*良い遊び、悪い遊び〜前編*
半ば騙し討ちにあった形で、某国の歓楽街で白鳳と一夜を過ごす羽目に陥った翌日。眠気と腰の痛みを堪えながら、セレストはどうにか城に辿り着いた。しかし、偽りの手紙を本気にして、自分を送り出してくれたカナンに、その好意を無にするような真相をストレートに話して良いものだろうか。さんざん迷ったあげく、街での出来事は悉く隠し通すことに決めた。方針がはっきり定まったので、私室に続く廊下で顔を合わせると、すぐ白鳳の病状を報告し、カナンもそれをすんなり受け容れたかに見えた。ところが数日後。
「カナン様、何の御用でしょうか」
「お前に見せたい品がある」
「見せたい品?」
主君の意図が読めず、首を捻るセレストを、強引に私室のテーブルまで引っ張ってくると、カナンは西日が射し込む卓上に鎮座した箱を指し示した。
「先程、こんなものが僕宛てに届けられたのだが」
小綺麗にラッピングされた箱を開けると、老舗として世界的に有名な店のパウンドケーキが入っていた。
「ああ、これは美味しそうですね」
ほんのりと甘い焼き菓子の香りが、警戒心で一瞬険しくなった表情を緩めてくれる。
「にしても、どうしてケーキなど」
「僕への礼だそうだ」
「お礼・・・・・いったいどなたからの」
件のケーキは素人では到底真似できない上品な味に比例して、値段も高級レストランのフルコース並みのはずだ。いくら感謝の表れとは言え、カナンにこれだけの逸品をプレゼントするなんて。主君と親しく付き合っている数人の顔を思い浮かべたが、どうも今ひとつピンと来ない。
「聞きたいか」
「それはもう」
「白鳳だ」
「えっ・・・・・」
全く想定外の人物の名にセレストは絶句したが、単純に解釈すれば、手紙の内容を疑いもせず、すぐ自分を派遣してくれたカナンに対する感謝の印といったところか。
「白鳳さんがカナン様にこれを・・・・・」
「手紙も同封されていた。凄く喜んでいたぞ」
ああ、やっぱり。擦れたポーズを取っていても、根は素直で優しいところもあるのだし、こういう行動に出てもおかしくはない。納得して頷くセレストだったが、次のカナンの一言で頭が真っ白になった。
「貸衣装で正装して、恋人同士限定のバーに行ったり、実に楽しい時間を過ごしたらしいな」
「はあ?」
どうしてカナンがそのことを。問いかけるまでもなく、理由は即座に明らかになった。
「よほど嬉しかったんだろう。当日のことが逐一書いてあった」
「ええっ!?」
内緒にしていた真相が全てばれてしまった。しかも、白鳳自らカナンに披露していれば世話がない。あまりの衝撃にセレストは目眩がして、よろよろと壁に倒れかかりそうになった。浮かれた恋人のおポンチな行動はある意味可愛らしくもある。が、今のセレストにとっては致命的な痛手だった。案の定、カナンの視線から放たれた厳しい光が胸を深々と突き刺す。
「僕を謀って酌み交わす酒はさぞ美味かったんだろうなあ。これじゃ朝帰りもするはずだ」
「も、申し訳ございません」
ここでどう取り繕うと、主君を偽った事実には変わりない。セレストは潔く頭を下げた。白鳳の容態を本気で心配していたカナンが怒るのも当たり前だ。自分だって最初はあれだけ腹を立てたではないか。元々嘘をつくのは苦手なのだし、つまらない小細工などせず、ありのままを告白した方が良かったのだ。お互い白鳳の性格を熟知しているだけに、笑い話で済んだかもしれないのに。
「まさか白鳳と共謀して、最初から僕を騙すつもりだったんじゃないだろうな」
「な、な、何てことをおっしゃるんですっ!私がそんな企みをするわけないでしょう」
「まあな。お前にそんな頭脳も度胸もないのはよく分かってる」
「・・・・・・・・・・」
カナンの理解を求めた必死の訴えをこんな理由で肯定されて、ほっとしたやら情けないやら。だけど、これで追及の手が止んだわけではなく。
「でも、白鳳に脅されたか丸め込まれたかして、共謀したケースはありうる」
「脅されも丸め込まれもしてませんっ。あれは一種の騙し討ちみたいなもので」
