*死神のRING・前編*



好奇心が人一倍強い。それ自体は決して負の要素ではない。あらゆる事物にまるっきり無関心で、冷め切った反応を示されるより、日常にアンテナを張り巡らせ、瞳を輝かせている方が魅力的だし、可愛気もある。が、何事も度を越すと悪に転じかねない。行き過ぎた探求心は、時として禁忌を侵させ、己のみならず周囲の者まで危険に巻き込む。一度痛い目に遇い、学習するならまだしも、この手の人物に限って、喉元過ぎた熱さはすぐ忘れ、性懲りもなく同じ過ちを繰り返すのだ。
「白鳳さま、やはり元の場所へ戻した方が」
「・・・・捕獲に関係ないアイテムは放っておくのが一番です・・・・」
「捨てろ」
「きゅるり〜」
「嫌だよ。せっかく面白いものを手に入れたんだもん」
新たなモンスターの捕獲のため、白鳳一行は宿の裏手にある山を目指して出発した。中腹の洞穴状のダンジョンで、目当ての種族を発見し、首尾良く捕らえることが出来たが、戦闘の最中、白鳳が放った鞭が岩肌に当たり、砕け散った壁の中からアンティーク風の小箱が顔を出したのだ。訝る従者たちを無視して、たおやかな手は躊躇いなく箱を抜き取った。大きさは10センチ四方といったところか。金属製の蓋は、銀箔と大小の天然石で彩られており、合わせ目の中心には封をするごとく、お札がぺったり張られていた。客観的に判断して、胡散臭さ400%。皆が強硬に手放せと主張したのも当然だ。にもかかわらず、白鳳は小箱を宿まで持ち帰り、今も興味深げに手元で弄ぶ。
「こんな曰くありげな箱、早く処分しましょう」
「万が一、妙な怪物でも出て来たら大変だよっ」
「うむ、無益な戦いは避けるに限る」
「平気、平気。怪物の10匹や20匹、我々の敵じゃないって」
簡素な部屋に似合わぬ、ふかふかの椅子にふんぞり返ったまま、顎を突き出す白皙の面。お供の男の子モンスターが強者揃いな上、自分も飛躍的に力を付けつつあるので、すっかりお調子に乗っている。更にもう1匹のお調子者がにぱっと笑って、両手を勢いよく振り上げた。
「おうっ、はくほーたちは強いかんな。怪物なんてイチコロだっ」
「ハチもたまには良いこと言うねえ」
「でへへ、オレ、はくほーに褒められちった〜v」
しかし、浮かれているのは両名だけで、周囲のメンバーは一様に苦い顔だ。岩の奥に埋め込まれていただけでなく、札に記された呪詛を思わせる文字からも、中に人畜無害なものが入っているとは認め難い。十中八九、外界に災いをもたらすものだろう。だが、困った主人は相変わらず熱い眼差しを箱に流し続ける。とにかく一目、中を見てみたくて堪らないらしい。蝶に気を取られた猫よろしく、眼前に好奇心をそそる対象が登場すると、頭の中がそれで一杯になってしまうのだ。




「だいたい、開けてもいないのに、どうして怪物が出るって決めつけるのさ。ひょっとしたら、願いを叶えてくれる魔人が閉じこめられているかも・・・うふふ♪」
周囲の冷ややかな反応を少しでも和らげるべく、白鳳は都合の良い展開を強引に捏造する作戦に出た。が、思い付きで発言しているので、信憑性も説得力も皆無だ。
「・・・・その話はランプ・・・・」
「全く、能天気にも程があります」
「きゅるり〜」
神風たちはもちろん、スイまで呆れてため息をつくのもお構いなしで、主人はなおも含み笑いと共に先を続けた。
「もし、何でも願いを叶えるって言われたら、どんなことを頼もうかなあ」
「オレなっ、オレなっ、世界中の美味い食い物を倒れるまで食いたいぞー」
唯一、白鳳サイドに立つハチが、ノリの良さを発揮して、胸を張りながら元気一杯に叫んだ。
「ハチの望みは聞かなくても分かってるって」
「そっか?んでも、やっぱ一番はかあちゃんに会うことだかんな」
