*愛人がいっぱい〜6*
眩しい陽光が虹色のネオンの輝きに転じる夕暮れ時、何度も会釈をするフローズンを見送ってから、白鳳は晴れやかな表情でゆっくり一歩を踏み出した。晩餐の会場は、貴族や文化人も利用する由緒正しいホテルで、ショッピングモールからさして離れていない。男の子モンスターに眉を顰めるのは、施設だけは大仰な一流面したホテルがほとんどで、老舗の名門ほど躾さえ出来ていれば、すんなり受け容れてくれる。
(ハーレムの夢は潰えたけど、最後だけは完璧に決めたいなあ)
思いがけず新情報も入ったし、今日こそDEATH夫といい仲になるべく、意欲満々でホテルへ向かう白鳳だったが、目的地へ近づくにつれ、急に不安になってきた。遅蒔きながら妄想から醒め、現実の厳しさを悟ったらしい。フローズンやオーディンが必死に止めたので、どうにか事なきを得たものの、これまで彼の逆鱗に触れ、半殺しにされかけた連中を何人も見た。本来、嬉しいはずの1対1も、今回に限っては諸刃の刃だ。制止役が皆無の状況で口説くなんて、ある意味、こんな暴挙があるだろうか。
(いや、いくらDEATH夫でも自分の主人を・・・・・って、あのコにとって、マスターはラック様だっけ。しょぼ〜ん)
初デートの日が命日になるのは、まっぴらゴメンだが、悲しいかな、封印中のDEATH夫でも力ずくになれば、まず敵わない。そこまで考えが至ると、足取りは鉛のごとく重くなり、頬のあたりが微妙に強ばって来た。とその時、傍らの神風に声をかけられた。
「白鳳さま、少しお疲れ気味なのでは」
直前まで不純な夢を語りまくっていた主人が、突如無言になったので、はしゃぎ過ぎて体調を崩したと誤解されたようだ。
「平気、平気。峠越えに比べたら、この程度の移動」
「そうですか。なら、あちらが丘の上ホテルです。DEATH夫はロビーで待機していますから、合流して奥のレストランへ移動して下さい」
ふと、前方を見上げれば、決して豪奢ではないが、歴史を感じさせる荘厳な建物がそびえ立っている。むろん、すでに予約済なので、レストランまで行けば、面倒な手続きなしに席まで案内してもらえるはずだ。
「では私はこれにて」
役目を果たし、速やかに去ろうとした神風の単衣の袖を、たおやかな手がぎゅっと掴んだ。
「ちょっと待って」
「まだ何か」
「私をひとり残して行っちゃうつもり?」
すがりつかんばかりの勢いで、紅唇が奏でた言葉に、神風は一瞬我が耳を疑った。時々、理解不能な言動を示す主人ではあるが、どういう意図で言ったのか、まるっきり分からない。自分はデートの妨害者ではなかったのか。
「DEATH夫とふたりきりで食事出来るんですよ。お邪魔虫はすぐ消えます」
「ダメダメ、行かないでえっ」
後ろから蔦みたいにぐるりんと巻き付かれ、神風はあっけに取られて振り返った。
「何言ってるんですか。そもそも私は一切手出ししない約束を・・・」
「手は出さないで欲しいけど、遠くからそっと見守っていてくれないかなあ」
「はあ?」
白鳳の意味不明の言い種に、従者は彼らしからぬ素っ頓狂な声を出してしまった。
「あのコ、一旦キレるとどんな過激な行動を取るか分からないんだもん。果敢にアタックしたあげく、大怪我で入院なんて目も当てられないからさあ」
身の危険に臆して、千載一遇のチャンスを逃す真性××者ではないが、最低限の保険はきちんとかけておかなければ。
「それで急に元気がなくなったんですね」
白鳳が意気消沈した理由をようやく察し、神風はしばし虚空へ視線を彷徨わせた。自ら邪魔するなと命じておいて、その舌の根も乾かぬうちに、今度は様子を見張れとは、我が身可愛さとは言え、あまりにも図々しい頼みではないか。
「ねっ、ねっ、お願いだからv」
「白鳳さま、少々虫が良すぎです」
「ええ〜っ、じゃあ私がDEATH夫にボコボコにされてもいいんだね。ひっど〜い、神風がこんな薄情だったなんてっ」
予想外に冷ややかな反応をされ、芝居がかった仕草で哀れっぽくしなだれかかる紅いチャイナ服。内心、この身勝手なお調子者は痛い目に遇った方がいいと思わないでもなかったが、なまじお調子者だからこそ、DEATH夫を本気で激高させてしまいかねない。心優しい従者はやむなく首を縦に振った。