相手は最初からそのつもりで、時計まで遅らせ、巧妙に網を張り巡らせていたのだ。ただし、それに難なく引っ掛かってしまったのは自分が迂闊だからで、むろん誰のせいにも出来ない。
「騙し討ちなら事情をきちんと説明すればいいだろう」
「それについては心底申し訳なかったと・・・・・」
「とにかく、お前はもう信用ならん」
「が〜〜〜〜ん。。」
主君にきっぱりと引導を渡され、後悔の淵に沈んだがもう遅い。それ以来、声をかけても無視され、同じ部屋にいながらまともに話もしてもらえず、針のむしろに座る日々が続いていた。
「セレスト、お前、明日は非番だったな」
「カナン様?」
午後の勉強が終わるやいなや、この1週間、目も合わせてくれなかったカナンが、ニッコニコの笑顔で話しかけて来たので、セレストは正直、戸惑っていた。
(いったいどういう風の吹き回しだろう)
ほとぼりが醒め、カナンの機嫌が直ってくれたのなら嬉しい。だが、話の経緯からして、それは考えられない。となると、果たしてどんな目的で。笑みの裏に潜む企てを思うと、そこはかとない恐怖すら漂う。そうだ、自分に呪いのアンクレットを渡したときも、こんな笑顔を振りまいてなかったか。
「僕は明日、お前が行った例の街まで行くから、一緒に付いてこい」
あっけらかんと告げられた一言に、セレストは度肝を抜かれた。
「な、な、何をおっしゃっているか、お分かりなんですかっ!?」
「白鳳の手紙によれば、大人向けに限らず、面白い施設やスペースがたくさんあるらしいぞ。僕も行ってみたいなー」
「ダメです。カナンさまが出向かれるようなところではありませんっ」
あの都市は華やかな部分ばかりクローズアップされるが、実際は悪の組織の温床になっており、田舎から出てきた者や観光客が犯罪に巻き込まれることも多いと聞いている。
「お前みたいな隙だらけの男でも無事に戻れる街だ。心配することもなかろう」
「陛下や兄君にはお話をしたんですか」
「社会勉強になるし、お前も一緒だと言ったら、快く許可をくれたぞ」
大方、都合の悪い部分はぼかして説明したに決まっている。国王も第一王子も真面目一方なだけに、件の都市の内情に関してはほとんど知るまい。
「ご家族が認めても私は認めません。社会勉強でしたら、もっと相応しい国がいくらでもあるでしょうに」
近隣には農業のみならず、工業や貿易の盛んな国も多いのだ。
「自分だけ白鳳と遊んでおいて、よくそんなことが言えるな」
「っ・・・・・そ、それはまた別の話です。とにかく絶対に許しません」
「話の分からんヤツだなー」
「分からなくって結構」
あくまでもきっぱり拒絶するセレストだったが、その時、馴染んだ艶っぽい声が耳に流れてきた。
「うふふ、いいじゃないですか、セレスト」
「は、白鳳さん、どうしてここにっ」
いつカナンの私室に入ってきたのか、扉を背に白鳳がモデル立ちしているではないか。うららかな午後の空気にうとうとまどろむ肩先のスイ。
「白鳳は街を案内してもらうため僕が呼んだ。お前じゃとても案内係にならんからな」
「良い判断ですよ、坊ちゃん。セレストとふたりきりじゃ、一緒にいかがわしい店へ売り飛ばされるのがオチです」
現れた白鳳とカナンの間で話が通じている様子なのを訝しく感じた。病気を装って、街で遊んだ自分たちに対し、あれだけ激怒していたはずなのに。
「ちょ、ちょっと待って下さいっ」
「何だ」
「カナンさまは先日の件で我々に腹を立てていたんじゃ」
「誰がだ?」
「えっ!?えっ!?」
思いっ切り突き放された対応をされ、頭の中がぐちゃぐちゃになった。何だか話が違うぞ。訳が分からず、おろおろする従者の姿を見遣りながら、白鳳がカナンに悪戯っぽく言いかけてきた。
「坊ちゃん、そろそろセレストを許してあげたらどうです」
「あー、そうだな。僕の顔色を窺って、赤くなったり青くなったりを見るのも飽きたしな」
「なっ、それじゃあ、ここしばらくの冷淡な態度は」
脳内でバラバラだったパーツがようやく繋がってきた。恐らくあの振る舞いは何もかも・・・・・。
