*温泉でドッキリ〜中編*



初めて目にする和風の旅館を、白鳳は興味深く眺め遣った。JAPANの本館を元に造った数寄屋造りの建物は、普段見慣れた宿とは異なり、荘厳な和風テイストが漂う。はっぴを着た従業員に、2階の客室へ案内された。展望用のベランダが付いた二間の部屋だ。窓の外にはすっかり色付いた木々が広がり、噂通り景観も申し分ない。板敷きの短い廊下を行くと、石造りの内風呂とトイレがあった。大部屋にある漆彫りの机をぐるりと囲む座椅子。机上にはすでにお茶と和菓子が整えられている。まだ起きないハチを座布団に横たえ、ざっと荷物を整理すると、一行は座椅子に腰を降ろしかけたが、不意に隣の部屋から紺袴の従者の声がした。
「これに着替えるみたいです」
寝室の押入を見れば、布団の上に白地に藍の柄が入った浴衣が乗っていた。単なる寝間着ではないことは、ドラク温泉を思い出せば明らかだ。さっそく、神風が浴衣を取りだし、他のメンバーに一着ずつ手渡した。
「ドラク温泉で着たはずなのに、すっかり着方を忘れちゃったなあ」
「きゅるり〜」
「うむ、日頃の服とは勝手が違う」
「神風やフローズンと同じ合わせでいいんだよねっ」
「正式な着物ではないから、そこまで神経質にならなくても大丈夫」
神風に指導を仰ぐ連中の傍らでは、着替えに渋るDEATH夫を、フローズンが困り顔で促している。
「・・・・ほら、DEATH夫も着替えて・・・・」
「面倒だな」
懸念されたDEATH夫の体調だが、相手を秒殺すべくほんの一瞬、しかも加減して気を放出したので、多少の疲労は否めないが、さほど深刻な状態ではなさそうだ。ハチ共々のんびり休息を取れば、元気に旅立てるに違いない。
「どうやら、着終わったようですね」
和服組以外は、慣れない着物に悪戦苦闘したものの、神風とフローズンの親切な教えもあって、結構サマになっている。互いの珍しい浴衣姿に注目しつつ、それぞれが率直な感想を口にした。
「う〜ん、本当に温泉旅館へ来たって感じ」
「・・・・服装ひとつで、雰囲気が出ます・・・・」
「着心地も良いし、見た目も涼しげだ」
「木綿の感触が肌に馴染みますね」
「俺にはよく分からんな」
「全員でお揃いの格好する機会なんて、あまりないから楽しいねっ」
「きゅるり〜」
「あ」
まじしゃんのコメントに続いた、スイの鳴き声が心なしか寂しげだ。ふと見れば、座布団で寝息を立てるハチも、着たきり雀のままだった。
「サイズの関係で仕方ないけど、スイとハチの浴衣がないのは残念だね」
「うむ、スイもがっかりしてる」
「ゴメンね、スイ。僕が気遣いなくてっ」
「何か良い手立てはありませんか」
神風の問いかけに呼応して、雪ん子のありがたい申し出があった。
「・・・・端布を入手していただければ、私が縫いますが・・・・」
「いいの?フローズン」
「・・・・ええ、小さいので、たいした手間ではございません・・・・」
「だって、型紙や裁断だって必要じゃない」
「よし、型紙は俺がこしらえよう」
さすがに縫い物は得手ではないが、器用なオーディンにとって、模型や型紙作りはお手のものだ。フローズンは一時、躊躇いを見せたが、すぐにこやかに頭を下げた。
「・・・・お願いいたします、オーディン・・・・」
「あ、ああ」
想い人の可憐な笑みに、好漢の頬が早くもほんのり染まっている。優れ者の従者のおかげで、浴衣を着せてやれるのが嬉しくて、白鳳は肩先の弟に小声で言いかけた。
「良かったね、スイ」
「きゅるり〜♪」
目を細め、丸っこい身体を上下左右に弾ませるスイ。見守るパーティーの瞳も優しい。スイの浮かれた仕草に紅唇をほころばせると、白鳳は彼らに改めて謝意を述べた。
「ありがとう、フローズン、オーディン」
「・・・・白鳳さま、顔をお上げ下さい・・・・」
「仲間として、当然のことをするだけだ」
「ううん、心から感謝してる。でも、せっかくの機会だから、いちゃいちゃベッタリ仲睦まじく作ったらいいよ」
「いやっ、お、俺にはそんなつもりはっ」
「・・・・白鳳さま・・・・」
悪戯っぽく眉をたわめた白鳳に冷やかされ、オーディンは照れまくって、頭を掻いている。フローズンも戸惑ってはいるけれど、満更でもなさそうだ。休息に来た場所で、スイのため、手間をかけさせるのは申し訳ないが、ふたりが共同作業出来るのなら、それもまた悪くなかろう。



