*マスターの条件〜前編*



忘れ物をしたと偽り、白鳳は神風たちを外で待たせたまま、抜き足差し足で宿の一室へ向かっていた。朝食の後、DEATH夫から今日の捕獲には同行しないと冷たく言い捨てられたのだ。いつもなら厄介者を放って、出立するところだが、これ以上、腫れ物に触るような扱いを続けてはいけない。縁あって、旅の途中で出会い、運命を共にする関係になったのだから、少しでも分かり合って、交誼を深めたかった。正直、最初はDEATH夫のことを疎ましく思わなかったと言えば、嘘になる。お気に入りのフローズンを手元に置きたいがために、やむなく同行させた面も否めない。しかし、一年近く諸国を渡り歩くうち、徐々に見方が変わってきた。フローズンのことは常に身を挺して庇い、とても大切にしているし、文句を言いつつも、捕獲だって手伝ってくれる。更に、白鳳が崖から転落しかかったとき、最後まで手を放さなかったではないか。決して、情の欠片もないわけではない。
(”封印”のことも気になるしね)
まじしゃんの祖父代わりの老魔導師によれば、DEATH夫には魔の封印がかけられているらしい。もちろん、話を聞いただけで事実を確かめたわけではない。が、その話題が出た瞬間のDEATH夫とフローズンの過敏な反応は、見立てに信憑性を与えるのに十分すぎるものだった。もっとも、思い込みの激しさが災いして、これまで幾度となく痛い目に遇ってきただけに、最悪の事態もうっすら頭に浮かぶ。DEATH夫の戦いぶりを見る限り、まともに動くことさえ辛い枷の存在は感じられなかった。
(封印云々は私の考えすぎで、不機嫌の極みのDEATH夫にボコボコにされたら嫌だなあ)
根っから自己中な白鳳らしくもなく、DEATH夫の傍若無人な言動に強く出られないのは、逆鱗に触れるのが怖いからだ。街中でも意に添わぬ行為をした輩を、容赦なく打ち据える光景を何回も見た。神風の丁寧な指導と実戦で鍛えられ、飛躍的に実力をつけてはいるけれど、残念ながらまだ彼の前には遠く及ばない。
(いつかDEATH夫をこてんぱんに叩きのめして、私の足元に跪かせてやるっ)
魔界で殺戮のみに明け暮れる日々を過ごしてきた彼は、力こそ全てと考えている節があり、戦闘でねじ伏せることが出来れば、マスターと認められる可能性は高い。だが、現状の実力差を冷静に分析すると、その日は遥か遠いように思われた。
(とにかく、もう逃げないで、DEATH夫と正面から向き合ってみよう)
彼がパーティーの一員になってから、フローズンを仲介にして、ずっと対峙することを避けてきた。主人が弱腰では、他の者だってDEATH夫を敬遠するようになっても仕方ない。むしろ、まとめ役として積極的に皆とのコミュニケーションを図るべきなのだ。けれども、20余年間、勝手気ままに生きてきた白鳳には、この手の能力が決定的に欠けていた。
(普通の男の子モンスターを連れ歩くなら、悩まなくても済んだのに)
そこいらの人間以上に頭が良く、強い個性を持っているばかりに、率いる方は一苦労だ。とはいうものの、細かい指示を与えなくても、こちらの意図を酌んで、期待以上の成果をあげてくれる彼らは、誰より心強いパートナーでもあった。