感動の対面シーンを想像したのか、懐っこい虹彩をくりくり動かして、うっとりと虚空を眺め遣る。毎日、面白おかしく過ごしているように見えても、ハチだって大きな目的を持って旅をしているのだ。そのことを改めて認識させられる思いだった。ちょっぴりしんみりしたせいか、従者の攻撃がしばし弱まったのに乗じ、真性××者は勝手な主張を始めた。もっとも、ハチと違って、本当の願いだけは決して口に出来ないけれど。
「私はねえ、ハチ以外の皆を愛人にして、容姿も頭も申し分ない、私の命令に絶対服従の大富豪をパトロンにして・・・」
「きゅるり〜。。」
「なぜ、オレだけ仲間外れなんだようっ」
1匹だけ除外されたハチは不服そうに口を尖らせ、チャイナ服の襟の辺りに飛んで来た。そのぺちゃんこの鼻を見遣りつつ、紅唇は事も無げに返した。
「だって、私面食いなんだも〜ん」
「げげ〜んっ!!オレっ、びじゅある系じゃなかったのか〜っ!?」
”ビジュアル系”なんて高度な単語を、いったいいつの間に覚えたのだろう。ただし、意味を誤って解釈しているのは明らかだった。
「寝言は寝て言え、虫」
「あてっ」
目にも止まらぬ早業で手刀が繰り出され、ハチはうつ伏せにカーペットへ墜落した。貴重な味方にこの仕打ち。近くにいたまじしゃんがちっこい体躯をそっと摘んだ。
「ハチ、大丈夫かい」
「平気、平気っ」
ハチの屈託ない返事に安心して、まじしゃんはソファに身体を沈める主人に明るく言いかけた。
「白鳳さま、僕も話に参加させて下さい」
「え、ホント!?」
同士が増えて、白鳳は我が意を得たりとばかり、口元の両端をくいと上げた。反比例して神風とスイの肩ががっくり落とされた。まだ幼いだけに、理想の未来図をあれこれ考えることに楽しさを見出したようだ。
「僕だったら、おじいちゃんとおばあちゃんに長生きしてもらって、後は開拓が成功して村が栄えて欲しいなあ」
己の私利私欲のみに突っ走っている誰かさんとは大違いの立派な望みだ。これなら、魔人も叶え甲斐があるに相違ない。けれども、正直、ここでまじしゃんまで白鳳に付くのは痛い。3人の願いを叶えるためと言い張って、無理やり箱を開きかねない。
「気持ちは分かるけど、白鳳さまをこれ以上乗せるような言動は困る」
わずかに眉を顰めて呟いた紺袴に、白鳳がにこやかに問いかけた。
「神風だって胸に秘めた望みはあるだろ?」
「早く白鳳さまに相応しい相手が現れて、落ち着いてもらいたいです」
単に肉体的な××趣味だけでなく、精神的にもだ。
「私のことじゃなくて、自分自身の願いはないのかい」
「いえ、私にとっては白鳳さまの幸福が第一ですから」
迷いもせずきっぱり言い切った神風の清しい姿が眩しい。私心のない気持ちは尊いし、嬉しいけれど、どうやらこの様子では会話を継続するのは無理そうだ。白鳳は即座に方針を変更し、傍らで神妙な顔をしているオーディンに話を振った。
「オーディンはやっぱりフローズンとらぶらぶになりたいとか」
「そ、そ、そんなことっ・・・フローズンにめ、迷惑だっ」
いきなり話題の中心になった上、弱点を鷲掴みにされ、気の毒なくらい焦りまくる逞しい巨体。彼が困惑してる様を事細かに観察し、意地悪な主人は悪戯っぽく笑った。ふと、もうひとりの話題の主に注目したが、拍子抜けするくらい冷静そのものだった。いつもと変わらぬ曖昧な笑みを浮かべ、淡々と受け流す。
(フローズンはオーディンのこと、どう思っているのかなあ)
誠実な好漢の想いに、気付かないはずないのだが、積極的に応えるでもなければ、冷たく突っぱねるでもない。色恋沙汰には鋭い白鳳でさえ、彼の真意が分からない。ましてや、場数を踏んでいないオーディンは、どうやらDEATH夫がいるから、フローズンは自分にそっけないのだと思い込んでいるようだ。彼らが醸し出す微妙な雰囲気から、白鳳はDEATH夫とフローズンは絶対、恋愛関係にないと確信している。しかし、いつも行動を共にして、宿屋でも必ず同室なだけに、第三者がふたりは特別な間柄だと判断するのも理解できた。




