*愛人がいっぱい〜5*
「では、白鳳さまがフローズンの本心を・・・・・」
「うん、なんか成り行きでそうなっちゃった」
夢の愛人計画から遠ざかる一方の展開に、納得いかない様子で口を尖らす白鳳だったが、神風は切れ長の双眸を細めながら、おっとりと言いかけた。
「上手くいくと良いですね」
「もうっ、私のためのデートなのに、どうして他人の縁結びをしなきゃならないのさ」
「昔から”情けは人のためならず”と言うじゃありませんか。そのうち白鳳さまにもきっと良いことがありますよ」
「そのうちなんてイヤだ。私は今、美味しい思いをしたいのっ」
神風にどうフォローされても、気持ちは全く収まらない。愛人候補だったはずのふたりがラブラブになり、自分だけ未だ独り身だなんて、こんな不条理な結末があるだろうか。一途な好漢への情とマスターとしての見栄に負け、うっかり協力を申し出たものの、白鳳は早くも海より深い後悔に襲われていた。
「いっそのこと、オーディンとの約束はキレイさっぱり忘れて、フローズンにアタックしちゃおうかなv」
「白鳳さま」
「うるさいなあ、干渉しないって約束なんだから、小言だったら聞かないよ」
従者の呼びかけが終わらないうちに、白鳳は先手を打って、刺々しい口調で言い放った。一本気な神風のことだから、オーディンを裏切って××の本能に走るとは何事かと厳しく叱責されると思ったのだ。ところが、神風は怒るどころか、微かな笑みすら浮かべ、白皙の美貌に柔らかな視線を浴びせた。
「小言など言いません。白鳳さまは皆の心を踏みにじる方ではないと分かっておりますから」
「え」
怪訝そうに流された紅い瞳に映るのは、主人を信頼し切ったにこやかな表情。純粋な恋敵ならまだしも、苦楽を共にする仲間の想いを無下に出来る性格ではない。図々しく振る舞っても本来は繊細だし、悪人を気取っても根は善良なのだ。
「ず、狡いよ、そんな台詞で牽制するなんて」
何もかも見透かすような神風の笑顔に、白鳳はすっかり毒気を抜かれ、わざと紺袴を視界から外した。このまま見つめ合っているのが胸苦しかった。その苦しさが隠した本音を暴かれる恐れからなのか、他の理由なのかは分からなかったが。唐突に背を向けた紅いチャイナ服に戸惑いつつも、神風は己の役目を遂行すべく、おもむろに声をかけた。
「こちらの角を曲がると、ショッピングモールの入り口です」
「あれ、もう?」
他人の恋路を語らう間もなく、目的地へ到着したらしい。この巨大ショッピングモールは自国の特産物はもちろん、各地から輸入された珍品・貴重品が集まっており、わざわざ山や海を越えて買いに行かずとも、遠国の物品が入手可能なのだ。ゆえに観光客はもちろん、近隣諸国からも大勢の人々が買い物に来ていた。
「ここでフローズンが待っているわけ」
「はい」
様々な人種でごった返すモール内を見遣ると、白鳳はフローズンを探すため、背伸びして身を乗り出した。縦に小さいだけでなく、たおやかで華奢なフローズンは名物に殺到する人波に巻き込まれたらひとたまりもない。
「あ」
ふと、派手な格好をした男たちに囲まれている雪ん子の姿が目に止まった。小柄な上、儚げな佇まいだし、女の子と間違えられたのかもしれない。
「不逞の輩に誘われたみたいですね」
持てる力を使えば、連中を凍らせるのは訳ないが、人混みで氷の魔法を発動させるわけにもいかず、対応に困っているのだろう。地声も小さいし、元々はっきり拒絶の意思を示すのが不得手なのだ。思えば、白鳳パーティーに加入する前、DEATH夫はさぞや理想的なボディガードだったに相違ない。
「よし、早速助けに行かなきゃ」
「私も待機していた方がよろしいでしょうか」
「ううん、神風の手を煩わせなくても大丈夫」
体格や雰囲気から判断するに、腕ずくで世の中を渡るタイプではない。ケンカの類にはなりそうもないし、仮になったところで左手一本でも負けようのない相手だ。
「承知しました。では、私はこれにて」
「案内ありがとう、神風」
足早に去る神風の後ろ姿が点になるのを見届けてから、白鳳は可愛いフローズンを救おうと、颯爽とナンパ男の前に立ちはだかった。
「このコは私の連れなんだけど」
「なっ」
「・・・・白鳳さま・・・・」
揺れる銀糸が視界に入るやいなや、フローズンは小走りで主人の脇へ移動した。男たちは闖入者を値踏みするように眺めていたが、豪奢なショールに似合う、美姫顔負けの華やかな容姿を前に、これ以上口説いてもムダと悟ったのか、数歩後退りして撤退体勢に入った。