座椅子に腰を降ろし、ようやく人心地ついた白鳳主従は、お菓子片手にまったりくつろいでいる。真新しい畳の匂いが、つんと鼻腔をくすぐった。
「・・・・落ち着いた素敵な宿ですね・・・・」
「こうやって身体を伸ばせるのも魅力だし」
椅子とテーブルの宿では、ベッド以外で四肢を投げ出すわけにはいかない。和室ならではの過ごし方だ。他にも日頃お目にかかれないお持てなしが目を引いた。
「浴衣のみならず、お茶の準備までしてあるとは、まさに至れり尽くせりだな」
「うん、和菓子まで置いてあるんだもんねっ」
「きゅるり〜」
もっとも、JAPAN系のモンスターたるフローズンと神風は、和風旅館の特徴を熟知しているらしく、勝手が違って驚く皆へ、補足説明を付け加えた。
「・・・・JAPANの旅館では、仲居さんが全て世話してくださいます・・・・」
「世話って?」
「料理は上げ膳据え膳だし、布団の上げ下ろしまでやってくれるんですよ」
いつもは部屋の提供を受けた後は、自分たちで取り仕切る部分が多いだけに、JAPAN風のシステムには違和感より、むしろ斬新さを覚えた。
「布団まで敷いてくれるなんて凄〜いっ」
「だが、何か悪いな」
「ふん、鬱陶しい」
「そうかなあ、ちょっと貴人になった気分でいいじゃん♪」
「きゅるり〜」
サービスのみならず、煎茶と和菓子も物珍しく、未知の風味が舌を絶え間なく刺激する。渋いが味わい深い茶も、甘さ控え目の白餡も、料理好きな白鳳の好奇心を激しく掻き立てた。
「この最中って、どうすれば作れるのかな。仲居さんに聞いてみようっと」
レシピと簡単なコツさえ聞き出せれば、プロ顔負けの腕がモノを言うはずだ。ある程度、保存も利きそうだし、ぜひ、おやつのレパートリーに加えておきたかった。
「わあっ、白鳳さまが作ってくれるんだっ」
「それは期待出来ますね」
「・・・・ハチもきっと喜びます・・・・」
「にしても、ハチはまだ起きないようだが」
最中の封を切ったとき、微かに鼻の穴がひくひくしたにもかかわらず、相変わらず眠れる森のハチが気に掛かる。和菓子程度では決定打にならない状況なのだろうか。
「目の前にお菓子があっても、意識が戻らないとは」
「案外、重症なのかなあ」
「うむ、医者を頼んだ方が良いかもしれん」
「きゅるり〜」
誰もが心配そうな眼差しで、大の字に横たわる虫を凝視する。規則正しくいびきをかいていたハチだったが、しばし呼吸を止めると、いきなりどんぐり眼を開いた。
「ハチ」
「気がついたのかい」
「きゅるり〜っ」
「ああ、良かったぁ」
ない小鼻を小刻みに動かしつつ、ハチはむっくり起きあがった。
「くいもんの匂いがするぞ」
「あ、最中だね」
「・・・・ハチの分も取ります・・・・」
「違わい、もっと大ごちそうの匂いだかんな」
フローズンから最中を受け取ったハチだが、お目当ては別にある、とばかり、大きな口を引き結んだ。しかし、この部屋には間違いなくお茶菓子しか存在しない。白鳳たちはハチの真意を今ひとつ計りかね、きょとんとした面持ちで問いかけた。
「大ごちそうって」
「・・・・最中の他に食べる物はございません・・・・」
「今日は食材も用意してないからな」
「夢でも見てたんじゃないの」
「うんにゃ、刺身や天ぷらや酢の物の匂いが、こっちへ近づいてるんだよう」
「まさか・・・・・」
白鳳が言い差した途端、仲居のもの柔らかな声と共に、出入り口の障子が開かれた。皆の夕餉を持って来たのだ。盆の上は様々な料理で彩られた大小の皿や鉢がひしめき合っている。刺身の舟盛り、野菜の天ぷら、さらに昆布と貝類の酢の物が目に飛び込むと、食いしん坊の野性の勘に、仲間は瞠目するしかなかった。
「嘘ぉ」
「ハチの言葉と寸分違わぬ献立でしたね」
「うむ、ハチの五感はたいしたものだ」
「実戦の役には立たんがな」
「きゅるり〜」
パーティーがあっけに取られている間にも、机には前菜、吸い物、焼き物、揚げ物・・・と次々並べられていく。
「おおおっ、すんげーごちそうだっ」
本格的な懐石料理のフルコースを目の当たりにして、ハチの福々しい顔は歓喜で照り輝き、座布団の上でへっぽこな踊りを開始した。敵の気弾に昏倒していたとは思えないはしゃぎぶりを見る限り、400%完治しているようだ。一同は安堵しながらも、苦笑混じりでひょうきん者を見遣った。
「・・・・結局、さっき話した通りの展開になりました・・・・」
「あの調子だと10人前くらい楽に達成しそうです」
「でも、ハチが元気になって良かったっ」
「きゅるり〜♪」
「全く、ある意味期待を裏切らないキャラクターだよねえ」