「そうだっ、ここにいる全員でいつまでも楽しく旅を続けていたいよねっ」
オーディンに助け船を出したつもりではあるまいが、不意にまじしゃんが新たな願望を口にした。本来の目的を考えれば、旅路が終わらない事態は避けたいけれど、確かに個性豊かなメンバーとの道中はイベントが目白押しで、悩んだり、退屈している暇はない。
「まじしゃんはいずれ村に戻って、開拓を手伝うんじゃなかったのかい」
「でも、僕、白鳳さまや皆と別れたくないんだ」
「オレもはくほーたちと離れ離れになるのは嫌だぞっ」
「きゅるり〜」
「そうだね・・・・・ずっと一緒にいられたらいいね」
年少組の純真な気持ちを傷つけまいと、同意を唱えた白鳳だったが、諸行無常の喩えもある通り、今が永遠に続くことはない。いかに心通い合った仲でも、いつかは散り散りになる時が来るのだ。
「せっかく縁あって、こうして旅をしているのですから、互いの立場や境遇は変わっても、交誼は続けたいです」
「うむ、いい友人でいたいものだ」
「・・・・・ええ・・・・・」
さすがに神風たちの発言には将来の別離が想定されていたが、付き合いを途絶えさせたくないという点では、趣旨は何ら違わない。話が綺麗にまとまった上、例の箱のことが有耶無耶になりかけ、白鳳が密かにほくそ笑んだ時、乱暴な音と共に黒ずくめのシルエットが席を立った。
「仲良しごっこに興味はない。俺は部屋へ戻る」
和やかだった空気が瞬時に尖る。が、雰囲気を察する能力を持たないへっぽこ者が、勇んでDEATH夫の眼前に飛び出した。緊張を脱力に変えるひょうきんな笑顔。
「うんにゃ。ごっこじゃなくてホントに仲良しなんだぜー」
「どけ」
「あてっ」
哀れ、ハチはまたもやカーペットにぽてんと墜落した。先程の己の所業は忘れ切って、白鳳はハチを拾いながら、DEATH夫をきつく睨み付けた。
「皆のほのぼの気分を壊すようなことを言って」
「だから、消えてやる」
「DEATH夫だって願いのひとつやふたつ持ってるだろ」
「ない」
視線も合わせず、一言で突っぱねられた。まあ、自分の胸の内をさらけ出す性格ではないから、こういう答えは予測していたが。
「ふん、夢のないコ」
「だいたい他者の手を借りて、望みを叶えようなんて」
あからさまな軽蔑の眼で見下げられてしまった。
「たとえばの話なんだからいいじゃん」
膨れっ面の主人を感慨の欠片もない顔で一瞥すると、DEATH夫は踵を返しかけた。しかし、その全身から仄かに漂う苦痛と疲労の色を白鳳は見逃さなかった。戦闘時の動きもどこか精彩を欠いていたし、また封印の戒めに苛まれているに違いない。意を決して部屋へ踏み込んだ日以来、積極的に接するようになったから、以前は見過ごしてたあれこれも見えて来た。たとえば無関心を装いつつ、意外と仲間の言動をしっかり把握していることや、胸に下げているオニキスのリングが、DEATH夫の指には大き過ぎることとかも。
「DEATH夫、ひょっとしてしんどいのかな」
「別に」
「隠したってムダだよ。私には全部お見通しなんだから」
白鳳が自信たっぷりに断定したのに反応して、一同はDEATH夫を取り囲むごとく、ずずいと歩み出た。
「ですお、具合悪いのかー」
「すぐに休んだ方がいい」
「きゅるり〜っ」
「僕、何か栄養が付くものを買って来るよっ」
「・・・・・・・・・・」
主人の態度が一変したことを受け、接し方に悩んで遠巻きにしていた者たちも、DEATH夫に出来るだけ声をかける方向へ進み始めた。更に、フローズンもクッション役を降り、友に直接、コミュニケーションを取らせる配慮をしたので、DEATH夫は渋々ながら他者を完全に拒絶する姿勢を崩さざるを得なかった。白鳳の目から見るに、彼は困惑しているものの、決して嫌悪はしていない。ただ、他者との交流に不慣れなだけなのだ。気長に頑張っていれば、そのうちパーティーに溶け込む日も来るかもしれない。事態が徐々に好転して、白鳳はいたく満足だった。が、それとは別にDEATH夫をしばらく静養させるべきだと考えていた。戦闘面で彼が抜けるのは痛いけれど、健康の快復には変えられない。幸い、あと2つの地域を回れば、一旦私邸に戻って、体勢を立て直すことが出来る。もう一息の辛抱だ。