あれこれ思いを巡らせているうち、先程、後にした古ぼけた木の扉が目に入った。心なしか、昨夜よりも妙に重苦しく、くすんで見える。
(うう、不安だなあ)
でも、気持ちで負けていては仕方がない。自らを励ます意味で、掌で胸元を軽く叩き、気合いを入れた。禁断の扉を開いたのち、いかなる展開が待ち受けているのだろう。いつになく、緊張した面持ちでそろそろと歩を進める紅いチャイナ服だったが、背後からいきなりひょうきんな口調で呼びかけられた。
「はくほー、待っちくりー」
「ハチ」
命知らずがやって来た。
「オレもですおと話をするぞっ」
思えば、これまでDEATH夫と交流すべく、積極的に動いてきたのはハチだけだ。鬱陶しがられ、小突かれ、吹っ飛ばされても挫けず、常に明るくアプローチを試みる。ただ、懐っこい性格というだけでは片付けられない、意外な粘り強さを持っており、この点に関しては素直に感心していた。こうして、DEATH夫が宿に籠もっても、必ず部屋の前まで訪れ、大きな声で一緒に行こうと誘うのだ。ただし、ちっちゃサイズなだけに、拒絶に遭えば中にも入れず、結局は挫折して、しょんぼり帰って来るのだが。
「ハチはどうしてDEATH夫と仲良くしたいんだい」
根本的な疑問を投げかけてみた。努力に見合った成果が得られないにもかかわらず、そこまで執着する理由が分からない。
「目が蜂蜜だからー♪」
(・・・・・・・・・・)
単純明快ではあるが、理解に苦しむ根拠を告げられ、しばし絶句したけれど、白鳳はなおも食い下がった。
「いつも思いっ切り叩き落とされて、痛い目に遭わされているのに」
そのキャラクターのせいで、かろうじて陰惨な眺めに映らないものの、ある意味、弱い者虐めと大差ない。だが、ハチはそれには答えず、短い人差し指をちっちっちとメトロノームみたいに振りながら、偉そうに胸を張った。
「違う違うっ、はくほー分かってないなー。ですおは意地悪でやってんじゃないぜ」
「え」
「戦闘能力のないオレを一人前にしようと鍛えてくれてるんだ」
それは400%勘違いだ、と思ったが、嬉しげに瞳を輝かせている様子を見ると、即座に否定するのも気が引けた。”はぐれ”の力が顕在化しないことが幸いして、故郷で大らかに育ったハチは、能天気なだけでなく、筋金入りの性善説支持者だった。
「な、なぜ・・・そんな風に思ったのかな」
「おう、よくぞ聞いてくれたなっ」
特に尋ねたかったわけではなく、成り行きでこういう流れになっただけだ。が、ハチはこみ上げる喜びを必死で堪えながら、先を続けた。
「オレな、こないだ初めてですおの攻撃を避けたんだぜー」
「それは凄い」
肉眼で捉えるのも困難な一撃を、どんくさいのんき者のハチがよくかわしたものだ。
「だろっ、だろっ。そしたらな、ですおが”腕を上げたな”って言ってくれたんだっ」
「へえ」
「でへへ、オレ、ですおに褒められちったー♪」
場に居合わせなかった以上、DEATH夫がどういう意図で口にしたのかは分からない。頑張りに心底感服したのか、はたまた、寄りによってハチに攻撃を避けられ、きまりが悪かったのか。それでもその一言はハチに大きな感銘を与えたらしく、屈託のない笑顔を振りまきながら、浮き浮きと白鳳の周りを飛び続けた。







旅路を共にしていても、四六時中、一緒にいるわけではない。男の子モンスターたちにも、彼ら同士の付き合いがあるし、当然、そこで見せる顔は主人と接する時とは異なるはずだ。思いの外、興味深い情報が得られそうなので、部屋へ踏み込む前に、もう少しリサーチを続けることにした。
「DEATH夫と普通に会話したりは?」
「う〜ん、ですおはあんまり話してくんない」
ちっこい肩がしょんぼり落とされた。
「やっぱりか」
「寂しいよなー」
観賞用とはほど遠い外見だが、その一挙手一投足から邪気のない性質の良さが滲み出て、どこか憎めない。お間抜けな言動で失笑を買いつつも、ギスギスした雰囲気を一変させる不思議な力の持ち主なのだ。なのに、DEATH夫にはハチの神通力もまるっきり通用しないらしい。これだけ懐かれても、拒絶の姿勢を崩さないなんて。
「我々と旅するのも本意じゃないみたいだし、他者と一切関わり合いたくないのかな」
「そんなことはないぜっ!!」
うつむき加減だった真ん丸顔を上げ、ハチが高らかに宣言した。確信に満ちた明るい顔と力強い語尾。いったい何を根拠に、きっぱり言い切れるのだろう。
「凄い自信だね、ハチ」
「だって、ですおはオレと同じだかんな」
「えええっ」
虫が突拍子もないことをほざくので、うっかり叫び声をあげてしまった。扉に貼りついていたら、気取られていたところだ。危ない危ない。相似点すら見つからず、むしろ対極にいるひとりと一匹ではないか。しかし、ハチは白鳳の動揺も何処吹く風で、なおも自説を展開させた。
「オレがかあちゃんを探しているように、誰か会いたいヤツがいるんだぞ」
そう言えば、DEATH夫が旅をしている目的を詳しく聞いたことはなかったっけ。遠隔地へ足を伸ばすこと自体は厭わないし、単に追っ手を凌ぐための逃避行とも思えない。
「本人が言ったのかい」
「うんにゃ。でも、オレには分かる。いつも遠くを見つめてるんだー」
「ふぅん」
珍しく神妙な面持ちで、触角が揺れる頭をうんうんと縦に振った。難しい理屈は一切通じない単純な頭だが、逆に野性の勘は侮れない。交流とは言い難い短いやり取りでも、繰り返すうちに素朴な心が何かを感じ取ったのかもしれない。
「それにな、黒いペンダント」
「ああ、オニキスのリングだね」
白鳳も初対面のときから、気になっていたのだ。神風は服装の違うレアモンスターが存在すると説明してくれたが、あのリングには特別な事情が秘められている気がしてならない。
「そうそうっ、ですおはあのペンダントをなー」
「ペンダントをどうしたって」
好奇心をそそる話題が核心に近づき、思わず身を乗り出して、ハチの話に耳を傾ける白鳳だったが、その時、不意に背後から肩を叩かれた。
「ひええっ」
恐る恐る振り向くと、清しい紺袴を纏った従者が穏やかな表情で佇んでいた。
「私もお供します。スイ様はオーディンに預けて来ました」
「神風・・・・・どうして」
「今日に限って、フローズンも戻って来ないのが気になります」
本音は主人の無謀な行動によって、事態をなおさら悪化させるのを避けるためなのだが、賢い神風は余計なことは一切漏らさなかった。DEATH夫に毛嫌いされているのは承知の上だし、自分まで踏み込むのはどうかと躊躇っていたのだが、紅いシルエットの周囲を飛び交うハチを見た途端、己の判断の正しさに安堵した。白鳳とハチのへっぽこコンビで物事が上手く収束するとは考えられない。
「よかったぁ、神風がいてくれると心強いよ」
「おう、一緒に頑張ろうな、かみかぜ」
最強の助っ人を迎え、意気上がる白鳳たちは、意を決して部屋の前までやって来た。意外にも鍵はかかっていないようだ。
「どうします、白鳳さま。ノックしてみますか」
「まずは中の様子を窺うのが先だよ」
「そだな」
「では、失礼して」
神風が音を立てないよう、細心の注意を払って扉を引いた。わずかな隙間から、目を凝らして一斉に覗き込むふたりと一匹。しかし、室内で繰り広げられていた光景は彼らの想像を絶するものだった。





