンは消え入りそうな声で返事をするのが精一杯だった。
べったり密着されるのはともかく、空元気だった主人の屈託ない笑顔が嬉しい。人の良いオーディンは閉口しつつも、敢えて白鳳の意のままに場内を連れ回された。来訪者は散歩のついでにちょいと芸術鑑賞といった感じで、美術館にありがちな重厚な雰囲気はなく、展示品に好き勝手なコメントをして楽しんでいるようだ。もちろん、白鳳も例外ではなかった。
「ほら、この彫像、割といいオトコだと思わない?」
貴重な展示品が溢れかえっているにもかかわらず、真剣に吟味するのは男性を象った像だけ。特に裸像だとあからさまに虹彩の輝きが違っていた。
「確か、これは」
「作者のことなんてどうでもいいよ。ほら、モノもこんなに立派だし、今晩お相手して欲しいくらいv」
彫像の股間をむんずと掴もうとする主人を、オーディンは大慌てで制止した。
「白鳳さま、止めてくれ」
「お触り禁止とは書いてないじゃん。大丈夫、大丈夫」
「・・・少し言いづらいが、あまりに露骨な行動は慎んだ方がよいと思う」
「えええっ、どうして!?」
「うっ。。」
己の正当性を0.1%も疑っていない表情で問いかけられ、ただでも口下手なオーディンは返す言葉を失った。面と向かって忠告するのは躊躇われるが、華やかな美貌を持ち、料理上手で腕っ節が強く、悪ぶってても根は優しい主人が良縁に恵まれないのは、空気を読まない強引な××攻撃が原因と確信している。せっかく容姿で注目されても、暴れうしの突進を思わせる言動で引かれ、内面の美点を見出す間もなく、逃げられてしまうのだ。
「ちぇっ、まあいいや。所詮、本物じゃないし。向こうのオープンカフェでひと休みしようっと」
「そ、そうか」
いつも通り反省も後悔もなく、不満げに頬を脹らませた主人の横で、オーディンはやや肩を落として2.3度首を振った。色彩豊かなカフェの白い椅子でくつろぎながら、サンドウィッチとアイスを味わった後、主従は併設されたショップでミニチュアのオブジェをひとつ購入した。
「アクセサリーは買わんのか」
「これならオーディンの作品の方がいいや」
真に金策手段が尽きたとき、ハチの蜂蜜に加えて、オーディンがこしらえた小物類を売りに行くのだが、細部まで凝った丁寧な作りで常に好評だった。
「今度、私にも何か作ってよ」
「うむ、心得た」
「わあ、嬉しい」
非売品の素敵なアクセサリーをちゃっかり確保してから、白鳳は再びオーディンと散策を開始した。ステンドグラスに覆われた塔の上でフィールドの全景を見渡したり、吊り橋の真ん中で水上のオブジェを眺めたりして、気ままに移動を続けるうち、今までとは雰囲気が異なる一角に差し掛かった。
「ふぅん、こんな展示品もあるんだ」
「Japanから入ってきたものだろうか」
明らかに東洋系と分かる仏像やオブジェが立ち並んでいる。白鳳は趣を覚えて、思わず目を見張った。木彫りの面や狛犬や観音像。長く旅を続けてきた身でも、実際目にするのは稀な和風テイストに強く惹かれる。ふと見れば、オーディンも身動ぎもせず、端の彫像を凝視していた。
「奥に面白いものでもあるの」
「べ、別に」
「どれどれ・・・・・あっ」
上体を乗り出した真紅の双眸に映った像は、フローズン、と呼びかけたいくらい、顔立ちが雪ん子に酷似していた。見惚れた動機がバレバレのオーディンは、きまり悪そうに頭をかいている。
「私よりフローズン同伴の方が良かったかな」
「い、いや、そんなことは」
あるのだが、ハイと言えない心優しい好漢は、ただただ狼狽えるばかりだ。戦闘時の勇猛さからは想像出来ない情けない様を、薄笑いと共に観察しながら、白鳳は興味津々に問いかけた。
「ねえ、一緒にお出掛けしてから、フローズンとは少しは進展しているの?」
自分とデートしている最中に、尋ねる内容ではなかったが、俗な好奇心に負けてしまった。素より他人の恋路にちょっかいを出すのが大好きだし、マスターの立場からは、オーディンの一途な思慕をどうにかしてやりたいと、ずっと気に掛けて来た。
「進展など・・・俺が勝手に熱を上げているだけだ」
「そうかなあ。近頃はフローズンも満更でもなさそうだよ」