天然のドームに貼りつく満天の星。時折、流星が軌跡を刻むくらいの、風もない穏やかな夜更け、白鳳はむっくり起きあがった。
「さてと」
隣のベッドで寝息を立てる神風と、出窓のバスケットに沈むスイを確認してから、手早く身支度を済ませ、例の箱を小脇に抱えて部屋を出た。一行の宿での部屋割りはほぼ決まっており、白鳳とスイは神風と、DEATH夫はフローズンと、そしてオーディンとまじしゃんとハチが同室だった。もっとも、ハチの場合は宿泊代も取られないし、どの部屋へもぐり込んでも、大勢に影響はなかろう。
「ふふふ、上手く行ったv」
まんまと脱出に成功したと喜びつつ、抜き足差し足で廊下を行く白鳳だったが、その後ろ姿が部屋の窓に映る頃、神風とスイが静かに身を起こした。
「やはり、白鳳さまは箱を開ける気なんだ」
「きゅるり〜」
巧みに話をはぐらかしたのは、暴挙を諦めていないからだと思い、眠った振りをして主人の出方を窺っていたのだ。なんとまあ分かり易い行動パターンだと呆れながらも、追い掛けるべく部屋を出るやいなや分厚い壁にぶつかった。
「あっ」
月明かりの中、目を凝らせば、それは壁ではなくオーディンの胸板だった。
「オーディンだったのか」
「やはり神風も起きていたんだな」
「きゅるり〜」
見れば、背後にはフローズンとまじしゃんとハチも待機している。誰もが寝る間も惜しんで、無軌道な主人の動向を気に掛けていたようだ。
「・・・・話は後ほど・・・・・。・・・・事は一刻を争うかもしれないのです・・・・」
「DEATH夫は大丈夫なのか」
この非常時に姿を見せないところから察するに、また動くのもままならない状況に陥っているのだろう。
「・・・・彼が絶対に白鳳さまを止めろと・・・・」
「DEATH夫がそんなことを」
普段、誰が何をしようとまるっきり我関せずな彼が、具体的な意見を述べるのは極めて稀だ。よほど見過ごせない要素があるに違いない。
「・・・・あの札は恐らく魔物封じではないかと言ってました・・・・」
「そうか」
「大変だ。早く白鳳さまを止めなければ」
「よ〜し、皆ではくほーを追っかけようぜ」
一同は速やかに宿を後にすると、つかず離れずの感覚を保って、白鳳の後を付いて行った。先の展開にわくわくしているのか、今にもスキップせんばかりの軽やかな足取り。いかに気配を消しているとはいえ、これだけの大人数の尾行に気付かないのは、気持ちが浮ついているせいだ。なぜこうもお気楽なのだろう。ある意味、ハチより始末が悪い。
「・・・・この道筋は・・・どうやら、ダンジョンまで戻るみたいです・・・・」
「街中じゃあ、妙なものが解放された場合、収集がつかないもんね」
「にしても、白鳳さまは本当に懲りないというか」
「うむ、結構痛い目に遇っているにもかかわらず、これっぽちも学ばんな」
「きゅるり〜っっ!!」
白鳳の無謀な好奇心ゆえ、この世の誰よりも多大な迷惑を被り続けているスイが、憤慨の叫びと共に、深く何度もうなずいた。





程なく、白鳳はダンジョンへ到着した。箱を抱える腕に力を込め、意気揚々と洞穴の中へ突入する。慌てて、後に続く男の子モンスターたちとスイ。光苔が放つわずかな灯りを頼りに、最奥近くまで辿り着いた白鳳は、胸元に箱を掲げると、一気に封を剥がそうとした。
「白鳳さま、いけませんっ」
いきなり後ろからぎゅっとしがみつかれた。漏れかけた声を押し殺して振り向けば、見慣れたパーティーメンバーがずらりと並んでいるではないか。
「げっ、神風!?・・・みんなも」
「箱はこのまま元の場所へ埋めましょう」