「っ!?」
「ほえ〜。。」
「・・・・・・・・・・」
想定外の事態に度肝を抜かれ、誰もが声を押し殺すのに苦心した。なんとベッドに横たわるDEATH夫に、フローズンが接吻しているではないか。しかも、一度や二度ではない。巻き戻したビデオのごとく、何度も長い口付けを反復している。
「おおおっ、ちゅ〜してるぞー」
「わ、私を差し置いて、いつの間に羨ましい・・・いや、いかがわしい関係にっ」
主人が本気で激怒しているのを悟り、神風は小さくため息をついた。ご贔屓のフローズンが他のオトコと出来ているのを見て、半ば放心状態になった白鳳は、もはや部屋にUターンした真の目的を忘れ去っている。
「オーディンがいなくて良かったですね」
フローズンに対する想いは純情一途だけに、万が一、このシーンを目の当たりにしたら間違いなく再起不能だろう。
「あのふたりは心は通じ合っていても、恋愛関係にはないと確信していたのに。おかしいなあ」
他者の色恋沙汰の判断だけは自信があったし、嫉妬も入り混じって納得がいかないまま、彼らの絡みを凝視していた白鳳だったが、やがてあることに気付いた。
(これ、恋人同士のキスと違う・・・よね)
いくら冷気を操る男の子モンスターでも、フローズンは顔色ひとつ変えず、事務的な作業のように唇を重ねている。冷静な顔付きからはある種の真剣さは伝わってくるものの、明らかに恋愛云々ではなかった。そもそもDEATH夫は大人しく相手のなすがままにされてるタマではない。踏ん切りの付かなかったフローズンを旅に連れ出したのも彼だし、ふたりの間柄だったら、DEATH夫の方が積極的な行為に出るはずだ。
「ひょっとして気を送り込んでいるのではありませんか」
「気だって?」
神風は早々と落ち着きを取り戻し、的確な観察眼で彼らを見直した末、こんな風に言いかけてきた。
「はぐれモンスターは陽陰いずれかの気を持っていると以前言いましたよね」
「うん、聞いた覚えがある」
今でもはぐれ系とは信じがたいハチだが、見る者が見れば、強い陽の気が感じられるらしい。
「負傷や病などで衰弱したとき、同系統の気を持つ者がそれを吹き込んでやることで、薬や魔法を使わなくても多少、快復出来るんです」
白鳳一行で陰の気を持つのは、DEATH夫とフローズンのふたりだけだという。
「じゃあ、神風がケガしたとき、ハチが気を送り込むことが可能なわけだね」
「理屈ではそうなります」
「ふむふむ、オレとかみかぜがちゅ〜するんだなっ」
「・・・・・・・・・・」
ハチの呟きに釣られ、頭の中でうっかり画像を思い描いてしまい、白鳳は激しい後悔に襲われた。いくら素材が神風でも、相手が一寸の虫では浪漫や耽美の欠片もない。もちろん、完全な失敗作として、瞬時に脳内からデリートした。