快活な声で挨拶を済ませ、白鳳主従は料理に箸を付けた。美しい盛り付けを堪能する仲間を尻目に、ハチだけは舟の器に飾られた刺身を、怒濤の勢いで頬張っている。JAPANの珍味に魅せられ、本能丸出しだった虫だが、やや腹が膨らんで、ようやく環境の変化に思い当たったのか、短い首を2、3度左右に捻った。
「あり?そう言えば、ここどこだ」
「・・・・今日の宿です・・・・」
「うむ、JAPAN風の温泉旅館だ」
「オレたちダンジョンで戦ってたじゃないかよう」
「ハチは敵の魔法で気を失ってしまったから」
「あ、そっか」
脳みそ3グラムの鳥頭でも、直前の特攻には覚えがあったのか、極端な場面の転換も納得したみたいだ。でも、いったいどうやって窮地を脱したのだろう。
「悪魔に勝ったんか」
「うん、ハチのおかげで無事倒したよ」
「きゅるり〜」
「あんな強そうなヤツ、よくやっつけたなー」
「ハチが攻撃されるやいなや、DEATH夫が刹那、封印を解いて、敵を粉微塵にしたんだ」
「おおおっ、やっぱ、ですおは強いぞっ」
「・・・・・・・・・・」
金の瞳が余計なことを、という風に威嚇してきたが、白鳳はかまわず話を続けた。
「冷淡に見えても、DEATH夫はハチを大事に思っているんだね」
白鳳の言葉が終わらないうちに、ハチは満面に笑みを貼り付けて、DEATH夫の眼前まで移動した。自分の窮地に、間髪を容れず動いてくれたのが、嬉しくてたまらないらしい。
「ですお、あんがとな」
糸目で歯をむき出した笑顔はブサ可愛く、性格の良さが滲み出ている。が、DEATH夫はハチを一瞥もせず、そっけなく返した。
「礼を言われる筋合いはない」
「全力出して疲れたろ。明日は蜂蜜しこたま集めて、すーぱー蜂蜜玉作ってやるかんな」
「勝手にしろ」
「おうっ、するするっ♪」
DEATH夫の”勝手にしろ”は実質、肯定と同義なのだ。それに、仮に断られたところで、ハチは朝一で花畑へ出向くに相違ない。冷たくあしらわれても、めげずに死神へまとわりつくハチを、フローズンが温かく見守っている。もちろんマスターたる白鳳の努力もあるが、正直ハチがいなければ、気難しい友がパーティーに落ち着くことはなかった。
「案外、仲がいいんだよ、きっと」
「・・・・ええ・・・・」
傍らからこそっと主人に囁かれ、フローズンは満足そうに微笑んだ。他のメンバーも頭を沈め、さり気なく同意を示している。どうやら最悪の事態は免れたことを確信し、白鳳は安心すると同時に、むくむくと不純な欲望が湧いてきた。根本が腐れ××者なだけに、わきまえた言動が長続きするはずもない。温泉へ来たからには、全員一緒に風呂に入らないでどうする。オトナの優先順位は絶対、食い気より色気だ。とは言うものの、滾る情熱をあからさまにするのは自殺行為なので、出来る限り自然に切りだした。
「ねえねえ、食事が済んだら、皆で大浴場へ行かない?」
「部屋に内風呂が付いていたぞ」
「けれども、人数を考えたら、大浴場の方が良いかもしれません」
「・・・・天然の露天風呂もございますし・・・・」
「うむ、そうだな」
「わあっ、露天風呂なんて始めてだっ」
「きゅるり〜」
「オレ、もうわくわくだぞー」
速やかに意見がまとまり、してやったりと白鳳は内心ほくそ笑んだが、盛り上がる皆に対し、フローズンがおっとり言いかけた。
「・・・・ただし、ハチたちの浴衣を縫った後にいたしましょう・・・・」
「うんうん、オレも揃いの浴衣着たいかんな」
「きゅるり〜♪」
浴場=欲情への期待で、白鳳の気は逸っていたが、浴衣の完成を心待ちにする弟を見たら、己の意見を押し通すのは気が引けた。
「じゃあ、浴衣の完成を待つよ」
「その間に部屋割りを決めたらどうでしょう」
「うむ、そうしよう」
「二部屋あるから、3人ずつに分ければいいね」
「ハチとスイはどうするのっ」
「・・・・白鳳さまと同じ部屋でよろしいかと・・・・」
宿泊費も交通費も無料のちっこい生き物2匹が、いずれの部屋に存在しようと、まるっきり大勢に影響はない。ならば、彼らの望み通りにしてやるのが一番良いではないか。我が意を得たりの結論に、ハチとスイはしばし食事も忘れ、手を取り合ってはしゃぎ回った。