「けっ、おもしろくねえっ」
「行こうぜ」
不快そうに舌打ちすると、彼らは新たなターゲットを狙うべく、雑踏の中へ消えていった。フローズンを誘っておいて、なぜ自分に声をかけないのか、白鳳は少し、いやかなり不満だったが、連れて歩きたいレベルのオトコでもなかったので、不問に帰すことにした。
「大丈夫だった、フローズン」
「・・・・ありがとうございます、白鳳さま・・・・」
「ああいう場合は容赦なく断らなきゃダメダメ。ブサな野郎に限って、ちょっと甘い顔をするとつけ上がるんだから」
小さな頭がこくりとうなずいた。白鳳や仲間には案外、忌憚のない意見を述べるものの、本質的には内向的で人見知りなので、他者に明確な意思表示をするのが苦手なようだ。裏を返せば、それだけパーティーに溶け込んでいるわけで、そのこと自体は実に喜ばしいと言えよう。
「なら、さっそく買い物に行こうか」
「・・・・はい・・・・」
白鳳はフローズンの手を引いて、人の渦をかわしながら、左右に並び立つ夥しい店舗を端から見て回った。さすがに店の数や規模は先程の朝市とは段違いで、販売物も庶民の日用雑貨から王侯貴族御用達の高級品まで網羅している。
「見慣れないものばかりで目移りしちゃうなあ」
「・・・・白鳳さま、欲しい品があったら、遠慮なく言って下さいませ・・・・」
「どのくらいまでオッケーなの?」
「・・・・5万ゴールドまででしたら・・・・」
「わあっ、太っ腹〜♪」
日頃厳しく財布の紐を締めている大蔵大臣としては精一杯の厚意だろう。どさくさに紛れて、軽く肩を抱いても腕を捻り上げないあたりにも、どうにか主人を元気付けたいと願う心情が表れている。
「せっかくだから、思い出に残りそうなものにしようっと」
「・・・・そうですか・・・・」
事情が事情だけに、珍しく装飾品より実用品を購入したかった。常に側に置いて、目にするたび、優しい従者たちに恵まれた己の幸福を心地よく実感したい。しかし、粒ぞろいの候補の中から、ひとつに絞るのは一苦労だ。カイラバ画伯デザインのティーカップもいいけれど、ゴロー・火襷作の土鍋にも惹かれるし、薔薇を象った銀の懐中時計も捨てがたい。
「じゃあ、これを買おうかな」
さんざん迷った末、白鳳は銀細工の懐中時計を買うことに決めた。肌身離さず所持して、同行者の思いやりを忘れないだけでなく、時間にだらしない自分には必ず役立つはずだ。
「・・・・では、お勘定を済ませてきます・・・・」
フローズンは白鳳の所望する品を店長に伝え、ガラスケースから出してもらうと、代金を払うため懐から財布代わりの巾着を出した。とその時、巾着の側で何かがきらりと光った。
(おや)
どうやら根付の一種らしい。じっと目を凝らすと、雪の結晶の形をしていた。以前はこんな根付はなかったし、雑貨屋で新たに購入したとも思えない。
(そう言えば・・・・・)
以前、路銀に困った時、ハチの蜂蜜だけでは足りず、オーディン手作りの小物を市場に売りに行ったっけ。その中に雪の結晶型のアクセサリーが数点あった気がする。とすれば、根付はオーディンがプレゼントしたのかもしれない。恐らく、先日の初デートの時、そういう流れに落ち着いたのだろう。
(不器用そうに見えて、結構やるじゃん、オーディン)
きっかけさえあれば、別路線の話も切り出しやすいし、想像以上に順調に進展していると知って、白鳳はすっかり気が楽になった。縁結びを引き受けたからには、首尾良くまとまって欲しい。愛人候補が結ばれるのを指をくわえて見ているのは悔しいが、大事な従者たちが幸せになる喜びの方が遙かに上だった。
程なく、ラッピングされた小箱を、両掌で包んだフローズンが戻ってきた。
「・・・・買ってまいりました、白鳳さま・・・・」
「ありがとう、嬉しいなあ」
フローズンからそっと包みを手渡され、白鳳は屈託なく破顔した。皆の真心が具現化したこの時計は絶対無くさずに、いつまでも愛用したかった。でも、ここで喜びに浸り切るのはまだ早い。白鳳はマスターとしての使命を果たすべく、大きく息を吸い込むと、形の良い紅唇を開いた。
「ねえ、話は変わるけど、ひとつ聞いていいかな」
「・・・・何なりと・・・・」
「巾着に付いていた根付は、オーディンが作ってくれたの?」
「・・・・はい・・・・」