フローズンの恋人疑惑も晴れ、ほっとした白鳳は、改めて彼らの様子を眺め遣った。
「DEATH夫は具合が悪いのかな」
「なあ、病気なのかー」
「元々顔色は良くありませんから、外見では判断が困難ですが、確かに極端に気が弱まっています」
神風の見解を聞いて、白鳳はやはり老魔導師の見立ては正しいと直感した。現状では詳しい事情を知る術もないが、DEATH夫の身体には封印が施されており、本来なら動くこともままならない状態なのを、強靱な意思と気力で抗っているに相違ない。だが、さしもの彼の我慢にも限界があり、時折、こうして反動が出るのだろう。
「フローズンもそこまでは話してくれなかったんだ」
定期的に足手まといとなる事実が判明したら、ただでも快く思われていないDEATH夫が放逐されると危惧したのも無理はない。白鳳は彼への苦手意識を隠そうともしなかった。けれども、全て打ち明けてくれれば、DEATH夫を邪険に扱ったりしないし、皆も交えて真剣に対策を講じたはずだ。肝心な場面では頼りにならないと評価されたみたいで、白鳳はなんだかガッカリしてしまった。
「結局、私はまだまだ未熟者なんだな」
単に戦闘力のみならず、いざという時、精神的に彼らを支え、包み込むだけの器がないということだ。今までの行程を振り返ってみても、皆(特に神風)に助けられる場面の方が遙かに多かったし、人間関係で揉まれた経験に欠けるため、我が儘で細かい気配りも出来ない。これではフローズンが真相を告げる気になれなくても当然だ。
「白鳳さま、そんなに落胆しないで下さい」
「元気出せ、はくほー」
神風もハチも封印について聞かされていないので、ショックを受けた本当の訳は分からないが、主人が落ち込む姿を見かね、それぞれ口を開いた。
「だいたい、連れている男の子モンスターの状況を、一年近くも知らなかったなんて、マスター失格だよね」
白鳳のマスター失格ネタなら腐るほどあるが、今だけは触れないようにしようと神風は思った。
「いえ、それは私だって気付きませんでしたし」
「そーだ、はくほーのせいじゃないぞっ」
DEATH夫が誰とも交流しなかったことが、図らずも良い隠れ蓑になっていたのだ。
「いつも言うように、我々は白鳳さまが立派で完璧だから同行しているわけではありません。誰よりも世話が焼けるし、目に余る部分も多いですが、我々を対等に扱い、常に同じ目線で接してくれるのが嬉しいのです」
「オレもみんなもへっぽこだけど、優しいはくほーを愛しちゃってるんだぜ」
「あ、ありがとう。。」
素直に受け容れがたい箇所もあるものの、主人としての非を責めず、全面的に励ましてくれるひとりと一匹の心遣いに胸が熱くなった。彼らの厚意を無にせず、マスターに相応しい人間になれるよう、もっともっと様々な面で成長しなければ。
「で、白鳳さまはどうするつもりですか」
「部屋に入って、ふたりととことん話し合う」
「・・・・・分かりました」
その真摯な眼差しから、主人の本気を感じ取った神風は、日頃のように無茶だと制止することもなく、紅い瞳を見据えたまま、大きくうなずいた。更に、主従の傍らで勇んで両の拳を突き上げるちっこい生き物。
「オレもっ、オレもですおとしこたま話すぞ〜っ」
「ハチ、やる気十分だね」
「おうよ、オレにはささやかな夢があるんだぜ」
「夢?」
「ですおと仲良くなったら、胸ポッケの中で昼寝をするんだー」
叶った様子を想像しているのか、くりくりした目を細め、にんまり笑っている。
「ひ、昼寝ねえ」
「ささやかなのか無謀なのかよく分からない夢ですね」
「でへへー」
ハチの微笑ましい発言のおかげで、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。だけど、心の奔流を押しとどめる気はない。決意が固まったときこそ実行のしどきだと思い極め、白鳳は微かにずらされた扉を一気に開け放った。




TO BE CONTINUED


 

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