豪華な晩餐も終わり、パーティーは公正なくじ引きで、部屋割りを定めた。居間に白鳳・オーディン・フローズン(+スイ&ハチ)、寝室に神風・DEATH夫・まじしゃんが休むこととなった。
「・・・・お待たせいたしました・・・・」
「さあ、完成したぞ」
「おおおっ、やたー」
「きゅるり〜っ」
ミニサイズの浴衣がめでたく縫い上がり、2匹は喜び勇んで、初の和服に袖を通した。丈がぴったりなだけでなく、スイの尻尾やハチの羽のため、寸分違わぬ位置に穴が開けてある。聡明且つ器用な従者の仕事に、いささかの抜かりもなかった。
「ハチもスイもよく似合ってるよっ」
「うむ、実に可愛らしい」
「帯も端布とは思えませんね」
「まあ、見苦しくはないな」
皆の熱い眼差しを浴び、主役の小動物は落ち着きなく身を捩っている。
「きゅるり〜」
「でへへ、照れるなー」
仲間の褒め言葉はともかく、客観的に見てもそれなりの出来と判定したのか、フローズンはほっとした表情で呟いた。
「・・・・どうにか見映えがするように出来ました・・・・」
「謙遜しなくてもいいよ。さすがはフローズンとオーディン。仕立屋顔負けの仕上がりじゃない」
「いや、フローズンの縫い方が綺麗だからだ」
「・・・・私はオーディンの型紙通りにこしらえただけです・・・・」
自らの功は一切主張せず、相手を褒め合うふたり。主人とは似ても似つかない奥ゆかしさだが、微妙に絡み合う互いの視線を見ると、単に謙虚さだけとも言い切れまい。
「なら、そろそろ大浴場へ行こうか」
一同をぐるりと見渡しつつ、白鳳は殊更、爽やかに言い放った。しかし、爽やかなのは声音のみで、すでに脳内はいかがわしい妄想の嵐だった。ドラク温泉の時も痛感したが、オトコの浴衣姿は白鳳にとって目の毒だ。鎖骨や脇や脚がちらりと覗くたび、温泉宿というシチュエーションも手伝って、より一層××心が掻き立てられる。
(やっぱ、露店風呂と夜這いは温泉宿のロマンだよねえv)
無論、男の子モンスターたちとの裸の付き合いも楽しみだが、行きずりのオトコに予想外の逸材がいるかもしれない。男性が女風呂を覗けば、立派な犯罪行為だが、同性同士であれば、裸体は鑑賞し放題だし、多少の悪戯もお茶目な冗談でごまかせる。真性××者にとって、これ以上のパラダイスがあるだろうか。もっとも、狙われる男性からすれば、堪ったものではない。施設内に危険な獣が野放しにされているみたいなものだ。が、野獣は己の存在自体が迷惑だとは、露ほども考えていなかった。それどころか、困った主人の頭の中では、早くも今宵の桃色遊戯の予定が完璧に出来上がっていた。日常生活はどんぶり勘定なくせに、××関連に限って、大張り切りで緻密な計画を立てるのだ。
(夜這いは夜這いとして、まずは初対面のイケメンとたっぷり楽しもうっとv)
実際、どんな宿泊客がいるかも分からないのに、露天風呂で自分好みのオトコに会えると確信している、ムダな前向きさ加減が素晴らしい。白鳳は揃いの浴衣を纏った従者と連れ立って、足取りも軽く部屋を後にした。



TO BE CONTINUED


 

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