眼前の和やかな笑みが、微妙に曇るのがはっきり分かった。照れや恥じらいとは異なる不穏な空気がほんのり醸し出される。だが、白鳳は敢えて気付かぬ振りをして、遊歩道の脇に寄りながら、淡々と先を続けた。
「聡明なフローズンのことだから、オーディンの好意はとっくの昔に知ってるよねえ」
「・・・・・・・・・・」
ここまでストレートに問われては、はぐらかすわけにもいかず、フローズンは無言で首を縦に振った。
「で、フロ−ズンは彼について、どう思ってるの?」
手作りの根付を使うくらいだから、悪い感情を抱いているわけがない。これなら、いきなりぶしつけな質問をしてもかまわないと判断した。けれども、雪ん子からは白鳳の期待した答えは返って来なかった。
「・・・・どう、と言われましても・・・・。・・・・パーティーの仲間のひとりだと考えております・・・・」
「それだけ?」
「・・・・あの方には私よりもっと相応しい相手がいるはずです・・・・」
抑揚のない無機質な声が、かえって不自然さを際立たせた。普段と同じ対応を装うほど、心の乱れが伝わってくるのだ。
「相応しかろうとなかろうと、オーディンはずっとフローズンだけを想って来たんだよ。だいたい私の問いに答えてないじゃん。オーディンが好きなの?嫌いなの?」
「・・・・私には勿体ない素敵な方ですけれど・・・・」
「けれど・・・何?」
フローズンのはっきりしない言動に腹が立ち、白鳳は我知らず鋭い眼差しで睨み付けてしまった。先日のDEATH夫の気持ちがほんのちょっぴり理解できた。他者に関するアクシデントだと、速やかに的確な助言を述べるフローズンが、どうしてこうも煮え切らないのだろう。主人の怒りを肌で察したのか、フローズンは困り果てて顔を伏せると、消え入りそうな声で呟いた。
「・・・・白鳳さま、その話題はもう・・・・」
「・・・・・そうだね、きつい物言いをして済まなかった」
現状ではこれ以上押したところで、フローズンを悩ませ、頑なにさせるのがオチだと察し、白鳳は潔く引き下がった。客観的に見て、最近はフローズンもオーディンに惹かれつつあると確信していただけに、あんな反応が来るとは予想だにしなかった。皆といろいろ語り合った限りでは、フローズンが従者たちの中でもっとも色恋沙汰に精通しており、白鳳の際どい話を巧みにかわすのもお手のものなのだ。ゆえに、初な乙女のごとく恐れや戸惑いで後ろ向きになったのではない。にもかかわらず、あくまでオーディンとの付き合いをやんわり拒絶する理由が分からなかった。先程のやり取りからも、彼に好意を抱いているのは明らかではないか。
(もしかしたら、もう恋愛はこりごりと思わせる事件でもあったのかな)
何度痛い目にあおうと復活する、白鳳みたいな懲りない・・・いや、強靱な人間ばかりではない。パーティーに加入する前に、繊細なフローズンのトラウマになる悲しい出来事があったのかもしれない。振り返れば、DEATH夫の経歴に夢中になって、フローズンに関する詳しい話は一度も聞いていなかった。枝葉の部分は口にするのでまんまとごまかされていたが、100のうち95は語っても、残る5については決して触れさせない・・・・・そんな風にして己の芯をしっかり守ってきたのだろう。本来、他人の秘め事をほじくり返す趣味はないが、フローズンの過去が判明しなければ、オーディンとの仲も進展させようがないので、今回のみはやむを得まい。とは言うものの、当人に確かめられない以上、事情はDEATH夫から聞き出すしかなさそうだ。
(はあ・・・普通の会話すら成り立たないのに、フローズンの恋バナなんて聞けるわけないじゃん。。)
それに正直、月下氷人の役目をDEATH夫とのデートまで引きずりたくない。オーディンとフローズンをセットで諦めた今、黒ずくめの死神を我が手に収めることは、白鳳にとってもはや唯一の希望だった。
順調に各スポットを巡って来たが、最後まで残ったDEATH夫と晩餐を楽しんで、従者たちとの特別デートもお開きだ。しかし、未だに白鳳を主人と認めていない上、食自体にさして興味のない彼が、大人しくディナーに付き合ってくれるだろうか。白鳳はにわかに不安になってきた。
「ねえ、フローズン」
「・・・・いかがなさいましたか・・・・」
「あのDEATH夫が素直にレストランで待っているかなあ」
白鳳がオーディン絡みの話から離れたので、フローズンは安堵でふっと口元を緩めた。モールの中心部にそびえ立つ、煉瓦の塔の大時計を一瞥した後、手早く懐中時計の時刻を合わせると、傍らのたおやかな手に握らせた。