「もうっ、私の邪魔ばっかしてっ。せっかく、願いが叶うかもしれないのに」
皆の糾弾をかわそうと切り出した話のはずが、いつしか自己暗示に似た作用が働き、藁にもすがる期待をかけていた。
「・・・・本気でそんな夢みたいなことを信じて・・・・」
「DEATH夫だって絶対開けるなって言ったそうですっ」
「冥界の魔物が封じられているらしいぞー」
「万が一、事実だったら、我々など到底相手にならん」
パーティーが5分の力で楽勝続きだろうが、それはあくまで人間界での戦歴で、魔人や悪魔に正面切って戦いを挑んだら、朽ち木のごとくなぎ倒されるのがオチだ。
「で、でも・・・・・」
「きゅっ、きゅっ、きゅるり〜、きゅるり〜っっ」
往生際の悪い主人がなおも抵抗しようとした時、スイが甲高い声で鳴き出した。洞窟内で幾重にも響き渡る悲しげな叫び。そうだ。そもそも自分がくだらない好奇心に引きずられたせいで、弟を会話も成り立たない身の上にしてしまったのだ。ここで我を張れば、今度は大切な仲間に災いが降りかかりかねない。あんな身を切り刻まれるような思いは、もう二度と味わいたくなかった。
「・・・・分かったよ。皆の言うとおりにする」
スイの言葉を越えた説得が決定打となり、白鳳が素直に引き下がったので、一同はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、箱を戻しましょう」
「うん、残念だけど、そうしよう」
名残惜しげにじっと見つめてから、白鳳は箱を神風に手渡すべく、ゆっくり歩み寄ろうとした。しかし、多少目が慣れたとはいえ、薄暗がりの中だ。気が逸ったあまり、足元の岩に躓いて、大きくバランスを崩した。差し出した箱がたおやかな手を抜け、あっけなく岩地に落ちた。
「しまったっ」
間が悪いことに、封をした合わせ目がちょうど尖った岩の切っ先にぶつかった。誰もが息を飲んだが、幸い、蓋が開くほどの衝撃ではなかった。だが、札の一部に小さな穴が開き、そこから不気味な白煙がほわ〜んと宙に流れた。
「あああ」
「まさか、中に封じられた怪物が。。」
まずい展開になったと、全員、戦慄して身を固くしたものの、煙は一カ所に収束する風もなく、やがて跡形も残さず霧散した。
「ちぇっ、願いを叶える精霊はいなかったかあ」
「何言ってるんですか。最悪の事態が避けられただけでも良しとすべきです」
「きゅるり〜」
「そりゃあそうだけど」
納得いかない表情で肩を竦める様を見て、主人はほとぼりが冷めたら、きっと同じことを繰り返すに相違ないと、神風は今から覚悟を決めた。
「オレ、眠くなっちったー」
早寝早起きが自慢のハチが、この時間まで頑張って起きていたのだから、安心したと同時に力尽きても納得だ。見れば、まじしゃんとスイも大あくびをしている。
「早く帰りましょう、白鳳さま」
「うん」
「全く、とんだ人騒がせでしたよ」
「・・・・でも、DEATH夫の懸念が取り越し苦労で・・・・」
フローズンがにこやかに言い差した瞬間、地を揺るがす衝撃が一同を襲った。自分たちの未熟さを痛感させる圧倒的な力。全身が総毛立つ障気と悪寒。やはり禁断の魔物は解放されてしまったらしい。
「世の中、そうそう甘くはなかったね」
「気付くのが遅すぎです」
「・・・・無事に帰還できたら、白鳳さまは当分、外出禁止にします・・・・」
「ええっ、そんなあ」
「きゅるり〜」
軽口を叩きながらも、皆一流の戦士だけに、事態の深刻さは十分承知している。しかも、パーティー1の手練れのみならず、魔物関連の知識もありそうなDEATH夫が不在なのは実に痛い。が、こうなったら全身全霊を賭して迎え撃つしかない。禍々しい暗黒の影が、身構える一同を飲み込むように背後から覆い被さった。





TO BE CONTINUED


 

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