*温泉でドッキリ〜前編*



まだ見ぬ男の子モンスターを求め、今日もダンジョンを彷徨う白鳳一行。強者揃いのパーティーとは言え、毎回、すんなり捕獲を達成出来るわけではない。レアな種族であれば、発見にも運の要素が伴うし、行く手を遮るのは愛らしい男の子モンスターとは限らない。ターゲットの生息地を前に、ボス級の敵が立ちはだかり、思わぬ苦戦を強いられた場面もあった。もっとも、旅を始めて5年余、従者たちの厳しい指導のおかげで、白鳳は揺るぎない実力を身に付けた。屈強なモンスターを打ち負かす技のみならず、他者の気の性状を察知する術も会得した。しかし、大陸は広いし、未知の魔物はいくらでも存在する。ここ最近、危なげない戦いが続こうと、慢心や油断は禁物だ。現に、眼前に佇む魔導師風のモンスターには、まるっきり見覚えがなかった。極彩色のフードからにゅっと突き出た、4本腕が不気味に蠢く。
「何、あれ」
軽い調子で問いかけたものの、白鳳の研ぎ澄まされた感覚は、相手が放つどす黒い闘気を逃さなかった。皆もただならぬ敵、と認識したのか、一様に表情を引き締めている。
「異次元に住み着く悪魔の類だ」
普段なら神風やフローズンが答えるところだが、博識な彼らも悪魔関連の情報はDEATH夫に遠く及ばない。
「ほえー、悪魔かよう」
「恐いなあっ」
「きゅるり〜」
「そんな物騒な代物が、どうしてダンジョンに現れるのさ」
「・・・・このあたりに次元の裂け目があるのかもしれません・・・・」
微かに小首を傾げるフローズンの声が掻き消えないうち、紺袴の従者が真摯な面持ちで切りだした。
「白鳳さま、速やかにここから離れましょう」
「うむ、我々の目的はあくまで捕獲だし、無理はしない方がいい」
目当ての種族は全フロアにいるのだし、別ルートを取っても十分捕獲可能だ。神風とオーディンの助言は筋が通っている。なのに、困った主人は素直に納得しなかった。
「そこまで慎重に構えなくてもいいんじゃないの?確かに得体の知れないヤツだけど、今のメンバーだったら、下級悪魔の1匹や2匹、なんとかなるって」
生来の負けず嫌いに加え、育ちの良さから来る楽観主義が、良くも悪くも白鳳の言動に大きな影響を与えている。頭では危険だと承知しているくせに、勝利で得られるであろう経験値に目が眩み、向こう見ずなチャレンジ精神を発揮したのは明らかだ。神風は静かに息を吐くと、真紅の瞳を真正面から睨み付けた。
「万が一、勝てたとしても、我々も無傷では済みません」
仲間の極めて妥当な意見に、援護射撃が次々繰り出される。
「・・・・無益な戦いは避け、潔く撤退すべきです・・・・」
「逃げるが勝ちって言葉もあるかんな」
「きゅるり〜っっ」
「もう、ホントに弱気なんだから。苦戦するかしないか、戦ってみなきゃ分からないじゃん。ねえ、DEATH夫」
あくまでも思慮深い連中に見切りを付け、白鳳は好戦的な死神に話を振った。だが、DEATH夫の反応は白鳳の期待とはかけ離れていた。
「やめておけ」
「えええっ、DEATH夫らしくもない」
「お前にLv3クラスの魔法が防げるか」
悪魔界で育っただけのことはあり、個々の得意技もある程度把握しているらしい。
「Lv3だって!?」
「そんなぁ。Lv3の魔法なんて使われたら、僕の結界でも防げないよっ」
Lv3はその技能の奥義とも呼べる、伝説級の力だ。99%の者がLv1ということから考えても、いかに希有な才能かが分かる。事実、無敵を誇る白鳳団でも、封印の解けたDEATH夫を別にすれば、Lv2の技能の持ち主しかいなかった。
「や、やっぱ、時には引き返す勇気も必要かな。。」
「きゅるり〜」
ようやく己の無謀さを悟り、おずおずと後退りした白鳳だったが、もたついている間に、すっかり敵の攻撃範囲内に入っていた。4本の腕がおもむろに印を結びかける。本来、高レベルの術者2名を要する術も、単独で楽に使えるのだ。