「うむ。お仕置きかわりにお前の反応で遊ばせてもらってた」
やっぱりそうか。予想通りとは言え、四肢から一気に力が抜ける思いだった。
「じ、じゃあ、カナン様は怒った振りをして、私の反応を面白がっていただけなんですね」
「まあ、そんなところだな。手紙を読んだときムカついたのは事実だし、いい鬱憤晴らしになった」
「あ、貴方というお方は・・・・・なんてヒドイことを」
毎晩、この先のカナンとの接し方を考え、本気で悩み苦しんでいたのに、単にいいようにからかわれ、振り回されただけだったとは。にしても、近頃、悪い知恵ばかり付けられて困ったものだ。これまでの教育方針を根本的に振り返らなければなるまい。
「僕に無視されてしょげかえる姿はなかなか哀愁を誘ったぞ」
「私も見たかったですねえ、捨てられた子犬のようなセレスト♪」
「・・・・・・・・・・」
悲しいかな、従者がショックを受けた様を目の当たりにしても、カナンにはこれっぽちも反省の色が見られない。しかも、主犯のはずの白鳳がそしらぬ顔をして、カナン側に立っているのも悲しい。自分が撒いた種とは言え、セレストはもはや反論する気力もなく、がっくり肩を落とすほかなかった。
翌朝。結局、セレストはカナンたちに押し切られ、渋々街へ向かううし車に乗っていた。口が達者なふたりを相手に、最後まで抵抗を続けたものの、カナンを騙した事実を持ち出されると、良心が咎めてもうダメだった。こんな事なら端から真実を報告しておくんだった。徐々に華やぐ外の景色に浮かれる金銀の頭とは対照的に、重苦しく垂れる青い頭。
「これだけの大都市だと、裏では悪の組織もいろいろ暗躍してると聞いたぞ」
大方、本か雑誌の受け売りだろうが、書いてある記事を自分に都合良く解釈するのは困りものだ。今度から通販の品物も細かくチェックした方が良いかもしれない。
「そんな話題を嬉しそうに切り出さないで下さい」
「冒険者らしくダンジョンの外でも悪者退治とかやりたいよなー♪」
青い目が希望の光でキラキラ輝いている。己の仕業が成功することしか考えてない。
「悪者を捕らえるのは警察の役目です」
「裏通りに足を踏み入れたら、妙な輩に襲われるかもしれないじゃないか。そしたら正当防衛というヤツで」
「踏み入れる必要ありませんっ」
「まあまあ、セレスト。私がいるのですから、どんなアクシデントが起こっても大丈夫ですよ」
「きゅるり〜」
馬車の揺れに乗じ、スイを落ちないよう支えながら、しなだれかかってきた紅いチャイナ服の悩ましさに見惚れながらも、胸の奥の不安が増すのを止められなかった。
「・・・・・ある意味、かえって心配なような。。」
警察で取り締まれる類の悪ならまだ分かり易くて始末が良い。が、白鳳の場合、合法的でありながら、有害な場所もたくさん知っていそうなのが恐ろしい。
「平気だ、セレスト。行き先がはっきりしている以上、白鳳も僕たちをいかがわしい店に売り飛ばしたりは出来ないだろう」
「おや、坊ちゃん。売り飛ばさなくても、いかがわしい目に遇わせる方法はいくらでもあるんですよ」
「だから、そういう怪しい会話は止めろと言ってるでしょうっ。うわっ、胸元に手を入れないで下さいぃぃっっ!!」
彼らの浮き浮きの様子を見るに付け、セレストの気持ちはどんより沈む一方だったが、さりとてうし車を止めることも出来ず、3人は程なく街の入り口に到着してしまった。
「うわー、うわー、凄い人だな。ルーキウスの収穫祭の1000倍くらいはいそうだぞ」
「きゅるり〜」
見たこともない壮麗な建物と夥しい人の渦に、カナンはすっかり興奮気味だ。
「夜はネオンの煌めきが花火みたいに綺麗なんですよ」
「店も数え切れないほど並んでいるな」
「この通りを東に行くとカジノがあるんです」
「カジノ・・・・・ああ、お金を賭けるところかあ」
これも雑誌から得た知識だろうか。しかし、主君とは無縁であるべきスポットの話をされ、セレストが黙っているわけがなかった。
「白鳳さん、カナン様にそんな場所を教えないで下さいっ」
「いちいちうるさい人ですねえ。じゃあ、西側の男性ストリップ劇場の話をしますよ」