「・・・・・仕方ありませんね」
「わ〜い、やっぱり神風は頼りになるなあ。大好きvv」
常套手段のゴネ得がまんまと功を奏し、白皙の美貌が花のようにほころぶ。しかし、神風は悪魔の笑みから目を逸らすと、微かな後悔と共にふうっと息を吐き出した。
神風に無理やりガードを依頼して、すっかり安堵した白鳳は、優雅なステップでホテルの扉をすり抜けた。律儀な神風に二言はない。必ずや気高く麗しい(自己申告)主人を守ってくれるだろう。これで大胆なアプローチも思いのままだ。白鳳は真紅の双眸をらんらんと輝かせて、パートナーを探し始めた。
(ん〜、どれどれ)
全身黒ずくめだから、目立つであろうことに加え、大規模なホテルと異なり、比較的こじんまりした造りのロビーなので、全体を把握するのが容易だった。人がそれほどいないことも幸いして、DEATH夫の立ち姿はすぐ目に止まった。落とし気味の照明の中、金の瞳が鈍い光を放つ。どうやら、白鳳が現れた時からじっと観察していたらしい。浮かれポンチな主人が自分を求めてきょろきょろする様を、鼻で笑っていたのだろうか。デートとはほど遠い毒のある態度に、白鳳はかなり気を悪くして、あからさまに口を尖らせつつ、DEATH夫の下へ駆け寄った。
「気付いたのなら、声をかけてくれればいいのに」
「ここにいるだけでもありがたく思え」
詫びのひとつもなく、そっけない口調で返された。やはり最後の砦は難攻不落そうだ。しかし、千里の道も一歩から。ハードルが高ければ高いほど、××魂は燃え上がるし、今までの経緯を考えたら、彼が言う通り、ロビーで待っていたことで、まずは良しとすべきだろう。
「とにかくレストランへ行くからねっ」
「分かった」
神風の存在を拠り所に、目一杯強気に言いかけると、白鳳はここぞとばかりしなやかな腕を絡めようとした。けれども、DEATH夫は怪しい動きを難なくかわし、不満げな主人を率いて奥へ歩き出した。せめて隣りに並ぼうと努めても、あまりの速度に全く追いつけない。
「もっとゆっくり歩けないの」
「お前がのろいだけだ」
「これじゃダンジョンの探索と変わりないよ」
レストランへ続く通路には、高名な芸術家から寄与された絵画やオブジェが展示してあった。何も空腹を充たす目的のみで来たわけではない。アールデコ調の建物や館内の調度品を鑑賞しながら、食事に至るまでの行程を楽しむのも一興ではないか。だが、ク−ルなDEATH夫にその辺の機微が通じるはずもなく、瞬く間に店の前へ連れて来られてしまった。
「ついたぞ」
「もうっ、まるっきりデリカシーがないんだから」
最低最悪のエスコートに、白鳳はぷんすか怒っていたが、店内に足を踏み入れた途端、客たちのぶしつけな視線を感じ、意識はそちらへ向けられた。白を基調としたインテリアの中、真紅と漆黒の彩りは一際映える。銀髪に紅い目を持つ美貌の青年と、黒一色の男の子モンスターの組み合わせに、周囲は相当好奇心をそそられたに相違ない。もっとも、この手の反応には慣れており、白鳳は今更、心に波風が立つこともなかったが、DEATH夫はいたく不愉快だったのか、辺りをじろりと睥睨した。死神のひと睨みに圧倒され、誰もが怖々と顔を伏せ、黙り込んだ。
「ふん、鬱陶しい連中だ」
「こらこら、他の客を威嚇してどうするのさ」
やることなすこと過激で、いつも気を揉まされるが、実力行使に出ないだけマシか。さすがに今日は大鎌も持参していないようだ。
「少し待っていろ」
「あ・・・うん」
店内がようやく落ち着いたのを確かめると、DEATH夫はおもむろにカウンターへ行き、係の男性に何やら告げた。さすがに名門ホテル内のレストランだけあって、店員教育は行き届いており、カウンターの男性も案内役の女性も顔色ひとつ変えず、丁寧かつにこやかな対応で、白鳳主従を席まで導いてくれた。