「・・・・いけない・・・・」
「白鳳さま、早く後ろへ」
急激な気の膨らみに危機感を募らせ、神風はいち早く紅いチャイナ服の前に歩み出た。その途端、背後からDEATH夫の声が冷ややかに告げた。
「今更ムダだ。火炎流石弾は避けられない」
「何だって!?」
「皆で戦うしかないのかなっ」
恐らく射程の広い全体攻撃なのだろう。もはや、敵を粉砕しない限り、逃れる道はなさそうだ。口を引き結んで、視線を交錯させるメンバーの面に、不安と緊張の色が漂い始める。とその時だ。対向の印目掛け、一寸の虫がはじけ豆のように飛び出した。
「かあちゃんをいじめるなあっっ!!」
戦闘能力はないけれど、白鳳とDEATH夫に鍛え抜かれた素早さと頑丈さが売り物だ。ハチは力の限り、悪魔の印を崩そうと迫ったものの、後一歩及ばず、逆に炎を纏った気弾に打ちのめされた。
「ぎゃっ」
お約束の”あてっ”ではないあたり、ダメージは相当大きいと思わざるを得ない。
「!!」
「ああっ」
「ハチっ!!」
「きゅるり〜っ」
ちっこい体躯が墜落しないうち、白鳳の傍らで青い炎が燃え上がり、禍々しい気と共に敵へ襲いかかった。攻撃の軌跡も目に映らぬまま、極彩色のフードは一瞬で塵と化し、大鎌の一振りで空間に霧散した。神風やオーディンにすら全容は掴めなかったのか、誰もがあっけに取られた様子で、オーラが消えた黒ずくめの立ち姿を眺めている。
「すご・・・・・」
結果的にはハチの特攻が功を奏し、魔法を発動させるタイミングが遅れたのが幸いした。もちろん、相手を瞬殺すべく、自ら封印を解いたDEATH夫の働きあってこそだ。そのDEATH夫は呼吸ひとつ乱さず、地べたに横たわるハチを、尖った顎で指し示した。
「早く手当てしてやれ」
「DEATH夫は」
ほんの一時ではあるが、いつぞやみたいに溜めた気で封印をこじ開けたのだ。加減はしても、通常戦闘の消耗とは訳が違う。本人がいかに平静を装ったところで、気の弱まりは隠せないし、ただでも血の気のない顔が更に青ざめている。
「俺は平気だ」
「嘘。私のせいで、また封じられた力を使う羽目になったのに」
性懲りもなく、状況認識の甘さを露呈して、大事な同行者を傷付けてしまった。いったい、いつになったら、冷静で分別ある判断を下せる日が来るのだろう。
「お前らを助けるつもりなどなかった」
「なら、ハチのため?」
「さあな」
腑に落ちない声音で、DEATH夫は短く吐き捨てた。自分でも理解し難い行動だったらしい。だが、白鳳にはハチの窮地に反射的に動いた、と感じられた。懐っこい虫を冷淡にあしらいながら、無意識のうちに気にかけていたに相違ない。ハチの一連の頑張りは、決して無為ではなかったのだ。努力の成果をハチが耳にしたら、どんなに喜び浮かれることか。しかし、当のハチは大の字に倒れたまま、未だピクリとも動かない。周囲をぐるりと取り囲み、心配そうに見遣る仲間たち。
「・・・・DEATH夫は私に任せて、白鳳さまはハチを・・・・」
「う、うん」
「きゅるり〜」
陰の気を持たない以上、白鳳がDEATH夫を回復させる術はない。心を残しつつも、白鳳はフローズンの申し出を受け容れ、ハチの介抱に専念した。