「げっ」
もっとも聞きたくない類の単語を耳にして、思わず息が止まりかけた。全く白鳳といると、奔放な言動に気が休まる時がない。
「男性ストリップ?」
「坊ちゃんには少々刺激が強すぎるかな、ふふ。私としてはセレストが脱いでくれた方が嬉しいんですけどね」
「ほう」
「か、か、カナン様、今のは聞かなかったことにして、向こうの名店街に参りましょうっ」
とにかく、白鳳御用達の店は絶対に避けて、明日までを無難に過ごさなければ。世界各地の名産品、及び珍品貴重品を集めた名店街は、人でごった返していたが、ここなら家族連れも多いし、売り物の質と値段が庶民向けじゃないのを除けば、安心して歩ける。
「ええ〜っ、この街に来て、人畜無害な場所に行ってもつまらないじゃないですか。せっかく秘密SMクラブや競うし場にでも案内しようと思ったのに」
「そんなとこ、案内しないでいいです!!早く、こちらにおいで下さい」
「なあなあ、競うし場って面白そうだな」
「面白くありませんっ。さ、行きますよっっ」
白鳳がこれ以上胡散臭いスポットを口にする前に、セレストは慌ててカナンの手を引くと、脱兎のごとく名店街に駆け込んだ。
小遣いを叩いて買い込んだ土産を全て従者に持たせ、カナンはネオンが灯り始めた大通りを闊歩していた。セレストの傍らには白鳳がいたが、自分の所持物はスイだけだと言わんばかりで、当然荷物持ちを手伝ったりはしない。
「カナン様、もうこれで十分でしょう」
家族思いのカナンらしく、様々な店をじっくり吟味した上、皆がもっとも気に入りそうな品を選んだため、予想外の時間がかかってしまった。ただし、試食コーナーの総菜や菓子をあれこれ摘んだおかげで、空腹になることはなかったが。
「そうだな、ホテルに行こう」
「きゅるり〜♪」
「荷物が邪魔なのは確かですから、一度チェックインした方がいいですね」
珍しく意見が一致して、3人は先日白鳳たちが泊まった高級ホテルの一室に入った。身分は伏せてあるので、一般の者と同じ扱いだが、人数と人間関係を考え、二部屋のファミリールームを取った。歴史を感じさせる荘厳な造りの部屋と、豪奢な調度品の数々にカナンは目を見張っている。
「凄い調度品だなー。こんなガラス細工のランプ、父上の寝室でもお目にかかれないぞ」
柔らかなベッドのスプリングの反動で、トランポリンみたいに弾む軽い身体。年相応にはしゃぐ仕草を可愛いと思いつつも、教育係として見過ごすわけにはいかない。
「お行儀が悪いですよ、カナン様」
「ちぇっ、ホントにうるさいヤツだなあ」
「仕方ありませんよ、セレストもこれがお仕事ですから。ところで・・・これからどこへ行きましょうか」
満腹になって満足げなスイを、バスケットのベットに優しく運ぶと、白鳳ははきはきと問いかけてきた。
「お前のお薦めスポットはどこだ」
直前のフォローに感激したのも束の間。話の流れが怪しくなってきたのに気付き、セレストは慌てて釘を差した。
「ダメですっ、今日はもうこのまま休みましょう」
「何言ってるんです、これからがお楽しみの時間なのに」
「カナン様には必要のない楽しみです」
「セレスト、いくら何でも買い物で終わりじゃ物足りないぞ。せめて夜景だけでも見に行こう」
「夜景なら部屋の窓から見ればいいでしょう。外出は絶対に許しません。貴方にもしものことがあったら、陛下やご家族に何と申せばいいのか」
「どうしてもダメなのか」
「ダメなものはダメです」
ふたりがかりでどう説得しても、セレストの牙城を崩せないことを悟ったのか、白鳳が諦め混じりの口調で呟いた。
「仕方ありませんね、一度言い出すと聞かない頑固な人ですから」
「せっかくここまで来たのになあ」
日頃に似合わぬ力ない声。よほど残念なのだろう。
「また次の機会がありますよ。さ、坊ちゃんはあちらの部屋でお休みなさい」
部屋割りは多少揉めた末、カナンひとりが隣の小部屋で眠ることになった。
「カナン様、夜更かししないで、早く休まれるんですよ」