「・・・・心配ご無用です・・・・。・・・・DEATH夫とて、本心では白鳳さまに元気になっていただきたいのですから・・・・」
「そ、そうかな」
白鳳が喜色を露わにしたので、フローズンは紅の双眸をじっと見つめつつ、囁くように問いかけた。
「・・・・白鳳さまはまだ彼を愛人にしたいのですか・・・・」
「フローズンもDEATH夫が私と懇ろになって、魔界に行かない方が良いだろ」
「・・・・DEATH夫にはこの世界にいて欲しいですけれど、それは白鳳さまが彼の新しいマスターになれば済むことです・・・・」
冗談じゃない。単なる主従関係と愛人関係の間には、決して超えられない分厚い壁がある。お供が魅力的であればあるほど、清いままで旅を続ける虚しさは、真性××者なら必ずや理解可能なはずだ。
「ただのマスターじゃつまんないもん。どうして、愛人じゃダメなわけぇ」
「・・・・彼は特殊な環境で育ちましたゆえ、白鳳さまの方が愛人にしてもらうくらいの心構えがないと難しいと思います・・・・」
「え〜っ、何それっ!?お高いにも程があるよ。いったい自分を何様だと思ってるのさ」
一介の男の子モンスターが、魔界で破格の出世をしたから、すっかり天狗になってしまったのだ。封印さえ解ければ、凄まじい潜在能力があるのは認めるけれど、人間に仕える仲間を軽蔑したり、同胞のはずの男の子モンスターをゴミ扱いする言動が多過ぎる。フローズンの取り成しに加え、パーティーメンバーが温厚だから事なきを得ているものの、この調子では魔界でもさぞや敵を増やしていたことは容易に想像出来る。
「そもそも魔界へ帰るとか表現してる時点で、特権意識丸出しだもんね。もとは皆と同じ下界のダンジョンで生まれたくせに」
「・・・・違います・・・・彼が氷のダンジョンに滞在したのは、魔界を追われた時が初めてなのです・・・・」
「え」
フローズンの意外な説明に、真紅の瞳がきゅっと見開かれた。
「・・・・以前、孵化したばかりのDEATH夫が、主人と初めて会った時の話をいたしました・・・・」
「ああ、ダンジョンに視察に来たラック様と・・・ってヤツ」
「・・・・彼はそこで連れ去られ、以後、ずっと魔界で育ったと・・・・」
「嘘っ!?」
ハチも一緒だったあの場では、顛末まで語るのは躊躇われたらしい。つまり、天賦の才をマスターに見出され、魔界で英才教育を施されたということか。DEATH夫が男の子モンスターたちに冷淡な理由がようやく分かった。周りに悪魔しかいない環境で過ごした彼が、己を男の子モンスターと思わずに成長しても当然だし、”DEATH夫”とは違う固有の通り名も持っていたに違いない。魔界では戦闘能力を極限まで鍛える訓練はしても、情操教育は皆無だろうし、これでは戦闘力とプライドだけ肥大した絶望的な世間知らずが生成されるわけだ。でも、白鳳が一番衝撃を受けたのは、まるっきり別の要素だった。
(がが〜〜〜ん!まさか、誕生段階でお持ち帰りされてたとは。。)
優秀だが小生意気な部下に、主人が戯れで手を付けたと解釈していたが甘かった。DEATH夫にとって、ザ・ラックは親代わりであり、師匠であり、愛人であり、想像以上に強固な絆で結ばれていたのだ。ならば、クールなDEATH夫があれだけ固執するのも、非情なマスターがわざわざ救いに来たのもうなずける。けれども、モノは考えようだ。たとえ結びつきが強かろうと、完全な愛人とは別物なら、こちらにもつけ込む隙はある。要するに、親子・師匠関係は崩さず、愛人の部分だけ巧みに選手交代を狙えばいい。100の関係を全部ぶち壊すより、30くらい侵食する方が、相手の警戒も緩いし、段取りさえ誤らなければ、思惑通り行く可能性は高かろう。悪魔の育てた最強の使徒を虜に出来たら、輝かしい××歴に一段とハクが付くこと請け合いではないか。
(うふふ、ディナーの後はそのままホテルで熱い一夜を・・・・・v)
オーディンの依頼がこれっぽちも解決していないのに、白鳳の脳内はすでにDEATH夫とのベッドインの妄想で溢れかえっていた。根拠のない自信に満ち、捏造したご都合主義の展開に酔いしれる。フローズンの呆れ顔も何処吹く風で、群衆の中、ひとり不気味な含み笑いを漏らす白鳳だった。
TO BE CONTINUED
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