焼きたてのパンの周りを飾る、季節感溢れる料理。生ハムのマリネやあさりのスープ、さらに菜の花のサラダなどが存在を主張するテーブルに、蟹と野菜のソテーが運ばれてきた。メインの肉料理は確か鴨のローストだ。ところが食卓の華やかさと裏腹に、会話はこれっぽちも弾んでいなかった。もちろん白鳳の方はきっかけさえあれば、話しかける気満々なのだが、目が合っただけで威圧感たっぷりに睨まれてしまい、渋々食事に集中せざるを得なかった。
(うわ〜ん、こんなのデートじゃないよ〜っ)
相手の顔色を窺いつつ、無言のまま進む晩餐は、献立のレベルを別にすれば、刑務所の食事と大して変わらない。時折、ねっとりと悩ましい流し目を送っても、DEATH夫は知らん顔で手を動かし続け、全く取りつく島がない。悔しさ半分、諦め半分で氷の面を凝視する虹彩に、鎌の代わりにナイフとフォークを巧みに操る仕草が映った。
(おや)
会話の糸口すら掴めない惨状に落ち込んで、すっかり見落としていたが、DEATH夫が実に行儀の良い食べ方をすることに感心した。男漁りの過程で様々な階層の男性と食事する機会があったけれど、マナーに合格点を付けられる紳士は数えるほどしかいなかった。人間とて上流階級に生まれるか、両親に厳しく躾られなければ、なかなか身に付かないものなのに、日頃は粗暴なDEATH夫がこんな一面を持つとは正直、意外だった。あるいは魔界ではマスターと共に、改まった席に出る場面もあったのだろうか。
(戦い方や作法を教え込まれても、肝心の情操教育が出来てないんじゃねえ)
悪魔が半端に育てたせいで、現在、自分は虚しい時間を強要されているのだ。この湧き上がる怒りと無念を、いったいどこへぶつけたらいいのやら。やはり、DEATH夫を我が手に貰い受けなければ気が済まない。神風の後ろ盾もあるし、白鳳は清水の舞台から転げ落ちるつもりで、勇気を奮って切り出した。
「ねえ」
「うるさい」
「なんか話そう」
「お前と話すことなどない」
「一応デートなんだから、少しは気を使いなよ」
「付き合ってやってるだけでも十分過ぎるほどだ」
本質的に己が上位に立ちたい白鳳は、DEATH夫の偉そうな物言いにムカついたが、甘い一夜のための辛抱と言い聞かせ、ちょっと目先を変えてみることにした。闇雲に直球勝負するより、変化球を使った方が効果的な場合もある。
「じゃあ、私の質問に答えてくれる?」
「内容次第だ」
「フローズンについてなんだけど」
「?」
不意に友の名前を出され、DEATH夫の表情からわずかに険が取れた。先を促す眼差しを受け、白鳳はこれならいけると感じ、畳み掛けるごとく問いかけた。
「前はフローズンとふたりで旅をしてたんだよね」
「ああ」
「道中、オーディンみたいにフローズンを本気で慕うオトコが現れたりしなかったの」
婉曲的な表現だが、探りを入れる目的ならこの程度でちょうど良い。DEATH夫がすんなり回答するとは思えないが、声音や顔付きの微妙な変化で何事か察知し得るかもしれない。
「なぜそんなことを知りたい」
「質問に答えたら教えるよ」
「答える義務はない」
吐き捨てるやいなや、口を真一文字に引き結んだきり、ふいとそっぽを向いてしまった。主人の追及をかわしたければ、不埒者はいなかった、あるいは撃退したと返せば済むものを、必要以上の拒絶が逆に苦い過去の存在を思わせた。敵を殲滅する技能は一流でも、戦い以外では初歩的な駆け引きの術さえ知らない。初めて彼の弱点らしき部分を垣間見た気がして、白鳳は再び不純な意欲が漲って来た。が、まずはマスターとしての役目を果たさなければ。自分だけちゃっかりDEATH夫を射止めては、オーディンに合わせる顔がない。
これ以上思わせぶりな問いを続けても埒があかないので、白鳳はオーディンとのやり取り、そしてフローズンの反応を包み隠さず語った。DEATH夫はめずらしく遮りもせず、白鳳の説明を大人しく聞いていた。
「今のままじゃ彼らの関係は進展しようがないから、もしDEATH夫が何か知っていれば教えて欲しいんだ」
白鳳たちと出会う前、フローズンに恋愛絡みのいざこざがあった。先程までの推測は、すでに確信に変わっていた。