重い荷物を持ち運び続けた反動で、ぐったりとベッドに身を投げ出したセレストを尻目に、白鳳が不本意そうなカナンを隣室へ連れて行った。双方の部屋は中で繋がっており、いちいち外へ出なくても行き来自由なのがいい。
(やれやれ)
これで大人しく寝てくれれば、歓楽街に出掛けることなく凌げそうだ。ただし、白鳳が大人しく寝てくれそうにないのが問題だった。普通なら、このシチュエーションで睦み合おうとは思わないものだが、彼に一般社会の健全な常識は通用しない。それどころか、一種の背徳的な状況にいっそう張り切るに違いない。案の定、戻るやいなや、こちらに近づいてくる緋の双眸の輝きが目一杯妖しい。セレストは不吉な予感を止められず、口を真一文字に引き結んだ。
「やっと二人きりになれましたね、ふふふv」
一旦、ベッドの傍らに佇む白鳳は、腰のベルトをしゅるんと外しながら、横たわるセレストにのし掛かるように迫って来た。
「は、白鳳さんっ、この状況はまずいですっ。隣りにカナンさまがっ」
「このホテルは防音設備も完璧だし、聞こえやしませんよ。仮に聞こえたって、一向に構いませんけど」
「お、俺は構いますっ」
「私が構わなければいいんです。それでは」
「うわ〜っ、な、何をっっっ!?」
相変わらずワガママの極みの論理を振りかざすと、白鳳はいきなりセレストのシャツをたくし上げ、舌腹で軽く胸元に刺激を加えてきた。不意の攻撃に驚き、身を捩ったけれど、同時に下腹部がじんわり熱を持つのも止められず。
「は、白鳳さん・・・いい加減に」
「しません。セレストも一緒に楽しんでくれなきゃ」
胸元から腹の辺りまでねっとり紅唇を流した後、白鳳はそれをセレストの唇に重ね、口腔内にするりと舌を差し入れてきた。巧みな舌遣いで歯列や上顎を好き放題に嬲って、相手の息が上がりかけたのを確かめると、一瞬の隙を突いて、強引に腕を取る。
「えっ」
焦るセレストに抵抗の間を与えず、ベルトを縄代わりにして、両手首をベッドのヘッドボードにくくりつけた。相当手慣れた様子だ。きっと以前にも少なからぬ犠牲者がいたのだろう。こんな危ない相手に惚れてしまった己の因果に一瞬思いを馳せざるを得なかった。
「これでセレストは私の思うがままv」
さっき聞いた秘密SMクラブという単語が鮮やかに脳裏に蘇ってきた。白鳳ならどんなプレイに走っても驚かないが、人を巻き込むのだけはやめて欲しい。こっちにはその手の趣味はないのだ、多分。動悸が激しくなっているのは、単に驚愕のためだと信じたい。
「わ、悪ふざけが過ぎますよ。早く解いてください」
「うふふふ・・・・・どうしようかな」
身を震わせるほど蠱惑的な表情に息を飲み、相手の次なる出方を待っていたが、白鳳は不意にそっけなく視線を外すと、小部屋に続く扉に向かって呼びかけた。
「坊ちゃん、もういいですよー。邪魔者は始末しましたから」
「おー、さすがは白鳳だな」
「ま、まさか・・・・・」
財布片手にほくほく顔で小部屋から戻ってきたカナン。これだけでセレストには全てが理解できた。自分は結託した彼らの罠にはめられたのだ。
「な、なんてことをするんですかっ!!カナン様まで白鳳さんと一緒になって、こんな汚い手を使うとは嘆かわしい」
沈痛な面持ちで訴えたものの、根っから自己中なふたりにはまるっきり通じていない。
「お前、あれもダメ、これもダメってうるさすぎるからなあ」
「ふふ、悪く思わないで下さいね。大人しく待っていれば、ちゃんと続きはしてあげますからv」
言い終わらないうちに、白鳳は縛られたままの騎士を一瞥すると、ドアのノブに手をかけた。彼らは本気で自分を置き去りにする気だ。冗談じゃない。縛られたままの状態で取り残されるなんて。
「わ〜っ、待って下さいっ!!白鳳さんっ、カナン様っ〜〜〜〜〜!!」
だが、セレストの悲痛な絶叫も虚しく、躊躇いなく部屋を出た金銀の悪魔たちは振り返りもせず、夜の繁華街へ消えていった。
TO BE CONTINUED
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