決して場凌ぎの気休めではない。彼らの間で交わされたやり取りを知る術もないが、フローズンのさり気ない視線や行動に、オーディンへの関心が仄かに見え隠れするのだ。
「第一、フローズンにはDEATH夫がいる」
「ふたりは純粋に友人同士。親愛と恋愛の区別もつかないとは修業が足りないねえ」
DEATH夫の主人が降臨したとき、オーディンも共にいれば良かった。あの一瞬だけで、白鳳が百の言葉を連ねるより、遙かに明快な説明になり得ただろうに。
「だとしても、フローズンほどの聡明な美形なら、相手は選び放題では」
ダンジョンでの果敢さや決断力からはほど遠い、煮え切らない態度に白鳳はじれったくなり、腰に両手をあてると大声で一喝した。
「弱気はダメダメ!!この人には世界中に自分以外の伴侶は存在しない。私は必ずそう信じてターゲットを落としに行ってるよ」
「そ、そうか」
主人が誰かに岡惚れするたび、根拠のない自信に満ち溢れている理由が、何となく分かった気がした。オーディンの疑惑の眼にも全くお構いなしで、白鳳は肩をそびやかして、更にアドバイスを続けた。
「う〜ん・・・フローズンは自分の感情を押し殺すタイプだし、いざとなったら実力行使に出るのも手かも」
「実力行使と言うと」
竹林がそよ風に揺れ、かまびすしいざわめきを奏でた。
「もちろん力ずくで押し倒してそのままv」
「なんてことをっ!!」
「組み敷いて魔法さえ封じちゃえば、後はお好み次第さ、うふふふふ」
たまに身を慎んでいると思えば、オーディンに犯罪行為を推奨するとは。神風もどこかでさぞや苦い顔をしているに相違ない。
「そんな非道が許されるわけなかろう」
「恋人になっちゃえば、何もかも良い思い出だって。当たって砕けろって格言を知らないの」
従者の真っ当な反論にも、開き直った自説を展開する白鳳。そもそも、毎回、当たって砕けまくっている人間から、実力行使しろと勧められ、素直に受け容れる心境になれるわけがない。ハチに断食しろと命じられたようなもので説得力皆無だ。
「卑劣な行為は論外だっ、白鳳さま」
正義感の強いオーディンからきつい物言いで拒絶され、白鳳は口を尖らせて切り返した。
「なら、他に効果的な方法があるのかい」
いかなる手段でも強姦まがいの策よりマシだ。けれども、色恋沙汰に免疫も経験もないオーディンは初歩的なステップすら浮かばなかった。出るのは冷や汗とうめき声ばかり。
「う、う〜む」
「・・・・・・・・・」
からかい半分で無責任に煽っていた白鳳だったが、オーディンが真摯に悩む姿を見て、さすがに申し訳なく感じて来た。自分を励まそうと気遣ってくれた従者を、これ以上、困らせ傷つけるわけにはいかない。本来、クールな遊び人とはほど遠い白鳳は、オーディンの握り拳にそっと手を沿え、力強く言い放った。
「よしっ、後でフローズンと会うから、それとなく確かめてあげる」
「ほ、本当か」
眼前の暗く沈んだ瞳がぱあっと明るくなったのに気付くやいなや、白鳳は己の失言を自覚した。
(バカバカっ、月下氷人になってどうするのさ)
彼らの縁結びに協力したら、フローズンを愛人にする道も閉ざされたも同然ではないか。慌てて前言撤回を目論んだけれど、オーディンが謝意を述べる方が早かった。
「かたじけない。白鳳さまはこういう時に頼りになるな」
「マスターなんだから、皆の仲を取り持つのは当たり前だよ。任せといて」
話の分かるさばけた主人を気取りたくて、穏やかな笑みなど漏らしてしまった。オーディンはすっかり安堵した様子で、たおやかな手を握り返すと、軽く上下に揺らした。胸にぐっさり突き刺さる直向きな眼差し。恋に焦がれる好漢の全面的な信頼を裏切るなんて出来ない。もはや方向転換は限りなく不可能に思われた。
(うわ〜ん、こんなはずじゃなかったのに〜。まさか自ら愛人ルートを降りる羽目になるなんて。。)
柄にもない仏心を出したばかりに、千載一遇の機会をみすみす逃す形になりそうだ。神風の妨害を阻止するための苦労はいったい何だったのか。顔で笑って心で泣いて。絶望の渦の中で、白鳳は今、その意味を痛感していた。
TO BE CONTINUED
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