気弾をまともに喰らった割に、目立つ外傷はないようだが、ハチの意識が戻る気配はない。ぷっくりほっぺを何度つついても、虚しく指先が弾かれるだけだ。糸目で眠る元気者を前に、主従は沈痛な顔でうなだれている。
「まさか、体内の組織が破壊されたんじゃ」
「うむ、打ちどころが悪かったのかもしれん」
「とにかく、精一杯、回復魔法をかけてみるよっ」
力強く宣言するやいなや、まじしゃんはヒーリングの構えに入った。が、少年魔導師の集中を遮るごとく、スイのかん高い声が響き渡った。
「きゅっ、きゅっ、きゅるり〜っっ」
「静かにしなきゃダメだよ、スイ」
やんわり注意した白鳳の双眸に、短い腕がヒクつく様が貼り付いた。
「あっ、ハチの手が!!」
「動いてるぞ」
「本当だ」
全員の注目が改めてハチへ浴びせられる。ミニチュアのクリームパンみたいな手が、ふらふらと虚空へ掲げられた。途切れ途切れにうわ言が漏れる。
「・・・は・・・は・・・」
「きっと、白鳳さまの名前を呼んでいるんですよ」
「夢の中でも白鳳さまの身を案じてるんだっ」
「なんて健気な」
「・・・・・ハチ。。」
「きゅるり〜」
大好きな白鳳を助けるべく、命を捨てて特攻したのだ。愚かな身の程知らずであっても、欲得抜きの純な気持ちは美しく尊い。表面上こそ、からかい、小突いてばかりだったが、一途に慕ってくるハチを、内心では愛おしく思っていた。本物の”かあちゃん”に会わせることなく、ダンジョンの露と消してたまるものか。白鳳はハチの手をそっと摘んで、腹の底から絶叫した。
「ハチっ、私はここにいるよっ!!」
「・・・・は・・・・は・・・・」
「しっかりっ、ハチっっ!!」
あまり下を向き続けると、涙が零れそうだ。ぎゅっと唇を噛んだ白鳳は頭を上げ、あたりを見渡した。神風もオーディンもまじしゃんもスイも、重く暗い目をしている。せめて、意識さえ戻ってくれたら。そんな願いを込め、白鳳はハチの姿を凝視したが、次の瞬間、シリアスな空気がぶち壊しになった。
「・・・・・腹減った・・・・・」
「「「・・・・・・・・・・」」」
三界一の食いしん坊は、白鳳の面影なんか、これっぽちも追い求めていなかった。パーティーはその場で硬直し、複雑な表情で顔を見合わせた。応急処置を済ませたフローズンとDEATH夫も、いつの間にか輪の中に加わり、ぽつりと呟いた。
「・・・・少なくとも、命に別状はございません・・・・」
「丈夫だけが取り柄か」
真ん丸顔に血の色が戻ってきたこともあって、男の子モンスターたちはほっと胸を撫で下ろした。
「なあんだっ、お腹が空いて苦しかったのかあ」
「打撲くらいは残るだろうが、深刻な状態ではなさそうだ」
「うむ、良かった」
「きゅるり〜」
仲間は手放しで喜んでいるが、白鳳はこのままでは収まらない。自分ほどの傑出した美貌があれば、真珠の涙は十分、武器になり得るのに、へっぽこな虫のため、危うくムダに流すところだったではないか。
「ふんだ、紛らわしい」
ぐーぐーいびきをかき始めたハチを、先細りの指が力任せに弾き飛ばした。神風がハチの回転を止め、慌てて掌にすくい上げた。
「白鳳さま、怪我人相手に大人げない」
ぴしゃりと叱責しつつも、ハチごときに涙腺を刺激された腹いせ&照れ隠しという、主人の本意を知っているので、トーンは幾分控え目だ。
「ったく、心配して損しちゃったよ」
「大事に至らなくて、良かったじゃないですか」
「そりゃまあ・・・・ねえ」
「きゅるり〜♪」
なおも眠り続けるハチが、にんまり笑うと、腹鼓の頂点をぽりぽり掻いた。



フローズンの手当で、DEATH夫も小康を保っているし、いつまでもダンジョンに長居は無用だ。
「ひとまず、ここを出て、宿へ向かいましょう」
神風の提案に、一行は待ってましたとばかり、うなずいた。
「・・・・今はハチとDEATH夫の療養が第一です・・・・」
「うむ、季節限定の種族でもあるまいし、焦る必要はない」
「そうだね、ルートも含めて、作戦を練り直そう」
無論、捕獲は諦めていないが、従者の体調が最優先だ。最悪の事態は避けられたものの、ひとりと1匹は間違いなく消耗している。設備が充実した宿屋で、たっぷり休養と栄養を取らせてやりたかった。
「・・・・あの、白鳳さま・・・・」
「なんだい、フローズン」
「・・・・今夜の宿泊先を、天然の温泉で有名な、山間の旅館に変更しようと思うのですが・・・・」
倹約家のフローズンだが、必要な出費は絶対渋ったりしない。むしろ、不測の事態に困らないよう、日頃は質素な生活を推奨しているのだ。どんぶり勘定の白鳳にとって、聡明な大蔵大臣はなくてはならない存在だった。
「それはいい」
「温泉は傷や滋養強壮にも効果があるし」
「きっと、ハチもDEATH夫も元気になるよっ」
「・・・・あの旅館は景観の素晴らしさも売り物だそうです・・・・」
「懐石料理も美味しいと評判だったぞ」
「わあ、楽しみv」
「きゅるり〜」
主目的も含めて、温泉宿への期待で盛り上がるパーティーを、金の瞳が冷めた眼差しで見据えた。DEATH夫からすれば、己より弱い連中から、気遣いを受ける状況は、すこぶる不満なのだろう。
「ふん、大げさな」
「別にDEATH夫だけのために行くんじゃないもん。ハチだって賛成に決まってるよ」
高揚に水を差すひねくれ者へ、負けずに切り返した白鳳だが、一抹の寂しさは否めない。いつもなら、ここでひょうきんな合いの手が入り、皆の失笑を誘うのに。従者たちも同様に感じたらしく、それぞれがハチの話題を口にした。
「ハチ、早く目覚めないかなあっ」
「ご馳走の匂いがした途端、ひょっこり起きあがるんじゃないですか」
「一所懸命奮闘したし、10人前は食べそうだ」
「・・・・全部平らげれば、元のハチに戻ります・・・・」
「だといいね」
「きゅるり〜」
仲間のやり取りを沈黙で流し、ハチは神風の単衣の合わせ目の部分で、相変わらず眠りこけている。”かあちゃん”のたおやかな手が、可愛い頭を2、3度撫でた。


TO BE CONTINUED


 

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