「聞いてどうする」
「事情さえはっきりすれば、解決策も立てられるし」
「くだらん。やめておけ」
明るく言い差した瞬間、ばっさり切り捨てられ、カッとなった白鳳は我知らず声を荒げた。
「DEATH夫は友達が幸せにならなくてもいいの!?」
「幸せ・・・だと」
「オーディンはちょっぴり不器用だけど、心身共に強くて、誠実で教養もあるし、きっとフローズンは幸せになれるって」
「あいつが言ったのか。お前が勝手に幸福だと決めつけているだけだ」
「それは・・・・・」
話の類は苦手なはずのDEATH夫から鋭い指摘を受け、白鳳は答えに詰まり、たじたじとなった。彼らの幸せを願う気持ちに偽りはないし、相性その他も私心なく判断したと思うが、あくまで立場は第三者に過ぎない。デートのお膳立て程度ならまだしも、過去の瑕疵にまで踏み込むのは、いかに主人とは言え、当事者の感情を無視したお節介と取られても仕方あるまい。
「そもそもフローズンを愛人にしたいくせに」
フローズンのおまけで、パーティーに拾われた。DEATH夫はまだそう感じているのだろうか。
「そりゃあ、未練がないと言えば嘘になるけど、マジ惚れしてる相手には勝てないもん」
形振りかまわず強引に迫っていても、実のところ、恋敵の本気に敵わないと悟れば、潔く引き下がる。派手な浮き名を流す割に、いまいち実りが薄いのは、根っこの人の良さにも一因があった。
「思い込みと言われたら返す言葉もないよ。でも、仲良くなったふたりのとろけるような笑顔を見て、私も一緒に喜びたいんだ。ああ、何か良い方法はないかなあ」
「・・・・・・・・・・」
形の良い眉を寄せ、真摯に悩む白鳳の面持ちを金色の双眸がじっと見つめている。
「とにかく、知ってること話してよ。ねっ」
「駄目だ」
「どうして」
両手を合わせて頼んだのに即座に断られ、白鳳は納得いかないとばかり、詰問口調で言いかけた。主人の膨れっ面にかまわず、DEATH夫は淡々と言葉を紡いだ。
「ヤツが心底フローズンを想っているなら、お前など当てにせず自ら動くべきだ」
「だけど、オーディンは純情一途で、色恋沙汰に免疫がないから」
「免疫云々なんて理由になるか。フローズンの心を解きほぐしたければ、己の力でやればいい。その程度のことも出来ないヤツに、到底フローズンは任せられん」
「!!」
なあんだ。オーディンの好漢ぶりはちゃんと評価していたのだ。表面的には冷淡に見えようと、DEATH夫も紛う事なくパーティーの一員だと実感し、白鳳はじわりと嬉しくなった。
「良かったあ。オーディンとの交際が嫌なわけじゃないんだね」
「誰が反対しようと当人同士の問題だし、俺もいつまでもフローズンの側にはいられない」
「そ、そう。。」
躊躇いなくきっぱり言い切った。いずれは魔界へ帰るつもりなのだ。身を苛む過酷な日々が続いても、たった一度の失敗で追放されても、自分の居場所はそこしかないと思い極めているのだろう。正直、白鳳は複雑な心境だった。仮に愛人にならなくても、DEATH夫にはずっとパーティーにいて欲しいし、帰還を阻止せんとするフローズンの心情はよく分かる。しかし、たとえ仲間たち全員に反対されようと、DEATH夫にとって一番の幸せは、育ての親たるマスターの下へ戻ることなのかもしれない。
(はあ〜あ)
高揚していた××魂が、一気に重苦しく沈み、白鳳は肩を落としながら落胆の息を漏らした。が、ふと主人を凝視していたDEATH夫が、口元を緩めたのに気付いた。
「何がおかしいのさ」
「お前もつくづく馬鹿なヤツだ」
「そんな言い方しなくたって」
「他の男の話ばかりしていていいのか」
「え」
切れ長の瞳が鈍く煌めくと、仄かに細められた。揺らめくキャンドルの炎が、死神の端正な顔に陰影を作る。ひょっとして、苦節ン時間、ついに真のデートへの急展開!?白鳳は期待と興奮で胸が漣のごとくざわめくのを感じていた。
TO BE CONTINUED
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